戸隠山登山記


 事情は一切省くが、ハイキングすらろくにしない私が、長野県の戸隠山に登った。何でも昔、山伏が修行した山だそうな。
 この山を下から見ると、ギザギザとした突起が沢山見える。峰に沿ってピークが沢山あるということなのだろう。
 昔から何度か戸隠連峰を下から見上げたことのある私としては、『険しそうな山だな』くらいには思っていた。そのため、登山の前、同僚のS君とK君に、「ひょっとしたら新聞記事に載るかもしれないから、その時は仕事よろしく」などと、8割ほど冗談をまぜて言っておいた。無論、二人とも迷惑顔だ。

 さて、初日は車で戸隠付近に移動し、到着早々、ウォーミングアップを兼ねて飯縄山に登った。飯縄山は、途中に弥勒菩薩や馬頭観音など、(確か)13体の石仏が、所々に置かれているところが変わっているが、それ以外は普通の山で、往復4時間くらいの登山行だったが、なまった体のウォーミングアップには最適な感じだった。
 その夜は十分にストレッチしてから寝た。

 二日目は、いよいよ戸隠山への挑戦だ。
 飯縄山登山のダメージが腿にわずかに残っていたが、まあ問題ない。なまった身体にしては上出来だ。
 メンバーには、プロの登山家(50〜60代)の方が5名同行してくれた。他に60代男女1名づつ、50代女性(いずれも登山家の奥さん)2名、40代夫婦と、その娘さんである20代女性だ。素人の中では、60代男女と登山家リーダー奥さんは過去に登ったことがあるとのこと。
 戸隠神社の奥社入り口から杉並木の中をゆっくり歩いた。樹齢数百年はありそうな巨木の間を歩くと、誠に心が和むものがあった。奥社までは
 先頭を歩くリーダーは、奥社の脇から、いきなり平均45度以上はある山道を登り始めた。道幅も、子供の頃歩いた市内のハイキングコースより狭い感じな上、近くの木などに掴まらないと登れない道だ。しかも二日前の雨のせいか、道は湿って、やや滑りやすい。いきなりこれかよ
 しかしこの程度の傾斜なら、子供の頃、学校裏の山の急斜面(大人は崖と呼んでいたが)で遊んだこともある身としては、大して問題にはならなかった。ただし、戸隠の登山道は、傾斜が同じでも延々と続くところが、裏山と違うのだが・・
 リーダーが「尾根に出た」と言うので、やれやれ少しは楽できると思ったが、確かに平均傾斜は緩くなったものの、濡れた岩場をロッククライミングするような場所が何カ所かあり、戻るときは骨が折れるなと思った。
 やがて着いたのが『百間長屋』。オーバーハングした岩が頭上を守るように続いている。ここで小休止。靄が出てきて、ヤな雰囲気だ。
 ここを出発して少しすると、初の鎖場に出くわした。今までとは比較にならない急傾斜の岩場に鎖がぶら下がっている。しかし、足場がわかりやすいため、結構すんなり登れた。プロは鎖使わずに登っている。さすがだ・・
 この辺りでは、後続のメンバーが登ってくるのを動画で撮ったりと、結構余裕だった。
 この鎖場の上から30メートルも進まないうちに現れた鎖場は、大分ランクアップしている感じだ。登り切った後、そのまま横に多少上下しながら移動し、最後にまた登る感じだ。先に登った20代女性は、横移動の途中で足場が分からず、かなり難儀していた。すごく怖そうだ。
 私も行ってみたが、確かに横移動の途中で、足場が分からなくなった。鎖に掴まりながら先行している人に聞くと、今の足場よりやや低いところにあるという。どうも上の足場に移動するより、下の足場を探して移動する方が、いやでも下を見ないといけない分、怖いみたいだ。
 ようやくその鎖場を乗り切るものの、続く山道は狭く急な上、10メートルもいかないうちに今までより高低差のある鎖場が現れた。やはり登り切った後、そのまま横に移動するような感じな上、横移動の道(というか足場の続く先)がカーブしているため、終着点が見えないのが、また怖い。
 しかしここでは、先に登ったグループが詰まっていて、渋滞している。一応休憩ということになったが、狭く急な山道で、しかも片側は切り立った崖といった環境では、落ち着いて休めるものでもない。しかし、オバさん連中は楽しそうにしゃべっている。余裕だ・・
 ようやく先行チームが登り切ったので、リーダーが先行して登った後、ザイルをくくりつけた。そして、素人メンバーのうち、60代、20代女性にはカラビナをつけていた。これで彼女たちは足を滑らせても、滑落することはなくなった訳だ・・彼女たちだけは
 いよいよ自分の番になった。足場のルート取りが悪かったのか、途中で両手で鎖を掴むことができなくなり、片手で岩、片手で鎖を掴んで登るような場面もあった。この段階で、ここ戻るときはさぞかし怖いだろうなと思った。
 ここを登り切ったところで、リーダーが「いよいよ『蟻の戸渡り』だ」と宣言した。名前からして相当ヤバそうだ。ちなみに岩の側に「○子さんここに眠る」という札が立てかけてあった。やめてくれ

 その岩を超えれば、『蟻の戸渡り』が見える・・

 私はそれをみた。そして凍った。広いところで幅50センチ、狭いところで20センチ。右側は鎖場レベルの急傾斜!そして左側は断崖絶壁!足場は当然平坦ではなく、岩の状態によって登ったり下ったり、右に傾いたり左に傾いたり風雪で削れて丸まったり!そんな岩が蛇行しつつ、50メートルほど続いている。

 ねぇ、俺、何でこんな所いるの?

 このとき、私の頭には同僚のS君とK君の顔が浮かんできた。そして、会話を思い出した。

 「ひょっとしたら新聞記事に載るかもしれないから、その時は仕事よろしく」

 あの時は冗談8割だったが、今は本気8割だ。
 先を見ると、沢山の人が四つんばいになって連なっている。まさに蟻の行列のようだ。しかし中には立って歩いている人もいる。信じられない。
 私の直前を進んでいた40代夫婦は、人が詰まっている所まで歩いていっていた。私は・・チキンなので、蟻の一匹になることにした。格好悪かろうが、死ぬより、はるかにましだ。
 最も足場が悪い部分(以前崩落した結果だという)は、一旦右側下の鎖場を通るルートで回避することになった。鎖に掴まりながら、下の足場を探す。結構怖い・・今まで登ってきた鎖場を下る時は、ここよりもっと怖い思いをするはずだ・・
 何とか数メートル下に降りたものの、再び鎖を掴んで『蟻の戸渡り』へ。所詮、『蟻の戸渡り』の一部を回避できるに過ぎないのだ。
 またリーダーがザイルを結びつけている。この先は『蟻の戸渡り』から『剣の刃渡り(ナイフ・ブリッジ)』のエリアだそうな。『剣の刃渡り』は幅20センチの最も細いところ。しかも下への段差があるから、かなり怖い。
 やはり四つんばいで進むと、下への段差へ行く前に、1メートルくらい下にある左側の足場に足を乗せろと言われた。左側・・・つまり絶壁側だ。・゚・(iДi)・゚・。
 しかし、その足場を使えば、右側には胸の高さくらいに峰がある形になり、以外と怖くなかった。やはり両側が切り立っているのと、そうでないのでは、大分違う。
 一番怖いところは終わった・・
 ここでは、登山家リーダーの奥さんが、足場もよく見えないところに足かけて写真とっていた。すごい・・
 そして、最後にしっかり鎖場が待っていた。他の所もそうだが、鎖場の下は急で狭い山道しかないので、すべったらそのまま下へ滑落だ。しかし、いくつかの鎖場を超え、『蟻の戸渡り』を渡ってきたせいか、ここはそんなに怖いと思わなかった。
 そしてついに目的地『八方睨(はっぽうにらみ)』に到着。ここは峰の中でも急に上に突出しているから、周りを見渡すことができる。それ故に八方睨というのだろう。
 ところで予定だと、今までのルートを戻ることになる。つまり、あの『蟻の戸渡り』をもう一度渡るのだ・・

 無理!

 というわけで、距離はあるけど、『やさしい』ルートで帰ることになりました。
 とはいえ、途中、『蟻の戸渡り』みたいな場所(ただし幅は1メートルくらいあった)もあったし、滝の脇の鎖場を降りたりと、私のような完全初心者には『やさしい』とはとても言えなかったが^^;
 ところで、年齢的に下の二人(つまり私と20代女性)を除く人達は、最後まで疲れたとも怖いとも言わず、結構平気そうに歩いていた。一番上の人は67歳(素人)だ。体力的に逆で情けないが、なんともすごいと思ったものだ。
 何はともあれ、プロがいたお陰で、新聞に載るようなことにはならずに済みましたとさ。めでたしめでたし


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