裁判所・部 東京地方裁判所・刑事第六部
事件番号 平成17年合(わ)第709号
事件名 強盗殺人
被告名
担当判事 合田悦三(裁判長)白坂裕之(右陪席)加藤雅寛(左陪席)
日付 2006.4.26 内容 判決

 判決は、3時30分から開始された。
 開廷前から、10人前後が廊下に列を作っていた。
 被告人は、黒髪を七三分けにした、頬が物凄くこけた、痩せた初老の男性。この日は、青いワイシャツ、ジーンズという出で立ちだった。
 裁判長たちが入廷し、開廷する。

裁判長「えー、それでは開廷します。今日は判決の言い渡しを行ないます。じゃあ、被告人、証言台の所に立ってください」
 被告人は被告席から立ち、証言台に移動する。
裁判長「えー、それでは、最初に結論を言います」

−主文−
 被告人を無期懲役に処する。未決拘留日数中、100日をこの刑に算入する。押収してある刺身包丁一本、平成18年甲第32号証を没収する。

裁判長「もう一度繰り返します。被告人を無期懲役に処する。未決拘留日数中、100日をこの刑に算入する。押収してある刺身包丁一本、平成18年甲第32号証を没収する。これが、今回の判決です。以下、このようにした理由を説明しますので、其処の椅子に座っていてください」
 被告人は、証言台の椅子に座る。

−理由−
 最初に、裁判所が証拠によって認定した事実を説明します。
 まず、本件犯行に至る経緯ですが、被告人は、自衛隊員、パチンコ店員、パン工場の工員等の職を転々とし、その間、消費者金融への借金を抱えるようになっていたけれども、平成16年12月から、池袋にあるサウナ店「太陽」で働くようになり、そこで働けば、待遇も良く、寮もあるので都合がよく、借金返済や将来の生活の目処も立つと考えていた。
 ところが、平成17年4月ごろに、「太陽」の系列店から、aさんが「太陽」で働くようになり、同人と共に稼動するようになった後、被告人は、aさんが厳しい態度で接してきた事や、それから、aさんが系列店で働いていた時の給料を休日を使ってとりに行かされたり、或いは、太陽の売上金を(聞き取れず)報告したことについて、強い不満を抱き、aさんの仕打ちが理不尽なもので、嫌がらせをしていると感じて、aさんに対する強い憤りと怒りを覚えた。
 それで、被告人は、「太陽」をやめて、他で働こうと思い、同年9月5日から、同店関係者に嘘を言って「太陽」の仕事を休んで他の仕事を探したが、「太陽」よりも雇用状態の良い仕事が見つからなかった事から、「太陽」の仕事を続けることにとして、同月7日「太陽」に戻ったところ、aさんから「太陽」に対して退職届を出すように言われた。被告人は、嘘を言って太陽の仕事を休んだのは悪かったと思ったけれども、一回嘘を言って休んだだけで馘首するのはひどいと思った。しかし「太陽」の仕事を失った後の生活に不安を感じた事から、「太陽」の仕事を嘘を言って休んだ事をaさんに謝ったが、aさんは、耳を貸そうとしなかった。その結果aさんを殺してやりたいとまで考え、同月17日頃、被告人は、aさんのアパートに乗り込み、同人に撲る蹴るの暴行を加え、売り上げ金34万円を奪って逃亡した。
 被告人は、その後、10日間の間に、派手に遊んでいやな事を忘れ生活をやり直そうと思い、「太陽」から奪った売上金をパチンコ、競馬などのギャンブルに浪費したけれども、気持ちが晴れることは無く、かえって憂鬱な気分になって、今後の生活に対する不安を覚え、「太陽」にいればまとも生活が送れた、この様な状況に陥ったのはaさんのせいだ、と怒りを募らせ、同月24日までには、aさんを殺害して恨みを晴らすと共に、「太陽」の売り上げを奪って新しい生活をしようと決意していた。
 被告人は、「太陽」で働いていた知識を元に、売り上げが多くある閉店後、また、担当者が一人で居るために犯行が可能であると考え、あらかじめ夜間に「太陽」に忍び込んだ上、午前10時ごろに犯行を決行しようと考えた。
 被告人は同月30日、金物店を訪れ、刃が頑丈である24センチある刺身包丁を購入した。午前10時ごろに犯行を実行する事を計画した。同月中旬から下旬にかけて、aさんの勤務時間を確認し、被告人は、10月10日に犯行の実行を決め、太陽店内に潜んだ。しかし、いざとなって犯行を躊躇し、最終的に犯行を行うことができず、一旦犯行をあきらめて、ラブホテルで働くようになった。しかし、そこでの仕事は辛く、長くは出来ないと考え、将来の生活に不安を覚え、またしても、この様な事になったのはaさんのせいであると再び恨みを募らせ、aさん殺害を決意した。
 同月10日を犯行日にし、同日午前9時ごろに侵入し、午前10時ごろには3階応接室に移って、aさんの様子を伺っていた。被告人は、aさんが売り上げを取りに行くところを襲おうと考えたけれども、その前にaさんに気付かれ、犯行実行を決意した。

−犯行事実−
 この様にして、被告人は、板橋区池袋サウナ店「太陽」従業員a当時57歳を殺害し金品を強取しようと企て、よって、平成17年11月10日、午前10時10分ごろ、同店舗内において、同人に対し、殺意を持って、上胸部などを刺身包丁で多数回にわたって突き刺した後、よって、その頃、同所において、同人を、現金24万4750円、11点在中のチャック付ビニール袋を強取した。これらの事実については、これまでの証拠で認められます。そうすると、今の被告人の行為には、強盗殺人罪が成立します。

−量刑の理由−
 本件は、今言ったように、被告人が、以前働いていたサウナ店において、元同僚であった従業員を殺害した上、店の売上金を奪った強盗殺人の事案であるけれども、先ず検討しなければいけないのは、本件の犯行の計画性である。
 被告人は、恨みのある被害者を殺害し店の売上金を強奪することを計画し、犯行に包丁を用いることに決め、24・5センチメートルある刺身包丁を購入する一方、売上金がなるべく多く入る日を計算し、店に電話をかけ、被害者の勤務状況を聞いて犯行を企て、一旦は本件犯行の10日前に犯行を決行しようとしたものの、躊躇し、決行出来なかったが、再び殺害を決意し、犯行を敢行した。
 犯行態様を見ると、被告人は、犯行決行を決意するや、何の躊躇もなく、人体の枢要部である右即胸部を包丁でメッタ突きにしている。犯行は、極めて残虐である。結果は極めて重大である。
 全てを奪われるに至った被害者の恐怖、肉体的精神的苦痛は想像を絶し、命を奪われるに至った無念は察するに余りある。
 また、本件犯行は、被害者だけではなく遺族も傷つけている。その事も考慮されるべきである。遺族の意見陳述が行なわれているが、遺族の心情は極めて悲痛である。犯行は残虐であり、処罰感情が激しいのも当然である。
 犯行の理由は、被告人は、被害者の厳しい態度に嫌気を感じ、嘘を言って休んだことを被害者から責められたため「太陽」をやめたが、将来に対する不安を覚え、新しい仕事がきつかった事から、サウナ店で働き続けていれば、この様な惨めな状況に陥らなかったと考え、他の仕事を探さざるを得ない状況に追い込んだ被害者を殺害して店の売り上げを奪おうと考えたものである。確かに、売り上げを取りに行かされたのは事実であると思われるが、実際の被害者の被告人に対する態度が被告人の述べるとおりであったかは、金を取りに行かされたのは被告人が嫌がっていなかったような点も認められる。被告人に厳しく接していた面もある。しかし、「太陽」をやめたことで被告人の人生が終わってしまったわけではなく、被害者にこの様な目にあわなければならない落ち度は見られない。
 尤も、本件は、被告人は法廷で謝罪の言葉を述べている。相当反省していると思われる。情状酌量に値する事情が無いわけではない。本件は、強盗殺人は、死刑か無期懲役であるが、極刑がやむ終えないとは言えない。しかし、無期からあえて減刑するには当たらない。よって、無期懲役刑とする。
 以上の理由で、被告人を無期懲役に処する。

裁判長「被告人、立って下さい」
 被告人は、立つ。
裁判長「裁判所の判断の理由は、今述べたとおりです。aさんの命を奪ってしまったことは絶対に消えないのであって、aさんの冥福を祈り続けてください。有罪判決の認定に不満があれば、控訴できます。その場合は、本日から2週間以内に控訴趣意書を提出してください」
 被告人は、裁判長の言葉に頷いていた。

 4時30分まで予定されていたが、3時45分に、判決言い渡しは終わった。
 被告人は、無期懲役が言い渡された瞬間も、身じろぎしなかった。証言台の椅子に座らされてからは、判決理由を、膝に両手を置き、背筋を伸ばし、身じろぎもせず聞いていた。退廷時は、遺族席の辺りで少し頭を下げたかもしれないが、定かではない。

 廊下では、被告人の弁護人が、被害者の遺族に、「刑務所の中できちんと刑を受けるといっていますので」と、被告人に頼まれたらしい事を伝えていた。
 遺族の初老の男性は、弁護人に頭を下げていた。

事件概要  A被告は2005年10月10日、東京都板橋区で強盗目的でサウナ店店長を刺殺し、24万4750円等を奪ったとされる。
報告者 相馬さん


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