裁判所・部 | 東京地方裁判所 | ||
---|---|---|---|
事件番号 | 平成17年合(わ)第507号 | ||
事件名 | 強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反 | ||
被告名 | A | ||
担当判事 | 小池勝雅(裁判長)品川しのぶ(右陪席)高橋明宏(左陪席) | ||
その他 | 検察官:仁田、鈴木、逸見 | ||
日付 | 2006.4.19 | 内容 | 被告人質問、証人尋問、論告 |
弁護人は、髪の短い丸顔の30代ぐらいの男性。 検察官は、髪をオールバックにした眼鏡の中年男性と、眼鏡をかけた中年男性、若い女性の3名。 傍聴人は、20人前後居た。 被告人は、大きな眼鏡をかけた、四十代という事だが、30代ぐらいに見える男。丸坊主であり、頬に痘痕がある。やや痩せている。入廷した時は、唇を噛み締めていた。開廷前は軽く俯き、目を閉じている事もあった。弁護人と少し話もしていた。 裁判長は、眼鏡をかけた中年男性だった。 裁判長「今井陪席裁判官が交代していますので、審理を更新します。検察官、弁護人、主張は従前の通りでよろしいですね」 検察官「はい」 検察官は、甲97号証の書証を請求し、甲98号証も請求する。 甲97号証は、被害者の母親Y1のしたためた手紙。以下のような内容。 「綺麗な花を花瓶にさし、じっくりと眺め、去年の事を思い出しています。息子も、桜の花が好きでした。個人として、加害者に何も言いたくありません。事件の事を一生引きずってもらいたいです。それは、人に言われるまでも無く、自分で考える事です。どんな理由があろうが、人を殺してはいけません。息子の死に方は酷い死に方です。私は一生許す事はできません」 甲98号証は、フォーマルリースの特定に関して。 弁護人は、証拠として、本件の背景にあったヤミ金の取立てについて、新聞の記事を請求する。検察官は、「関連性は薄いが同意します」と述べる。 まず被告人質問を行うことになる。 裁判長「被告人、前に出て、其処に座って」 被告人は、被告席を立ち、証言台に座る。 −裁判長の被告人質問− 裁判長「一般情状について、質問しますからね」 被告人「はい」 裁判長「妹さん、別れた奥さんが、前回の法廷で証言しましたね」 被告人「はい」 裁判長「それを聞いて、何か感じた事はありませんか?」 被告人「特にありませんが、迷惑をかけた事は理解しました」 裁判長「別れた奥さんの話で、お子さんが、貴方の出所するのを待っている、と言っていた事も聞きましたね」 被告人「はい」 裁判長「何か感じた事はありますか?」 被告人「妻から聞いておりますが、どうしようもない傷を与えてしまって、親としてどうしようもないですが、将来償う事ができれば、と思います」 裁判長「多感な時期のお子さんに、傷を負わせてしまいましたね?」 被告人「それが一番申し訳なく思っています」 裁判長「にもかかわらず、優しい言葉をかけてくれるでしょう。非常にありがたい事ですよね」 被告人「はい」 裁判長「被害者や遺族に言う事はありませんか?」 被告人「私の独りよがりな感情で、一生取り返しのつかない事をしてしまいました。人として許しがたい事をしてしまったと思っています。将来、出きる限りの償いをさせて頂きたいと思います」 裁判長「捜査段階で、『被害者に申し訳ないとは思えない』と話したことは覚えていますね」 被告人「はい」 裁判長「今は違うんですか?」 被告人「その時は、間違った相手を殺したかもしれないという恐怖心があり、憎んでいると思い込もうとしていました。今でも、騙したY2という男に対しては少なからず憎しみがありますが、被害者については申し訳ないことをしたと思っています」 裁判長「フォーマルリースという金貸しに騙されたんですよね?憎しみを抱くのは解るが、その担当者を殺すのはバランスが取れていないと思うのですが」 被告人「憤りが強く、行動の善し悪しが考えられませんでした」 裁判長「先ほど、担当者が被害者であれば良かった、とも思える事を言っていましたが、担当者と被害者、どちらが被害者であっても、貴方がやったことは許されない」 被告人「はい」 裁判長「それは解りますね」 被告人「はい」 裁判長「将来の償いとは、具体的に何をするつもりですか?」 被告人「社会復帰して仕事につくことが出来ましたら、月々、生活の足しになるものをお送りしたいと思います」 裁判長「被害者の母親の手紙は聞いていましたね」 被告人「はい」 裁判長「一生罪を引きずって欲しい、という件がありましたが、その事については如何思いますか?」 被告人「仰る事は最もだと思います。今回の事件を死ぬまで記憶に留めて更正したいと思いますが、機会があったら、亡くなった人の墓前にお詫びをさせて頂きたいと思います」 裁判長「それでは弁護人、どうぞ」 −弁護人の被告人質問− 弁護人「自分の性格は、どのような性格だと分析していますか?」 被告人「場合によっては疑心暗鬼に陥りやすく、思い悩みやすい。考え方に屈折した所があると言われた事もあります」 被告人「考え込んでしまう方だと思います」 弁護人「騙された事と、担当者に攻撃を加える事はバランスが取れていないと思うのですが」 被告人「はい」 弁護人「事件の時には気付かなかったのですか?」 被告人「その時は、自分の、欲望と言いますか、復讐心が先に出てしまいました」 弁護人「今後の更正について、どのように考えていますか?」 被告人「性格を改善する必要があります」 弁護人「性格を変えることは難しいですが」 被告人「その必要があると思っています」 弁護人「ある意味真面目すぎるのでは?」 被告人「考え込みすぎる面はあります」 弁護人「貴方はいくつかのヤミ金融業者から借金がありましたが、事件前のヤミ金の取引も、きちんと守っていますね」 被告人「はい」 弁護人「約束を守る意味では、貴方はヤミ金融を信用していたのですか?」 被告人「約束は守るたちです」 弁護人「貴方が約束を守っていれば、ヤミ金融も金を貸し、そうすれば、貴方もヤミ金融を信用する、という事ですか?」 被告人「はい」 弁護人「Y3・・・・・Y4も、騙されたけど、信用していたのですね」 被告人「愚かな事ですが、すっかり信用していました」 弁護人「調書では、Y3が神様に思えた、と書いてありますが、そういう気持ちだったのですか?」 被告人「はい」 −検察官の被告人質問− 検察官「被害者の両親が、毎回法廷に来ている事を知っていますか?」 被告人「はい。何方かは解りませんが」 検察官「犯行状況に関する供述は、捜査時の物とは違いますね?」 被告人「若干の違いはありますが、嘘偽りは言っていません」 検察官「貴方の供述を聞いた被害者のご両親が、どのように思っているか解りますか?」 被告人「・・・・・はい。悔しい思いをされたと思います」 検察官「誰に対しても嘘はない?恥じる所は無いんですか?」 被告人「はい」 検察官「ご両親を、公判廷の供述で傷つけているとは思いませんか?」 被告人「・・・・・・・」 検察官「事実と違う話をして、遺族の気持ちを傷つけたとは思いませんか?」 被告人「そういう意味ではありませんが、遺族の気持ちを傷つける話をしたと思います」 −弁護人の被告人質問− 弁護人「被害者の両親のどちらかに、手紙を出してお詫びした事がありますか?」 被告人「一度だけお出ししました」 弁護人「どういう内容でしたか?」 被告人「お詫びはしましたが、無くなった方との間にトラブルがあって犯行を犯したので、物とりではありません、と書きました」 弁護人「どういう気持ちから書くようになったんですか?」 被告人「お詫びしたい気持ちはあるんですが、ただ、誤解の無い形で、犯罪を犯す気持ちを知っていただきたかったからです」 遺族の手紙の処罰感情に関する部分について、弁護人は不同意。検察官は、被告人に意向を確認しようとしたが、裁判長に、「被告人に聞くのはいかがなものか」と言われ、諦める。 続いて、検察官は、被害者の父親のX1氏を証人として申請する。認められる。証人は、証言台に立ち、宣誓をする。裁判長は、偽証罪に関する注意を行い、証人を証言台の椅子に座らせる。 −検察官の証人尋問− 検察官「aさんの父親ですね」 証人「はい、そうです」 検察官「息子さんに代わって、何か言いたい事はありますか?」 証人「26歳で殺された息子に代わって一言言いたいのですが、よろしいですか?」 裁判長は了承し、裁判長の方を向いて言うように述べる。 証人「A、お前、人の命を何だと思ってるんだ?この馬鹿野郎!今、Aに関して、多くを語りたくありません」 検察官「今回で七回目の公判ですが、欠かさず傍聴に来られていますね」 証人「夫婦で足を運んできました。息子の死んだ時の事を知るためです。憤りを感じました」 検察官「親としての立場で何か言いたい事がありますか?」 証人「今回の事件は計画的で残虐だと思います。いかなる理由があろうとも、人が人を殺していい事はありません。人の命イコール家族なんですよ。家族を守るために、みんな、一生懸命働いているんです。息子を守ってあげられなかった事を、残念で悔しく思います」 検察官「巣鴨警察署で、奥さんと一緒に、亡くなった息子さんにお会いしましたね」 証人「仁王様みたいな顔で、目は開いて、顔は引きつっていました。この仇は親父が討つと、息子に誓いました。家内は、誰がやった、と泣き叫んでいました」 検察官「息子さんは26歳で亡くなりましたね」 証人「はい」 検察官「付き合っている方は居ましたか?」 証人「フィアンセが居ました。その人から、お通夜、告別式を参列したい、と話がありました。二つの条件を出し、参列を許しました。両親の許しを得る事、終わったら、この事は引きずらない事。この二つの条件で、参列を許していただきました」 検察官「被告人の言う事を如何思いますか?」 証人「はい。普通の人はやらないですよ。人が人を殺す事はありえないです。正常な人は絶対やらないですよ!」 検察官「裁判長に対して、何か言いたい事はありますか?」 証人「裁判長、息子の仇を討ちたい。メッタ刺しにしてやりたいです。Aを極刑に処するよう、遺族の代表としてお願いします。」 検察官「奥さんに代わって言いたい事はありますか?」 証人「お腹を痛めて育ててきたのと、男親では違うと思います。でも、男親としては、一人息子を殺される事は、私の血筋がここで終わるんですよ!この罰当たりめ、と言いたいです」 弁護人からの証人尋問は無かった。 証人は、裁判長に一礼して、傍聴席に戻った。被告人は、その時、下を向いていた。 −裁判長の被告人質問− 裁判長「今の遺族の話を、隣で聞いていましたね」 被告人「はい」 裁判長「聴いて、何か言っておきたい事はありますか?」 被告人「本当に申し訳ない事をしました・・・・・。それだけです」 裁判長「じゃあ、元の所に戻って」 被告人は、被告席に戻る。 弁護人に確認した甲9,10号証について、不同意部分の処理について、検察官は撤回する。 そして、論告が始まった。 −論告求刑− 本件格公訴事実は、当公判廷に提出した証拠によりその証明は十分である。 被告人は、捜査時においては、強盗殺人も含め、全面的に認めていたが、法廷においては、強盗の部分を否認して、「人は殺しましたが、犯行後に、騙し取られたお金を取り返そうとして探しました」と述べている。 被告人は、犯行時、10万円を返済してもらわなければいけない逼迫した状況にあった。被害者が勤めていたフォーマルリースの同僚のY2から、金を貸してくれれば融資する、と言われ、10万円を貸したが、110万円の融資は受けられなかった。 被害者やY2を殺しても利益は無く、強盗に理由はある。 被告人は経済的に逼迫しており、被害者からの10万円の返金も困難であり、皮手袋を購入し、それを嵌め、包丁を持って、フォーマルリース社員を刺せるようにして事務所に入った。 一連の行動は、被害者らからの任意の10万円の返金は不可能だと思ったために、是が非でも10万円を取り返そうと思ったと考えれば納得できる。 被告人は、Y2を殺害しようとは、準備段階では考えていなかったと認められる。Y2に対して復讐しなければ気が収まらなかった、と述べているが、手袋を用意したのは、現金を奪う気持ちがあったと認められる。 被告人は、被害者に、「Y3さんはいらっしゃいますか」と尋ねたが、「来客がありますので出て行ってください」と言われ、ドアを開けて押し出されそうになった。ドアから手が出た際、手袋をつけ、包丁を持って、被害者を刺した。 被害者が10万円を返金する積りがないと考え被害者を刺した、と考えるのは、合理的である。 被告人は、被害者に押し出されてかっとなった、と述べているが、被告人が最も強い怒りを持っていたのは、融資をする際さげすむような態度をとり、融資を受けることが出来なかったY2であり、被害者も共犯者的立場にあったとはいえ、明確な恨みを持っていなかった被害者を刺すのは納得できない。 10万円返金への意思を無視して、被害者らへの被告人の恨みを認定するのは不合理である。10万円を取り返すということと、被告人の恨みは、表裏一体である。 被告人は、被害者殺害の直後から、財物奪取のための行動を行なっている。物色時間は10分に及んでおり、とっさの犯行であれば、現場から速やかに立ち去る筈である。被告人も、死体の方を見ないようにしていた。客がチャイムを鳴らしているにもかかわらず、物色を行なっている。捜査時には、10万円を取り戻すため、と言っており、その信用性は高い。心情や犯行に至る経緯を具体的に述べている。実際体験したものでなければ、語る事の出来ない臨場性がある。 昨年5月27日に、弁護人と接見し、強盗とならないよう、アドバイスを受けている。また、被告人には、取調官に嵌められた、自白を強要された、という意識は無い。 逮捕罪名は殺人罪である。取調官も、事件について知らなかったのであり、取調官に、強盗殺人であると無理やり自白させられる筈がない。 甲96号証には、「前回騙された金を取り返すため、事務所を訪れました」と書いてある。被告人は、10万円を返金させるため、包丁を持って事務所を訪れ、10万円を取り返す範囲で、金銭強取の意思を持っていた。 自白に任意性を疑わせる事情は無く、信用性は十分である。 恨みを持って訪れ、犯行後に10万円を取り返そうと考え、事務所内を物色した、と述べているが、信用出来ない。 10万円を返金してくれないY2に恨みを抱くのは兎も角、被害者に押されただけで殺害するとは考えられない。 被告人の法廷での供述態度は、誘導的な弁護人の尋問に迎合し、不合理な供述を繰り返している。信用性は無い。 準備行動、殺害状況は、強盗目的を強く推認させるものである。殺人である、という主張は、全く理由が無い。 情状について 本件は、借金に窮していた被告人が、フォーマルリースに勤めていたY2から、110万円の融資を受けるためにY2に10万円を貸したが、返してもらえず、持っていた洋包丁で被害者を刺殺したものである。 被告人は、殺害方法を冷静に検討し、包丁を取り上げられる事を考えて洋包丁を二本購入し、滑り止めつきの手袋も購入している。洋包丁は20センチ有り、洋包丁大、とパッケージに書いてある。財物強取への意志が伺われる。 道中では、包丁に巻いていたおしぼりを解き、手袋をはめ、犯行をやりやすいように準備している。被告人がフォーマルリースから被害を受けたのは犯行4日前であり、十分な交渉を行なった様子は無い。犯行は身勝手である。犯行には、被告人が述べる特異なプライドがあると思われ、被害者には、殺害を甘受しなければいけない落ち度は無い。 被害者は、刺された時、被告人を押し返し、助けを求めて叫んだが、被告人は更に突き刺した。被害者の抵抗を排して、更に攻撃を加えた。自分の血で滑り、起き上がれなくなった被害者に対して、更に攻撃を加えたものであり、冷血極まりない。 刺突行為において、腹部を狙って、何度も突き刺している。腹部に十三箇所の刺切創、胸部に一箇所の刺切創、合計二十三箇所の刺切創を負わせている。攻撃を中止したのは、被害者の背中に洋包丁が刺さって抜けなくなったためである。 殺害後は、冷静に行動している。一時の激情で犯行に及んだとは思えない。店員が別に居た場合に備え、もう一本の包丁を抜いた。明確な殺意の元、殺害に及ぼうとした。幸い、他に店員は居なかった。 犯行様態は、悪質極まりない。 三点目、犯行の結果は重大である。 被害者は、音楽学校を卒業後、ヤミ金で働くようになり、犯行時26歳の前途有望な青年だった。人から恨まれる事のない、明るい青年だった。実績が上がらず、フォーマルリースの経営者から、責任を取って80万払え、と言われていた。給料は20万しかもらっていなかった。経営者から利用される立場だった。にもかかわらず、極限の恐怖を味わわされ、殺害された。 四点目は、被害者遺族の処罰感情は激しい。 被害者の母は、「私の息子を殺した者を厳罰に処してください。息子は世間知らずだったからこのような結果を招いた面もあると思います。被告人は、一見普通の顔をしていますが、内面は物凄い冷血だと思います。私は、息子がいつか帰ってくると信じてます」と述べている。 被害者の父親は、「被告人にも言い分はあるでしょう。フォーマルリースはヤミ金です。この点については言う事はありません。しかし、悪い事とはいえ、何故殺されなければいけないのか。金が欲しいなら、私の全財産やるから、息子を返してくれ、と言いたい。私としては厳しい罰を望みます」と述べている。 被害者の姉は、「弟がヤミ金をやっていたとはいえ、殺されなければいけないのか、悩んでいました。犯人は43歳の男で、(犯行の原因は)旅館の失敗で多額の借金を負っていた、弟の部下のY2君が融資を条件に金を借りたから、と聞きました。犯人にもそれなりに理由はあったでしょうが、私は、解ってやりたいとは思いません。私としては、弟の命の重さを考え、一生かけて償ってもらいたいと思います」と述べている。 両親は、息子を殺されたものであり、その心情は察するに余りある。 五点目 被告人には、前科前歴は無く、一見して真面目だが、危険な性格が潜んでいる。公判が開始するや、舌の根も乾かぬうちに、被害者らの態度が原因である、と述べるに至ったもので、本件を真摯に反省しているとは思えない。強盗殺人は、法定刑が死刑か無期懲役しかない最も凶悪な犯罪であり、一般予防の見地からも厳罰が必要である。 被告人には、反省悔悟の心は認められず、被告人に前科前歴が無く、自首している事、犯行に至るまでの経緯に汲むべき点が無いわけではない事を考慮しても、一般予防の見地からも、厳しい罰を下されるべきである。 そこで、求刑でありますが、諸般の情状を考慮し、相当法条を適用の上、被告人を懲役25年に処するのを相当とします。 続いて、弁護人による弁論が行なわれる。 −最終弁論− 要旨は別紙で提出します。 被告人が、被害者を殺害して現金を強取する事を企てた事は無い。 被害者は、ヤミ金であり、実績を上げるために詐欺行為を行なっていたグループの一員である。被告人は、このような者をのさばらせてはいけない、という思いと、憤りから犯行を行った。物色は事後的に考えついたのに過ぎない。 被告人は、本来はY3と話し合うつもりだった。包丁を携帯していたのは、若く体格のいい被害者たちがかかってきた時のためと、暴力団と関係があることも考えられたからである。ただし、正義感や復讐心の目的が並存していた事も否定は出来ない。 被告人は、一旦事務所内の戻り机に近付いた被害者を刺したものである。被害者がY3をかばった事に激情的になったからである。 被害者は、金を騙し取ったものに用は無い、として、被告人を外に押し出そうとしたものであり、被告人はそれに対し腹が立った。 被害者に対する加害行為の態様は、胸空中に八箇所の刺切創など、全身二十二箇所に刺切創を負っていたものである。10万円を取り戻すために成されたとは考えられず、詐欺グループから不当な扱いを受けたために犯行を行った。 物色は、Y3を待ち受けるまでのものである。容易に発見できる財布を見落としている。このことからも、物色行為が計画されたものではない事がわかる。10万円を取り戻す経済的メリットは無かった。借金は小額であり、借金の取立てに追い立てられてはいなかった。 巣鴨警察署の捜査員は、被告人に同情し、詐欺の被害者として扱っていた(弁護人は、ここを強調していた)。被告人は、10万円を取り返す、というのは、自分の被害者としての立場を強調する、と考えた。被告人は、取調官は自分のためにやってくれている、手を煩わせては不味い、と考えていた。取調官は、取り返す、という言葉を使っていたが、後に、奪い取る、という言葉が出た。被告人は「それでは強盗みたいです」と述べたが、取調官は、「大丈夫、強盗にはならないから」と述べて、被告人は取調官を信用した。 強盗殺人は、普通殺人と違い、複雑な動機の無い破廉恥罪であり、立法趣旨を踏まえた慎重な適用を必要とする。 本件犯行は、Y3に裏切られた怒り、憎しみが原因であり、被害者の落ち度は大きい。普通殺人としか言えない。検察官は、強盗殺人の趣旨の解釈を完全に誤っている。 強盗は、財物強取が主体である。 三番目、強盗の機会において成された行為や密接に関係のある行為に基いて発生した致死傷についてのみ、強盗を認定すべきである。 被告人は、昭和36年、栃木県内で旅館を営む両親のもとで出生し、日大を中退した。旅館経営などに携わった後、平成17年からは、飲食店内で店長として活動し、犯行時もうどん屋で働いていた。真面目な市民である。 妻は、被告人との復縁を望んでおり、子供も同じ気持ちである。 借金は、平成11年からヤミ金から借金するようになった。ヤミ金15件サラ金1件であり、合計80万円である。クレジットカードを使えば問題ない額であり、借金は、被告人の遊興費には殆ど遣われていない。金利の支払いにあてられていた。 被害者はヤミ金グループの一員であり、金に困った弱者を食い物にしていた。それをもって犯行は正当化できないが、落ち度は大きい。現に、被害者の上司である、オーナーのY5や犯行の原因となったY3は、刑事罰を受けている。 被告人は、「人を刺してきた」と言って、警察を現場に案内した。被害者の遺族に対し手紙で謝罪し、将来の弁償の意思もある。公判においても、被告人の権利を放棄している。こうした不器用とも言える被告人なりの反省も評価していただきたい。 被告人は、妻Y6と離婚したが、同人は、復縁して被告人とやり直したい、と述べている。長男も、被告人の更正に協力している。 被告人に前科前歴はなく、再犯の恐れは全くない。 本件は、警察が詐欺グループをのさばらせておいたが為に発生した不幸な事件である。強盗殺人での起訴、論告は、表面的にしか見ていない。被告人に有利な情状も考慮いただいて、刑を決めていただきたい(強調していた)。 検察官は、求刑に、包丁の没収も追加する。弁護人も、それを了承した。 裁判長「この事件は、去年の10月5日が一回で、合計7回にわたり審理をして、今日が最後になります。何か言いたい事はありますか?」 被告人「・・・・・・とくにありません。」 裁判長「はい、じゃ、元の所に戻って」 被告人は、被告席に戻る。 裁判長「裁判所としても慎重に判断しておきたいので、少し先におきます。6月15日に如何ですか?」 弁護人「1時30分から如何ですか?」 裁判長「はい。1時間とっておいてください。被告人、前へ。(被告人は証言台に立つ)判決は、6月15日木曜の1時30分です」 公判は、3時30分まで予定されていたが、3時20分に終わった。 被告人は、弁護人に礼をして退廷した。ぼそぼそした声で、被告人質問には答えた。論告の時は前を向いていたが、弁論の時は、目を閉じ、やや俯いていた。 閉廷後、廊下では、被害者の父親が、検察官に頭を下げていた。礼をしているようだった。 ※結果 6月15日、Aには、強盗殺人が認定され、懲役21年の判決が言い渡された。どちらからかは解らないが、控訴が成されている。 | |||
事件概要 | A被告は2005年7月19日、東京都豊島区で金を騙し取られた恨みと強盗目的で貸金業者を刺殺したとされる。 | ||
報告者 | 相馬さん |