裁判所・部 東京高等裁判所・第二刑事部
事件番号 平成17年(う)第2667号
事件名 死体遺棄、殺人、業務上横領
被告名
担当判事 安廣文夫(裁判長)山田敏彦(右陪席)前澤久美子(左陪席)
その他 書記官:大畠志津子
検察官:齋藤博志
日付 2006.3.7 内容 初公判

 A被告第一回公判は、720号法廷で、1時30分から開始された。
 開廷前に、休憩室で、遺族の人たちが話し合っていた。何故被告人が死刑にならないのか、検察官の裁判官に対するプッシュが問題、というような内容だったと記憶している。
 弁護人は、眼鏡をかけた丸顔の初老の女性。
 検察官は、眼鏡をかけた初老の男性。開廷前に、書類を読んでいた。
 傍聴人は、私を除いて十数名居た。
 最前列の真ん中辺りに座っている、遺族らしき髪の長い中年女性は、遺影を持っており、その事で開廷前に書記官の女性と話をしていた。遺影は、膝の上に乗せて被告人に見せることになった。
 被告人は、頭を丸坊主にした、背のわりと高い、がっしりした体格の男。体育会系の顔立ちで、はきはきと喋り、実年齢よりやや若く見える。ジャージ姿だった。入廷時には、わりと平気そうな表情を浮かべているように見えた。被告席に座ってからは、目を閉じ軽く俯いていた。

 裁判長達が入廷し、開廷する。
裁判長「被告人、前へ」
 被告人は、証言台のところに立つ。
裁判長「名前は?」
被告人「A」
裁判長「生年月日は?」
被告人「昭和40年6月30日」
裁判長「本籍は東京都」
被告人「はい」
裁判長「職業無職となっているが、良いですか?」
被告人「はい」

 弁護人の控訴理由は、控訴趣意書記載の通り。
検察官「本件控訴は理由が無く、棄却されるべき」
 弁護人からは、書証、被告人質問が請求される。それらは採用される。
 検察官からは書証の請求があり、弁護人はそれに同意する。これも採用される。
 続いて、被告人質問が行われる。

−弁護人の被告人質問−
弁護人「貴方は、無期懲役の一審判決に対して控訴しましたが、罪となる事実の認定に間違いは無いですね?」
被告人「はい」
弁護人「何故控訴をしたのですか?」
被告人「殺害という行為に納得できないものがありましたので、控訴しました」
弁護人「無期懲役に対しては如何でしたか?」
被告人「ショックでした。悪い事をしたのだから仕方が無いですが、ショックでした」
弁護人「aさんのご遺族は、死刑を望んでいる」
被告人「はい」
弁護人「その中での無期懲役に対して、どう思っていますか?」
被告人「逆の立場だったら、仕方ないと思います」
弁護人「遺族の気持ちは解る」
被告人「はい」
弁護人「aさんを失踪したように見せかければ、横領をaさんの所為にできると本当に思っていたんですか?」
被告人「はい。本気で思っていました」
弁護人「ゴム判子が見付かった時は、どう思った?」
被告人「横領については見つかると思いました」
弁護人「横領がばれても、aさんの死体が見つからなければ殺人は発覚しないと思っていた?」
被告人「はい」
弁護人「一審判決が、強固な殺意に基づき、悪質である、と認定しているのは知っていますね?」
被告人「はい」
弁護人「でも、貴方は鉄パイプしか用意していない」
被告人「はい」
弁護人「貴方は、aさんを、鉄パイプで殴り、ビニール紐で首を絞め、濡れタオルで窒息させようと考えていましたか?」
被告人「いいえ」
弁護人「どのように殺害しようと考えていましたか?」
被告人「殴って死に至らしめようと思っていました」
弁護人「濡れタオルを顔にかけたのは、aさんの亡くなっていく顔を見たくなかったからでは?」
被告人「はい。見たくありませんでした」
弁護人「ゴミの散乱する場所に、aさんの死体を遺棄していますね」
被告人「はい」
弁護人「ことさら遺体を冒涜するつもりでしたか?」
被告人「いいえ、考えていませんでした」
弁護人「何故ゴミの散乱する所に遺体を捨てたのですか?」
被告人「遺体が発見されないと考え、そこにしました」
弁護人「遺体を発見されないようにしたら、そうなった」
被告人「はい」
弁護人「被害者が生きていると思わせようと偽装電話をかけたこと、そ知らぬ顔で遺族に応対した事が、情状は最悪としている」
被告人「はい」
弁護人「内心はどうでした?」
被告人「どきどきしていました」
弁護人「平静ではなかった」
被告人「はい」
弁護人「オートバックスで偽装電話をかけていますが、その時の気持ちは如何でしたか?」
被告人「内心ではどきどきしておりましたし、時間を稼ぐ事ばかり考えていました」
弁護人「遺族を愚弄しようとしたわけではない」
被告人「はい」
弁護人「貴方は、亀有署に行くのを少しでも遅らせたいと思っていましたが、結局、亀有署に行く事になりましたね。その時の気持ちは?」
被告人「どきどきして・・・・」
弁護人「aさんの友人のY1さん、aさんの家族と食事を取っている時も同じでしたか?」
被告人「はい」
弁護人「自分の資力を考えず、遊興するのは、愚かだとは思いませんか?」
被告人「思います」
弁護人「横領した金を穴埋めできろと思っていましたか?」
被告人「思っていました」
 被告人は、少しずつ時間をかけて、両親に頼り、自分でも働いて穴埋めしていこうと考えていた。
弁護人「両親に頼るつもりだった」
被告人「はい。甘えていました」
弁護人「今、甘えていたという言葉が出ましたが、両親に頼って横領の穴埋めをさせるのは、筋違いですね」
被告人「はい」
弁護人「aさんを殺害して横領の罪を着せるのは、さらに筋違いですね」
被告人「はい」
弁護人「貴方は、aさんに対して、どういう気持ちですか?」
被告人「変わらずに、後悔と、朝晩手を合わせて、供養と懺悔を続けています」
弁護人「平成16年9月下旬に、ご両親から、お前に貸す金はもう無い、と言われている」
被告人「はい」
弁護人「その時、横領だけでも自首しようとは思いませんでしたか?」
被告人「そう思っています」
弁護人は、証拠を示す。
弁護人「お前に貸す金はもう無い、と言っていたにもかかわらず、貴方に代わって、aさんのご遺族に100万円を払った親御さんの気持ちをどう思います?」
 被告人は、すまないと思っている、という主旨の事を述べた。弁護人は、遺族の書いた書面を示す。
弁護人「ここに、『Aが控訴した事により、私たちは心がかき乱される毎日です』と書いていますね。どう思いますか?」
被告人「本当に申し訳ないと思います」
弁護人「ご両親とは連絡を取っていますか?」
被告人「手紙のやり取りをしています」
 衣類を援助してもらってもいるらしい。
弁護人「このご両親の診断書は、貴方の所に直接送られてきたものですね」
被告人「はい。間違いありません」
弁護人「内妻に関して、貴方は一審で、『私のことは忘れてやり直してもらいたい』と言っていますが、内妻との現在の関係は?」
被告人「続いています。面会は無いですが、週二回手紙が届いています」
 弁護人は、弁10号証を示す
弁護人「これは、内妻とのやりとりの手紙の一部ですね」
被告人「はい」
弁護人「これを見ると、貴方をずっと待っていると、貴方を励ましている」
被告人「はい。衣類、本の差し入れが続いています」
弁護人「情状証人として出廷しない理由は?」
被告人「2年8ヶ月になる子供が居まして、預ける人がいません。(内妻の)両親は、私と付き合っていることにいい顔をしていませんし、Y2にも、私との関係が続いている事を話していませんし、子供は置いて行けない」
弁護人「ご両親が出廷できない理由は?」
被告人「両親とも大分体を悪くしてしまいまして、医者からも安静にしているように言われていまして、来られない、という事です」
弁護人「妹さんは、特殊な職業についていて、情状証人としての出廷は難しい」
被告人「はい」
弁護人「でも、貴方を監督できる人たちですか?」
被告人「はい」
弁護人「遠い将来の事でしょうが、社会復帰できたとしたら、貴方はどうするつもりですか?」
被告人「在宅出家の資格を先ずとっていきたいと思います」
弁護人「それは、在宅出家の資格を取って、aさんの冥福を祈りたい、という事ですか?」
被告人「はい」
弁護人「aさんの命は取り返しがつきませんし、ご遺族のご意向もありますが、被害弁償をする気はありますか?」
被告人「はい。心をこめてさせていただきたいと思います」
弁護人「5400万円の迷惑をかけている、いわき通運に対しては?」
被告人「どれだけ返せるか解りませんが、体を使って返していきたいと思います」
弁護人「酷な言い方ですが、社会復帰できるときの年齢を考えると、どちらも現実味が無いが」
被告人「出来る限りやっていきたいと思います」
弁護人「貴方の中で、有期懲役と無期懲役は、どのように違うのですか?」
被告人「私にとっても、外で待っている人にとっても、目安、希望で違いますし、有期刑であれば、外で待っている人も、目標、希望を持つことが出来ますね」
弁護人「裁判長に最後に何か言いたい事は?」
 ここで、被告人は、傍聴席の方を向く。
被告人「申し訳ありませんでした」
 被害者遺族に頭を下げた。
遺族らしき初老の女性「あなたねえ、希望と言うけれど、私の生きる希望はどうしてくれるの?」
 悲しげな声だった。
 被告人は、遺族に対し、再び頭を下げる。そして、裁判長の方へ向き、謝罪の言葉を述べた。

−検察官の被告人質問−
検察官「貴方は、平然と電話をかけたりしたわけではない、と言った」
被告人「はい」
検察官「何故平然としていられないことをやるのですか?」
被告人「自分の事しか考えていませんでした」
検察官「一審で、遺族の満足できる事は何でもすると言っていませんでしたか?」
被告人「会話の流れですか?」
検察官「会話の流れでも良いけど、そういう気持ちは無いの?」
 被告人は、何か答えた。
検察官「今の裁判の事を聞いています。今は?」
被告人「遺族の皆様、会社に対しては・・・・社会・・・・」
検察官「だったら(被告人の言葉をさえぎるように言った)何故控訴したの?さっきから聞いていると、貴方の社会生活を第一に考えているのでは?」
被告人「結果としてそう見えるだけで、一審でいえなかったことを弁護士の先生と言っていきたいと思いました」
検察官「それが、さっき言っていた事ですか?」
被告人「そうです」
検察官「勝手な事ばかり言っているように聞こえましたが」
被告人「それは立場の違いで」
検察官「本当に反省しているの?」
被告人「・・・・・・」
検察官「内妻は、何故控訴したの、と言っている」
被告人「はい」
検察官「そのことについて、どう思う?」
被告人「9月30日に面会に来て、その時に・・・・・」
検察官「どういう風に思うのか聞いている」
被告人「・・・・・・・」
 この時、被告人は目を閉じていた。
検察官「貴方の味方になってくれる人も、そう言うんですよ」
被告人「辛いです」
検察官「辛くならなければならないのは、遺族から非難された事では?」
被告人「そうですけど・・・・・」
検察官「そう言わなかったね」
被告人「・・・・・・」
検察官「終わります」

−裁判長の被告人質問−
裁判長「貴方は当裁判所にどうしてほしくて控訴したんですか?」
被告人「一審で言えなかった事があったので、聞いて欲しかったんです」
裁判長「言いたい事を言ったのなら、一審通りで良い?」
被告人「・・・・・・・」
裁判長「当裁判所にどうして欲しいんですか?」
被告人「減刑して欲しいです」
裁判長「貴方のやった事は、無期懲役に相当しないと」
被告人「はい」
裁判長「大した事ではないと?」
被告人「そうは申しません。私の罪は一生消えません。一生かけて償っていくつもりです」
裁判長「有期懲役はどれぐらいになると?」
被告人「20年とか、25年」
裁判長「今は刑法改正になっているけど、この当時は、20年になるが、そうして欲しい?」
被告人「はい」
 この時、被告人は、さすがに小声になっていた。
裁判長「内妻の人には、貴方の女性関係、横領したお金の使い道は、貴方は話していますか?」
被告人「私からは話していません」
裁判長「伝わっていますか?」
被告人「私の方からは聞いていませんので、解りません」
裁判長「内妻は、全部知られても付き合い続けるほど寛大な人ですか?」
被告人「面会に来まして、あなた、罪を償いましょう、と」
裁判長「表面上の罪しか知らないのかも知れませんけどね」
被告人「はい」
被告人は、内妻が、警察から被告の罪の内容を在る程度聞いているかも知れない、と述べた。
裁判長「手紙で教えている?」
被告人「手紙では、そこまで踏み込んだ事は書きませんので」

 これで被告人質問は終了し、判決は、3月30日午前十時に指定される。
 2時少し過ぎに審理は終了した。

 途中から、関係者とも思われる大量の傍聴人が入廷し、廷内はほぼ満席になった。
 弁護人は、冷めていて、あまり熱意が無いように思われた。
 被告人は退廷しようとした。だが、その時
遺族らしき初老の男性「舐めてんじゃねえぞ!」
遺影を持っていた女性「控訴なんかしてんじゃねえよ、この野郎!」
という、怒気のこもった声が、遺族らしき人々から叫ばれた。
 しかし、被告人は、そちらを見ることなく退廷した。

事件概要  A被告は会社の金を横領していたが、その罪を同僚に着せて殺害することにより、横領の上の失踪を装うと、2004年9月30日、東京都葛飾区の勤務先で同僚を殺害し、遺体を福島県いわき市の山林に遺棄したとされる。
報告者 相馬さん


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