裁判所・部 東京高等裁判所・第五刑事部
事件番号 平成18年(う)第3188号
事件名 昏睡強盗(訴因後の変更:強盗致死)、昏睡強盗、窃盗
被告名 A、B
担当判事 高橋省吾(裁判長)服部悟(右陪席)中島真一郎(左陪席)
その他 書記官:古林宏之
検察官:藤宗和香
日付 2007.5.21 内容 判決

 5月21日、同性愛サイト強盗致死等事件で、強盗致死などの罪に問われたA・B両被告に対する控訴審が東京高裁(高橋省吾裁判長)で開かれた。
 A被告は痩せていて眼鏡をかけた眉の濃い男性で呆然としたような表情、やや遅れて入廷したB被告は年齢よりも老けて見える色白のやや小太りの病み上がりみたいな感じの男性であった。

裁判長「それでは被告両名は前に出て」
 被告人2名は証言台の前に並んで立つ。A被告、B被告の順に人定質問。
裁判長「お名前は」
被告人「Aです」
裁判長「生年月日は」
被告人「昭和53年1月23日です」
裁判長「本籍地は」
被告人「大阪府大阪市港区です」
裁判長「住居不定無職でいいね」
被告人「はい」
裁判長「お名前は」
被告人「Bです」
裁判長「生年月日は」
被告人「昭和51年12月14日です」
裁判長「本籍地は」
被告人「大阪府です」
裁判長「住居不定無職でいいね」
被告人「はい」
裁判長「それでは元の席に座って。弁護人の控訴趣意は控訴趣意書記載の通りでいいですか」
弁護人「はい」
裁判長「検察官、ご意見は」
検察官「いずれも理由がなく、それぞれ控訴棄却が相当であります」
裁判長「A被告の関係は事実調べはないということで」
弁護人「はい」
裁判長「B被告は被告人質問を申請されると」
弁護人「はい」
裁判長「検察官、ご意見は」
検察官「然るべく」
裁判長「それではB被告は前に出て」
 B被告はのっそりと証言台の前に立つ。福島弁護人はB被告の謝罪文を証拠として請求した。

−弁護人によるB被告への被告人質問−
弁護人「それでは弁護人の福島から。被害者の人たちに今どのように思っていますか」
被告人「大変申し訳ないことをしたと、深く反省しています」
弁護人「改めて謝罪文を作成したわけですか」
被告人「はい」
弁護人「今あなたも聞いていたように、正式な証拠として採用されました」
被告人「はい」
弁護人「どういった気持ちでこの謝罪文を書いたのですか」
被告人「今できることはそれくらいと」
弁護人「4月3日の被害者の命日が近い、このことで書いたのですか」
被告人「はい」
弁護人「なぜこれまで被害者に謝罪文を出さなかったのですか」
被告人「A君から手紙が来て『謝罪するよりもひたすら冥福を祈ってください』と奥さんは言ったそうです」
弁護人「A君が先に手紙を出して、ご遺族の方は心のなかで冥福を祈ってくれと、A君から聞いたので、謝罪文を郵送することは差し控えたということでいいですか」
被告人「はい」
弁護人「第1審判決後、あなたは入院されたのですか」
被告人「はい」
弁護人「いつからいつまでですか」
被告人「去年の12月26日から4月12日です」
弁護人「どこの病院ですか」
被告人「横浜市大病院です」
弁護人「どんな治療を受けたのですか」
被告人「点滴を1日3本、内服薬を飲みました。アメーバ赤痢と診断されました」
弁護人「あなたは東京拘置所に移っているのですか」
被告人「はい」
弁護人「いわゆる病棟にいるのですか」
被告人「はい」
 B被告は東京拘置所ではアメーバ赤痢とは診断されていない旨を述べた。
弁護人「薬は毎日服用しているのですか」
被告人「はい」
弁護人「簡単には直らないのですね」
被告人「はい」
弁護人「終わります」
裁判長「供述調書は要旨でよろしいですか」
弁護人「はい」

裁判長「それでは控訴審の判決を言い渡します」

−主文−
 本件各控訴を棄却する。当審における未決拘留日数中130日をその刑に算入する。

−理由−
 本件控訴の趣意は弁護人作成の控訴趣意書の通りであるので、これらを引用する。各所論はAが事実誤認、Bが事実誤認と量刑不当をいうものである。

○両名の事実誤認の主張
 判事第5の1の犯行ではaを昏睡させて金品を盗取しようと企て、ハルシオンを混ぜた栄養補給ドリンクを飲用させて昏睡状態に陥らせて、金品を盗取したが、その際aを急性トリアゾラム中毒により死亡させたものである。
 弁護人はaがトリアゾラム中毒で死亡したとは認められず、犯行とaの死亡との間に因果関係はなく、被告人は昏睡強盗の限度で責任を負うと主張する。その点で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるという。
 ところが原審の事実認定は当裁判所も正当として是認することができる。
 ハルシオン錠は1錠あたり0.25mgのトリアゾラムを含んでいる。トリアゾラムを過度に摂取すると中枢神経が麻痺して、無呼吸になるといった症状が表れる。aには睡眠導入剤に対する耐性がなく、10錠に相当するハルシオンを一気に飲み干している。aの体内からは、トリアゾラムが4.5時間経ったあとでも高濃度で検出され、死亡時はもっと高かったと推認される。aは一日に3箱タバコを吸うヘビースモーカーであるが、体内から検出されたニコチンの濃度は低く、aを昏睡状態にさせたAの供述からも、体勢をほとんど崩すことなく死亡したと考えられる。aの体からは病変や外傷のあとは発見されず、急性薬物中毒だと臓器等に変化が現れないことからも、aは平均的な服用量の5倍に相当するハルシオンを飲用した結果、急性トリアゾラム中毒で死亡したと十分に認められる。
 弁護人の所論は
1:aの死亡時ニコチンも尿などから高い濃度で検出され、急性ニコチン中毒で死亡したことも否定できない
2:死因をトリアゾラム中毒にした北里大学のY1の鑑定書の訂正の経緯は不自然である
という。
 ところが剖検例によると、aの死体にはニコチンパッチは一切貼られておらず、貼られていたあとも存在しない。ニコチン中毒の剖検例からも不適当で、aのニコチンの血中濃度は1/16〜1/2000程度で、致死レベルの血中濃度に比べて低い。また訂正の経緯も、Y1は日本医科大学のY2に依頼し、検査報告書としてまとめたが、Y2がaの死因を若干曖昧な程度に留めたのは実際に解剖していないためで、スタッフと相談したところ結論を明瞭にすべきだということで訂正したもので、訂正の経緯に何ら不自然な点はない。本件鑑定結果も明確に記載されており、したがって事実誤認をいう所論はいずれも理由がなく採用することはできない。

○Bの量刑不当の主張
 次にBの量刑不当の主張についてだが、論旨は被告人を無期懲役に処した原審の量刑は重過ぎて不当というのである。
 本件はBがA、松平幸二と共謀のうえ、平成15年6月〜平成16年3月16日までの間、前後5回に渡り、ハルシオンを混入させた緑茶やビタミン剤を飲用させてまもなく昏睡状態に陥らせて、被害者から12万9220円相当の物品被害を与えた。その結果43歳の1名の被害者を急性トリアゾラム中毒で死亡させた。
 また犯行前後26日間に渡って、窃取したキャッシュカードで中野区内等のコンビニの自動預け受け払い機を作動させて、907万円あまりを引き出した昏睡強盗・強盗致死・窃盗の事案である。
 被告人は年配の同性愛者はまとまったお金があって、被害申告も躊躇うだろうと見越してキャッシュカードを窃取して、自動預け払い機から現金を引き出した。
 犯行に使った睡眠薬は不眠症と偽って、医師から処方されたものだった。
 昏睡強盗の際は事前に役割分担をして実行している。
 被告人は出会い系サイトで見つけた同性愛者に狙いを定め、「ビタミン剤である」「健康に良い」などと言葉巧みに偽って、通常の5倍に渡る睡眠薬を飲用させて昏睡状態にさせた。その後財布や携帯電話を盗取し、誕生日から暗証番号を解読して、引き出し役がキャッシュカードを使って自動預け受け払い機から現金を次々に引き出した。これらは周到に準備された計画的な犯行で、手口も巧妙であり、危険かつ悪質である。
 9ヶ月間で5回に渡り犯行を重ね、被害額は920万円あまりで物品時価も12万円あまりと多額に上り、財産的被害は大きい。
 また多量のハルシオンを服用させた結果、薬物中毒で上記1名を死亡させたもので、1人の貴重な生命が失われた結果は大きい。
 被害者は出会い系サイトを利用していたとはいえ、生命を奪われるような落ち度はなく、妻と子ども2人を残して理不尽にもこの世を去らなければならなかった。
 死亡した被害者の妻が、「夫がいたときは本当に幸せでした。それが事件以後は悲しみや涙に暮れる日を送っています。到底納得ができません。私にとってはかけがえのない人で、強引にも主人を奪った犯人にはこの悲しみを分からせるように厳しい処罰をしてください」と厳しい処罰感情を吐露するのも当然と言える。
 ところがBは被害弁償や慰謝の措置を講じておらず、平成10年の8月くらいから手っ取り早くお金を手に入れようとAらと同性愛サイトで知り合った男性にハルシオンで昏睡状態にさせて、現金やクレジットカードを盗んで使用するなどしていた。
 また中国人らとクレジットカード詐欺を繰り返していた。平成11年9月には窃盗や詐欺で実刑判決を受けているのに、出所後も定職につかず、無為徒食の日々を送り、犯行を止めていた松平に従っていたものの再びAから誘われるとAと組んで本件犯行に及んでおり、身勝手短絡的な動機に酌むべきものはない。
 Bは睡眠導入剤で昏睡状態の被害者の現金の引き出し役を担当し、220万円あまりの利得を得ている。
 またBは平成11年9月14日に住居侵入・窃盗・有印私文書偽造・同行使・詐欺の罪で懲役1年6月に処せられた前科がある。そのことからもBの規範意識は鈍磨していると言わざるをえず、刑責は極めて重い。
 そうすると、因果関係を否認するほかは反省の態度を示して謝罪していることなどを考慮しても上記量刑は相当である。量刑不当をいう論旨は認められない。
 刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、訴訟費用は被告人に負担させない。

裁判長「この裁判に不服があるときは、上告することができます。上告するときは、今日から14日以内に、最高裁判所宛の上告申立書をこの裁判所に提出すること」

事件概要  被告達は強盗目的で、2004年4月9日、神奈川県横浜市神奈川区のホテルで、同性愛者向け出会い系サイトを利用して誘い出した男性に多量の睡眠薬を飲ませ、中毒死させたとされる。
報告者 insectさん


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