裁判所・部 東京高等裁判所・第十二刑事部
事件番号 平成19年(う)第2065号
事件名 阿多:傷害致死、殺人、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁、監禁、詐欺、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反
伊藤:傷害致死、殺人、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁
鷺谷:傷害致死、殺人、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁
被告名 伊藤玲雄、鷺谷輝行、阿多真也
担当判事 長岡哲次(裁判長)姉川博之(右陪席)松井芳明(左陪席)
その他 書記官:増田孝一
廷吏:西千晶
弁護人:大河内、大熊、藤本、園部
検察官:牧野忠、他1名
日付 2009.3.12 内容 弁論

 今回は弁論の予定だが、最後の補充尋問で伊藤被告は証言台に座っていた。被告人3名は大法廷で弁護人の前に着席していたが、どの被告も頬がこけていて薄暗い表情。伊藤被告は黒い服のノーネクタイのスーツで殊勝な態度であり、声はやや甲高い。大河内弁護人は神経質そうな表情で伊藤被告に質問を行う。

被告人「法律を守るという考え方をものの考えの中心に生きていきたいと思います、そうしたらこの事件は他の人が何をしていようと私も起こさなかったと思います」
弁護人「法律を守るということなんだけど、それには具体的なきっかけがあったのですか」
被告人「裁判員制度に対する世論調査でどんなことがあっても法律を絶対に守らなければいけないという人が59%だったという調査結果で、はっと気づいてこれは本当に大事なんだと思いました」
弁護人「被害者遺族の方の皆さんのことですが、控訴審でも見たんだけど警察官の調書であなたが言ったことと同じような趣旨のことが述べている人がいますね」
被告人「はいbさんの調書のなかでも」
弁護人「何と書かれていましたか」
被告人「法律は平穏な社会で暮らす人のためにあるものだから、社会と生きていくために本当に法律を守るのが必要なんだということです。物事を自分中心にしか考えない人間がみんながみんな自分中心でいたら社会が成り立たない、法律がないと社会が成り立たないということです」
弁護人「aさんやcさんの殺害のときの精神状態について鑑定を受けたんだけど、その鑑定書を読んで何か思い当たることはありますか」
被告人「思い当たることはいっぱいありました」
弁護人「どういう印象を持ちましたか」
被告人「まずデタラメな生き方をしていたことと安易なほうにばっか流されていったということです」
弁護人「鑑定書では健全な生活を送ることもできるのに周りの環境に流されやすいとありましたね」
被告人「ほとんどは自分でもその通りだなと思いました」
弁護人「中学や高校のとき母親に小言を言われて暴力を振るったことがあると聞きましたが」
被告人「記憶にないです」
弁護人「暴力でモノを解決しようとは、この事件を起こすまで考えたこともないと」
被告人「はい、自分としては間違いだと思います」
弁護人「あなたは暴力を振るったことが一度もないということで前科がないことは証拠上明らかなんだけど、過去の交際女性に対する傷害の前歴があって起訴猶予処分を受けていますね」
被告人「その事件は暴力を振るっていませんっ」
弁護人「その女性とはどこで知り合ったのですか」
被告人「東京に出てきて20歳くらいのとき予備校で知り合いました。逆にストーカー行為をされ、ストーカーの延長で訴えられました」
弁護人「検察官はそれを捉えて粗暴性、残虐性があり傷害の前歴があることを指摘しているんだけど、あなたはその件で逮捕・勾留もされていないし罰金も払っていないね。事件が20歳か21歳のときで発生から7年経過して公になったんだけど、訴えられる証拠があったのですか」
被告人「救急車の出動記録です」
弁護人「この件は捜査段階でも認めたんですか。この件は上申書でも出てきていないし、今回初めてあなたが私に言ってきて質問をさせた理由でもあるのですか」
被告人「今回の事件で起訴されたあと、その件で私の取調べを担当した検事のフルネームを思い出し、その方が片山検事のたまたま同期生でした」
弁護人「その検事さんの名前は何と言うのですか」
被告人「三村弥生という女の検事さんです」
弁護人「その検事さんに真意を聞いてもらえれば、あなたの言っていることが嘘じゃないと分かってほしかったと」
被告人「はい」
弁護人「その前歴は起訴猶予処分になったということでいわば濡れ衣ということですね、相手がストーカー的にあなたに襲い掛かったということですか」
被告人「逆に私のほうが殴られましたが、警察を呼ばれた」
弁護人「Y9さんのことについて聞いていきます。Y9さんとはどのような関係なのですか」
被告人「人間って捨てたもんじゃないなと本当つくづく考えました」
弁護人「この事件で刑事責任で窮地に立たされているあなたに精神的に力になっているということですね」
被告人「はい」
弁護人「家族以上のことをやってくれることの親しさがあると言ってなかったですか」
被告人「はい、家族以上のことをやってくれました」
弁護人「なぜなんですかね」
被告人「考えるんですよね、本当に。仕事のほうでも、離婚されたり派遣切りにあったりしているのに人の痛みが分かる人間というか、家族以上のことをやってくれる有難さがあります」
弁護人「殺害当時の心境は恐怖心でいっぱいだったというが、同じような状況になればまた同じことをやるのではないですか」
被告人「絶体絶命の窮地でもY9さんという親友がいるので、本当に困ったらY9さんに必ず救いを求めます。同じようなことは絶対やりません」
弁護人「Y9さんが受け止めてくれるということだね。まさかのときの友こそ真の友という諺があるぐらいだからね」
被告人「諺のことは分かりませんが、事件当時は本当に困ったときに相談できる人がいなかった。これからは本当に人生に困っていれば必ず相談します」
弁護人「当時心から相談し合える人がいればという気持ちはありますか。仮に純一のような恐怖のどん底に突き落とすような人物がいたとしても今なら殺人は避けられたと」
被告人「絶対に避けられたというふうに思います」
弁護人「遺族に対して贖罪とか、最後に言いたいことはありますか」
被告人「本当に被害者一人一人の方、ご遺族一人一人の皆さんに本当にすまないことをしたと思います。残りの私の命が尽き果てるまでは謝罪と贖罪をさせていただくつもりです。本当に申し訳ありませんでした」
 伊藤は涙声だったが、裁判官はその姿をほとんど見ていなかった。

 続く鷺谷の藤本弁護人からの質問で伊藤は阿多が見張り役・監視役として殺害現場にいたと主張し、「今なら傷害致死で済む」「ぐっさんだけでも助けてやらないといけない」との阿多が言ったとの主張を「本人の捉え方の問題ではなく、阿多さんは意図的に嘘をついています!」と何度も述べていた。
 阿多は自分の弁護人に細かい指示を耳打ちしていたが「まあいいっすわ」と打ち切るなど不遜な態度に終始していた。
 検察官は「この裁判を通してあなたが辿り着いたのは生きて償いたいということですか」「さきほど法律を守るという話が出たけど人を殺してはいけないというのは法律以前の問題ではないのですか」と答えに窮する質問を投げかけていた。
 阿多の園部弁護人からは若師への報酬の1億円に対する質問が出て、伊藤がそのうち5000万円を自宅マンションで預かっていたという話が出た。
 最後に裁判長から鷺谷と阿多の言い分に反論があるところはないかと問われて伊藤は鷺谷は被害者に馬乗りになって首のところに手を回していたこと、また阿多に関しては京王プラザホテルの阿多の「殺すしかない」という話の内容についてと述べていた。

 伊藤が被告人席に戻り(その後かつてのオウムの中川と同様、伊藤はずっと目を閉じていた)、鷺谷が証言台の席に座る。鷺谷は言葉足らずだが、それが却って実直な印象を与えた。
弁護人「今日で本当に最後になるけど、あなたの一番強調したいことをもう1回言ってください」
被告人「一人一人を、場面場面でどのような心境だったのか、一人一人について分析と検討とご理解のほうをお願いいたします」
弁護人「序列とか役割を控訴審では斟酌してほしいということですね。伊藤さんに対してあなたから見て欠けている部分はありますか」
被告人「伊藤さんは原審では当時の心境をありのまま供述していましたが、控訴審に限って言えば反省心を強調するあまり当時の心境の説明が足りていないと思いました」
弁護人「それが代表的なものということだね。阿多さんに対してはどうですか」
被告人「伊藤さんが殺害に至ることを決定付けたのは純一さんに対する恐怖心やそのあとの清水社長の殺害指示だが、阿多部長に関してはそれがない。純一さんと阿多部長は人間的な思考回路が違うことを強調したいです。純一さんは薬物中毒者だからというのがありますが、阿多部長は人と同じ考えではない、人としての気持ちがずれていると思います」
 鷺谷は他に命は地球よりも重いことや墓碑として地蔵を建てたいことなどを話した。

 その後阿多の公判は分離されて、次回は取り調べた警察官の尋問を行うことになったので阿多は弁論のときは法廷にいなかった。
 伊藤の弁護人は、とりわけ渡辺から脅迫を伴う強固な殺害指示があったことは明らか、最高裁大法廷の死刑に対する判例は特別予防の点を挙げているが原判決は改善更生の可能性が全くないとは言えないとしているし、被告人は同じ過ちは絶対繰り返さない、極刑が破棄されれば命を大切にしてくれたとしてより一層内省を深めるのではないか、実行行為をしないで済む期待可能性が乏しかったと最後に弁論して、控訴審は終結した。
 さきに裁判長の指示で傍聴人から退廷したが、鷺谷は傍聴席に向かって暫く頭を垂れていた。

事件概要  3被告は架空請求詐欺グループの仲間割れから、2004年10月14日、他の被告と共に対立するメンバーを拉致し、東京都新宿区内のビル事務所で1名を暴行の末死亡させ、3名を殺害したとされる。
報告者 insectさん


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