裁判所・部	東京高等裁判所・第十刑事部
事件番号	平成15年(う)第2459号
事件名	殺人、死体遺棄、殺人未遂、覚醒剤取締法違反
被告名	Ａ’ことＡ
担当判事	須田�ｯ（裁判長）井口修（右陪席）溝国禎久（左陪席）
その他	書記官：河本泰彦 検察官：遠藤みどり
日付	2006.3.7	内容	弁論
検察官は、前回と同じく、神を後ろで纏めた、眼鏡をかけた小柄な中年女性。 　弁護人は、小太りの４０代ぐらいの男性であるカワイ弁護人と、髭をはやした３０代ぐらいの男性であるノジマ弁護人。 　傍聴人は、私を除いて１２名程度居た。 　被告人は、頭を丸坊主にした、太った、色白の、目の細い初老の男性。ジャージ姿だった。 　Ａ被告の弁論は、３時30分から805号法廷で開始された。 −ノジマ弁護人による弁論− 　被告人は、覚せい剤による錯乱状態で、殺人、殺人未遂を犯した。 　ｄ鑑定人は、殺人、及び、ｒさんを襲った時は、被告人は心神耗弱の状態にあったと述べている。本人が述べるような幻聴幻覚があったかはともかく、漠然としたものはあったと、ｄ鑑定人は述べており、幻聴、幻覚の存在を認めている。被告人の症状は覚せい剤精神病の症状と考えて矛盾は無い、と述べており、ｈ鑑定、ｉ鑑定もそのように述べている。 　ｄは、本人の性格ないし知能から考えれば、嘘をつくことは不可能と述べている。ｈ、ｉ鑑定によれば、被告人の知能は、精神薄弱か境界域と述べている。それを考慮すれば、覚せい剤精神病の諸症状をたどった嘘をつくのは不可能である。ｉも、被告人について、反社会性人格障害の特徴のうち、嘘をつく点は被告人には当てはまらないと述べている。 　夕方にｓが来ることを覚えていたら死体を放置しておく事は考えられず、被告人には意識障害があった。 　被告人は、過去に、覚せい剤中毒により病的な精神状態に成った事があり、その事は、被告人の姉、ｔの供述からも裏付けられている。 　被告人とａさんの関係は悪化していない。ａさんは５日と６日に水を汲んで被告人の所に持ってきている。サボったのは一日だけであり、また、被告人は、水を大量に持っていた。 　ｂ、ｃと被告人の関係は無かった。 　ｒさんと被告人の間にトラブルは無く、ｒさんは被告人の言いなりになっており、約束も守っており、被告人が殺意を抱く理由は無い。 　殺害の様態は、病的な精神状態がうかがわれる。ａさんの死体には、二十数か所の創傷があった。ｂ、ｃ両名は、関係が無かったのにも拘らず、強固な殺意に基づいて殺害されている。 　被告人の殺害時の記憶は曖昧であり、ａさんを刺したのは、最初は、二回と述べており、後ろから刺した事も覚えていない。ｂ、ｃの殺害についても、記憶の曖昧さが散見される。ｒの事件の記憶も曖昧であり、証拠とは齟齬がある。 　被告人の過去における暴行は、覚せい剤精神病に影響を受けている。一連の粗暴行為とは齟齬がある、とされ、ｄは、過去の暴行自体が覚せい剤の影響、と述べている。暴行の後、土下座して詫びるなど、不自然であると述べている。 　ｄ鑑定人は、犯行動機について、軽佻な被告人が対人関係に深刻に悩むとは考えられない、犯行時には現実的な思考能力をなくしていた、覚せい剤の影響を考えて行動は始めて納得できる、と述べている。また、ｉ鑑定の、好都合な幻聴幻覚、という指摘に対して、幻聴幻覚は都合の良いものは珍しくなく、それを原因として信用性が無いとするのは誤りである、と述べている。また、覚せい剤精神病の原判決の理解について、誤りを指摘している。錯乱については、意識が混濁し、周囲の状況がわからず、行動が抑制できない。そのため、周囲の状況に刺激され、暴行を働く事がある。つまり、被告人が幻聴幻覚により命の危険を感じていなくても、責任能力の減免が必要である。 　続いて、ｕ証人の誤りについて。 　ｕ証人の資料は、原判決、ｈ、ｉ鑑定書、鑑定人の速記録のみであり、証拠を検討していない。供述の変遷があるとした根拠である初期供述をそもそも読んでいない。本件は一審では死刑判決が出ている重大な事案であり、このような証言を採用すべきではない。 　鑑定手法についても、原本を示さず、師匠の知恵です、としか述べていない。 　被告人がマグロや万引きをした事を理由に詐病の根拠としているが、遵法精神の欠如が詐病と結びつくとはいえない。 　被告人の傾向として責任転嫁の傾向もあげているが、あるとしても詐病とは無関係である。他者操作という点もあげているが、それも先取りに満ちている。 　「三人殺せば無罪」という幻聴について、（ｕ証人は）疾病利得の心構え、としているが、無罪と聞こえたのでやった、と被告人は述べていない。 　被告人はホームレスを殺しても事件にならないと考えていた、とも述べているが、職務質問時の態度を考えても、殺害しても罪にならないと考えていたとは考えられない。 　翌日の死体遺棄を除けば、本件犯行に了解可能な行動は無い。 　ｕ証人の鑑定は、過去の判例に反している。また、被告人の症状が過去の症状に似ているとも述べているが、被告人は幻聴にからかわれて走り回ったとも述べており、過去の事を強調したわけではない。 　ｕ証人は、減刑期待として、被告人の「自首しようと思ったけど」という言葉をあげているが、殆どの犯罪者は刑の軽減を望むものであり、詐病とはならない。 　被告人の疲労は、覚せい剤による意識障害を考えなければ考えられない。 　コンビニで普通に行動できたからといって、意識障害が無かったとは言えない。 　無意味な所見はいくら集めても無意味なものである。 　被告人は、取り調べの時、幻覚幻聴を調書にするか、と聞かれた時、「そんなわけの解らない事を調書にできるか」と、ｖ警察官に述べている。ｕ証人は、意図を悟られないようにあえて逆のことを言った、と考えているが、被告人の知能を考えれば、そのような策を弄することはできず、また、被告人の幻聴幻覚の供述は、調書にならなかった。 　ｕ証人は、ｄ鑑定人が偏見により初期供述を不採用にした、と述べている。しかし、ｄ鑑定人は、検察官の調書と被告人の供述のどちらが真実とは判断できないとした上で、初期供述を不採用にしているのである。 　また、ｕ証人は、ｄ鑑定人のやり方として、暗示的な質問とも述べているが、ｄ鑑定人はそのような事は行っておらず、初期供述こそが暗示的な質問から導かれている。 　ｕ証人の証言は信頼できない。 −カワイ弁護人の弁論− 　覚せい剤は、むしゃくしゃした気持ちを高揚させる。 　ｖ警察官に対して被告人は、覚せい剤の症状で殺した事を述べていたのは明らかだが、ｖ警察官が取り合わなかったために、ａさんとの水汲みのトラブルがもとで殺したと、被告人は話したと思われる。 　ｄ鑑定人は、覚せい剤の症状を整然と説明するのは困難であると述べている。 　被告人は、文書を作成するのとは縁遠い生活を送っていたが、３〜４０分で上申書を書き上げている。不可能であり、本人が書いたのであれば間違えるはずのない間違いも散見される。 　泉検察官は、被告人の供述が虚偽であるという偏見を持って取り調べに当たっており、また、時間の都合で十分に聴取する事ができなかった。その事は本人も認めている。 　ａさんは水汲みの報酬として被告人から千円などを貰っており、それは貴重な収入であり、水汲みを止めたいと思っていたとは考えられない。 　被告人がａさんと殴り合いになったことを述べていたならば、調書に記載される筈であるが、書かれていない。また、被告人には、ａさんと殴りあいになったことが原因と思われる傷は一切無い。午前９時にａさんがやってきて１０時に殺害した、と被告人は述べているが、その一時間の間にどのような口論があったのか、被告人は何等供述していない。口論が無かったからではないのか。 　本件初期供述では、ｃさん、ｂさんの殺害が合理的に説明できない。二人と被告人の間に接触は無かった。被告人は、関心のある相手には積極的に話しかけ、気に食わない相手ならば、ホームレス仲間であれば、殴っていた。 　馬鹿にしている、電波を飛ばしている、という供述は、覚せい剤の影響と思われる。 　ｃさんが警察官であり、それを言わずに何気に顔で近所づきあいをしていた、と考えていたのであれば、馬鹿にしている、と考えても当然である。 　ｌさんを襲おうとした時点で、被告人には幻聴、幻覚があった。 　中村弁護士は、２０分という短い時間で接見しているが、そのような短時間では、幻聴の話が出来なかったのも当然である。しかし、その中でも、被告人は、「当時は覚せい剤を打っていたので何も覚えていない」と述べている。 　ノジマ弁護士の接見メモは、その体裁から考えて、被告人の言動をそのまま記載したものである。被告人は、ノジマ弁護士のアドバイスに従い、９月１２日の調書には幻聴幻覚のことを記載してもらっている。 　ｄ鑑定書の信用性は高く、ｕ証人の意見書は信用できない。 　原判決は破棄されるべきである。 　遺族感情、被告人の反省からすれば、被告人を死刑に処すべきではない。 　被告人は、刑務所の中で贖罪の日々を送る事を決意しており、その思いは真摯なものである。朝夕、被害者の冥福を祈っているときには、すまないと思い涙が出てくる。遺族に対する手紙には、反省謝罪の気持ちが表れており、一審以来、一層反省を深めている。 　被告人の兄であるｗ氏は、被告人の手紙に心を動かされ、裁判所へ死刑をやめるよう求めている。また、被害者に対する香典を弁護人に預けている。 　弁護人が訪問した所、ｘさんは、「一審では死刑にして欲しいと述べたが、世に出て社会のために働いて欲しい。社会に奉仕して償って欲しい」と述べている。 　弁護人が訪問した所、ｙさんは、「反省は良く解った。一審では死刑にして欲しいと述べたが、人として生まれた以上、一生を全うして欲しい」と述べている。 　弁護人が訪問した所、ｚさんは、「今は被告人を死刑にしなくても良い」と述べている。再度訪問した所、「被告人は死刑でなくても良い、刑務所の中で一生反省の日々を送ってもらいたい」と述べている。 　ｚ１さんも、積極的に死刑を望んではいない。 　被告人は、真摯に反省をしている。甥のｚ２は「おじさんは優しい人。子供の頃可愛がってくれた事をよく覚えています」と手紙の中で述べている。 　被告人は、現在５９歳で、生来的な犯罪者ではなく、優しい性格である。覚せい剤を今後使用することは考えられない。 　死刑は重きに失し、原判決は破棄されるべきである。 裁判長「検察官、弁論を」 検察官「弁論要旨記載の通りです」 　検察官の弁論は、法廷では読み上げられなかった。 裁判長「難しい問題が存在していますので、ちょっと時間を頂きます。判決は、６月２７日３時でいかがでしょうか？」 　双方とも同意する。公判は、４時３３分ぐらいに終わった。 　被告人は、弁論の間、いつも通り、体を小刻みに動かしていた。俯いている事もあった。
事件概要	Ａ被告は１９９９年９月８日、東京都江戸川区の荒川河川敷で、文句を言われたことをきっかけに、ホームレスの仲間３人を殺害したとされている。
報告者	相馬さん

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