裁判所・部 東京地方裁判所・第十一刑事部
事件番号 平成11年合(わ)第324号
事件名 航空機の強取等の処罰に関する法律違反、殺人
被告名
担当判事 安井久治(裁判長)
日付 2004.9.29 内容 論告求刑

 入廷する時には検察官、弁護側ともに着席していた。
 2人いた検察側のうち顔立ちの整った年配の検察官が隣の検察官に笑いながら話しているのを見てこれは死刑求刑はないだろうと思った。
 そしてA被告が両脇を刑務官に挟まれて入廷してくる。茶色のスーツ姿で丸刈りの痩せ型。入ってくるや遺族がいるであろう傍聴席に何度も歩きながら頭を下げる。この法廷ではいつも前を陣取る報道陣が端の数席を予め指定されていたので最前列に座ることが出来た。

 まず裁判長が変わったのでA被告にその説明をする。
 次に若干の弁護側の補足尋問。A被告は遺族の峻烈な処罰感情を問われると『(機長は)本当に偉大な方で・・』と言ったり考える時右手の親指と人差し指をあごに当てる仕草を多々したり、童顔であることも手伝って相当幼い印象を与える。模範的な回答をし過ぎるあまり弁護士から『もっと自分の言葉で』と言われた時もある。
 他に遺族が被告とその両親や全日空に損害賠償を求めた民事の裁判で、被告は支払い能力はないが争うのを止めて受け入れたことが情状として挙げられた。
 次に検察官が事件についてどう思うかと問うた。
 最後に裁判官3人からも質問されたが、被告は的を得ない回答を繰り返していた。裁判官もよく被告の言ったことを捉えられていない様子だった。
 次いで検察官の交互での論告が始まる。
 検察官が一般のハイジャック事件が一歩間違うと飛行機が墜落し、乗客のみならず周辺住民まで多大な被害を与えるので厳重な法的措置を講じる必要がある、まして今回の事件は日本のハイジャック事件史上初めて死者を出した悪質極まる事案だと批判した。
 一橋大学時代鉄道研究会に所属し、鬱病が原因で退職したものの、JR貨物に勤めた経験もある被告は、航空全般に関しても熟知していて、都合の悪い便を取りやめて今回の便で犯行に及んだ計画的な犯行とも強調した。
 また空港警備の手薄さを指摘した論文を作成し送りつけ『自分を空港の警備員として採用してほしい』というのを断られたのも動機の一つとして酌量の余地はないとした。
 ここで機長の略歴が紹介される。体の右側を数箇所刺され、薄れゆく意識の中で乗客を想って死んでいったその無念や、突如包丁を着き付けられたスチュワーデスのトラウマ、事件から5年経た今も精神病院に通院中の機長の妻や子供の、極刑を求める意見陳述にも触れた。
 引き続き被告を犯行当時心神耗弱状態とした保崎医師と他1人の医師の鑑定結果は信用性に疑問符が付くとした。根拠の1つとして、鑑定の中で被告は従来大人しい人間で反社会的な言動はないとしているが、犯行前にバッグに包丁を入れるのを母親に見られて包丁が取り上げられると、母親の顔面を殴打するなど普段は大人しいが自分が気に入らない状況におかれると爆発する犯罪性向が備わっていると反論した。
 そして被告は反省しているか否かの判断材料として、被告の供述調書を例に取り、その中で被告が『私が無期懲役になって出所したら警備員になりたい』『苦しまないように即死にしてあげた』などの記述は遺族感情を逆撫でしていると非難した。上記のような犯行の重大性や悪質性を併せ考慮すると極刑を科すべきものとも思われるとした。
 しかしながら被告が坑鬱剤の影響で躁鬱状態だったことは求刑において考慮せざるを得ないということを短く付け足し、無期懲役求刑を告げた。
 被告は険しい顔でじっと目を瞑っており感情の変化は読み取れなかった。
 最終弁論の次回公判期日が裁判長から言われると、手錠と腰紐を掛けられ入廷した時と同様傍聴席にしきりに頭を下げて退廷していった。

報告者 insectさん


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