裁判所・部 横浜地方裁判所・第一刑事部合議B係
事件番号 平成19年(わ)第2606号等
事件名 殺人、死体遺棄、現住建造物等放火
被告名
担当判事 鈴木秀行(裁判長)野澤晃一(右陪席)林真利子(左陪席)
その他 書記官:岡田いづみ、江端奈々瀬、佐和田玲子
検察官:佐藤光代、川井啓史、大橋広志、中田広子
日付 2008.9.17 内容 判決

 傍聴券交付こそなかったものの、法廷の前には列が出来ていた。
 最前列には被告人の両親も来ており、その母親は「ここで事件の話をするのは関係者にとって耐えられないことです」「うるさい!!」「人の人生で遊んで」と他の傍聴人に怒鳴り、足を地面に大きく踏み鳴らすなどしていた。
 法廷に入ると被告人が警察官2名(カッターシャツを着ていたので刑務官ではない)に腰紐を打たれて入廷してくる。被告人は丸刈りで眼鏡をかけて、眉が薄くて目が細い痩せた男性でスーツ。顔をやや紅潮させている。傍聴席はほぼ満席状態。弁護人は中年男性で、検察官は若い男性と中年女性の2人。
 しばらくすると裁判官が入廷してきて開廷される。裁判長は三島短大生焼殺の控訴審にも関与するなど完全に検察寄りの判事で被告人にとって地獄部と言える。

裁判長「本日は判決の言い渡しということですが、検察官の補充立証ということで弁論の再開も申し立てがありました。新たに請求するのはDの判決書(Dも同じ裁判体で審理・判決が出た)ということですね。弁護人ご意見は」
弁護人「同意します」
裁判長「今月の3日に殺人、詐欺未遂、有印私文書偽造同行使等でDには懲役20年が言い渡されたと。ご意見は双方従前通りと聞いてよろしいですか」
検察官・弁護人「はい」
 そして裁判長が被告人を証言台に立たせて改めて意見を求める。
被告人「(小声で)ないです」

 裁判長は左右の陪席判事に顔を向けて頷きあい、判決の言い渡しに移った。
裁判長「それではC被告人に対する殺人、死体遺棄、現住建造物等放火について判決を言い渡します」
 裁判長は手を横に合わせながら明朗な口調で判決を読み上げた。陪席判事は2人とも顔を上げずに判決文を読んでいた。

−主文−
 被告人を懲役20年に処する。未決拘留日数のうち230日をその刑に算入する。

−理由−
 本件は
1.被告人がAやBと共謀してaが居住している家屋に火をつけてこれを焼損させようと企て、平成19年5月17日神奈川県相模原市の同人の家屋にBにおいて樹脂性の灰皿のうえにトレーナーを被せてオイルを古新聞紙に染み込ませるなどして点火し額縁等を焼損させた。
2.被告人はAやB、Dと共謀して前記a(当時61歳)を殺害しようと企て、7月7日Bにおいてaの背後から頸部を右腕で締めつけ、倒して体重をかけて強く締め付けるなどして同人を頸部圧迫による窒息により死亡させた。
3.被告人はAやB、Dと共謀してaの死体を遺棄することにして同人の死体をブルーシートで梱包して自動車の後部座席の足元に隠したうえで山中に深さ約1メートルの穴を掘って死体を置いて土砂を運んで入れた。
という事案である。

○争点に対する判断
 弁護人は1の現住建造物等放火について、被告人はAやBと共謀した事実はないと主張している。証拠により次の通りの経緯が認められる。
 被告人は平成17年5月頃よりAが経営する弁当宅配店「味人生」本厚木店で稼動して、Aから店長として経営権を譲り受け、被告人と遊び仲間だったBを加えたが、Bが「味人生」で誤配や誤発注を繰り返すなどしたため、Aは5000万円の借用書を書かせて、長時間安い給料で働かせたりフライパンや素手で日常的に殴るなどしていた。AはBに土地の権利書や時計などの金目のものを要求して、BをAに紹介した被告人もBの数々のミスの責任を取らなければならないと思い、AがBに5000万円もの借用書を書かせるなどした理不尽な要求や暴力を振るうのを容認・追従しており、被告人は「一日に1つ金目のものを持ってくる」などと要求した。
 耐えかねたBが「家に金庫がある」と言ったところ、AはAに対してBと一緒に金庫を盗み出すように指示し、A・被告人・B・Aはa方の金庫を盗んだところ、金庫の中身は預貯金の通帳や印鑑、土地の権利書であり、数千万円の金融資産や多額の死亡保険金が手に入ることを知った。aの郵便貯金を下ろすことに失敗して被害届が出されて通帳が使えないようになり、AはBにaの殺害を打診したところBは曖昧な態度で積極的でなかった。被告人は意に沿わないと暴力を振るうAに恐怖心があったことや幾ばくかのお金が手に入ると思い誘いに乗り、aを自殺や事故死に見せかけて殺すことを話し合った。被告人は交通事故死や風呂場での溺死を提案するなど調子を合わせて、階段からの転落死を提案した。被告人はBに「朝起きだしたところを背後から蹴飛ばせ」などと言い、Bが死ななかったらと聞くと「俺がとどめを刺す」などと言った。転落死を装うためにBの車で家に行って階段の急斜が傾であることを確認して被告人はBに「多分突き落とせば死ぬんじゃない」と言った。
 ところがBは一向に行動に移さず、Aが「何でやらねえんだ、早くやれ!」と言ったのに同調して被告人は「今日こそは絶対やれ」と言った。AはBに「直接家で殺すのと家に火をつけるのとどっちがいいんだ」と言い、火をつけることを選んだBに被告人は火のつけ方を教示することにした。
 被告人はアルコール成分のものでゴキブリを焼き殺した経験から着想を得て原因をタバコの不始末に見せかけることにして、Bに好きなドラゴンボールの漫画を家から持っていかないように指示した。持っていくと不自然と思われるからだ。Bは被告人に「今家に着いたが、火のつけ方をもう1回教えてほしい」と電話し、被告人は「火をつけてこれ以上はヤバいと思ったら家を出ろ」と指示し、Bは結局炎が1m以上燃え広がり煙がかなり出てから逃げ出した。だが家の2階で寝ていたaは出火に気づき、窓ガラスにヒビが入っただけで家屋を焼損させることはできなかった。Bが「今家に火をつけた」と言ったとき被告人はとくに驚いた反応を見せなかったこと、「警察に連絡があったんか」「はぁ、オヤジ死んでないんじゃん」などと被告人が言ったとする上記のB証言はありのままで反対尋問でも揺らいでおらず、AやAの供述からもその信用性に疑いを入れる余地はない。捜査段階の被告人の供述は全面的に信用することはできないものの自身の言動や心情を比較的詳細に綴っており客観的な事実と矛盾しない。これによるとAと共謀してaの預貯金を奪うことについて、自身の分け前に与ろうとしたことやAと殺害方法を話し合ったという自らの関与が具体的に述べられている。BやAと家に何度も下見に行ったこと、放火にあたっては失火を装うことを教示したことなど犯行をやるに際して共謀を認めるのに十分である。
 なお弁護人は被告人がAが誰これを殺せと言ったのは何度かあり冗談だと思っていた、家に行ったときは自分は何もしなかった、Bが本当に火をつけるとは思わなかった、Dが犯行に加わったときから本当に殺すのかなと思ったと主張するが、捜査段階の供述から合理的な理由がなく変遷しており不合理と言うしかなく、現住建造物等放火の事実を認定できるからそれに併合罪を適用して主文に述べた懲役20年未決230日算入という主文に述べた刑にして、訴訟費用は被告人に負担させないということにしたのですが、以下量刑の理由を述べます。

○量刑の理由
 本件は被告人がAやBと共謀のうえBの父であるaが居住する家屋を焼損させ、また財産目当てにaを殺害して山中に埋めて遺棄した事案である。AはBからaが多額の預貯金があること、高額の死亡保険金が下りることを知ってそれを奪うことを画策しaを殺そうと提案したところ、Aに対する恐怖心もあったが分け前を得られるという期待から犯行に加わったのであって酌むべき事情はない。種々殺害方法を検討し、家を何度も下見したうえで放火し、放火によって周りのアパートに逃げていたaを連夜にわたって探し出し、自宅に戻っていたところを監視するなど強固な殺意に基づく計画的かつ利欲的な犯行である。タバコの火の不始末に見せかけて住宅街にある木造家屋を焼損するなど幸いaが早期に発見したものの周辺住民に与えた衝撃は大きい。殺害態様もBは部屋の片付けをaに手伝ってもらいダンボールを運んでいる不意を突いて背後から右腕を回して締め付けて押し倒し、必死で抵抗する被害者に体重をかけるなど冷酷で非情な犯行である。また犯行の発覚を恐れて山中に死体を遺棄したことは死者に対する敬虔の情を損なう人倫にもとるものである。刑責は重大で妻と離婚後育て上げた実の一人息子に60歳になったばかりの年齢で殺害されるという被害者の無念の情はいかばかりかと察せられ絶望感も大きかっただろう。遺族は優しくて皆から慕われていた被害者が行方不明になり不安を抱えていたところ、無残な姿で発見されたという警察の報告を聞いて頭が真っ白になるほどの衝撃や一生消えない感情を受けたと話しているなど心情は察するに余りあり被告人らに峻烈な処罰感情を抱いている。ところが被告人は被害弁償の措置を一切講じておらず、現住建造物等放火の犯行の関与を否定するなど真摯な反省は伺えない。
 被告人は早いうちから犯行に関わり、Aに指示されてBに放火方法を教示し、背後から首を締め上げて殺す方法を「実演」して殺害を容易ならしめ、放火後身の危険を感じた身を潜めた被害者を連夜に渡って執拗に探し出し、被害者が自宅に戻ったことを確認するとBに見張りを指示して「外に出たら殺せ」と言い被告人自らも傍で監視していた。死体遺棄に関してもブルーシートで梱包した死体を運搬するなど重要な役割を果たしている。
 他方放火に関しては早期に消し止められて焼損部分は狭い範囲に留まったこと、被告人には前科がないこと、概ね従属的に行動していたこと、遅ればせながらも反省の態度を示していること、母親が更生に向けて助力していくことを証言していることなども考慮して裁判所は20年の懲役刑に処するのが相当と判断しました。

裁判長「どうしてこうなったかは説明したとおりです。安易に別人が人を殺したことで分け前を得られると、簡単に考えて犯行に加わってしまったんだと思うけど、やったことの重大性をよく自覚してください。これは有罪の判決ですので不服がある場合は東京高等裁判所に控訴することができます。その場合は明日から2週間以内に東京高等裁判所宛の控訴申し立て書をこの裁判所に出してください。それでは言い渡し終わります」

 裁判長が閉廷を告げると被告人は腰紐を打たれて廷内に残される。被告人の母親は「頑張ったね」と被告人に声をかけて、被告人は両親や傍聴席に頭を下げて退廷していった。母親の行動に辟易していた多くの傍聴人はそれを複雑な思いで見つめていた。

※検察側・被告側は控訴し、09年1月14日東京高裁(植村立郎裁判長)は一審を破棄、懲役25年(原審未決180日参入)を下した。
事件概要  被告人は財産目的から、主犯の指示により、2007年7月7日、神奈川県相模原市の被害者宅において、被害者の息子に被害者を殺害させたとされる。
報告者 insectさん


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