裁判所・部 東京地方裁判所・刑事第六部
事件番号 平成17年合(わ)第709号
事件名 強盗殺人
被告名
担当判事 合田悦三(裁判長)白坂裕之(右陪席)加藤雅寛(左陪席)
その他 書記官:小林
日付 2006.3.15 内容 論告

 遺族席は三席指定されていたが、印は付いていなかった。そこには初老の男性と、眼鏡をかけた青年の二人が座る。
 検察官は、髪を短く刈った30代ぐらいの男性。遺族らしき初老の男性と、開廷前に挨拶を交わしていた。
 弁護人は、髪を真ん中で分けた30代ぐらいの男性。
 被告人は、髪を七三分けにした、痩せた初老の男性。異様に頬がこけている。青いワイシャツにグレーのズボン、といういでたち。俯いて入廷し、開廷前は俯いていた。
 開廷と共に、被告人は、刑務官から茶色い封筒を渡される。
 証拠調べは前回の公判で終了しており、この日は、論告、最終弁論が行われた。

−論告求刑−
 第一に、事実関係について。本件は、当公判廷で取り調べた各証拠により、その証明は十分である。
 第二に、情状について。本件は、かつての同僚を、金ほしさと逆恨みから殺害を決意し、かつての勤務先に忍び込み、被害者を包丁で突き刺して殺害し、売上金とビニール袋等を奪い取った強盗殺人の事案である。
 被告人は、被害者が傲慢な態度をとり、被告人が一度嘘をついて休んだだけで退職を薦め、被告人から安定した職場を奪ったと述べている。しかし、被害者は真面目に仕事をしており、被告人は仕事上のミスが多く、被害者は被告人に酷い態度をとっていたわけではない。
 被告人は、「太陽」の売り上げを奪い、自ら「太陽」を飛び出し、その金で遊興に耽っている。
 被告人は、将来の生活が不安だったと言うが、真面目に働く事は可能だった。切迫した状況は見受けられない。
 被告人は、勤務状況を高望みし、何等非のない被害者に逆恨みを募らせ、本件犯行を敢行した。
 被告人は、自分の利益に執着し、人の痛みを意に介さない。また、恨みが昂じていたならば人を殺して良い訳ではなく、話し合いで解決されるべきものである。
 被告人は、被害者を殺害し売上金を奪う事を決意するや、綿密な計画を立てた。フロントに従業員が近付かない深夜を狙って、帽子、ナイフを持って、寮に忍び込み、犯行の機会を狙っていた。同僚から勤務時間を聞いて、被害者の勤務時間を推測し、刺身包丁を買った。
 一度犯行に失敗するや、気後れの無いようにするためにサバイバルナイフを買い、計画を練り直し、午後十時を決行時間とした。準備を重ね、一度失敗しても計画を練り直している。
 本件犯行は凄惨を極めている。被告人は、24.5センチの刺身包丁を用意し、被害者の右即胸部など、人体の枢要部を突き刺した。二箇所の傷は、20数センチくらいある。切創、刺創は十数か所であり、顔面、両手に刺壊創が見られる。被害者が抵抗したにもかかわらず、執拗に刺し続けている。犯行は凄惨かつ残忍、悪質である。
 犯行後の情状について。被告人は、犯行後は、即座に逃走し、包丁、レシート、スラックス、帽子をその途中に捨てていった。罪責を逃れようとする浅ましさには憤りを感じる。
 犯行後に、報道で、被害者が自分より年下だった事を知り、自分より年下に馬鹿にされたと憤慨し、「幽霊が出てきたらもう一度刺してやる」と考えている。
 被害者は、株式会社に入社して努力を続け、平成17年に「太陽」に復帰し、店長として働いていた。
 新入社員が仕事が解らないと、親切に教え、その優しい人柄は皆から親しまれていた。
 被告人の蛮行により、人生を閉ざされた。被害者の驚愕は、想像に難くない。死への恐怖感は筆舌に尽くしがたい。地獄の苦しみを味わいながら最後を迎えており、苦痛は想像しがたい。何等落ち度がないにもかかわらず、非業の最期を遂げた。
 遺族の処罰感情は峻烈である。
 長兄のY4は、被害者に愛情を注いでいた。被害者の事を誇りとしており、連絡が途絶えてからも心配していた。
「遺体を見たときに、a、何故お前が殺されなければならないんだ、と熱いものがこみ上げてきました」
「絞首刑しかないと思います。この手で敵を取ってやりたい」
等と述べており、処罰感情は峻烈である。
 次兄は、被害者の離婚の時に、話し相手になっている。
「aは、私たちの前に、立ち直った姿を見せたかったと思う。痛みは一日ごとに増えていく。早く犯人を捕まえて、何故aを殺さなければいけなかったのか教えてください。それがaの供養になるからです」
と切々と訴えている。
 末兄のY5は、連絡がなくなってからも被害者を案じていた。
「成人してからも酒を飲み交わしたaの顔が浮かんでやりきれなかった。もっと連絡を取れば良かった」
「刺された時は苦しかったろう。胸が締め付けられる。犯人にも同じことをしてやりたい。61歳という分別盛りで人を殺す人に社会復帰してほしくない。同じ目にあわせてやりたい」
と述べている。
 遺族の峻烈な処罰感情は当然であり、処罰感情は十分に斟酌されるべき。
 被告人からの遺族への慰謝の措置はない。
 表面上は反省しているように見せ、反省文を書いている。しかし、内容は、「いかなる侮辱を受けたとしても、aさんの命を奪ってしまった事は償いきれません」と、被害者から理不尽な行為をされたことを前提としている。
 当公判廷において被害者の兄が指摘したとおり、事実を自分に都合よく歪めたものに過ぎない。金銭的な賠償も成されていない。
 再犯の恐れも否定できない。
 逆恨みを募らせ犯行に及び、捜査段階も正当化に終始し、法廷においても、自己正当化に汲々としている。被告人と利益が一致しないだけで恨まれる可能性がある。
 被告人は、第一の妻に些細な理由で激しい暴力を振るっており、第二の妻との婚姻中には、職場の同僚を「ぶっ殺してやる」と愚痴をこぼし、離婚する時には「お前男が出来たんだろう。会わせろ。ぶん殴ってやる」と述べている。また、ホテルの同僚は、被告人がすぐに客に対して怒るために、一緒に働くのを嫌がっていた。
 被告人は、万引きで二度検挙され、期限切れの保険証で治療を受けた事があり、被害者に暴力をふるって売上金を持ち逃げした。犯罪傾向は次第に深化している。
 反省文は、抽象的な文字の羅列に過ぎず、自分の問題を考えていない。
 被告人質問では「売上金を奪うつもりはなかった、被害者が謝れば殺さなかった」等と不合理な事を述べている。改悛の情は見受けられない。更正には相当の困難を伴う事は明らかである。
 強盗殺人は、金品どころか、人命までも奪い取る凶悪な犯罪であり、刑法上厳しい罰が設けられている。近年増加傾向にあり、模倣性の強い犯行である。
 第三は、求刑である。本件は計画的かつ残忍な犯行であり、被害者の苦痛と遺族の処罰感情は激しい。被告人に前科がなく、一応事実を認めていることを考慮しても、厳罰を与え、将来を贖罪に当てさせるべきである。
 以上、諸般の情状を考慮し、相当法条を適用の上、被告人を無期懲役に処するのを相当とする。

−最終弁論−
 事実関係に争いはない。
 被告人は、「太陽」に就職する平成16年10月までは、借金の返済に困り、各地の職場を転々としていた。「太陽」に入ってからは真面目に働き、70万円を貯金している。「太陽」は社員寮もあり、職場として恵まれた環境だった。
 被害者が「太陽」に赴任してから、被告人にとって理不尽と思えることを色々とされている。
 第一には、被告人は、被害者に頼まれて休日を使って給料を取りに行ったが、被害者からは礼も無く、交通費も渡されなかった。
 第二には、仕事を教えてもらえなかった。
 第三には、7000円がなくなったことについて被害者にも責任があるにもかかわらず、被害者は被告人に全額払わせた。
 第四には、被告人は、被害者が髪を渇かしていた時に、売り上げの9000円を被害者の傍に置いておいた。被害者も、其の時には「うん」と言っていた。にもかかわらず、後で、被害者は、受け取っていないと言い、被告人は9000円を払わされた。
 第五には、被告人が地下を水浸しにした時、被害者から「今度はAがやめる番だな」といやみを言われた。
 被告人は、内面的な性格もあり、被害者に直接文句を言えなかった。
 嘘をついて仕事を休んだ事について、自分に責任があると思い、被害者に接触しようとしたが、被害者はニヤニヤと笑みを浮かべるだけで、無視し続けた。
 被告人は、被害者の部屋の前で直談判しようとして、被害者と喧嘩になったが、被告人は、体格の違う被害者には歯が立たなかった。
 被告人は、売上金を奪って仕事をやめてから、ホテトル譲を買うなどして怒りを忘れようとした。
 一度殺害を取りやめてから、ラブホテルに就職して、新しい生活を始めようとした。しかし、高齢の被告人には重労働であり、疲れた顔を鏡で見るたびに、被害者への怒りがわいた。
 Y3の調書によれば、「(被害者は)私にはミスをしても軽く注意するだけでしたが、Aさんには『何やってんだ』と怒鳴った」とある。
 被告人は、欠勤した9月始めに、ストレスに悩まされていた。Y3も「8月の終わりからAさんの様子は変わった。頬はもとからこけていたが、余計に痩せ、いきなり怒鳴るようになった。殆どノイローゼ状態でした」という供述がある。
 被告人は、「太陽」をやめたくないために、被害者に頭を下げている。むろん、これは被告人の視点から見たことであり、必ずしも正しいとはいえないかもしれない。
 被害者の人柄は、遺族の供述からも窺い知る事が出来る。従業員を叱咤激励するために、責任のある被告にあえて厳しく接していた事も考えられる。しかし、被告人は精神的に追い詰められており、それは考慮に値する。
 犯行後の情状について。被告人は、捜査時には被害者への怨恨を引き摺っており、騒々しい拘置所では物が良く考えられなかった。捜査時には被害者の事を呼び捨てだったが、後にはaさんと呼んでいる。現在は、日夜被害者の冥福を祈っている。
 自分自身については、「やり直そうと仕事をしてきましたが、卑しい野心は消えず、外側の事には敏感に反応し、内側では寛大になれませんでした」と分析している。
 被害者や遺族に対し、遅まきながら反省し、心からの謝罪を持つようになった。
 捜査時の供述と公判時の供述に一致しない点があるが、公判供述によれば、捜査段階では、記憶は混乱していた。日夜取調べられていれば、それも当然であり、公判供述が正しい。そもそも動機は怨恨であり、財物奪取の意思は付随的である。
 被告人は、冷酷非道な殺人犯ではない。被害者の殺害を二度思いとどまっている。
 「太陽」における被告人の同僚であるY2は、被告人の事を「人に気を使ういい人で、ビデオ屋やすし屋を教えてもらいました。優しい人でした」と述べている。
 別の同僚は「優しい先輩でした」と述べている。
 第一の妻も情状証人として出廷しており、被告人から一番大変な時期に送金してもらった事に感謝している。
 被告人については、暴力的な面ばかり長所では強調されているが、普段は優しい夫だった。だからこそ、離婚後30年たって、情状証人として出廷している。
 本件の結果は重大だが、人として一片の情状酌量の余地の無いものではない。寛大な判決を望む。

裁判長「被告人、証言台に」
被告人は、証言台に立つ。
裁判長「審理を終えるに当たって、何か述べておきたい事はありますか?」

−最終陳述−
 ・・・・・前回の公判によりまして、遺族の人にお会いしました。遺族の人の深い悲しみを体に受けまして、深い罪悪感、罪の重さを感じまして、深く反省し、心から謝罪の気持ちを持ちました。
 判決は厳粛に受け止め、控訴はいたしません。
 冥福を祈り、遺族の方の心情を忘れる事無く悔悟していくことが罪の償いと思います。
 私にもう少し深い考え、洞察力があれば救われたと思います。
 未熟な心理の所為で、犯行に及んだ後、深い悔悟の念で、謝る気持ちで一杯です。
 今いる環境は私の責任です。・・・・・・・自分を見据え直しまして、今まで愚かで未熟だった自分の罪を償い、受け入れまして、精進したいと思います。
 理性の強さを強化し、思いやり、寛容さを持ち、常に寛容に保つよう努力いたしまして、寛容さ、洞察力、知識、判断を養いまして、他人に悪を見ない心を養いたいと思います。謙虚な意識の中に精進していきまして。
 本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。仕事をいたしました刑事様にも深くお詫びします。お許しくださいませ。

 被告人は、よく聞こえるようにか、背を曲げて口をマイクに近づけて陳述を行った。
裁判長「それでは戻って」
 被告人は、礼をして、被告席に戻る。
 次回期日は、4月26日3時30分からに指定される。
 公判は12時まで予定されていたが、10時52分に終わった。

 被告人は、論告、弁論を終始俯いて聞いていた。意見陳述の際には、鼻を啜り上げる事もあった。退廷する時には、遺族席の方に礼をして退廷した。

事件概要  A被告は2005年10月10日、東京都板橋区で強盗目的でサウナ店店長を刺殺し、24万4750円等を奪ったとされる。
報告者 相馬さん


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