裁判所・部 東京高等裁判所・第八刑事部
事件番号 平成19年(う)第1373号
事件名 強制わいせつ、強制わいせつ未遂、住居侵入、強姦、強姦未遂(変更後の訴因・強制わいせつ、強制わいせつ未遂、住居侵入、強姦、強姦未遂、強姦致傷)
被告名
担当判事 阿部文洋(裁判長)吉村典晃(右陪席)堀田眞哉(左陪席)
その他 書記官:森長、井上
検察官:藤原光秀
日付 2007.10.11 内容 判決

 この日は、何故か抽選が行なわれることになった。しかし、32枚の傍聴券に対し、11時10分の締め切りまでに集まったのは、27人だった。従って、無抽選で入れた。
 Aは、一般傍聴人が入廷を許されたときには、すでに被告席に座っていた。どういうわけか、今日は眼鏡を外していた。髪は黒髪であり、前髪は短く、やや襟足が長い。色白で痩せている。頬に少しにきびがある。目はやや細い。少し鷲鼻。顔立ちは大人しそうで、やや幼げ。しかし、今日は眼鏡をかけていなかった所為か、上品には見えなかった。黒いブレザー、ネクタイなしの白いワイシャツを着ている。少し俯き、膝の間で手を組んでいた。
 裁判長は、眼鏡の白髪の老人。裁判官は、眼鏡の中年男性と、眼鏡をかけた太った中年男性。
 検察官は、眼鏡をかけた初老の男性。
 Aに対する控訴審判決は、717号法廷にて、11時30分から開始される・・・・・筈だった。
 しかし、11時31分になっても弁護人は入廷しなかった。
 少年は、弁護人を待っている間、落ち着かない様子でもぞもぞ動く事もあった。
 11時36分になっても、弁護人は到着しない。裁判長は、ついに資料を読み出す。
 11時37分、女性職員が入廷し、在廷していた女性職員に耳打ちし、裁判長に話しかける。在廷していた女性職員は、廷外に出た。

裁判長「弁護人、連絡、出ないから。貴方がたはずっとその状態で居るので・・・・解りましたら伝えておきます」
刑務官「はい」
裁判長「傍聴の方もちょっと、申し訳ないけど退廷していただけないですか?」
 11時38分に、傍聴人は退廷を促された。少年はその瞬間、顔を歪めていた。「おいおいマジかよ」とでも言いたげだった。恐らく、法廷に居た大多数の人が同じように思っていただろう。その証拠に、傍聴人の殆どが不満げにぶつぶつ言っていた。
 そして、11時40数分に、漸く弁護人が到着した。弁護人は、禿げ上がった白髪交じりの老人である。弁護人が法廷前の廊下に現れた時、「何やってんだ!」といって弁護人を睨む傍聴人も居た。弁護人は、「法廷の前に居ます」と法廷の前で携帯で何処かに電話をかけていた。
 それから、傍聴人は、入廷準備のために更に待たされた。そして、11時50分に、漸く入廷を許可された。
 一般傍聴人の入廷が許された時、弁護人は、席に座って何か書いていた。被告人は被告席に座り、下を向いていた。

女性職員「A被告人に対する、住居侵入等被告事件につき開廷いたします」
 弁護人は、立ち上がり、「都合により遅れました。申し訳ありません」と謝罪した。
裁判長「それでは、被告人、前に出てください」
被告人は、証言台の前に立つ。
裁判長「名前確認しますから、言ってください」
被告人「Aです」
裁判長「それではね、貴方に対する判決を言渡します」

−主文−
 本件控訴を棄却する

裁判長「これから、理由の要旨を述べますから、そこに座って聞いてください」
 少年は、証言台の椅子に座る。

−理由−
 論旨は要するに、被告人を懲役5年以上10年以下に処した原判決の量刑は軽すぎて不当であり、被告人を無期懲役に処するべきである、というのである。
 そこで、記録を調査し、当審に於ける事実取調べの結果は、以下の通りである。
 本件犯行は少年である被告人が、認定の通り7歳から14歳の少女に対し、強制猥褻3件、原審第1、同第2、同第4。強制猥褻未遂、同第2。住居侵入・強姦、同第3。強姦未遂、同第4。住居侵入・強制猥褻、同8。強姦、同8。強姦致傷、同第9。各一件行なったという事案である。
 被告人は、現判示第一を否認し、同第2ないし第9の犯行を認めている。
 被告人は、路上等で見かけた被害者に対し、暗くなり後をつけて、脅迫し或いは嘘を言うなどして、人目につかない場所に連れ込み、各犯行に及んでいる。何れも少女が判断能力や対応能力が十分でない事につけ込んだものであり、手口は非常に悪質である。
 また、各犯行における脅迫は、何れも、物凄い。ナイフで首を切る、カッターナイフを突きつけるなどしたというもので、兇悪である。
 強姦及び強姦致傷の各事案においても、被害者を姦淫し、膣内で射精に及んでいる。強姦未遂の事案においても、口淫し、口内に射精している。
 強制猥褻の各事案の態様も、原判決の通り悪質である。犯行後、被害者の姿を携帯で撮影し、誰かに喋ったら殺すと言っている。
 被告人は、抵抗する事が出来ない幼い少女を、被害者の恐怖や苦痛を全く意に介する事無く、専ら、歪んだ自己の性欲を満足させる事を考えて犯行に及んだ。非常に自己中心的で、被害者の人格を否定するものである。
 しかも、被告人は、約1年1ヶ月の間、多数の犯行に及んでいる。同種の余罪も疑われ、この種事犯に対する常習性も認められる。
 本件各犯行において、被害者が心身に受けた被害は、原判示第8の被害者は勿論の事、各被害者は現在に至るまでその影響を残している。当然、被害者の親の処罰感情も厳しい。その被害感情処罰感情は極めて厳しく、被告人に対して無期懲役を求める心情は十分に理解する事ができる。
 加えて限られた一定地域内で同種犯行が繰り返され、地域社会に与えた不安も大きいものと考えられる。被告人の刑事責任は非常に重いというべきである。
 これに対し、他方被告人は、原審判示第二の事実について不自然な弁解をしているが、その余の事実は認めている。公判で反省している旨述べている。心底反省しているとまでは言えないものの、自己の問題点を見つめ、被告人なりに反省しようとしている。被告人の親族は動産を売るなどして金銭を工面し、弁護人を通じて、原判示2の被害者に30万円、同第3の被害者に300万円、同第5及び同第6の被害者に100万円を、それぞれ慰謝料として供託し、同第1、同第2及び第4の被害者に100万円、同第8及び同第9の各被害者に300万円をそれぞれ、支援損害金と共に慰謝料として供託するなどしている。犯罪行為の性質上、金銭によって償いきれるものではないが、被害を弁償するために努力をしている。この事は、親族全体で、被告人の更正に向け、被告人を取り巻く生活環境の改善を図っているものと考えられる。
 なお、被害者らの親に対する対応等に照らし、監督能力に疑問が残る旨主張する。本件各犯行には、被告人の他人に対する共感性が乏しく、攻撃的、衝動的な性格が影響している。しかし、被告人のために汲むべき事情も認められる。
 所論は、生育環境は、被告人において重大犯罪を繰り返した事と全く結びつくものではない、これを汲むべき事情とすることは相当ではない、というものである。確かに、生育環境は、本件のような重大犯罪をした事を積極的に酌量する理由とはならない。しかし、相当間接的ではあるものの、生育環境の影響も考えられ、一定の範囲で汲むべき事情の一つとして認められる。
 所論は、保護処分歴のない事は、むしろいきなりこのような重大犯罪を重ねた被告人の犯罪性向の根深さや改善矯正の困難さを物語るものであり、不利な事情になりえ、汲むべき事情とはならない、というのである。しかし、法的機関による犯罪行為への処罰、矯正教育を受けながら、犯罪行為を繰り返した場合と比較し、矯正の不可能性という面で一般的に軽いのであり、程度は別として、被告人のために汲むべき事情と認められる。
 そして、以上の諸事情を総合考慮し、被告人の量刑を検討する。
 少年の刑事事件の量刑に当たっては、少年の健全な育成を図るという少年法の観点から、慎重な判断が必要である。その事はもとより、少年に対して、成人に比して一律に軽い量刑を科す事を意味しない。犯罪の内容や重大性、健全な社会感情、被害者等の処罰感情など、厳しい処罰が要請されるような場合には、事案の内容を検討し、少年が更生するように刑事処分を課す。少年法の趣旨に照らしても、少年であるという一事を持って、無期懲役を回避する扱いが相当であるとならないのは当然である。
 また、このような見地に照らし、量刑を決めるに当たっては、成人との量刑とを比較検討せねばならない。
 先ほど言った通り、本件事案の内容、動機、態様、結果、被害者等の処罰感情、そして、近年の量刑動向に照らして精査し、無期懲役刑に処するのは相当ではないと言わざるをえない。結局、無期懲役刑ではなく有期懲役刑を選択した原判決の量刑は相当である。成人に対する量刑動向を検討しても相当である。
 所論は、本件と類似するという無期懲役の事案であるが、女児11名に対する強姦ないし強制猥褻等、男児二名に対する逮捕監禁の事案であるが、女児に対する犯行の多くは、強盗強姦をはじめ、強盗または同未遂を含むものである。
 別の判決の事案は、合計7名に対する強姦致傷4件、強姦2件、強姦未遂一件の事案である。何れもその情状等を見ても、本件より相当程度悪質である。
 また、合計7名の女児に対する強姦致傷2件、強姦未遂4件、強制猥褻1件の事案である。姦淫が既遂に達したものは2件であるが、その犯行の状況等に照らし、公判廷においては精神病を装い、犯行当時記憶が無い等と述べている。何れも多数の女性に対し同種犯罪を繰り返した事案である。本件の量刑に当たっては参考とならない。
 なお、これらの事案は平成17年の刑法改正前の事案であるが、本件はその改正後の事案であり、その点を考慮しても、超過するものとはいえない。
 そして、有期懲役刑を選択した結果、少年法52条1項2項の規定により、最も重い量刑をしても原判決の通り、懲役5年以上10年以下となる。この量刑自体は成人の同種事案に比較すると、軽いものである事は否定しえない。それを回避するために無期懲役刑を選択するというのは相当ではない。成人であれば有期懲役刑を選択するのが相当な事案について、少年であるがゆえに無期刑懲役刑を選択するという検察官の意見は相当ではない。
 少年については無期刑を科す場合でも、7年を経過すれば仮釈放をする事ができるという、少年法の規定により無期刑の執行の緩和が図られているが、この様な場合でも無期刑を科するのは相当とは言えない。
 以上のように、本件において被告人を無期刑に処するのは相当ではない。有期懲役を選択し、懲役5年以上10年以下に処した原判決の量刑は相当である。
 論旨は理由が無い。
 よって、刑訴法396条により、本件控訴を棄却する。

裁判長「では、立ってください」
 少年は、立つ。
裁判長「こういう事になりましたからね、自分のやった事をよく考えて、被害者に対して謝罪し、心に刻み込んで下さい。解りましたね」
被告人「はい」
 少年は、頷いた。
裁判長「この判決に対して上告する場合は、2週間以内に最高裁判所に上告を申し立ててください」

 12時2分に、公判は終わった。
 少年は、公判の間、大体下を向いていた。傍聴席の方に目をやる事無く、無表情で退廷した。

追記:双方の上告なく、原審同様少年を懲役5年以上10年以下とした控訴審判決は確定した。

事件概要  A被告は、2005年7月〜06年9月、東京都町田市や神奈川県相模原市において、7〜14歳の少女9人に対して強姦したり、わいせつな行為を行ったとされる。
報告者 相馬さん


戻る
inserted by FC2 system