裁判所・部 東京高等裁判所・第八刑事部
事件番号 平成18年(う)第1036号
事件名 治安維持法違反
被告名 平舘利雄、高木健次郎、由田浩、小林英三郎、木村亨 (再審事件)
担当判事 阿部文洋(裁判長)高梨雅夫(右陪席)森浩史(左陪席)
その他 書記官:長谷川淳
検察官:大野重國
日付 2006.11.9 内容 初公判

 傍聴券は67枚用意されましたが、定員割れだったので希望者全員が傍聴できました。
 2分間の撮影後、廷吏が「被告人木村亨、同小林英三郎、同由田浩、同高木健次郎、同平舘利雄に対する治安維持法違反事件につき開廷します」と、恐らく他では聞けない開廷宣言によって公判が開かれました。弁護人は10人いましたが、被告人はすでに亡くなっておられるので、被告人席は空席でした。

 まず、免訴判決に対し、控訴する利益があるかどうかについて、弁護側が意見を述べました。

 ここで少し記事を引用して解説・・・
 「横浜事件」で、被告側の求める無罪が極めて難しい理由は、一つの判例があるからです。
 メーデーでのプラカードへの書き込みが戦前の刑法における不敬罪に問われ、戦後に大赦で免訴とされた「プラカード事件」の1948年最高裁大法廷判決(昭和22年(れ)第73号)は「大赦により公訴権が消滅した場合、裁判所は免訴判決を言い渡すしかない」と判断しました。同時に「被告側も無罪を主張して実体審理を要求したり、免訴判決を不服として上訴することは出来ない」と指摘。免訴で有罪となる恐れがなくなる以上、被告側に裁判を続ける利益がないという考え方です。
 横浜事件で1審・横浜地裁は、通常の刑事事件に関するこの判例を再審事件にも当てはめ、免訴判決を言い渡しました。

−弁護側の主張−
1:確かに、自分に対してより重い刑を科すよう求める上訴は制限されるべきだが、そうしたよほどの事情がない限り、基本的に上訴権を制限するべきではない。
2:本件は再審であり、通常裁判についてのプラカード事件の判例とは事案を異にする。通常裁判における免訴は、被告人を刑事手続きや勾留から解放するという利益があるが、再審ではそういう利益はない。
3:再審制度の無辜の救済という趣旨から、形式裁判よりも実体審理が優先されるべきである。
4:およそ免訴判決に対して上訴ができないとすると、違法な免訴判決についても上訴できないということになり、妥当でない。
5:再審請求での再審開始決定で、拷問の存在を明確に認めている。再審開始決定と再審公判は、上級審での破棄差戻判決と下級審での差戻審とパラレルに考えるべきであり、再審開始決定に拘束力はなく、再審公判はそれとは別個に判決を下すことができるとした原判決は違法。
 他にも様々な学説や判例、その解説などを引用して弁論を展開していました。

 これに対し、検察官は「本件控訴は上訴権がないのになされた違法なものであって、棄却相当であると思料します」と答弁しました。
 弁護側は、検察官の答弁書に反論する形でさらに主張を展開。最後に、以下のように締めくくりました。
弁護人「本件はいつでも無罪判決を言い渡せるまでに期が熟している。形式論の落とし穴におちることなく、司法界の人間としては恥ずかしい現実を直視し、それを正すため無罪判決を下すよう求める」(傍聴人からは拍手が起こる)
裁判長「傍聴人は拍手しないで下さいね」

 この後、弁護側から証拠が提出されましたが、検察官が甲1号証(原判決と確定判決)だけしか同意しなかったため、他の証拠を採用するかどうか裁判官が合議をすることになり、一旦休廷。

 再開直後、阿部裁判長は穏やかな口調で述べるところから始まった。
裁判長「では、開廷します。合議の結果ですが、当裁判所では、甲1号証以外の証拠を職権で取り調べることはいたしません」
(傍聴席、弁護団どよめく)
弁護人「裁判長、控訴の利益があるかどうかという点を留保してでも実体審理に入って、それについては終局判決で示していただきたい」
裁判長「検察官、ご意見は?」
検察官「反対であります。仮に実体審理に入ったとしても、控訴の利益がなければ審理を進める利益はありません」
裁判長「では、これで結審することといたします。弁護人、検察官、最後に何か陳述することはありますか?」
弁護人「本日この場で結審して、次回判決ということですか?」
裁判長「はい、色々意見を言っていただきましたが、最後に何か陳述することはありますか?」

 傍聴席からは、「おかしい!」「実体審理しなさいよ!」「歴史を正せ!」とヤジが飛び、裁判長から「傍聴人は静かにしてください」と静止されました。
 弁護団も想定の範囲外の事態に混乱し、裁判長に休廷を求め、またも休廷となりました。誰も予想しなかった事態に、報道記者が一斉に外に出ました。

 休廷後
裁判長「では、結審を前提とした最終陳述ということですが、検察官の意見は特にないということですね?」
検察官「はい、ありません」
裁判長「弁護人の意見は?」
弁護人「弁護人としましては、本日で結審することを全く想定しておりませんので、次回期日に1時間半ほど弁論の機会を与えていただきたい」
裁判長「わかりました。では、今日はこのくらいで・・・、次回期日は12月7日、1時半からです。閉廷します」

事件概要  1942〜45年、中央公論社、改造社の編集者、朝日新聞社の記者ら60人以上が、報道・出版によって共産主義を宣伝したとされ、一度有罪判決が確定した。
 被告人の遺族らによって起こされた第三次再審請求に対して、2003年、横浜地裁において再審開始決定。05年3月10日、東京高裁が検察の即時抗告を棄却したため、再審が開始されることとなった。
 以下、高裁が認定した内容。
・被告らに対しても相当回数にわたり拷問を受け、虚偽の自白をしたと認められる。
・自白の信用性に顕著な疑いがある。
・有罪判決は、自白のみが証拠であるのが特徴。
・自白の信用性に疑いがあれば、有罪の事実認定が揺らぐ。
参考:横浜事件(Wikipedia)
報告者 Doneさん blog


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