死刑囚の短歌

 ここでは、死刑囚の短歌についての批評や解説は一切しない。なお、イニシャル以外の名前も、一部を除いて本名ではない。

強盗殺人 K・Y(1948年 宮城刑務所で刑死)
今日明日も 知れぬ命の ただずまい 如何におわすか ふるさとの母

強盗殺人 小平義雄(1949年 宮城刑務所で刑死)
亡きみ霊 許し給え 過去の罪 今日の死を 深く果てなん

強盗殺人 C・T(1950年 福岡刑務所で刑死)
爪たてて 母母母と 書いてみき ひとやに母を 恋いてやまねば

生まれきて 死ぬるは人の 運命と 識りつくせども 死刑はかなし

強盗殺人 Y・M(1951年 広島拘置所で刑死)
ひねくれし 心の眼鏡に みる故に 人の世すべて よこしまに見ゆ

わがしらぬ 衣着けたる 幼児の 写真送り来ぬ 枕辺におく

強盗殺人 平岡新生(1953年 福岡刑務所で刑死)
愛し子は 清く育ててと 文書きつつ 瞳は曇りきて 囚衣濡らしぬ

殺すなら はやく殺せと 言うてみて うつつに今日も 生かされておる

わがいのち 明日ありとしも 思われず ひと日を今を 強く生きむとす

若き身が 生死のさかいを 悶えつつ かくて幾月 なお生かさるか

強盗殺人 山村義人(1953年 福岡刑務所で刑死)
過去の身を いかに悔ゆとも 帰らぬと 知りつつのぞみ 絶ちがたき今

母恋えど たよりなき身の 淋しさに またとりだして 読む古き便り

牢壁に 母母母と 落書きの 文字も薄れて こは誰が書きし

丹精の 菊はすくすく のびおれど 花咲くまでを 生くる命か

強盗殺人 T・M(1956年 名古屋刑務所で刑死)
冤罪で 敵を救いつ 召されゆく この勝利こそ 神に帰すらん

冤罪の 全てのことは 神ぞ知る 敵を赦して われ逝くらん

人の罪 この身に背負い 十字架の わが主の如く われも死すべき

強盗殺人 長光良祐(1959年 福岡刑務所で刑死)
胸うちに 錐もみたつる 過去もてば 我が望郷は 所詮果敢なし

ちちははの こいし慕わし 罪の身を ゆるせゆるせと 壁に物いう

母の待つ ふるさとばかり ひたに恋いし 死ねば環ると あわきなぐさめ

さりげなく 諦めてしまえと いう父の 胸に子ゆえの あわれみがある

女をば 連想しつつ 人形の 赤ききものに ふれゆくおそれ

永別に しかとにぎれる 友が掌の その感触の いまに残れり

強盗殺人 M・M(1960年 宮城刑務所で刑死)
死囚わが 踏む台降つる その一瞬 目覚むれば房に 鋭く烏鳴く

やがて死ぬ 死囚のわれの 体温に 小鳥の雛は 二十日生きいる

強盗殺人 O・S(1961年 宮城刑務所で刑死)
黙座する 我が影静かに 移りゆき いくばくも無く 生が去りゆく

狂ひなば 生き易すからむ 迫る死の 想ひ拭ひえず 今日もありたり

貧しくて 弁護士ひとり 頼み得ず 吾が三審の すべて終わりつ

終日を 汗して得たる 五円にて 求めし葉書を しみじみ見つむ

吾は母 俺は兄よと 便り読む 他囚に吾は 黙深しゐつ
<宮城送り>
人群るる 上野の駅を 縄打たれ ゆく吾が姿 眼にぞ立つらし

船車覆没致死 竹内景助(1967年 東京拘置所で獄死)
貧しくて 父奪われし わが子らは 霜の寒夜を 如何に眠らむ

強盗殺人 島秋人(1967年 小菅刑務所で刑死)
雨の灯に 憶ふことみな 優しくて 詫びて済まぬ身を 詫びつつ更けぬ

ほめられし 事くり返し 憶ひつつ 身に幸多き 死囚と悟りぬ

巣より来て まろめ造りし 掌の穴に 入りつつ文鳥 甘え啼きする
<処刑前夜>
この澄める こころ在るとは 識らず来て 刑死の明日に 迫る夜温し

土ちかき 部屋に移され 処刑待つ ひととき温き いのち愛しむ

殺人 福島誠一(1971年 東京拘置所で刑死)
医学への ためと大義な 名を借りて 刑死後の処理 願ひいでたり

強盗殺人 五月明(1975年 札幌刑務所で刑死)
パパと呼ぶ 夢の吾が子は 幼くて 別れ来し時の ままの姿に

この吾れを 死囚とも知らず 獄窓に来る スズメが愛しく 日々パンをやる

被害者の みたまと家族に 詫びながら 静かに深む 大晦日の夜

一匹の 蚊を殺す気も 今はなく 人を殺めし 吾が手を見つむ

船車覆没致死 純多摩良樹(1975年 東京拘置所で刑死)
幼な児の 父を奪ひし われにして 償ひ急がん 処刑待つ部屋

吾子われの 処刑を悲しむ 老い母か 筆の乱れし 手紙よみつつ

拇印して 処刑の契約 済ませしが ふと思ひ出で 指の朱ぬぐふ

母のため 獄に折りたる 折鶴は ふるさとへ向く 窓に吊るさう

浴室に たれぞ忘れし 囚人服 縊死者のかたちに 吊されてあり

強盗殺人 佐藤誠(1989年 仙台拘置支所で獄死)
<宮城送り>
「みちのく号」 急行列車は 仙台へ 急げり処刑が 待ちゐるごとく

石門に 「宮城刑務所」の 文字みえて 俄にこころ 冥(くら)くなりゆく

死刑執行の 気配迫りぬ 死囚らは 拳に壁を 叩き合ひゐつ

午前中 をののきゐる 死囚らの 喘ぎが肩に 指先に見ゆ

迫り来し 多数(あまた)の靴音 わが前を 通り過ぎたり 太き息吐く

死囚の二人 曳かるる朝の 妖しさよ 廊の靴音 あまたきこえて

驚きの 声が聞ゆる 執行の 今朝まで袋 貼りいてし死囚の

既に死を 想はす面なり 曳かれゆく 死囚の両腕 だらりと垂りて

執行を 告げられ 曳かれてゆく死囚 ふるへて鳴らす 両腕の手錠

看守らに 手錠の両腕 かかへられ 死囚の蹠(あなうら) 浮きて曳かるる

消へのこる 死囚の生命を かかへゆく 看守の面も 蒼めてゐる

死囚らの 生命はかなし 曳るれば 三十分後に 息は絶えゐむ

冤罪の われの苦悶は 無視しつつ 次の世のみ説く 神父の非情

裁判は 公正と神父の 言ひしとき 胸の十字架 冷たく光れり
<昭和の終わり頃>
恩赦とは 罪人を救ふ ものなりき われには関係 なしと耳閉づ

強盗殺人 H・N(1995年 福岡拘置所で刑死)
命ある ものと思えば 畳這う 蜘蛛の子さえも われには親し

罪ゆえに 苦悩と絶望の 死刑てふ 乗り越えがたき 壁に迷いぬ

主が負える 十字架に見よ ぶらさがる わが犯したる罪、罪、罪が

わが手にて 罪を犯して われの手で 死刑執行書に サインしたりき

強盗殺人 W・K(大阪拘置所 在監)
<一審判決>
無期刑の 我が判決に 法廷の 床に崩るる 被害者の母

被害者に 詫ぶべき言葉 なき文を 書いては破く 免業の午後

虫の音を 涼しきものと 聴きおれど いのちの限り 鳴くをあわれむ

犯さざる 罪まで背負い 泣き濡れて 生死にかかわる 判決を待つ

殺人 坂口弘(東京拘置所 在監)
あと十年 生きるは無理と いう母を われの余命と 比べ見詰めつ



参考資料

四人の死刑囚(手島一路)
汝われとともにパラダイスにあるべし(玉井義治)
戦後死刑囚列伝(村野薫)
死刑囚生きる(小坂井澄)
処刑地(佐藤誠)
死刑囚のうた(佐藤友之)


Thanks to ZORRO様

(C)笑月


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