裁判所・部 東京高等裁判所・第6刑事部
事件番号 平成20年(う)第2384号
事件名 住居侵入教唆、窃盗教唆
被告名
担当判事 出田孝一(裁判長)矢数昌雄(右陪席)兒島光夫(左陪席)
その他 書記官:西尾明美
検察官:跡部敏夫
日付 2009.1.29 内容 判決

 被告人は目が非常に細い、赤いジャンパーを着用した、ガッチリとした体格の男性で、開廷直前年寄りの弁護人が被告人にぶつぶつと話しかけていた。

裁判長「それでは開廷します。検察官から弁論再開の申し出があり、証拠調べの請求がありました。再開したうえで証拠調べを行いますので、検察官は要旨を告げてください」
検察官「共犯者の判決の結果ですが、Bは一審懲役30年で控訴があり二審で無期懲役が言い渡されました、確定かどうかは不明です、Aは一審懲役10年で控訴があり二審で控訴棄却、Cは一審懲役28年で控訴があり二審で無期懲役が言い渡されました」
裁判長「それでは採用します。合議のためしばらく休廷します」
裁判長が高裁に異動して間もない所為か、そこそこ時間を要して再開した、出田裁判長は分かりやすい口調で判決文を読み上げた。
裁判長「それでは被告人は証言台の前に立ちなさい。被告人に対する住居侵入教唆、窃盗教唆の事件につき控訴審の判決を言い渡します」

−主文−
 本件控訴を棄却する。当審における未決拘留日数のうち60日をその刑に算入する。

−理由−
 長くなるので椅子に座って聞いていなさい。
 控訴趣意書のうち第一に事実誤認の主張であるが、本件犯罪事実のうち平成19年6月15日、被告人はBに「aのばあさんち金あるから、空き巣に入ったら」と言って窃盗を決意させ、BはAとCと共謀してa(当時74歳)の家に金員を強取する目的で侵入し、帰宅していたaの顔面に布製のテープを巻きつけるなどして抵抗を抑圧し、a所有の現金や金庫一台を強取し、暴行の際aを呼吸困難による窒息により死亡させたものであるが、被告人は住居侵入教唆、窃盗教唆の犯罪事実を認定されている。
 論旨はBに対する教唆行為も故意がなく、因果関係もないのであり事実誤認が原判決にはあるというが、住居侵入教唆、窃盗教唆の犯罪事実は優に認定できる。すなわち被告人は平成12年ごろからBが経営するスナックに通うようになり同人と親しく交際するようになった。またBから求められて金を貸すようになり総額は2000万円にも達していたが、Bはその場凌ぎの言い逃れを重ねて借金の返済の目途は立っていなかった。
 被告人は平成14年から被害者の賃貸するテナントビルの一角を借り、スナックやショーパブを経営して羽振りの良い生活を送っていたが、経営が困難になり、平成17年1月にショーパブを閉め水商売から手を引き、平成18年からは蟹などの海産物を扱う「醍醐」という会社を興したが、赤字経営だったことや共同経営する予定だった者とトラブルがあり、平成19年の3月には複数の消費者金融から計750万円もの借金を抱えるようになり、「醍醐」の運転資金や赤字経営だったことで家賃や公共料金の支払いにも困るようになった。
 平成19年の10月に「醍醐」を閉鎖し、Bを呼び出して「aのばあさんち金あるから、空き巣に入ったら」と言い、元暴走族仲間のY1に「Bが泥棒するからその金を預かってほしい」などと言って断られた。このように被告人は店子としての経験を生かし、日時について被害者が集金に行く30日の夜がいい、裏手の窓から侵入したほうがいいと助言したり、部屋の間取り図を描いて金庫の位置を説明した。
 Bは所属する暴力団の先輩であるCや所属する人材派遣会社の従業員であるAを仲間に引き入れ、Aに自動車を調達させ自らも犯行のアジトを調達した。被告人はBが6月30日に侵入盗を実行するものと思い、7月1日に被害者から連絡がなかったことからBが本当に実行したのか確認するために電話したところ、強盗して現金や金庫を奪ったことを知り、借金の返済のとして奪った金のうち800万円を受け取った。こうした事実が証拠上明らかである。
 本件は被告人が「醍醐」の経営が思わしくなく困っていたところ共犯の窃盗で相当額の借金が返済されれば経済的苦境から脱せられると考えたもので、したがってBに侵入盗を教唆する動機としては十分である。また一時預かり金の確保を依頼したり、Bに対して日時など犯行に有用な情報を提供していて、侵入盗を前提として行動に出ている。アジトの確保や運転手の手配、交通費の負担を求められるなど、Bの侵入盗の計画をたしなめたりした痕跡も見当たらない。
 犯行後3名が奪った金員の3分の1に当たる800万円を受け取るなどし、捜査段階のおける自白の信用性は明らかである。
 所論は本件までの3年にわたり貸し金の取立てはなく「醍醐」の経営のおいても経済的に逼迫していなかったからBに犯行を教唆する動機がない、被告人がその話をしたのは真意に基づくものではなくワシントン条約で禁止されている動物の売買の話にBが乗ってこなかっための嘘の話であること、空き巣の実行に必要な資金の援助を全て断っており被告人無関心で実行を望んでいなかったと指摘するが、いずれも採用できない。被告人が経済的に困っていたことは明らかだし、真意に基づくものではない説明というのは有用な情報を提供するなど犯行を前提とした行動に出ていることに照らして到底認められない、非協力的・無関心な態度だったとは証拠上認められない等の理由からである。
 犯行との因果関係についても多額の借金のあったBが被告人の発言を受けて犯行に及んだことは証拠上明らかである。
 C、Aは侵入盗をするために6月30日アジトを出て被害者方に行ったが、民家の窓が裏手にあり付近の駐車場から丸見えですぐに犯行が露見するので一旦アジトに戻ったものの強盗しようということなり、7月1日C、B、Aの3人は強盗致死の犯行に及び、Bは実行行為役となり奪った金を予定どおり借金の返済に充てている。
 侵入盗の計画を押し込み強盗に変えて同じ被害者を選ぶのは十分想定できることで、被告人の教唆がなければ強盗致死の犯行は起こらなかった。よって因果関係が認められBから全く相談がなく一言の通知もなかったので関係を解消していたという所論は採用できない。
 第二に量刑不当の主張であるが、被告人を懲役3年に処した原判決は重過ぎて不当で執行猶予が相当というのであるが、窃盗教唆、住居侵入教唆の犯行は被告人が経済的に困窮していたから共犯者に侵入盗をさせ奪ったお金から借金を返済させようとしたもので、犯行に至る経緯や動機に酌むべきものはない。店子の経験に基づいてBに犯行に有用な情報を提供し一部不正確な情報もあったかもしれないが、積極的に教唆に及んだ事実に変わりはない。実際に盗んだ金から800万円を受け取っており、借金返済の名目で不当な対価を得た犯行は悪質で刑事責任は重大である。そうすると「自分がやったことが罪なら償う」と道義的責任を感じていること、前科がないこと、姉の嘆願書などを斟酌しても原判決が執行猶予を選択しなかったことを量刑が重過ぎて不当とは言えない。また弁護人は強盗致死という重大な結果から過度に重い処遇結果を招いたと主張するが、そのような疑いはない。

 このあと、裁判長が上告の説明をして閉廷となり、上京してきた新潟日報の女性記者が被告の弁護人に取材をしていた。弁護人は「窃盗と強盗致死じゃ全然違うからね」「(他の共犯者が)確定したかどうかはまだ分からない」と答えていた。

事件概要  被告は共犯への借金を回収するため、2007年6月15日、債務者に不動産賃貸業者の窃盗を持ちかけたとされる。  その結果、債務者等は同年7月1日、新潟県上越市の示唆された不動産賃貸業者宅へ侵入し、金を奪った上、不動産賃貸業者を窒息死させた。
報告者 insectさん


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