裁判所・部 東京高等裁判所・第五刑事部
事件番号 平成13年(う)第1625号
事件名 豊田:殺人、同未遂、武器等製造法違反、爆発物取締罰則違反
廣瀬:殺人、同未遂、武器等製造法違反
杉本:殺人、同未遂、死体損壊
被告名 豊田享、廣瀬健一、杉本繁郎
担当判事 高橋省吾(裁判長)渡辺康(右陪席)家令和典(左陪席)
日付 2004.7.28 内容 判決

(途中から入廷)

 責任能力と期待可能性について
 被告人豊田に関して
 サリンをまくことを指示されたとき、心の中に迷いがなかったわけではなく、松本の指示に疑問をもっていたという心情は、認めることはできる。しかし、松本の指示に従うしかなかったとまでは言えず、物理的な危険があったともいえない。犯行時、人の命を奪うことへの抵抗感、躊躇、葛藤があったとしても、それを乗り越えた上で、自らの意思で本件犯行に及んだものであって、結果は重大であり、法規範意識がありながら敢えて松本の指示に従ったに過ぎないと言うべきである。

   被告人広瀬に関して
 サリンの入った袋をカサで破ることに躊躇はなく、あったとしてもそれは教団がつぶれ、救済活動ができなくなり、無間地獄になるということに対する躊躇であるという調書に信憑性はあり、誘導尋問や迎合があったという弁護人の主張は不自然である。
 犯行の前、サリンの袋を出すときに「ガサガサ」という音がして、近くの高校生や女子中学生に気づかれたため、一旦その電車を降りた。サリンをまけばさっきのような学生も死ぬ。大勢の人が死ぬ。生きている生身の人間を殺生することになる。サリンの入った袋を破るときは心臓がドキドキして、「本当にこんなことをして救済になるのか」という疑問を抱いていたという。実行のときためらいはあったが、村井の説明した、「サリンをまくことは救済であり、教団を守るためだ。断れば松本の元に連れて行かれ説得される。」という理由を思い出し、自らの決心を固めたという調書に関して、地下鉄サリン事件の当面の目的は社会を混乱させ捜査をかく乱させれものであり。、ヴァジャラヤーナの実践は殺人を変質させ正当化させるもので、被告人広瀬は自らの「合理的な」判断に基づいて主体的に犯行に及んだものであって、犯行時にためらいなどがあったことを過大に評価するべきではない。

 マインド・コントロールに関して
 被告人広瀬はは強烈な心理的体験によって強くオウム真理教に傾注し、松本の指示に逆らうことは不可能だったと弁護人は主張する。被告人広瀬は大学のときからオウム真理教に入信し、ヨガなどの修行をし、ときには松本から直接指導を受けることもあり、大学院を卒業後出家した。松本が衆議院選挙に失敗した後、「民衆を普通の方法では救うことはできない。全世界の首都をポア(殺人行為)するしかないというようになったという。きっかけがオウムへの信仰とはいえ、出家は被告人広瀬の強い意志と確信に基づくものであり、また犯行時も完全にマインドコントロールされていたか疑問を禁じえない。多少の躊躇はあったとはいえ、法規範よりも松本の指示を優先して本件犯行に及んだものであるというべきであり、期待可能性がなかったとは認められない。

 被告人杉本に関して
 内乱罪を適用せずに改正前刑法199条より被告人杉本に対し無期懲役を科した原判決に法令違反がないのは明らかである。

 量刑不当について
 被告人豊田について
 松本は衆議院選挙失敗後、「近い将来世界最終戦争『ハルマゲドン』が起こるから、それに備えなければならない。」として、自動小銃の大量製造、猛毒の細菌の培養、サリンの生成など教団を武装化していった。松本は上九一色村に向かう松本専用車の中で村井と謀議をし、首都を混乱させ捜査をかく乱させる目的で地下鉄サリンを敢行されたのであって、その動機は世俗的で身勝手である。被告人は大勢の人が密集する首都に大規模にかつ効果的に多くの人を殺害するために国際的にも条約による禁止の動きがあるほどの殺傷能力をもつサリンを散布したのであって、酌量の余地は皆無である。
 被告人豊田・広瀬は化学的知識から実行役に選ばれ、カサで袋を破る練習、打ち合わせや謀議に数回参加し、実行まで積極的に犯行に関わった。本件は、日比谷線・丸の内線・千代田線において同時多発的に敢行され、その犯行は非人道的で悪質極まりない。また本件の犯行により、理不尽にも何の罪のない21歳〜91歳の12人もの何物にも変えがたい命が奪われ、死を免れたものの未だに回復不可能である後遺症に苦しみ、日常生活に支障をきたしている被害者もいる。死亡した12人はそれまでそれぞれの夢にむかって懸命に生きてきたにもかかわらず、突然理由もわからず、理不尽な犯行のために筆舌に尽くしがたい苦悶のうちに死んでいったのであり、遺族の憤りや厳しい刑を求める処罰感情は当然である。それに対し被害者や遺族に対する賠償は未だ十分ではない。
 また、犯罪史上諸外国にも類をみない犯行は首都周辺を混乱させ、日本国中を無差別テロの恐怖に陥らせ、わが国の国際的な治安の評価をゆるがせた。

 新宿青酸ガス発生装置設置事件(被告人豊田)について
 本件は地下鉄サリン事件と同様の目的で、人の密集する新宿の駅で青酸ガスを発生させるという大規模なテロを計画したという事案であるが、二度の失敗にもかかわらず執拗にも本件の犯行に及んだのであって、非人道的で異常であり、酌量の余地はない。また、犯行に使われた青酸ガス発生装置には、シアン化ナトリウム1429g、硫酸1410mlが用いられており、発火装置が作動してから通行人によって発見され、消火されたために失敗に終わったが、これらから発生する大量の青酸ガスによる結果は重大であると思料され、凶悪な犯行である。

 都知事爆破物郵送事件(被告人豊田)について
 本件は上記と同様の理由でテロの標的を東京都知事とし、軍事用でダイナマイトよりも強力なRBXを使った爆弾を送り、都職員に重傷を負わせたという事案であるが、犯行は計画的であり、犯行による惨状は想像すると恐ろしいものであり、物流や郵政にも影響を与えたのであって凶悪なものである。被害者は筆舌に尽くしがたい恐怖に陥り、厳しい処罰感情を抱くのは当然である。

 元信者落田さん殺害事件事件(被告人杉本)について
 被害者の冨田俊男は、頭にビニール袋をかぶせられた上に、その中に催涙スプレーを吹きこまれる、マチバリを足の爪に刺される、焼けた鉄を押し付けられるなどの拷問を受け、必死の助命嘆願にも関わらずロープで絞殺され、しかも被告人は被害者が死んだ後もなおロープを引き続けたのであって、このような仕打ちを受けるいわれもないのに、恐怖と絶望のうちに死んでいった被害者の無念は察するにあまりある。さらに被告人は強力なマイクロ波焼却装置で死体を焼却し、無残にも焼け残った死体を湖に遺棄したのであって、人間性の一片も見出せない。また遺族は一人息子を29歳で失い、その遺体も引き取ることができないという無念さは察するにあまりあり、処罰感情は峻烈である。

 元信者冨田俊男さん殺害事件事件(被告人杉本)について
 松本は平成5年ごろから教団が外部から毒ガス攻撃を受けていると説法し、信者の冨田俊男を警察のスパイと決め付け、パイプイスにベルトで縛りつけ、残忍な拷問の末絞殺され、死んだと確認された後もロープを締め続けられ恐怖と絶望のうちに死んでいったのであって、27歳で命を奪われた被害者の無念さは察するにあまりある。また、遺体は強力なマイクロ波焼却装置で3日間もの間焼却され、さらに残った遺体を硝酸で溶かし、溶け切れなかった残骸を湖に遺棄したのであって、人間性の一片も見出せない残虐な犯行である。また、遺族は遺体も引き取れず、処罰感情は峻烈である。

 地下鉄サリン事件について
 被告人豊田・広瀬は強制捜査の阻止という地下鉄サリン事件の目的を理解し、変装や下見など周到な準備を犯行に及んだ。被告人豊田はは日比谷線にサリンをまき、1名が死亡し、重傷者が2名が出た。被告人は散布役として犯行の中核を担い、犯行における役割は重大である。
 被告人広瀬がサリンをまいた丸の内線では、1名が死亡し、今日もなお意識不明の1名を含む3人の重症者が出た。被告人は地下鉄にサリンをまくということの重大さを理解しながら犯行の中核を担い、効果的に実行したのであって、犯行における役割は重大である。
 被告人杉本は林泰男を車で送迎し、現場の下見や証拠隠滅工作をはかり、実行犯の心理的支えとなり、本件の犯行の遂行のために主体的かつ積極的に関わったのであって、被告人の果たした役割は重大である。

 被告人豊田は東京大学理学部を卒業し、同大学院物理学専攻修士課程を修了したのち出家し、自らの専門的知識を生かして青酸ガス発生装置を作りテロ行為を敢行し、さらに都庁郵便爆弾事件では宅配便ではなく郵便小包で送るべきだと謀議の段階から、実行にも積極的に参加したという原判決の判断は相当である。
 被告人広瀬は早稲田大学理工学部を卒業した後、同大学院に進学したが、人生の真の目的は何かと悩むうちにオウム真理教の教義にひかれ、就職先が決まっていたのにも関わらず出家した。被告人杉本は会社員の一人息子として出生し岡山理科大学に進学。オウム真理教に入信したが、教義に疑問を持ち脱会する。しかし、信者たちに連れ戻され、松本に説得された。
 被告人らは非常に極端に性格が変貌しているのであって、マインドコントロールの影響があることも否めないが、被告人らは自らの探究心・問題意識を持って入信したのであって、オウム真理教がイメージと異なることは理解できたはずであり、マインドコントロールの影響を過大に評価するべきではなく、その責任を免れない。ヴァジャラヤーナの実践という宗教心の暴走、教義の影響を受けながらも自らの意志で「合理的な」判断力に基づいて犯行に及び、本件により多くの人の何物にも変えがたい生命・身体に害悪を与えたのであって、厳しく非難されなければならない。よって、被告人らが体験した強烈な心理的は認めらるが、法規範に従うことはできたという原判決の判断は正当である。

 斟酌すべき情状
 被告人らはいずれも逮捕後しばらくしてから犯行の重大さ、被害者の苦痛に気づき、自責の念にかられオウム真理教を脱会し、二度とこのような事件が起こらないようにと捜査や裁判に全面的に協力した。また、被告人らにはいずれもに前科・前歴はない。
 被告人豊田については、自動小銃密造、新宿駅青酸ガス発生装置設置事件はいずれも未遂に終わっており、妹がオウム被害者の会に800万円を支払っている。
 被告人広瀬については、送り返されたものの被害者に300万円と謝罪の手紙を送っている。
 被告人杉本については、被害者に100万円の賠償金を支払い、さらに両親が50万円を支払っている。

 結論
 本件は被告人らが満たされない人生観から教義にひかれオウム真理教に入信し、法規範よりも宗教心を優先し、何物にも変えがたい多くの生命を奪い、公共の交通機関を混乱させたのであって、動機は自己中心的で牽強である。被告人らは自らの専門的知識を利用し、大規模で効果的に多くの人を殺害したのであって地下鉄サリン事件を初め全て凶悪な事件である。
 地下鉄サリン事件では14名の者が日常生活に支障をきたす重症を患い、12名の善良な市民が、理由もわからず突然理不尽にも命を奪われた無念さ、また遺族の突然に家族を奪われ悲痛な思いは察するにあまりあり、遺族らが被告人らに極刑を望むのは当然であり、最高度の厳しい非難に値し、極刑も止むを得ない。よって、被告人豊田、広瀬の2人に対して死刑、被告人杉本に対して無期懲役を科した原判決は重すぎて不当とはいえない。
 また、弁護人は本件は教団が武装していくなかで起こり、内乱罪のような確信犯的要素がある。刑法77条によれば、内乱罪で死刑を科せるのは首謀者だけであり、それ以外は最高でも無期禁錮であるから、被告人豊田、広瀬の2人に対して死刑、被告人杉本に対して無期懲役を科した原判決は重すぎて不当であると主張するが、本件は上記のとおり、オウム真理教に対する強制捜査から目先を変えさせるために敢行されたものであって、内乱罪とは性質を異にするものであるというべきである。よって、被告人らに原判決よりも軽い刑を科すことを考えるべきではない。
 以上の次第であるから、刑事訴訟法396条により、本件被告人らの各控訴をいずれも棄却することとし、被告人杉本に対しては刑法21条により当審における未決拘留日数中900日を本刑に算入する。
 なお、被告人らの訴訟費用は刑事訴訟法181条1項但書を適用して被告人らに負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(注:主文は、「各被告人の控訴を棄却する。被告人杉本繁郎に対しては、当審における未決拘留日数中900日を本刑に算入する。」で、判決の最初に読み上げられた。)

報告者 Doneさん


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