裁判所・部 東京地方裁判所・刑事第十一部
事件番号 平成12年合(わ)第457号等
事件名 準強姦、準強姦致傷、準強姦致死、猥褻誘拐、死体損壊
被告名
担当判事 栃木力(裁判長)中尾佳久(右陪席)長池健司(左陪席)
日付 2006.4.20 内容 意見陳述

 この日の公判は、102号法廷で開かれた。
 この日は、60枚の傍聴券が先着順に配られた。多くの傍聴希望者が並んだ。
入廷前に、荷物預かりと、金属探知機によるチェックが行なわれた。
 傍聴人の中には、白人の報道記者も居た。
 1時30分からの開始予定だったが、事前の打ち合わせの為に開廷が遅れ、入廷が許されたのは1時38分だった。
 記者席、遺族席共に十数席用意されていた。
 検察官は、眼鏡をかけた青年と、青年と、若い女性の合計三名。
 弁護人は、坂根慎吾弁護人他六名。
 この日は、被告が出廷しておらず、被告席は空席だった。

裁判長「今日は、被告人が出頭しないと連絡を受けました。その事で、裁判所の見解を述べたいと思います」
 裁判長は、比較的険しい顔だったような気がする。
 弁護人によれば、被告人は、不出頭の理由について書面を提出しているらしい。しかし、裁判長はそれを認めなかった。
裁判長「当裁判所は、拘置所から、被告人が出頭を拒否していると連絡を受けました。本件は、被告人が出頭をしなければ開廷できない事例ですが、刑事訴訟法によれば、不当な理由で出頭しなかった場合、公判を行なう事ができます。当裁判所は、b、aの遺族を証人尋問すると、被告人に照会しました。しかし、被告人は、事件の犯人ではないとして、服を脱ぎ、洗面台にしがみつく等、拘置所職員による引致を困難にしました。延期も考慮しましたが、遺族が外国から来ていることなどを考え、続行する事にしました。そこで、刑事訴訟法第206条の二項に基き、被告人の出頭を待たず、公判手続きを行なう事とします」

 今までの裁判長の言葉を通訳していた女性が、宣誓を行う。
 初老の白人女性が、証言台に立つ。
 X3証人。
 証言台の上には水差しが置かれている。

裁判長「これから遺族による意見陳述を行ないます。立ってしますか、座ってしますか、どちらが良いですか?」
 結局、座って意見陳述を行なう事となる。
 裁判長は、通訳が入るのでパラグラフごとに朗読するよう、証人に求める。

−X3証人の意見陳述−
 私の名はX3。bの母です。
 bは、私の初めての子供でした。彼女が生まれたとき、私は、母親となった事を誇りに思い、愛おしい気持ちでいっぱいでした。彼女の丸い手足を愛おしく思いました。
 彼女はお風呂に入れられるのが好きで、水をばちゃばちゃしていました。
 娘は常に良い子で、妹のY16と弟のY17を可愛がっていました。
 綺麗好きで、掃除を手伝ってくれました。
 愛らしい性格で、人をしきりに喜ばせたがっていました。
 bは学校を卒業した後、ロンドンの銀行で働き、その職場が気に入っていました。
 二年後に、エアーホステスになるために退職しましたが、彼女の笑顔は、皆に惜しまれました。
 エアーホステスの試験に全て合格したときは、娘を誇らしく思いました。
 娘は私と二人でよく旅行に行き、友達の様だと思われていました。
 私の前の夫が度重なる浮気を認め、私達を家無しにして出て行った時、私達は呆然としました。私に出来たのは、私がどれだけ子供を愛しているか(子供たちに)言うだけでした。
 私は、一生懸命働きました。bは、私の遅くなる時は夕食を作ってくれる素晴らしい娘でした。
 bが五月に日本に行った時、二人とも寂しさを感じていました。
 電話がコミュニケーションの手段でした。
 出発前、bから花を貰いました。
「ママ、感謝しているわ。私がママを愛しているのは、何時でもそこに居てくれる。いつでもママの愛は変わらないでしょう。私が求めているのはそれだけよ。体を大切にして前向きに生きていてね。私の心はいつもママのそばに居るのよ。何時でも、何処にいても、愛を込めて。b」と書いてありました(ここで証人は、bさんの事を思い出したのか、涙を流し、鼻を啜り上げ、ハンカチで目を拭う)
 bが行方不明になっているという電話を受けた時、死んでしまうと思いました。死んでいただけではなく、美しい体はチェーンソーでバラバラにされ、美しい金髪は剃られ、首はコンクリートに埋められるという、一番最悪の事態が起こってしまいました(証人は、鼻を啜り上げ、目をハンカチで拭う)
 子供を失った悲しみは、誰にとっても最悪な悲しみと思ってきましたが、それは間違いでした。子供を失い、体を酷く冒涜された悲しみは、最悪のものでした。何時までたっても悲しみは薄れません。
 疲れてしか眠れません。
 娘は苦しんだのか、と考えてしまいます。
 彼は、私から、娘の写真を見る楽しみも奪ってしまったのです。
 Y16とY17も、トラウマに苦しんできました。
 6年前から私達は苦しみ、今後も苦しみ続ける事でしょう。
 私達は、娘の顔を見る事も、声を聞く事も、髪を撫でる事も、娘に抱きしめてもらう事も出来ません。Y16とY17も同じように感じているでしょう。私の親友としての娘も奪われてしまいました。
 昨年、私は、bの四人の友達の結婚式に出席しました。しかし、bの結婚した姿を見ることは出来ません。
 私がbの事をこれ程愛していたのは、彼女が内面も外見も美しい人だったからです。娘は、本当に人に愛されていました。
 何故、こんな恐ろしく、非人間的で、邪悪な事ができるのか、理解できません。
 本日の法廷での、私の辛い証言の辛さに加え、本日の私の証言に影響を与えようとした被告人の弁護人が、20万ポンドを私に払おうとしたため、それにも苦しみました。これは、被告人の悪質な人格の表れと理解していただきたい。
 bを殺した人がこの犯罪で有罪になった場合、最も重い刑罰を下して欲しい。今でも自白していない。
 彼は、二度とこのような事を繰り返す機会を与えられるべきではありません。私は、一生罰せられるような辛い気持ちで日々を過ごしています。
 今日は、Aさんが法廷に出頭する事を拒否した事に対して、彼は、自分を追い詰める事をしてしまった。
 彼を有罪と確信し、臆病な人と思っている。
 法廷での発言の機会を与えて下さった事に感謝しています。

 X3証人の意見陳述は終わり、証人は立った。
 その時、弁護人が立ち上がった。
弁護人「裁判長、よろしいですか?」
裁判長「(証人に対し)ちょっと座ってください」
弁護人「少なくとも三点、今の発言に問題が・・・・」
検察官「意見陳述の場なので、今の弁護人の意見自体相当ではないと思います」
裁判長「弁護人の意見を」
弁護人「裁判長には、適切な職権の発動をお願いしたい。本人の気持ちを考え、(意見陳述の)途中には言いませんでした。MURDERという言葉が出てきましたが、今回は殺人では起訴されておらず、また、否認自体を難詰するのは適当ではないです。今後、適切な職権の発動をお願いします。あえて静止を求めませんでしたが、お願いします」
裁判長「意見を聞き置くという事で」
証人「はい」
裁判長「今、弁護人から、意見陳述に対し、意見がありました。本件は、殺人では起訴されておらず、否認を難詰するのは相当ではないと意見を述べられました。これらの点について、遺族の心境を考え、静止しませんでしたが、今後は、然るべき時に職権を発動して下さいと意見を述べられました。じゃ、ご苦労様でした。元の席に戻ってください」
 X3証人は、傍聴席に戻る。

 2時20分から2時45分まで休廷となり、傍聴人は退廷させられる。
 裁判長たち、検察官、弁護人は、三者とも、証人の意見陳述を真剣な表情で聞いていた。胸に去来したものはそれぞれ違ったかもしれないが。
 休廷中、遺族達は、廊下で固まって話していた。
 2時48分に、再入廷が許される。

裁判長「引き続き、意見陳述を行ないます。X4さん、前に来ていただけますか?」
 X4証人は、金髪で小太りの中年の白人女性。黒いパンツスーツ姿だった。
 座って意見陳述をする事になる。
 通訳の都合があるので一パラごとに読み上げるよう、裁判長は証人に注意する。
 証人は、意見書を読み上げるために、眼鏡をかける。

−X4証人の意見陳述−
 先ず、申し上げたい事がありまして。本日、Aさんが被害者の母親の前に出頭する事を拒否する事に対し、憤りを覚えます。彼は、人を騙し、彼は、自分の犯した罪を認めようとしないという彼の考えを、彼は行動で確認させました。彼に向かって意見を言う機会を、私から奪いました。
 私の娘aが平成4年に日本で死亡した事は、娘の事を知っていた皆さんに衝撃を与え、態度は卑劣なものでした。
 今から述べる事は、aの婚約者であるY18、両親、母である私、姉の意見を踏まえています。
 私の娘であるaは、日本で死亡しました。
 痛みは和らがず、娘の死因が解らないまま死んでいくのを見た恐怖感も和らぐ事はありません。
 aはとても思いやりのある娘で、出来るだけ私達に会うようにしていました。
 婚約者のY18と住んでいました。
 私達は、心の中では何時も繋がっていました。
 aは、パースの所に泊まって、私達にあっていました。
 旅行を楽しんでいました。
 娘が死亡した平成4年2月24日の夜、Y18は娘の手を握っていました。彼は痛みと喪失感で泣き崩れていました。泣かずにaの名前が言えるようになるまで、2年かかりました。Y18は、娘と、あらゆる困難を乗り越えようとしていました。
 aは、姉のY19とも、とても仲良しでした。Y19は、日本で英語を教える仕事に就きましたが、aの所によく行っていました。
 aは最後に日本を訪れている間、Y19と一緒の部屋に住んでいました。
 Y19は、たった一人の妹を失った後、数年間非常に落胆し、責任を感じていました。体重も落ち、数年後、吉祥寺の公園で自殺しようとしました。
 Aのために、私は二人の娘を失うかもしれません。二児の母であるY19にとって、母親である歓びを妹と分かち合えないのは、大きな苦しみです。
 aは、手紙や、旅行先の写真を送ってくれ、私と連絡を取っていました。祖父母に対しても同じでした。Y18を家族の一員のように感じていました。
 娘が最後に日本に行く前、数日間泊まりに来てくれました。
 娘はとても明るく、私を楽しませるのが好きで、人を楽しませる才能を持っていました。
 私は、aを心から愛していました。娘が亡くなった時、私も死にたいと思うほどです。娘ほど親しくしていた人は居ませんでした。
 aはとても愛らしく、思いやりのある優しい心を持っていました。動物が好きで、置き去りにされた動物をよく家に連れてきました。誰とも親しくなれる人でした。東京ディズニーランドがお気に入りで、可能な限り、日本人の友人を作っていました。
 aの死は、私の人生に大きな影響を与えました。仕事への興味を失い、どうでもよくなり、死んでも良いと思いました。お腹を殴られ、ずっと息切れしている感じでした。何かに喜びを感じるのに、10年かかりました。私の体にも影響を与えました。椎間板が一つ潰れてしまい、体の半分が3年間不自由でした。
 このような若い年齢で娘が命を奪われたのは、悲劇であり不公平でした。
 家族は彼女が好きでしたが、その家族を置き去ってしまいました。
 14年たっても、娘を失った苦痛を感じています。娘の変わりになる人は居ません。
 Aに対する刑は、彼は死刑にされなければいけないと思いますが、不可能なので、一生刑務所に入れられるべきです。釈放される事があってはならない。そうなれば、彼は犯罪を続けてしまうでしょう。膨大な証拠があるにも拘らず、彼は未だ、aとbを・・

弁護人「この点は不相当です」
検察官「意見陳述中です!」

 裁判長は、X4証人に、弁護人の意見を伝える。
 証人は、今まで冷静に陳述を行なってきたが、少し泣き声を漏らした。
 裁判長は、弁護人が指摘した部分を不相当と認めなかった。
 意見陳述は再開される。

 彼は未だ、aとbの死に責任を認めず、保身を考えるだけです。
 薬物による死の危険性を知ってからも8年間、犯行を続けました。これは絶対許せません。何百人もの日本人、外国人女性は言うまでも無く、a、bに行なった事に対し、改悛の情はありません。彼に対して寛大になるのは不当です。彼は自分の事しか考えていません。娘の命は賠償金では贖えず、被告人の弁護人からも連絡は受けたくありません。
 私は申し上げますが、この男を社会に出して、若い女性に脅威を与えないよう、裁判所にお願いします。

裁判長「ではご苦労様でした」
 証人は、傍聴席に戻る。

 次回は、4月25日午前10時に指定される。次回も被害者遺族の意見陳述が行なわれる。
 4時30分まで予定されていたが、3時13分に公判は閉廷した。

事件概要  A被告は以下の犯罪を犯したとされる。
1:1992年2月、神奈川県逗子市のマンションでオーストラリア国籍の女性に催眠導入剤入り飲料を飲ませて暴行し死亡させた。
2:2000年7月2日、神奈川県逗子市のマンションで英国籍の女性に催眠導入剤入り飲料を飲ませて暴行し死亡させた。
 その他、準強姦致傷、準強姦5件を起こしたとされている。
 A被告は、同年10月12日に逮捕された。
報告者 相馬さん


戻る
inserted by FC2 system