裁判所・部 横浜地方裁判所・第三刑事部
事件番号 平成17年(わ)第3415号等
事件名 殺人、器物損壊
被告名
担当判事 小倉正三(裁判長)梶山太郎(左陪席)
日付 2006.5.26 内容 論告

 被告人は色白で背の高い男性だった。ゴルファーのような風貌である。
 論告中は床に視線を落とし、涙ぐんでいたこともあった。
 裁判の構成は合議、検察官は女性2名、弁護人は男性2名。
 開廷されると、最初に検察官が遺族の意見陳述書を代読する。

○aの母Y1の意見陳述
 私たち家族の苦しみはaの死から始まった。
 情報は新聞やテレビの報道でしか知ることができなかった。
 aが投げ捨てられた場所を自力で探した。
 だがとうとう遺体と対面することもなく、荼毘に伏されてしまった。
 aの娘は自宅に戻ることさえできず、嫁ぐときもこんな事件にビクビクするかもしれないと考えてしまう。
 私たちのこんな苦しみを、犯人や犯人の家族は分かるでしょうか。
 犯人の家族はいいですね。刑を終えたら、犯人は帰ってくるのですから。
 どんな悪い子でも、私たちの娘でした。

○aの妹の意見陳述
 事件が起きてから、現在に至るまで不安があります。
 裁判を傍聴してきたが、これで終わることに納得できず、意見陳述の機会を設けていただきました。
 事件で生活を翻弄されてきました。
 遺体がようやく帰ってきたとき、姪はどんな状態であってもお母さんを確認したいと泣きました。
 姉はこそこそと密葬されましたが、本来はたくさんの人に送られるはずでした。
 電話でaの死を知らされたとき、ショックで血の気が引きました。
 厚木警察署にも行きましたが、何も教えてもらえませんでした。
 姉は自殺ではない。誰がこんな無残に姉を投げ捨てたのか。
 毎日、姉や事件のことで頭がいっぱいでした。
 私は生活のためにしていたアルバイトをやめ、母は心筋梗塞で入院しました。
 生活はムチャクチャになりました。
 姪は空手にも通うことができませんでした。
 姪にとって優しいお母さんはもう帰ってこない。
 悪いことをしていないのに、なぜこそこそと生きていかなければいけないのか。
 何を言っても、姉は帰ってこないのです。

裁判長「それでは検察官のご意見を伺います」

−検察官による論告求刑−
 本件における事実関係は当公判廷における事実取り調べでその証明は十分である。
1.殺人
 被告人は殺人の公訴事実について、殺人未遂と重過失致死に当たると弁護人も主張している。
 だが、死亡と本件犯行は相当因果関係にあり、犯行は一般的に有り得るもので、判例上も確立されており、弁護人の主張は失当である。
 情状であるが、犯行は確定的殺意に基づいたもので、残虐で冷酷極まりなく、人間性のかけらも見られない。
 被告人は相模原の自宅で、気を許したaを愛撫するかのように引き寄せて、馬乗りになって、両手の親指を交差するように重ねて圧迫して、「私を殺すの!?」と聞いてきたaの首を5分間に渡り絞め続け、喉から「ひっ」という声を発した、目が半開きになった、全身が脱力したようになったことを確認した。
 実際はまだ息のあったaを山中に遺棄するときは、運転してきた車の車内から抱きかかえて4.6m下の崖斜面に遺棄して、肺挫傷や脾臓破裂に基づく外傷性ショックにより死亡させたもので、強固な確定的殺意が認められ、殺人・死体遺棄にも匹敵する。
 必死に抵抗する姿を目の前にして、「私を殺すの!?」と言っていたのも意に介さず、殺害した様は無慈悲で残虐である。
 かつて一度は愛した女を自己の欲望で、まるでゴミを投げ捨てるかのようにした行為は許し難い。
 犯行直後も、アリバイ工作に汲々としていて、罪証隠滅工作を図っている。(手提げバッグを相模川に投げ捨てたり、宿泊を予定していたホテルに行くなどしたことがこれに該当するとされた)
 こともあろうにaの両親に連絡を取って「aに会ってない」と言うなど、さも心配しているようにして嘘を並べた。
 また遺書めいたものを見せながら、周囲がaが自殺したものと考えるように仕向けたり、行方を捜すことも手伝った。わざわざaの友人宅に電話をかけて、彼女の自殺を吹聴したりした。
 積極的に遺族とコンタクトを取ろうとした行為は、悲嘆に暮れるaの両親を嘲笑うかのように何食わぬ顔でしていて自己中心的である。
 動機は身勝手で、被害者と不倫関係にあったものの次第に憤激を募らせて、応対に出たaの無邪気な顔に一気に怒りが爆発して犯行に及んでいて、極めて残虐な犯行である。
 交際相手が気に入らないと殺してしまうという考えは、社会的に容認されない。
 背景に被害者の無配慮な行動があったとしても、被告人の気を引くための行動に過ぎない。
 被告人自身、被害者が前の交際相手から慰謝料をせしめたことを知っていた。
 被告人は子どもがいたのに、aとの肉欲に溺れた。aの落ち度を過度に問題視することはできない。
 犯行の結果も重大で、被害者の無念は筆舌に尽くし難い。
 aは都市銀行に勤めて、さらなるキャリアアップを計ろうとしていた。
 aは一人娘に愛情を注ぎ、その成長を楽しみにしていたが、当時14歳の娘を遺して、この世を去らなければならなかった。
 にこやかに話しかけただけで、多大な恐怖を味合わされ、苦悩や苦痛はいかばかりのものであったかと思われる。
 その結果、多数の骨折が認められる、見るも無残な最期は痛ましい限りである。
 遺族の処罰感情も峻烈であり、その悲しみは癒えない。
 被害者の14歳の娘は、耐え難い事実を知らされて、母の遺体と対面できないままに荼毘に伏されてしまった。
 被害者の娘は「被告人のことは処刑してほしいくらい嫌いです。でも処刑だとすぐに終わってしまうので、ずっと苦しませたい」と言っている。
 また被害者の夫も「やはり俺の手で本当は殺したい」と述べている。
 これまで慰謝の措置は何ら取られていない。
 本件は社会にも大きな衝撃を与えて、マスコミでもセンセーショナルに報道された。

2.器物損壊
 あらかじめ石を用意した上で、ガラスに投石して皐月人形を倒壊させた。
 被害店舗は店じまいをしていて、器物損壊の行為も重大である。
 aに誘われるがままに、損壊行為のほとんどを実行していて、その後aと一緒に、そのときのことについて楽しげに話すなど責任は重い。

3.求刑
 以上諸般の情状を考慮し、相当法条を適用して、被告人を懲役15年に処するのが相当である。

 弁護人2名による弁論は生前の被害者に対する激しい非難に終始していた。

−弁護人による弁論−
 aに対する殺害や器物損壊についてこれ自体を争うものではない。
 被告人は罪を償う覚悟で、弁護人も深くお詫びする。
 だがかかる大罪を犯すに至ったいきさつについては、被害者の言動に起因するものであり、同情を禁じえない面があると信じて疑わない。
 鳥瞰してみると、被害者は夫も子どももいる身でありながら、生来の自己中心的でルーズな性格から、一般の主婦とは掛け離れた奔放な生活を送っていた。
 なぜかそのことを夫も容認していたのである。
 被害者は頭がいい反面、虚言癖があり自己の都合良く物事を考え、目的達成のためには犯罪すら厭わないほどだった。(これは後述の家具店への嫌がらせを指す)
 被害者は女性には稀有な凶暴さを備えていた。
 被告人は人の良い性格で、被害者の「恐怖」への魅力に嵌って、被害者の危険な性格を見抜けないまま惑わされて、不倫関係になった。
 その結果、被告人は被害者の異常な性格に睡眠不足になって、咄嗟に犯行に及んでしまった。
 実際に被害者の父親のY2も「(被害者は)面倒見の良い反面、自分の思い通りにならないと喜怒哀楽が激しい」と話している。
 被害者は性欲も異常で、自ら被告人を求めた。
 そしてその実態は言葉に言い表すことのできない憚られるものだった。
 被害者は虚言癖を持ち、相手が思い通りにならないと報復行動に出るなど狡猾だった。
 例えば、被害者は自らの夫婦生活について、「別居している。事実上の離婚状態」と話し、悲劇のヒロインのごとく同情を誘った。
 また「手首を切って死にたい」と叫んで、カミソリを振り回したこともあった。
 それは「被害者の口には敵わない」と被告人をして言わしめるほどのもので、被告人を翻弄する源にもなった。
 知人の話によると、被告人は大人しく、相手の機嫌を損ねないようにする性格だという。
 被告人は前妻と離婚した後、女性と付き合うことはなかったが、被害者の性的魅力に取り付かれた。
 ところが被害者と別れようとすると、「慰謝料を支払え、知人のヤクザから金を借りろ」と言ってきた。
 被告人は切羽詰った心境になり、精神的苦痛が蓄積し、強迫観念に苛まれるようになった。
 被告人の生活状況であるが、被告人は温厚、実直、素直な性格で、トラックの運転手として真面目な生活に専念していた。
 仕事ぶりは非常に真面目で、客から指名されるほど誠実な仕事ぶりだった。
 一方被害者は中学時代から悪友と付き合い、喧嘩が原因で高校を停学になったこともある。
 長女のアヤネを出産したあとも、夫のY3とは些細なことで喧嘩をして、Y3との間で、「各人の行動に干渉しない」というものが交わされ、夫婦は不倫を黙認するという異常な状況だった。
 前の夫のY4には「別れると死ぬ」などと度々電話をかけ、300万円を慰謝料として請求した。
 被害者と別れたY4は安堵の気持ちでいっぱいで、今でも被害者の名前を聞くだけで辛いという。
 被害者は被告人の帰りが遅くなると不満を述べ、「私を裏切るの?」「すぐに帰って来い」「私のことはどうでもいいのか」などと46時中電話をかけ、被告人は精神的に追い詰められていった。
 また被害者は「もう覚悟はできているんだ。悪魔みたいなやつは許さない」と言い、被告人はそのとき、被害者に逆らうようなことをすると何をされるか分からないと思った。
 被害者は「電話を切った瞬間に手首を切る」などとも述べ、被告人を束縛した。
 また被害者やその夫が、慰謝料として300万円を被告人に執拗に請求したことが明らかになった。

 次にb家具店に対する器物損壊の件である。
 被害者の家に家具を搬送するときに傷をつけたとして、床の損害賠償として260万円を請求したが、家具店は取り合わなかったことに端を発する。
 結果的にガラスなどを割ったのは被害者であり、あくまで被害者が率先した犯行で、被告人はそれに追従する立場だった。
 被害者はまだ腹の虫が納まらないと言い、被告人は言う通りにしないと手に負えなくなると思った。
 そのために深夜にb家具店の窓ガラスなどを割ってしまった。
 被害者の自己中心的な性格に、被告人は「とんでもない女に捕まってしまった」と思った。
 実際に被害者から1時間おきに電話がかかっていた。
 また被害者は別れ話を持ちかけると、慰謝料について「生命保険に入れ、ヤクザから金を借りろ、サラ金から金を借りろ」と金策方法まで指示するようになった。
 このように被告人は簡単に籠絡されてしまった。
 被告人は観光バスの運転手だったこともあり、慢性的な寝不足だった。
 被害者は被告人を弄ぶような言動をしながらも平然とした態度であり、被告人は「このままでは人生ムチャクチャになる」と犯行に及んだ。
 頸部圧迫をやめることができなかったのも、執拗な被害者からの言動のせいであった。
 被告人は殺害時、耐え難い状況下で正常な感覚を持つことができなかった。
 犯跡隠蔽のために被害者を崖下に投げ捨てたのは、非難されてもやむをえないところがあるが、これは弱い人格がなせる業で、気弱さの一面である。
 被告人は被害者の脈を確認しており、崖下に投げられた外傷性ショック死と頸部圧迫行為はそれぞれ独立していて、殺人未遂と重過失致死があてはまる。
 情状であるが、被告人に前科・前歴はない。
 被告人は心根が優しく、本件犯行に至るまで、トラック運転手として真摯に働いていた。
 被害者との関係を絶っていたならば、このような結果にならなかったと、自らの思慮浅薄さを深く反省悔悟している。
 寛大な処置をお願いする。

−被告人の最終陳述−
被告人「私は今後、女性との交際はしません。その資格はないと思います。残された人生は彼女に対する償いの気持ちだけで生きていきたい。」

 ここで全ての審理が終わり、裁判長が6月2日に判決期日を指定した。

※結果
 6月2日、A被告には懲役12年の判決が下された。

事件概要  A被告は、2005年10月15日、交際相手の言動に度々振り回されることに怒り、手で首を絞めて意識を失わせ、車で神奈川県清川村の山中に運び、林道から投げ落として殺害したとされる。
報告者 騎士ゲルググさん


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