被害者1名で死刑2名となった例
被害者1名で死刑2名となった例
通常、量刑事情を見ると、被害者数 > 死刑囚となること多いが、逆の例はないでもない。
戦後に実際にあった例では被害者1名で死刑2名のケース、被害者1名で死刑3名のケース、被害者2名で死刑3名のケースがある。
これらは時代事情や裁判官の性格もあるが、主な理由は最低1名は死刑にせざるを得ず、かつ複数の被告人の主犯従犯の区別が難しい場合である。
ここでは被害者1名で死刑2名のケースを紹介する。
このようなケースで最も新しいのは小倉の病院長バラバラ殺人の杉本嘉昭・横山一美(一審82年、確定88年)で、二人の確定時の多くの新聞には、「被害者1名で死刑2名は戦後11例目」と書いてあった。おそらくこれは被告両名が上告棄却で死刑が確定した件数だけと思われる。
もちろん、被告の片方もしくは双方が途中で確定させているケースもあるので、実際の件数はもっと多い。
以下に、このようなケースで、被告両名が上告棄却で死刑が確定した11件の一覧を記す。
謀殺の項の−印は、故殺謀殺か確認できなかったケースである。
番号 |
確定年 |
起訴検察庁 |
罪名 |
被害者 |
謀殺 |
備考 |
1 |
1949 |
奈良 |
強盗殺人 |
ブローカー |
○ |
他に負傷1名。 もう一人の共犯は懲役15年 |
2 |
1950 |
横浜横須賀 |
強盗殺人 |
ブローカー |
○ |
|
3 |
1951 |
大分 |
強盗殺人 |
主婦 |
× |
猿ぐつわがきつすぎて被害者死亡 他に負傷1名 |
4 |
1953 |
長野飯田 |
強盗殺人 |
|
− |
|
5 |
1956 |
旭川 |
強盗殺人 |
警備員 |
− |
|
6 |
1956 |
福岡飯塚 |
強盗殺人 |
学校事務員 |
○ |
もう一人の共犯は懲役15年 |
7 |
1957 |
東京 |
強盗殺人 |
主婦 |
○ |
もう一人の共犯は無期懲役 |
8 |
1957 |
宇都宮 |
強盗殺人 |
会計係 |
− |
|
9 |
1958 |
青森八戸 |
強盗殺人 |
事務員 |
− |
一審は2名とも無期懲役 1名はIQが低い |
10 |
1965 |
横浜横須賀 |
強盗殺人 |
運転手 |
○ |
命乞いするのを殺害 もう一人の共犯(少年)は無期懲役 |
11 |
1988 |
福岡小倉 |
強盗殺人 |
病院経営者 |
○ |
負傷させて長時間被害者を苦しませた 公判中、罪のなすりあいをした |
1のケースは、元々負傷した1名を殺す予定だったのが、一緒にやってきた人を殺したというケースであり、負傷した1名も瀕死の重傷を負ったので、謀殺とあわせて、犯情は悪い。ただ、この事件は主犯従犯がはっきりしている。すなわち判決文や拘置所内での動向を見るに、主犯は若いが知能的で狡猾かつ行動的であるのに対し、従犯は中年であるが、人に引きずられやすい傾向が顕著である。従犯が死刑になったのは彼の年齢が主犯より10歳上であったこと(主犯は27歳、従犯は37歳)が原因であると思われる。一般的に中年者に対しては矯正的観点から、刑はからい。
9のケースは従犯のIQが60程度で、彼の家系にも精神薄弱者が多く出ており、裁判では精神鑑定も行われた。
一審(青森地裁八戸支部)で途中までこの裁判に関わった渡部保夫は、「圧倒的に(主犯)Hの方が主導的役割を演じている。これに反して(従犯)Kの方は、知能も発達もいくらか遅れており、無口というか口下手であり、性格的に引きずられやすい性格のようで・・少なくともKの方はとても死刑にはできないだろう、と考えておりました。」といっている。そして渡部が他に転出後の地裁判決では共に無期懲役。しかし検事控訴の結果、仙台高裁で二人に死刑判決が下された。
この原因として考えられるのは、責任のなすりあいが裁判官の印象を悪くしたのではないかということである。渡部は一審公判中に二人の間で「なすりあい」があったことを言っていた。そういえば11のケースでも「なすりあい」がおこなわれたようである。
10のケースは、命乞いを無視して殺害するなど犯情は悪い。すなわち最初から強盗殺人の目的で3人で被害者の車に乗り込み、寂しいところで車を止めさせ、そこで被害者が3人が強盗であると関知すると「助けてください!お金は全部あげます。私には妻も子供もいるんです」というのを無視して3人して身体を押さえたり首を絞めたりして殺害したというもの。
3人にはさほど主犯従犯の区別ができるものがなかったようだが、Gだけが無期懲役になったのは、やや従犯的なところがあったのと、少年だったのが理由であると思われる。それにこの時代になると、被害者1名で死刑3名というのも、なじまなくなっていたのだろう。
11のケースはさらに犯情が悪い。最初から殺害計画をもった典型的な謀殺である上に、刃物で被害者に肺に達する傷を負わせ、ろくな手当をしない状態で家に金をもってこさせる電話をさせたりした上、最初の受傷から数時間後に首を絞めて殺したというもので、ここでは被害者を長時間苦しませたのが被告人達にとって致命的であったと思われる。それに「なすりあい」したのも、裁判官の感情を著しく悪化させたであろうことは、想像に難くない。
2−8のケースは、死刑になった2名に関して言えば、あまり主犯従犯が明確ではない。ただ、3のケースは罪名こそ「強盗殺人」になっているが、「強盗致死」ともいえるケースで、量刑に問題がないでもない。
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