裁判所・部 東京地方裁判所・刑事第13部
事件番号 平成23年合(わ)16号等(裁判員事件)
事件名 殺人、窃盗
被告名
担当判事 藤井敏明(裁判長)、蛯原意(右陪席)、嶋田登美子(左陪席)
その他 書記官:武良
検察官:築雅子、濱田記久子、水野佑樹
日付 2011.10.25 内容 初公判

○公訴事実
・平成23年1月23日付起訴
 平成22年11月23日午後2時ころ、東京都内の被害者(当時19歳・女性)方において、被害者の頸部をベルトで絞めつけ、窒息死させた。(殺人罪)
・平成23年3月2日付追起訴
 同日午後3時頃、被害者の父親所有の鍵、弟所有の現金千円を窃取した。(窃盗罪)

○被告人の主張
・嘱託を受けた(殺人罪)
・間違いなし(窃盗罪)

○弁護人の意見
 被害者が「殺してほしい」と頼んできたので嘱託殺人罪を主張。

○検察官冒頭陳述
1.事件の概要。
 被告人が交際していた被害者を殺害し、逃走の際に鍵や現金を盗んだ。

2.争点
 被告人による殺害行為について、「殺人罪」か「嘱託殺人罪」か。
 殺意や外形的事実については争いないが、検察官は殺人罪が成立すると考える。
 「嘱託殺人罪」の成立要件ついて、裁判員に対して説明。
 被害者は事件以前にも「殺して」という内容のメールを被告人に送っていたことがあり、被害者が事件当時に発した「殺して」との言葉は真意に基づくものではなく、被告人もそれをわかっていた(=殺人罪が成立する)と主張。

3.被害者と被告人の関係について
 被害者は当時19歳。中学の頃から学校に馴染めず、リストカットや睡眠薬を常用、精神科の診断を受けていた。しかし、平成21年3月を最後に精神科には通院せず、交際相手のaさんと同棲し、22年1月には実家に戻って生活をしていた。
 被告人は平成22年1月頃、mixiを通じて被害者と知り合い、被告人は被害者に好意を寄せ、肉体関係を持つなど交際を続けていた。被害者は被告人に対し、「死にたい」「別れたい」「別れるのが被告人のためだ」と言うようになった。しかし被告人は、被害者の発言は本気ではなく、同情を寄せるためだと思っていた。死にたいと漏らしていた被害者が、実際に自殺を図ることはなかった。被害者はアルバイトをやめ、高校も中退した。
 被告人の母は被害者と別れるように言っていたが、もともと被告人は母親に対して不満があり、頻繁に口論していた。被告人は実家を飛び出し、祖母の家で生活を始めた。被告人の父親は10月29日に被告人と被害者を交えて3人で話し、父親は被害者に対し、息子の力になってほしいと話した。
 被告人は父に祖母方で住んで学校へ行くと約束するが、休みがちになった。父はそのことを祖母から聞き、11月17日、卒業する意思がないならこれ以上金の援助はできないと被告人に言った。また被害者も18日、被告人に電話し、学校に行くように伝えた。
 被害者は電話で「きっとあなたは私を愛していない」「私と付き合わなくてもいいんだよ」「私を殺して」などと言った。被告人は被害者が夜間に電話をしてきたり、死ぬつもりもないのに「死にたい」と言ったりすることに苛立ちを覚えるようになった。
 22日、被害者は「殺して。明日来てほしい」とメールを送った。翌日、被告人が被害者方へ行くと、被害者1人しかおらず、2階のベッドに並んで座った。「本当に俺に殺されたいの?それが幸せなの?」と尋ねると、被害者は「そうだよ」と答えた。
 しかし被告人はそれは本心ではないと解っていた。形だけでも被害者の言うようにしようと、被告人は被害者の首にベルトを巻いたが、閉めようとせず、やめた。一方、被害者は被告人を押し倒し、右手で首を絞めた。被告人はそれまでの被害者の言動などから怒りを爆発させ、ベルトを首に押し付け、両端を両手で持って絞めつけた。被害者は足をばたつかせるなどしたが、被告人は緩めることなく絞め続けた。その後、瞳孔や脈を確認して死亡を確認した。
 被害者が外出したように装うため、ブーツを隠したり、携帯をマナーモードにしたりした。逃走にお金が必要なため、被害者の弟の部屋の財布から千円を盗み、1階で鍵を盗んで玄関を施錠し、午後3時頃、逃走した。
 被害者方には午後4時半頃、弟が帰宅、5時半頃には母親が帰宅したが、被害者は出掛けていると思った。母親は翌24日午前8時51分頃、被害者の部屋に入り、遺体を発見し、119番通報した。
 一方、被告人は付近のビルなどに寝泊まりし、11月30日、祖母宅に帰るところを捜査員に発見され逮捕された。

4.争点を裏付ける事実
 @被害者が真意に基づいて殺害を依頼していない。
  ア.死ななければならない事実はなかった。出勤状況や家族との食事の予定などから立証。被告人と別れたいと言っており、aさんと逢う予定があった。
  イ.被害者は自分の死を予定していなかった。
  ウ.当日被告人が自宅に来ることはわかっていたが、凶器等を準備しなかった。
 A被告人は被害者のこれまでの発言により、本心で「死にたい」と言っているのではないことを解っていた。

5.情状関係
 被害者の母親の証人尋問と意見陳述を行う。

○弁護人冒頭陳述
 被告人は被害者を一番大切な人と思っていた当時18歳の少年である。被害者から殺してほしいと頼まれて殺害した。その後、自殺しようと考えたが、部屋では自殺できず、どこかへ行って死ぬため、千円を持って出た。自分が自殺するまでは遺体を発見されないように工作をした。

1.被告人が被害者に殺してほしいと頼まれ、大切に思うあまり殺害してしまった。被告人は18歳、被害者は19歳。共通の悩みを抱え、依存度が強い関係だった。

2.被害者は本当に殺してほしいと考えていなかったとしても、被告人は本当だと考えていた。
 被告人と被害者は平成22年9月頃から交際を始めた。被害者の精神は不安定で、家族との関係もうまくいかず、「死にたい」とたびたび漏らしていた。しかし、被告人はそれを疎ましく思ったりせず、励ましたり、死にたいと言うのを思いとどまらせたりした。被告人は、被害者の言動がエスカレートしていくと家族とうまくいかなくなり、高校も休みがちになった。
 事件の前日には被害者から「遺書を書いた」と告げられ、実際にそれを見せられた。それは初めてのことだったので、本当に自殺を考えていると思い、当日は午前0時頃からメールをし、その中で「殺してほしい」と言われた。それまで「死にたい」とは何度も言われていたが、「殺してほしい」と言われたことはなかった。
 見殺しにするくらいなら、重い罪を背負ってでも自ら殺してあげようと思った。被害者宅でも、「俺に殺されたいの?それが幸せなの?」と何度も確認し、被害者は「そうだよ」と答えた。被害者はベルトで絞められても抵抗しなかった。

3.本当は殺してほしいと考えていなかったとしても、被告人はそう思っていた。
 被告人はこれまで、情緒不安定な被害者の相談に乗ったり、励ましたりしてきた。被告人は被害者を恋人として一番近い存在と思っており、被害者も被告人にだけは素の自分をさらけ出すことができた。遺書も被告人にしか見せていない。
 被告人は愛する人を殺してしまった罪の意識から、捜査段階では事実と反する供述もしてしまった。捜査段階の供述と、公判廷での供述のどちらが正しいか見極めてほしい。

4.情状関係
 被告人は犯行後深く後悔し、後を追って自殺をしようとしたが、逮捕を覚悟の上で祖母の家に向かったところを逮捕された。被告人は犯行当時18歳で、現在19歳。少年審判でも遺族に謝罪している。両親も被告人にこれからどのように生きてほしいか考えており、被告人の母親に証人尋問で話してもらう。
 被害者が書いた遺書の内容や、メールのやり取り、被告人の公判供述に注目してほしい。

 裁判長は翌日以降、証拠調べを行うと告げて閉廷した。

 審理次第で結果は変わるかもしれないが、私が第一回公判を傍聴した印象では、弁護側の主張に理があると感じた。判決では弁護側の主張が容れられ、嘱託殺人罪と認定。少年には懲役3−5年の不定期刑(求刑:懲役5−10年)が言い渡された。

報告者 けいさん


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