裁判所・部 東京高等裁判所
事件番号 平成28年(う)第2280号
事件名 強盗殺人
被告名 肥田公明
担当判事 大島隆明(裁判長)菊池則明(右陪席)林欣憲(左陪席)
その他 書記官:坂田昭吾
日付 2018.11.17 内容 初公判

 肥田公明被告の控訴審初公判は、10時30分より、805号法廷で行われた。
 傍聴券交付事件であり、10時10分の抽選締め切りまでに、傍聴券25枚に対し56人が傍聴に訪れた。記者らしき男性たちが数名、一般傍聴に並んでいた。東京高裁の前で笑いながら写真を撮っており、警備員に写真を撮らないよう注意されていた。
 一般傍聴人たちはしばらくの間、法廷前の廊下に並ばされ、開廷数分前に入廷を許された。その時には、法廷内に裁判官、検察官、弁護士が姿を見せていた。
 検察官は、眼鏡をかけた小太りの男性であり、薄くなった頭髪をオールバックにしている。
 弁護士は、三名が在廷していた。眼鏡をかけた中年男性、角刈り風のリーゼントの中年男性、髪がボサボサの老人という顔ぶれ。一審では徹底的に争った死刑事件だけあり、手厚い弁護態勢を敷いているらしい。静岡県の大物弁護士である、小川弁護士の顔が見えないのは意外だった。
 裁判長は、白髪の頭頂部の禿げあがった、眼鏡をかけた老人である。真面目そうな印象を受けた。裁判官は、林文相を彷彿とさせる風貌の、小太りで短髪の中年男性。もう一人は、初老の男性である。
 記者席は15席指定されていたが、全て記者により埋められた。また、傍聴席も満席である。もともと40席程度の小さな法廷であり、人がぎゅうぎゅう詰めになった状態で、息苦しさを感じた。
 職員の指示により、開廷前の二分間の撮影が行われる。これは通例のようなものだったが、この日はハプニングがあった。
 被告人が、撮影中に入廷してしまったのだ。
 カメラが回る中、手錠の鎖の音が、被告人用出入り口のドアの向こうから聞こえてきた。次の瞬間、刑務官二人に両脇を固められ、被告が法廷内に姿を見せた。被告人は、出入り口のところで、傍聴席の方に深々と頭を下げた。写真を見たことはなかったので、顔を見るのは初めてだったが、意外な感を抱いた。
 被告人は白いワイシャツ、紺のスーツ姿だった。自殺防止のためであろう、ノーネクタイである。白髪交じりの髪は短髪程度に伸ばしており、ややがっしりした体格である。顔立ちは、大人しくまじめな印象を与える。初老のサラリーマンが、間違って法廷に迷い込んだ。そんな印象を与える雰囲気を持っていた。
 しかし、裁判官たちとカメラマンたちは、思わぬアクシデントに慌てていた。カメラマンたちは、小声で話している。内容は聞こえなかったが、焦っているのは伝わってきた。裁判官は「戻って」と、被告たちに告げた。被告人は、視線を少し床のあたりに泳がせた後、刑務官に促されて被告用出入り口の奥に消えた。
 再び、被告人がうつってしまった分の15秒間を撮影することになった。カメラマンたちは「どうする」「少し映った」などと、言葉を交わしていた。被告人がうつったものを使ってはならないのだろう。しかし、被告のいない法廷を撮影して、何か意味があるのかという疑問も抱いてしまう。
 撮影が終わり、被告人の入廷が許される。被告人は、再び被告用出入り口のところで深々と一礼し、入廷する。被告席へ移動しながら、弁護人の方にも軽く頭を下げた。そして、被告席へと座り、手錠が外される。

裁判長『被告人、証言台の前に立ってください』
被告人『はい!』
 はっきりとした声で答え、証言台の前に立った。続いて、人定質問が行われる。被告人は、手を伸ばして直立の姿勢をとり、はっきりとした声で人定質問に答えた。
裁判長『名前は』
被告人『肥田公明です』
裁判長『生年月日は』
被告人『昭和27年9月8日生まれです』
裁判長『住所は一審の時と変わっていますか』
被告人『変わっていないです』
裁判長『無職ですか』
被告人『はい!』
裁判長『席に戻ってください』
 被告人は、被告席へと戻った。

 続いて、控訴趣意の朗読へ移る。弁護人は、12月7日付で控訴趣意書を提出していた。10分間にわたり陳述を行うとのことである。そして、弁護人たちは、証言台の前に二台の楽譜立て状の台を用意した。そして、そこにパネルを立てかけている。
どうやら、陳述の際の説明に使うらしい。熱心な弁護人でも、控訴審でこのような熱の入ったプレゼンをするのは見たことがない。弁護人の一人が証言台の前に立ち、陳述を始めた。

<控訴趣意>
 刑事裁判で最も大切なことは何でしょうか。それは、無実の人を誤って処罰しないということです。そして、最も重大な誤りは、無実の人を誤って死刑にすることです。
 控訴趣意書により、以下三点を主張します。
 肥田さんは、aさんとbさんを殺していません。そして、殺害後、お金を持ち去ってもいません。また、仮に一審の事実認定を正当としても、死刑は重きに失するものです。
 一審判決が肥田さんを殺人犯と認定した理由は、このようなものです(パネルを台の上に置く)。肥田さんが事件時に現場に40分間とどまったことを根拠としており、現場から金を持ち去ったと認定している。これが、肥田さんを犯人とした根拠です。
一審以来(もう一つのパネルを、台上に置いた)疑いのない事実とされているのは、aさんが6〜7時、bさんが19時15分以降、殺されたとされている。肥田さんの車が19時15分以降にz1干物センター付近に止まっていた。これは、硬い事実とされています。
 実際は、19時15分に、肥田さんの車がz1干物センターの駐車場にとどまっていた。それだけです。ずっと止まっていた証拠はない。しかし、原審は40分間止まっていたと認定している。
 z1干物センターから、現金を持ち去ったと認定している。しかし、被害金があったというのが本当かも曖昧で、証拠はありません。どの時点で現金がなくなったか示す証拠もありません。しかし、殺害時と近接した時間に無くなったと、一審判決は認定しています。
 二人が殺された時間には、間違いありません。しかし、窃盗の時間が離れていれば、殺人とは別ということになる。時間的に近接していても、殺人犯とは直ちに言えない。
 本件のような直接証拠のない事件では、反対仮説を常に考えることが大事です。こうは考えられないでしょうか。真犯人は、二人を殺害した。そして、19時10分、肥田さんは二人が倒れているのを目撃した。そして、肥田さんの車は目撃された。その直後、肥田さんはz1干物センターから立ち去った。その後、真犯人が戻ってきて、二人の遺体を冷蔵庫に入れ、バリケードを築いた。その後、19時57分に、肥田さんはz1干物センターの様子が気になり、現場に戻り、車が目撃された。
 このように考えれば、真犯人が別にいるのではないかという合理的な疑問がある。
一審判決の認定では、これは十分に成り立つ。不確かな事実から、肥田さんが二人を殺害したと認定したものです。
 このような認定は、肥田さん以外の人が現場に出入りしたと想像できなかったためと考えます。しかし、控訴審になり、展開が変わりました。検察官は、このような証拠を開示しました。
 11月8日午後7時ごろ、肥田さん以外の車がz1干物センターから急いで立ち去っています。車にはヘッドライトがついていて、z1干物センターには電気がついていました。控訴趣意書の提出後に、この証拠は開示されました。主張は、証拠により裏付けられつつあります。
 もし、この車の出入り、車が出ていったこと、二人組が出入りしている様子があったこと、この証拠があったら、果たして肥田さんに死刑を下せたでしょうか。この事実は、二審で明らかになったわけではありません。一審時、検察官は解っていました。しかし、法廷に証拠を出さず、開示もしませんでした。その結果、裁判員は、肥田さん以外の人物の出入りも知らず、判断しました。
 肥田さんがaさんとbさんを殺したというのは、本当に確かか。現金を奪ったのは本当に確かか。いずれも、大きな疑問が残ります。
 残りの控訴趣意は、控訴趣意書記載の通りです。
 無辜を死刑にするという、最大の不正義の危機にあります。
 控訴審では、正義にかなった審理を望みます。以上です。

 陳述が終わると、弁護人は、パネルと台を片付ける。被告人は、陳述に真剣な表情で耳を傾けていた。続いて、検察官は答弁書の内容を若干陳述することになる。

<答弁書>
 詳しくは、答弁書記載の通りです。
 原判は決正当な事実認定を行っており、弁護人の主張は失当と思慮します。
 また、現金を奪っていないと主張していますが、犯人性は明らかです。
 量刑不当の主張について、原判決を前提としても、死刑は相当と考えます。
 また、事実誤認の主張ではありませんが、原判決は、被告人の車や着衣からのDNA、血液足跡を犯人性の証拠にならないとしていますが、これは補強証拠となりえます。
 原判決は、強盗目的で現場に立ち入ったということを否定していますが、強盗目的で立ち入ったことは明らかです。この点も、述べておきます。
 現場に他の車が立ち入ったという証拠は、弁護人から開示請求がなく、法廷に提出されなかった次第です。
 以上です。

 弁護人は、10月11日、11月2日付で取り調べ請求書を出しており、被告人質問を請求している。検察官は、その請求に対しては書面で意見を述べているとのこと。
 検察官は、検1〜13の証拠を請求している。弁護人も、それに対し書面で意見を述べている。
 被告人質問については、被告人は一部原審と違う点があると述べ、請求を行っている。裁判長は、「現時点ではその理由では認めることはできない」と述べたものの、「職権で被告人質問を行いたい」とも述べ、被告人質問を行うことになる。

10時53分に、控訴審初公判は終了した。
 被告人は退廷時、裁判長の方に深々と一礼して退廷した。裁判長は、微かにそれに会釈を返していた。

報告者 相馬さん


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