裁判所・部 横浜地方裁判所・第四刑事部合議係
事件番号 平成19年(わ)第2603号
事件名 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反
被告名
担当判事 栗田健一(裁判長)香川礼子(右陪席)田中一洋(左陪席)
その他 書記官:早矢仕智司
検察官:平野慎
日付 2008.11.25 内容 判決

 被告人は優しげな顔立ちのスポーツ刈りで眼鏡をかけた色白の普通の男性。

裁判長「それでは被告人は証言台の前に立ちなさい。被告人に対する殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反について判決を言い渡します」

−主文−
 被告人を懲役14年に処する。未決拘留日数のうち290日をその刑に算入する。押収してあるファイティングナイフを没収する。

−理由−
 裁判所が認定した事実だが

○犯行に至る経緯
 被告人はa(被害者)の甥であり、自宅で母であるY1と暮らしていたが、平成6年ごろから祖父が同居していたY1に酷い仕打ちをしたと被害者はY1に「人殺し」という無言電話や嫌がらせを繰り返すようになった。Y1と被害者の間で祖母の介護での確執が悪化して、嫌がらせの矛先を被告人にも向け「あの女の息子だからろくなもんじゃない」などと言い平成9年ごろには掴み合いになった。平成18年の春ごろから被告人のマツダRXに毎日犬のフンを置く嫌がらせをするようになり、怒りと憎しみを募らせた。ある日駐車場からモノを叩く音がして被害者が犬を連れて歩いていた。被告人は証拠写真を撮ろうとデジタルカメラを持ち、護身用としてファイティングナイフを持って駐車場に向かったところ、車の屋根に犬のフンがあることに憤慨し、被害者が被告人に気づいているのに目も合わせずに無視するように通り過ぎたことから同人に怒りを覚えて左手にナイフの鞘、右手にナイフを持って近づき

○罪となるべき事実
第一、被告人は平成19年8月11日、路上においてa当時63歳を所携のファイティングナイフでその胸部や背部を多数回突き刺して、同所においてaを胸背部刺創等により失血死させた。
第二、被告人は前記日時において正当な理由なくファイティングナイフを所持した。

○認定事実の補足説明
 弁護人は事件当時被告人は事理弁識能力が欠けた状態で殺意はなかった、鬱病や飲酒酩酊状態だったことで行動を制御する能力が著しく失われていた心神耗弱の状態だったと主張するので以下検討すると、被害者は胸に5箇所、腹に4箇所、背中に5箇所など計21箇所もの刺し傷があり、左胸の傷は空洞部分にまで達し、右胸は深さ10cmで右肺まで達し、腹部は深さ11.4cmで胃を貫通していた。凶器も刃体の長さがある軍用のファイティングナイフで、被告人の所有するなかでも最も攻撃力が強いものである。被告人は被害者の腹部を下から上へと突き刺し、屈みこんだ背中をナイフを逆手で上から突き刺すなどしたもので、攻撃回数は少なくとも21回でそのうち15回は胸部や腹部、背中に集中している。現場には多量の血痕が付着して、路上に缶チューハイや入れ歯が散乱し、着用している衣服や眼鏡にも血痕状のものが多数あった。被告人はマツダRXに犬のフンを置かれたが被害者に無視されて激高したもので、犯行後ナイフを鞘に納め、被害者を見下ろし、出てきた被害者の妻に「誰も止めないからこのようなことになった」と告げた。
 まず殺意や責任能力の有無についてだが、被告人は捜査官に犯行状況を詳細かつ具体的に話しており相当程度当時の記憶を保持しており、動機も了解可能であり、言動に不自然・不合理な点もなく、飲酒量も特段多量とは言えない。これらを総合考慮すると被告人が事理弁識能力が欠けていたとは見受けられず完全な責任能力が認められる。
 次に被告人は鬱病で当時抑鬱状態で心神耗弱だったという主張についてだが、関係証拠によると被告人には、実父が鬱病に罹患していたり、インターネットで自己診断を受けたこと、医者にかかるために会社を休んだこと、友人の前で泣き出したことがあり、これらを総合考慮すると確かに精神的に安定した状態ではなかったが、医者の診断を受けたこともなく、とくに様子に変化がなかったことからすると精神疾患に罹患していたとは認められない。酩酊の程度も350ml缶のビールや焼酎を犯行前に断続的に飲酒していたぐらいで強度の飲酒・酩酊状態とは言えない。
 殺意の有無だが長期間嫌がらせを受け犬のフンをマツダRXに置かれたことに憤慨した経緯からは極めて強い攻撃意思を読み取れ、人体の枢要部が集中している胸部や背部を21箇所も刺した執拗な犯行で救護することもなく、起こるべくして起きたかのような言動をして、当時の記憶も保持しており確定的な殺意を有していたことは明らかである。捜査段階で、鞘からナイフを取り出して近づき刺し、aに「人殺し!」と言われたが「絶対殺すんだ」と確実に殺そうと思い前屈みになっているaにナイフを2〜3回思い切り振り下ろしたと供述してるが、公判廷では刺した記憶がない、何回刺したか分からない、犯行態様もよく覚えていないと捜査官に誘導されたと供述している。ところが捜査段階の供述は具体的で客観的な犯行状況ともおおむね整合しており(待ち伏せしたことを否定するなど)信用性は高く、公判廷では合理的な理由がなく変遷しておりにわかには措信しがたい。

○量刑の事情
 本件は伯父である被害者と確執を強め、マツダRXに犬のフンを置かれたことに怒りを爆発させナイフで胸部などを刺して失血死させた殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。嫌がらせを受け、自己の車に犬のフンを置かれたうえに無視されて憤激して咄嗟に殺害を決意したものだが、転居するなど回避することもできたはずで、安易に殺害を決意した短絡的で身勝手な犯行である。刃体の長さが20cmの軍用ナイフで30メートルにわたり逃げる被害者を追いかけ、首の後ろを掴んで、抵抗しない被害者を21回も突き刺したもので、路上の血だまりやシャッターに飛び散った血痕、散逸した酒缶や入れ歯などが物語るように強固な殺意に基づいた残忍な犯行である。嫌がらせなどもあったが、被害者には命を奪われなければならないほどの落ち度はなく、実母の介護を懸命に続け定年まで迎え、娘の花嫁姿を見ることもできずに家族の名を叫びながら絶命した苦痛は察するに余りあり、被害者を目の前で奪われた遺族は峻烈な処罰感情を有している。にもかかわらず被告人は遺族に対して謝罪を含め慰謝の措置を講じておらず厳しく非難されるべきである。他方被害者に対しては謝罪していること、突発的な犯行であること、被害者の陰湿な嫌がらせが本件犯行の布石になったこと、2000万円の賠償の用意があること、交通違反歴を除いて前科・前歴がないことなどを考慮して主文の通り判決した。

 裁判長はこのあと控訴の説明をして淡々と閉廷を告げた。

 被告人の関係者らしき喪服姿の中年女性は判決が読み上げられている間ハンカチで目頭を拭うなどいたたまれないさまだった。

事件概要  被告人は、2007年8月11日、生活上の確執から、伯父を殺害したとされる。
報告者 insectさん


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