裁判所・部 横浜地方裁判所・第3刑事部(合議係)
事件番号 平成18年(あ)第1016号等
事件名 建造物侵入、殺人、殺人未遂
被告名
担当判事 木口信之(裁判長)多和田隆史(右陪席)野原利幸(左陪席)
その他 書記官:早稲田浩
検察官:和田文彦
日付 2008.11.25 内容 論告求刑

 被告人は白髪で短髪の背の低い大人しそうでインテリ風の中年男性であった。
 検事は抑揚のない口調で淡々と数ページにもわたる論告を読み上げていたが、内容は被告人を厳しく非難するものだった。
 弁護人は読み上げられた情状面に移る前の精神状態の内容の箇所で反発して裁判長に「異議があったことは記録に残しますので」と言われていた。

−検察官の論告求刑−
 情状ですが、本件動機に酌量の余地は全くありません。無抵抗の男児を15階から投げ落として殺害し、2名を殺害しようとした前例のない凶行で極悪非道、反省の態度もなく峻厳な刑を科さなければなりません。
 動機は強い父親像を持った家庭を自身が築くことができず、自分が築けなかった幸せな家庭を破壊してやろうとするもので、勤務態度の問題は被告人の自己中心的で独りよがりな性格に依るのであって、妻を逆恨みするのは身勝手極まりないのであります。また妻や娘を殺害できなかったのを無関係な第三者に向けたのは理不尽極まりなく酌量の余地は全くありません。いたいけな児童を殺害して幸福な家庭を破壊したことに成功すると、さらなる犯行を計画したのであって危険な犯罪性向です。テレビニュースで転落死したことが出ると、「自分がこの事件の犯人である」と嬉しく思い夕食を残さず食べたといい、鬱憤を晴らしたい、達成感を味わいたいとの気持ちで殺害意思を固めていき、達成感についてスカッとした気分になったと話すなど戦慄を覚えます。落としやすい子どもや女性を狙い、潜在的犯罪性向は著しく、入念な下見をしたうえでの計画的犯行である。高所から投げ落とせば血まみれの姿を見なくて済むこと、高層マンションは裕福な家庭が住んでおり好都合であること、本件マンションはオートロックなし、管理人なし、河川に面していて発見されにくいことなど条件にあてはまり、被告人は脇の下に抱きかかえる、後ろから抱え上げる、失神させて抵抗させなくして落とすなどと段取りを考えて、1週間ウエイトトレーニングをして体格的な不安を消し、警戒心を抱かせないようにして3月29日から3日間にわたり虎視眈々と機会を伺い、入念な下調べをするなど計画的犯行で非道かつ卑劣な事案であります。1名を殺害し、2名を殺害しようとし、さらに標的を探索した通り魔殺人で断じて許し難い凶悪犯罪で厳刑をもって臨むべきです。投げ落とし殺人は返り血を浴びずに確実に殺害できること、痕跡を残さず事故に見せかけられることから、実際事故死と見られていたのであり、住民保護の観点からも毅然とした態度で臨む必要があります。
 犯行態様も残忍で33.2メートルの叩きつけられたもので死に至ることは必至で、殺害手段も例えば絞殺だと犯人が逡巡し一命を取り留めることもあり得るが、殺害目的を完全に達成し、被害児童は心臓や脾臓の破裂・肺出血・広範な出血・骨盤や大腿骨の骨折などが見られ、強度の衝撃で身体の機能を破壊されたと見られ残虐極まりなく戦慄を覚える。落下するまでの間、被害児童に極限の恐怖を与えたのであり「え?」と目を丸くし、どれほどの恐怖感で地面に叩きつけられたかと思うと誠に不憫であります。被告人はそれを目の当たりにしても憐憫の情を抱くことなく、まるでモノを放り投げるかのごとくであり悪質性は極まっています。報道で死亡したことを知ると血まみれの死体を見たいという思いから次はコンクリートの地面に落とそうと決意するなど鬼畜にも劣る犯行です。
 被害児童は重い病気になったものの一命を取りとめ、健全な肉体になり、高熱を出したときも運動会に参加するなど明朗闊達だった。水槽を真面目に取り替えて命の大切さを分かったといい、少年野球チームのキャプテンになるなどしていたが、高いところだけは怖がっていたといい、被告人の巧みな話にあった悪意を見抜く術なく善意に受け止め、いきなりランドセルを掴まれ肩に担がれて手すりの上から投げ落とされました。高いところを怖がっていたのに我が身が投げ落とされるときの児童のことを察すると胸が締め付けられる思いです。事件に巻き込まれなければ立派な社会人になって活躍していたでしょうし、あらゆる可能性を秘めていました。
 第二の事件は「15階の通路にゴミがあるから見てほしい」と連れてきていきなり抱き上げ、わずか落下する30cm手前であり死に至る危険性があり平凡な日常から突如死に直面させられた苦痛は大きい。
 第三の事件はエレベーターを降りた瞬間「アブラムシがついてる」と言われ立ち止まったところわずか落下まで50cmしかなく、体に手を掛けられてコンクリートに叩きつけられる死の恐怖を抱かせたのは誰の目にも明らかです。
 遺族の処罰感情はいずれも峻烈です。被害児童は38℃の高熱でも「僕は運動会に出る」と顔を真っ赤にして一生懸命走っていた、九州一週間旅行が最後の長期旅行になってしまったが大はしゃぎだった、こんなことになるならずっと九州に泊まっておけばよかった、息子の部屋は当時のままにしている、恐怖心で人の付き添いがないと外に出られなくなった、犯人が捕まって1年経って少し落ち着いたが息子の事件の起こった昼と清掃婦が襲われた時間は外に出られないなどと両親は話しています。精神的苦痛は大きく処罰感情について「あんたは人間じゃない。人間の姿をした鬼。15階から何度も投げ落として分からせてやりたい。Aには極刑しかない。これが最後の願いです。素直に白状して自ら死刑を望んでください」と話し、実の姉や父親も強い衝撃を受け同様に峻烈な処罰感情を有しておりこれは至極当然です。第二の事件の清掃婦も怖くて15階に上がれなくなった、犯行後魂の抜け殻のようになって帰ってきた、あの時の場面を思い出すだけで気が狂いそうになります、死刑にしてくださいと話している。第三の事件の被害児童も落ちたら死んじゃうと思って急いで脇の下に隠れて大声を上げた、すごく怖かった、また襲われるかもしれない、犯人は睨み付けるような怖い目で見ていたと話し、すでに殺人鬼と化した被告人に対する恐怖感を語っている。被害児童の父親は「好奇の目に晒されるのではと妻はナーバスな日々を送っていた。もし息子が殺されていたならと思うとできることなら死刑にしてほしい」と話すなど多大な精神的苦痛を与えている。これらは被告人の残虐性を見ると当然で量刑にあたり最大限考慮されなければなりません。
 本件は幼い児童がコンクリートに叩きつけられて殺害されるという身の毛もよだつ犯行態様から広く世間に報道され、いつどこで起こるか分からなく適格な自衛手段がないことから強い不安を多くの国民に与え、模倣犯が出るかもしれないなど、社会的影響の大きさは計り知れない。小さな子どもを持つ親など身近な者にも往々に深い影を落とし「何と恐ろしいことをするのか」「他人事とは思えない」などと話し、事件後は挨拶運動をするようになったが挨拶運動だけで不審者を見抜けないこともあり、知らない人には疑心暗鬼になるなど事件後2年半が経過した今の地域社会に与えた不安は消えていません。高層階の住民や事件のマンションの理事長も「犯人は許せない。2度と社会に出てきてほしくない」と話すなどこれは付近住民の切実な要請です。通り魔事件は適切な自衛手段がなく、子どもの被害を防ぐ術がない、模倣される恐れもあることから、国民の安心した生活のために司法が毅然たる態度で臨む必要があります。
 次に矯正可能性でありますが、被告人には根深い犯罪性向が備わっており、前科がないことを重視すべきではなく、矯正可能性は期待し難いものがあります。被告人は転職を繰り返すなど功利的なところがあり仕事で努力することはするのですが行き詰まるとすぐに他者に責任を転嫁するところがあり、離婚や離職に失敗すると妻や娘を殺害しようとする危険な人格です。捜査段階では犯行を一度は認めていたのに非常に曖昧になり被告人質問では「覚えていない」と繰り返すなど犯行の詳細を知りたい遺族の期待を裏切り自分の刑事責任を軽くするのに汲々としています。
 自首減刑の点ですが、被告人は12日後に警察に出頭し出頭が成立するのですが、現場の防犯カメラの画像から逮捕は時間の問題だと計算して出頭しました。当初動機として述べた死刑になりたかったというのは嘘でした。報道で防犯カメラの画像を見たことを隠しているなど非常に功利的で打算的です。
 被告人の鬱病の可能性を指摘しているが一般的に鬱病は他害的犯行とは結びつかず、躁の状態であったとされるが、足で肉刺ができるほどウォーキングしたことなどは事実確認が取れず躁の発現と認めることは困難です。何かに駆り立てられるのが躁の状態だというが、第二の事件のとき下見を繰り返すなど、きちんとした状況判断もしており中谷鑑定には重大な疑問があり影響は限定的で犯行への影響は全くありません。
 以上のことから酌量の余地がなく無差別的な犯行で態様も残忍残虐、処罰感情も峻烈であることから責任はあまりにも重大で危険な犯罪性向から死刑をも考慮すべきだが精神的疾患は否定できず最大限峻厳な刑罰である無期懲役を求刑します。

 求刑が終わるとほどなく閉廷し、遺族らしき男女集団はがっかりした様子でエレベーターで上がっていった。

事件概要  被告は自分の不満の鬱積から、2006年3月20日、神奈川県川崎市で無関係の子供をマンション15階から落として殺害したとされる。
 その他、同様の殺人未遂も犯したとされる。
報告者 insectさん


戻る
inserted by FC2 system