裁判所・部 東京高等裁判所・第十二刑事部
事件番号 平成19年(う)第2065号
事件名 阿多:傷害致死、殺人(認定罪名:傷害致死、殺人)、死体遺棄、監禁、詐欺(変更後の訴因:組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反)、暴力行為等の処罰に関する法律違反
伊藤:傷害致死、殺人(認定罪名:傷害致死、殺人)、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁
鷺谷:傷害致死、殺人(認定罪名:傷害致死、殺人)、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁
被告名 伊藤玲雄、鷺谷輝行、阿多真也
担当判事 長岡哲次(裁判長)姉川博之(右陪席)伊名波宏仁(左陪席)
その他 書記官:増田孝一
検察官:鈴鹿寛
弁護人:大河内秀明、大熊裕起、他5名
廷吏:西千晶
日付 2008.3.13 内容 初公判

 3月13日午前10時から、振り込め詐欺グループによる仲間割れ殺人の実行犯3名の双方控訴が申し立てられたことに対する控訴審初公判が、東京高裁(長岡哲次裁判長)で開かれた。
 傍聴券交付(定員に満たない)のあと715号法廷に傍聴人が並ばされて、2分間の報道陣によるテレビ撮影が終わると、刑事弁護を多く手がけている大熊弁護人を初めとする弁護人7名(1審のときとはメンバーが異なる)や被告人3名が入廷のときに深く頭を下げて、刑務官6人と入廷した。3人とも髪を短く刈って、白いカッター姿で色白、阿多はグレーのスーツを上に着ていた。なかでも伊藤被告はやや猫背で、眼鏡をかけて、憔悴しきった沈痛な表情をしていた。3人とも痩せていて中背、人定質問が終わると裁判官席にお辞儀をして元の席に戻った。
 裁判長は大きな声で強面だが、それほど悪い人間ではない感じがした。右陪席の姉川裁判官は御殿場事件の1審の裁判長だが、事件自体は控訴審でも支持されている。
 鷺谷被告のマリオのような弁護人も刑事裁判でよく顔を見るベテランである。

伊藤被告・・・昭和49年6月9日生まれ、無職、住所は東京都板橋区
鷺谷被告・・・昭和54年10月2日生まれ、パチンコ店従業員、住所は東京都練馬区
阿多被告・・・昭和53年3月4日生まれ、無職、住所は荷物はないが世田谷区に登録だけされている

裁判長「本件については検察・弁護側双方控訴がなされていますけど、検察官は平成19年11月2日付けの控訴趣意書、平成20年2月6日付けの控訴趣意補充書のとおりで、確認しますけど、cについて殺人であるのに傷害致死と認定したのは誤りという事実誤認の主張、阿多について死刑相当で無期懲役は不当であるという量刑不当の主張であるということでいいですか」
検察官「はい」
裁判長「弁護人は、伊藤については平成20年3月付けの答弁書のとおり、鷺谷については控訴趣意書21ページ目記載のとおり、阿多については平成20年3月10日付けの答弁書のとおりでいいですか」
弁護人「はい」
 伊藤被告の弁護人が控訴趣意を読み上げた。伊藤被告は険しい表情で目を閉じていた。

−伊藤被告弁護人の趣意書朗読−
 この事件は極めて悲惨で重大であり、そのなかで被告人の犯した行為を正しく認定するには、真相を全て明らかにして厳格に究明する必要があります。強調したいのは以下の2点です。
 1点は被害者らと被告人らは振り込め詐欺の共犯者であり、仲間割れが生じて、幹部を殺害するという計画を解明しようと被害者らを逮捕監禁したものです。被害者のこの計画がなければ事件は起こらなかったのです。
 2点目は加害者の共犯関係が非常に特異であり、そもそも被告人らは被害者らに殺害計画の全容を問いただす事が目的で監禁を行いました。誰も殺人などという重大な結果を予期していませんでした。
 恐怖や怒りがエスカレートして暴行が始まったのですが、その中でも突出して過激な暴力を奮ったのが渡辺純一です。aさんを拉致する際にいきなりナイフでaさんの太ももを刺したり、bさんには熱湯を背中にかけるなど、突発的で突出した異常な暴行でした。
 渡辺に煽られて加害者は集団ヒステリー状態になりました。熱湯を掛けられたbさんが重傷を負ったことで本件は後戻りできなくなりました。そして殺害計画を問いただすという目的が変容していきました。重傷を負ったbさんを解放するというのは、自分たちが捕まると清水や渡辺が反対しました。
 この事件の主犯となったのは清水大志、渡辺純一ですが、特に渡辺純一は爆発的な性格かつ反社会性人格障害であり、純一が集団を牛耳り加害者集団が形成されました。もともと被告人とは折りが合わないうえに、多くの部下を持つ純一に逆らえばいつ被害者に変えられるか分かりませんでした。例えば当初dさんは加害者であったのに、純一の鶴の一声で被害者に一変しました。そんな純一に影響をうけたのが伊藤です。純一は「逆らえば家族を殺す」と被告人を追い込み、それにより被告人の自己統制力は著しく低下していきました。純一の背後にいる清水の命令に従わなければ自分もdさんと同じ運命になるというパニック状況になり、「被害者を殺さなければ、自分の家族も殺される」というマインドコントロールされた状態になり、殺害を押し付けられたのです。
 まさにこの状態は30数年前の連合赤軍のリンチ事件を想起させます。もし加害者集団のなかに渡辺がいなければ殺人に発展することはなかったのです。
 弁護人は控訴審においてマインドコントロールされていた被告人に対して精神鑑定を行っており、鑑定書の作成を依頼している段階です。

 ここから弁護人が大河内弁護人から後ろの席の大熊弁護人に代わる。

 原判決は伊藤に死刑を言い渡しましたが、伊藤の役割や立場、関与の状況を大きく誤り、その結果、阿多や鷺谷との刑の均衡を著しく失しています。
 確かに当初は被害者の監禁に加担した面はありましたが、被告人が加えていたのは死なない程度の暴行で、純一らによる極めて異常な暴行や死体遺棄には関与していません。そもそも伊藤を快く思っていなかった純一に強いられた面が強く、被害者に最初に多量の熱湯をかけるなど尋常とは思えない行動を取った純一が散々伊藤を脅し、責め立てて、dさんが被害者にされるのを目の当たりにして、言うことを聞かないと自分が被害者の立場に追いやられてしまうという純一に対して異常な恐怖心を抱くようになりました。このグループのトップである清水に対して翻意を促しましたが、あっさり拒絶されました。死体遺棄の場面でもY1との交渉役の阿多に促されています。これが真相であり、原判決が認定するようなものは全くありません。
 純一は無期懲役判決が下されましたが、純一の異常な暴行は明らかであり、再三に渡る指示をした純一が実質的には主犯ともいえます。いみじくも遺族の方が純一の方が伊藤よりも悪いと調書で言っています。純一が無期懲役なら、当然被告人は無期懲役以下でなければいけません。阿多は、誰も口には出さなかった「殺害」という言葉を初めて口に出し、Y1とのやりとりを行うなどしており、阿多の無期懲役がおかしいなどということは毛頭言いませんが、伊藤も無期懲役以下でなければなりません。原判決は共犯者間の刑の均衡を著しく失しています。
 被告人は東京拘置所のなかで、毎日反省の念を深めていて、本件に至ったことに対する後悔をしています。どうしてこういうことになったのか毎日毎日考えています。被害者の家族に少しでも慰謝の措置を取りたいとの思いがあります。特別な前科があるわけでもありません。原判決のなかでも更生の可能性を否定できないと言っています。命をもって償うという考え方がありますが、命があるから償いができるのであって、命がなければ論理も何も生まれないのです。

 控訴趣意の読み上げが終わると、裁判長から求釈明があり、純一らに対する恐怖心の件や殺害態様の原判決の認定の誤り、審理不尽の指摘はあくまで量刑の基礎となる趣旨であって、基本は量刑不当を理由にした控訴であることが確認された。
 鷺谷は控訴趣意書の通り量刑不当の控訴であることが弁護人から述べられただけだった。
 阿多の弁護人は2人で耳打ちし合って量刑不当の主張(共犯者間に関わる序列など)と、独立して自首の成立に関しての原判決の認定に誤りがあるという事実誤認の主張の2本立てであると述べた。
 裁判長から意見を求められた検察官は「いずれも理由がなく控訴棄却が相当」と応じた。
 また伊藤の精神鑑定に関する弁護側の請求については、裁判長は判断を留保した。
 検察側から請求のあった7点の書証のうち、3被告の弁護人は4−7号証は同意したものの1−3号証を不同意した。1号証はX1の調書、2号証はX2の調書(捜査を担当した刑事か)、3号証は捜査報告書であるが、X1とX2の証人尋問を3被告の弁護人は「いずれも不必要」と述べたが、裁判長はイワセの証人尋問を採用した。
 次回期日を5月13日午前10時から、次々回を6月12日午後13時30分からと指定した。
 今回の法廷では弁護人席の椅子に左右を刑務官で固めた伊藤と鷺谷が座り、傍聴席に接する椅子に阿多が座っていた。
阿多の弁護人「次回から阿多も弁護人席の前に座らせてもらえませんかね。いろいろ打ち合わせするときに便利なので」
裁判長「それはこの法廷ではできません!まあ102号法廷を使うとなると別かもしれませんが、今のところは(笑)被告人とその都度話すことは認めますので」
 弁護人席の前の被告人席では長机が設置してあるのだが、一般的に傍聴席に接する椅子にはそれがない。
裁判長「君はメモを取ったりするのか」
阿多「はい。メモも取りたいですし、私からも質問したいです」
裁判長「控訴審ではそれはできません!では次回から長机を用意しておきますね」
 そして裁判長が被告人3名を立たせて期日の説明を行う。説明に3被告とも丁寧に頷いており、礼儀正しく法廷を後にした。

 法廷から出ると弁護人に1人の産経新聞の記者がぶら下がり取材を敢行していた。
 遺族関係者は訴訟当事者のために設けられた1室に閉廷後入室していって目立ったトラブルはなかった。

事件概要  3被告は架空請求詐欺グループの仲間割れから、2004年10月14日、他の被告と共に対立するメンバーを拉致し、東京都新宿区内のビル事務所で1名を暴行の末死亡させ、3名を殺害したとされる。
報告者 insectさん


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