審理期間(第二版)

はじめに

 1980〜90年代、死刑事件の審理期間は、非常に長期化していたが、2003年秋頃に上告中の死刑未決囚の増大が問題視されて以降、最高裁は未決死刑事件の処理に積極的に取りかかり、その結果、死刑未決事件は減少するに至った。また下級審においては、公判前手続、期日間手続の導入による一審審理期間の短縮、その他、理由は不明ながら二審審理期間の短縮などにより、起訴から死刑確定までの期間は短縮傾向にある。2009年5月より、裁判員制度による裁判が開始され、2010年末段階ですでに死刑判決も下されている。裁判員制度によって裁かれた事件での死刑確定事件はないものの、現時点までの審理期間についての考察を、第二版としてまとめた。
 ここでは、戦後最高裁が審理を開始した時(47年10月)以降の死刑事件に関する審理期間の遷移を書いてみる。


判決確定時期1947−50年

 この時期は死刑事件であろうがなかろうが、他の裁判と同じペースで審理されている。
 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて78件(91名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで1年6月−2年弱くらい。
 この時期の特徴として、初公判で論告求刑・最終弁論が行われているケースが、ままあるということが挙げられる。つまり、審理は初公判及び判決の2回だけであるということである。なお、この時代は殆どが旧刑事訴訟法の裁判だった。
 以下に、この時代の平均的な審理状況のサンプルを示す。

氏名 罪名 事件 一審 二審 三審
A・T 強盗殺人 1946.9.7 1947.6.19 1947.11.25 1948.7.14


判決確定時期1951−63年

 この時期も死刑事件であろうがなかろうが、他の裁判と同じペースで審理されている。
 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて223件(242名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで2年弱−3年前後くらい。前の時代と比べると、審理期間のバラつき方が大きくなってきている。
 少数のだが、長期化した裁判もあった。帝銀事件や三鷹事件などは6年ほどかかっているが、なんといっても福岡事件(47年逮捕、56年確定)・長野県穂高村の一家四人殺し(49年逮捕、58年確定)・メッカ事件(53年逮捕、63年確定)が、その最たるものである。
 以下に、この時代の平均的な審理状況のサンプルを示す。

氏名 罪名 事件 一審 二審 三審
K・Y 強盗殺人 1948.12.4 1949.3.1 1950.6.30 1951.3.6
H・F 強盗殺人 1956.1.5 1957.1.22 1957.6.6 1958.2.21
S・Y 殺人 1961.1.21 1961.4.28 1962.4.30 1963.3.28


判決確定時期1964−74年

 この時期も死刑事件であろうがなかろうが、他の裁判と同じペースで審理されている。
 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて72件(77名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで3年−5年くらい。前の時代と比べると、審理期間のバラつき方が、さらに大きくなってきている。
 まだこの時期には事件から確定までの期間が2年前後の裁判も、少数ではあるが存在する一方、5年を越える裁判も少なからず存在する。
 以下に、この時代の平均的な審理状況のサンプルを示す。

氏名 罪名 事件 一審 二審 三審
O・K 尊属殺人 1960.6.8 1962.3.29 1963.5.6 1964.2.7
S・Y 強盗殺人 1966.2.21 1967.8.29 1968.9.12 1969.4.25
H・B 強盗殺人 1969.12.29 1971.12.17 1972.10.9 1973.12.13


判決確定時期1975−77年

 この時期は、いわゆる過渡期で、前後の時期のいずれの特徴にも合致しない上、事例も少ないので、特には記さない。



判決確定時期1978−88年

 この時期から、死刑事件の長期化が顕著に表れる。
 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて28件(32名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで7年−10年くらい。これに対し、無期懲役事件は3年程度である。
 また、この時期から10年裁判がめずらしくなくなる上、15年以上かかるケースも出てくる。この時期の後半は、永山事件の第一次上告審の判決が出るまで、上告審判決を出すのを控えていたことによる公判の延期の影響を受けているケースが出現しはじめる。
 以下に、この時代の平均的な死刑事件及び無期事件の審理状況のサンプルを示す。

氏名 判決 罪名 事件 一審 二審 三審
K・T 死刑 殺人 1969.9.10 1972.4.8 1976.7.20 1977.12.20
I・Y 無期懲役 殺人 1979.6 1980.7.7 1981.12 1982.7.3
W・M 死刑 殺人 1978.10.16 1980.2.8 1983.3.15 1988.4.28


判決確定時期1989−2002

 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて54件(56名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで10年弱以上。ただし、この時期のはじめの頃は、永山一次上告審の影響を受けたためか、同時期でも審理期間(特に上告審)が長めであるのに対し、最近になるほど、短縮されている傾向にある。一方、無期懲役事件は以前とさほど変わらないようである。
 また、この時期から20年裁判が出始める。これは、未決段階から支援団体がついたり、精神鑑定の応酬が行われたりしていることが原因と思われる。支援団体がつけば、弁護体制も充実してくるし、精神鑑定が行われる場合、多くは弁護側・検察側双方の申請による鑑定が行われるから時間がかかる。
 さらに永山事件のように、こまめに弁護士を解任して、公判の長期化を狙ってくるような被告も少数ではあるが、出てきている。  以下に、この時代の平均的な死刑事件及び無期事件の審理状況のサンプルを示す。

氏名 判決 罪名 事件 一審 二審 三審
N・T 死刑 殺人 1977.1.7 1980.7.8 1981.9.10 1989.3.28
Y・Y 無期懲役 殺人 1998.4.24 1999.3.16 1999.9 2000.6.5
S・K 死刑 強盗殺人 1991.5.7 1993.7.15 1997.3.11 2001.1.30


判決確定時期2004−06

 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて35件(39名)で、被告人がすぐ逮捕された場合、事件から確定まで10年強。2003年は上告審判決が一つもなく、2004年初頭には、上告判決待ちの被告が48名にのぼった。。上告判決待ちの死刑未決被告が50人前後の状態は2008年末まで続くことになるが、この時期と2007年以降との違いは、控訴審判決後、上告棄却までの期間が長かったことである。2004年初頭段階では、控訴審判決後4年以上の死刑未決被告が10人もいた。
 また、この時期までに、一審判決が1990年代以前に出ている被告の判決が確定している。(28名。但し、一度最高裁で破棄差し戻しされた被告を除く)
 以下に、この時代の平均的な死刑事件及び無期事件の審理状況のサンプルを示す。


氏名 判決 罪名 事件 一審 二審 三審
W・I 死刑 強盗殺人 1993.12.20 1996.7.19 1998.3.26 2004.4.19
U・Y 死刑 強盗殺人 1993.10.29 1998.3.20 2001.3.15 2005.12.15
T・S 無期懲役 殺人 2003.8.31 2005.3.25 2005.9.29 2006.6.5


判決確定時期2007−

 確認した裁判数は、取り下げ確定を除いて43件(49名:2010末現在)で、被告人がすぐ逮捕された場合、オウム真理教関係を除き、事件から確定まで5〜9年。この時期は2008年まで上告判決待ちの死刑未決被告が50人前後おり、徐々に控訴審判決から上告審判決に至までの期間が短縮されているだけでなく、公判前手続、期日間手続の導入による一審期間の短縮化、控訴審期間の短縮化により、一審から三審までの公判期間が短くなった結果が現れ始めた時期でもある。
 以下に、この時代の平均的な死刑事件及び無期事件の審理状況のサンプルを示す。


氏名 判決 罪名 事件 一審 二審 三審
S・S 死刑 殺人 2000.9.22 2002.2.22 2004.1.23 2007.6.19
S・A 無期懲役 強盗殺人 2008.3.1 2009.2.13 2009.6.30 2009.12.8
T・Y 死刑 殺人 2003.12.18 2005.2.21 2006.9.28 2010.9.16


参考資料

最高裁判決集刑事
刑事裁判資料56
福島の犯罪
各種新聞




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