裁判所・部 静岡地方裁判所沼津支部・刑事部
事件番号 平成19年(わ)第122号
事件名 殺人
被告名
担当判事 原啓(裁判長)
その他 弁護人:河野光男
検察官:大塚竜郎
日付 2007.9.11 内容 判決

 9時50分までに、21枚の傍聴券に対し、23名が集まった。
 私は幸運にも(!)外れてしまったが、親切な傍聴人の方に譲っていただいた。どうもありがとうございます。
 傍聴人には、記者とヤクザが殆どだった。被告人の父親らしき眼鏡をかけた白髪交じりの初老の男性も居た。
 記者席は、13席あった。因みに、傍聴券を貰うために並んでいた記者は、なぜか記者席に座っていた。傍聴席に空席は二つあった。
 検察官は、眼鏡をかけた痩せた青年だった。
 裁判長は、痩せた眼鏡の老人。裁判官は、青年と、眼鏡をかけた痩せた中年。
 開廷前、二分間、カメラによる撮影が行われた。その後、被告人が入廷する。
 被告人は、痩せた、色白の背の高い青年だった。眼鏡をかけており、眉はやや太い。真面目そうな、そこそこ整った顔立ちをしている。黒いスーツを着ている。前を向いて入廷した。裁判長に促され、被告席に座る。ヤクザには見えない風貌だったが、受け応えはヤクザらしく、はきはきした口調だった。
 他の全員が入廷後、弁護人が裁判長に礼をして入廷する。眼鏡で白髪の初老の男性だった。

裁判長「では、開廷します。被告人は前に来てください」
 被告人は、証言台の前に立つ。
裁判長「名前を言ってください」
被告人「Aです!」
裁判長「被告人に対する、殺人被告事件に対し、判決を言い渡します」

−主文−
 被告人を無期懲役に処する。

裁判長「これが当審の判決です。主文、被告人を無期懲役に処する」
被告人「はい」
 被告人は頷いた。そして、ノートを手に取る。
裁判長「理由は長くなるので、後ろに、後ろに座って聞いてください」
 促され、被告人は証言台の椅子に座った。

 判決言い渡しの間、被告人はずっと下を向いていた。ノートにメモをとっていたように思える。
 主文が言渡された直後、記者は足音を立てながら、殆どが退廷する。廷内は空席が目立つようになる。しかし、判決朗読の間、退廷した記者が戻ったり、別の記者と入れ替わったりしていたため、公判終了時には空席はあまり目立たなくなっていた。従って、ドアの閉まる音と足音も、公判中は断続的に続いた。

−理由−
 犯行に至る経緯。被告は、小学校の頃から漠然とヤクザに憧れ、いずれはヤクザとして名を上げる事を希望していた。そして、被告人は中学校卒業後、工員として稼動しながら高等学校に進学したが、暴走行為等に明け暮れ、まもなく高等学校を中途退学した。同時にそれまで勤めていた工員をやめた。その後、被告人は暴走族の総長として活動するなどしながら、建設会社で土木作業員をしていた。
 被告人は、その頃、暴力団である稲川会Z1一家Z2組に出入りするようになり、同Z2組の組員であった、後に被告人の養親となるY1、以下Y1というが、を知るに至り、同人に心酔し、同人の舎弟になる事を切望するようになった。そして被告人は二十歳の時、同Z2組の正式な組員となり、暴力団員として稼動を開始した。
 被告人は平成12年2月、覚せい剤取締法違反の罪および詐欺罪で懲役1年6ヶ月に処せられ、富岡少年刑務所で服役したが、その服役中に傷害事件を起こし、平成13年6月に傷害罪で懲役10ヶ月に処せられ、平成14年3月まで服役した。
 被告人は服役後、暴力団である稲川会Z3一家Z4組の組長となっていたY1の元に戻り、同Z4組の正式な組員となってオートバイの販売や集金集めの仕事等をしながら、暴力団としての活動を再開した。
 また、被告人は平成14年4月に傷害事件を起こし、同年五月に傷害罪で罰金30万円に処せられた。
 被告人はこのように暴力団員として活動していたところ、平成15年3月17日午前二時ごろ、被告人の後輩と飲食店で合流し飲酒する等し、その後、後輩と別れて店を出て自宅に帰ろうとして自動車を運転中、同日午前三時25分頃、交差点付近で軽自動車に乗って同交差点手前の赤色信号に従って停車していたa運転の自動車に追突する交通事故を起こした。被告人は追突後、自動車を降りてa運転車両の運転席に近づき、運転席に乗車していたaに謝罪する等し、その後、両者は自動車を本件事故現場の交差点角付近に移動させ、事故後の処理について話し合いを始めた。
 そして、被告人は、知り合いの警察官と連絡を取ろうとしたが、同日午前三時三十一分ごろ、沼津警察署に電話をかけたが、その警察官が不在であったため、結局電話を切り、aには警察官と連絡がとれなかった旨伝えた。被告人は、いったんは警察官に連絡を取ろうとしたものの、当時飲酒運転をしていた上、被告人運転車両が無車検無保険で、異なる自動車のナンバープレートを装着していた事から、警察官に本件事故を報告するとそれらの事実が発覚し、逮捕される事になると考えるに至り、そのような事態に陥るのを避けるため、警察官に本件事故を報告することをやめ、aに対し「車の修理代はこちらで面倒見ますから」等と言って、被害弁償の話を持ちかけた。
 aはその頃、知人に電話をかけて、追突事故にあった事を伝えた他、同日午前4時5分頃、自動車保険契約を締結している保険代理店の担当者に電話をかけ、追突事故にあった旨の伝言を留守番電話に残す等していた。
 aは被告人と話し合ううちに、被告人運転車両が無車検無保険の自動車である事に気付き、被告人に対し「お前この事故をどうするんだ」等と言って怒鳴った。
 被告人は、仲間が居たほうが心強く、話し合いを有利に進められると考え、上記後輩に電話をし、本件事故現場まで来るよう求めた。そして、被告人は、aとの話し合いを続けようとした所、同人から「お前ヤクザ者か。お前じゃ話にならないから誰か呼べ」等と言われた事から、このaの言葉に立腹し、この程度の揉め事を一人で解決できなければ暴力団員として笑いものになると思い、aに対し「aさん、こっちの話は如何でも良いじゃないか。事故の話をしよう」等と言った。しかし、aは被告人に対し、なおも不満を述べた。
 その後、後輩が本件事故現場に到着した。被告人は、それに気付いたが、aとの話し合いが円滑に進まず、後輩を巻き込めば話し合いによる解決が困難になると考え、後輩に対し、被告人運転車両の中で待機しているよう指示し、aに対し「aさん、オレ達二人で事故の話をしているんだから、車両云々も同じでしょ。その話は置いといて、事故の話をしよう」等と言った。すると、aは、被告人に対し、ヤクザを否定する主旨の発言をした。被告人は、aの発言を聞いて、被告人の目指す道であり生きる路である上、なにより大切にしているヤクザそのものを否定し、馬鹿にする発言であるとして、絶対に許せないとして激昂し、aに対し、暴力行為に及ぶ等して、暴力団の威力を思い知らせ、ヤクザを否定する主旨の発言をした事を謝罪させようと考えるに至った。
 そして、被告人は、aと話し合っている場所が、照明が明るく、暴力行為に及ぶと人目につく可能性がある事を懸念し、場所を移動したほうがいいと考え、aに対し、暴力を振るう意図を秘し、「aさん、ここじゃ何だからちょっとあそこへ行こうよ」等と言って、本件事故現場付近の薄暗い駐車場へ移動する事を提案したが、aはこれを了承し、自動車を駐車場の方へ移動させた。
 被告人はこの時、以前被告人が遭遇した交通事故による負傷が完治しておらず、暴力行為に及んだ際に、aから抵抗されれば、被告人が負ける可能性もあると恐れを抱いた。
 被告人が心酔しているヤクザを否定されて引き下がる事はできず、ましてや交通事故を一人で解決できない上に、aに暴力を振るって負けるような事になれば、腰抜けと馬鹿にされ、暴力団員として笑いものになると考え、aに暴力団の威力を思い知らせるためには、aより有利に立つ事だと考えた。そこで、被告人は平成14年4月頃に購入し、本件事故の当時に保管場所を変えるために自動車に乗せていた38口径の回転式弾奏拳銃を用いてaを威嚇し、それでもaが謝罪に応じなければ、拳銃でaを射殺する事を決意した。
 そして被告人は、自動車の収納スペースにあったバッグから、油紙とタオルに包まれていた拳銃及び一発ずつアルミホイルに包まれていた弾丸を取り出して、油紙等を外し、弾丸六発を拳銃に装填し、拳銃を発射できる準備を整えて、拳銃をズボンの腹の部分にさし、先にaが自動車を移動させた駐車場まで徒歩で向かった。

○罪となる事実
 被告人は平成15年3月11日午前4時10分頃、静岡県三島市北タバタ102番地所在の駐車場において、同所に駐車中のa当時49歳の運転車両の運転席の横に立ち、運転席の窓を全開にして、運転席に乗車していた同人に対し、
「おい、a、確かに事故は俺が悪いから謝るよ。けどな、お前のそういう態度が気に入らねえ。話の本筋からずれてるじゃねえか。謝る気、あんのか。あるなら、謝れ」
等と、怒りを滲ませながら言ったが、同人は被告人に対し謝罪を拒否した事から、謝罪をしないaの態度に更に憤激し、所携の回転弾奏式拳銃を同人に向け謝罪させようと考え、ズボンの腹の部分にさした拳銃を左手に持って取り出し、人差し指を引き金にかけた状態で銃口を同人の心臓に向け、「a、おめえがそういう態度でくるなら、俺もこういう態度で応じにゃならん」等と言って威嚇したものの、それでも同人は「やれるもんならやってみろ」等と言ったことから、馬鹿にされていると感じ、もはや同人を生かしておくわけにはいかず、拳銃で同人を確実に射殺しようと決意し、同人に対し、殺意を持ってその心臓を狙い、拳銃で弾丸二発を連続して発射し、「なにやってんだよ」等と言って拳銃を持つ被告人の左手を掴んできた同人の心臓を狙って更に拳銃で弾丸一発を発射し、同人の上半身が運転席から助手席側に倒れると、同人を確実に殺害するため、更に、倒れている同人の心臓めがけて拳銃で残りの弾丸三発を撃ち、そのうち一発は不発で弾丸二発を発射し、弾丸数発を同人に命中させ、よってその頃同所において同人を殺害したものである。
 これらの事実は、被告人の当公判廷における供述、また、当公判廷における取り調べた証拠によりそれらの証明は十分である。
 被告人には、確定裁判がある。
 被告人は、平成15年4月25日、静岡地方裁判所沼津支部で覚せい剤取締法違反・銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪で懲役6年に処せられて、その裁判は5月10日確定している。
 これらに、起訴状に書かれた罰条他関係法令を適用しまして、これから述べるような事情を考慮し、主文の判決としました。

○量刑の理由
 本件は、暴力団員である被告人が、交通事故の被害者と事故処理をめぐる話し合いをしていた際、被害者が暴力団を否定する趣旨の発言をした事から激昂し、被害者に暴力団の威力を思い知らせ謝罪させようと思い、所携の拳銃を突きつけた末、謝罪を拒否した被害者を拳銃で射殺した殺人の事案である。
 被告人は、自らの不注意により交通事故を惹起し、知り合いの警察官と連絡を取ろうとしたが、その警察官が不在であった事から、警察官に交通事故を報告するのを止め、被害者との事故処理の話し合いを試みたものの、被害者との話し合いが被告人の思うように進まず、被害者が暴力団を否定する趣旨の発言をしたことから、一般市民である被害者に暴力団の威力を思い知らせ、謝罪させようと思い、自動車に乗せていた拳銃を用いて被害者を威嚇したが、被害者が謝罪に応じなかった事から、拳銃で被害者を射殺したというのであるが、その動機は、被告人の心酔する暴力団の威力を示すためには、一般市民の人命をも蔑ろにするという、極めて自己中心的かつ身勝手なものと言う他無く、汲むべき事情は全く見当たらない。
 犯行態様も、被告人は拳銃で被害者を確実に射殺するため、被害者の心臓を狙い、約50センチメートルという至近距離から拳銃を二発連続して発射し、拳銃を持つ被告人の左手を被害者が両手で掴んだ事から、確実に被害者を殺害しようと思い、少し後ろに下がって被害者に銃口を向け、約60センチメートルの至近距離から、再度被害者の心臓に狙いを定め、弾丸が狙いから外れないように、左手に右手を添え、拳銃を両手で持って拳銃を一発発射し、これにより被害者の上半身が運転席から助手席側に倒れても、なお被害者を確実に殺害するため、残りの弾丸を全て使用しようと考え、倒れている被害者の心臓に再度狙いを定めて、残りの弾丸三発を撃ち、弾丸を被害者に命中させて被害者を殺害したものである。殺傷能力のきわめて高い武器である拳銃を用いる行為は、すこぶる危険かつ反社会的であり、到底許されるものではない。
 また、被告人は、急所である被害者の心臓を狙って至近距離から拳銃を撃ち、被害者の上半身が助手席に倒れた後も、執拗に被害者の心臓に狙いを定めて拳銃を撃ち、一発は不発であったが、拳銃に装填した弾丸6発を全て使用して、弾丸を被害者に向けて発射している。この行為内容は、被害者に対する哀れみや一片の躊躇も抱かず、冷静に敢行されたものであり、はなはだ冷酷であり、強固な殺意に基づき、執拗かつ残忍な犯行である。
 被告人が被害者の尊い生命を奪った事により生じた結果は誠に重大である。
 被害者は自動車を運転中、被告人の一方的な不注意により後方から追突され、その交通事故の処理をめぐる話し合いの中で、被告人の自動車は無車検無保険で、被告人が暴力団員である事を知ったものであり、被告人から交通事故の被害弁償を受けられるか不安を抱いた被害者が、被告人と話し合ううちに暴力団を否定する趣旨の発言に及んだとしても、それは全く非難される筋合いのものではない。ましてや、そのような発言をしたからといって被告人に対し謝罪する必要は微塵も無いのであり、もとより被害者には殺害されなければならない謂れは一切無い。
 被害者はこれまで金属工業を営むなどして真面目に稼動し、老後は妻と二人で悠々自適に暮らすこと等を妻と話し合っていたのに、被告人の身勝手極まりない行動で、妻と二人の娘を残し無残な死を強いられたのであるから、その無念さは察するに余りある。
 老後を被害者と二人で過ごす事を楽しみにしていた妻や、突如父親との間を絶たれた二人の娘、そして、被害者を手塩にかけて育ててきた両親の悲嘆は大きく、被害者の遺族は一様に被告人に対し、極刑を望んでおり、処罰感情は極めて峻烈である。
 しかるに、被告人側からは被害弁償等の措置は何等なされていない。
 被告人は、被害者の死体を人目につかない山林に捨て、被害者の所持品を焼却したり海中に投棄する等した上、被害者の自動車を知人に依頼して土の中深く埋める等し、さらには服役中に、被害者の死体を発見されないですむように、近くに出所する同房者に対し、被害者の自動車を掘り起こして焼却する事を依頼する等、執拗なまでに犯行の隠蔽工作を試みており、事後の犯情もはなはだ悪い。
 また、被告人は本件犯行後、被害者の殺害に使用した拳銃と空薬莢を発見された際、捜査機関に対し、拳銃を試し撃ちしたと述べて、被害者の殺害を秘し、平成15年の確定裁判の際にも同様に述べて被害者の殺害を秘し、本件で逮捕された後も、暫くの間、自己の刑責の軽減を図るために、捜査機関に対し、拳銃による殺害ではなく、被害者を絞殺した旨、虚偽の供述をしており、犯行後の情状は芳しくない。
 本件は、暴力団員である被告人が、被害者に暴力団を否定する趣旨の発言をした事を謝罪させようとしたが、被害者が謝罪しなかったからというきわめて理不尽な理由により、一般市民である被害者を拳銃で射殺したという凶悪事件であり、周辺住民に与えた恐怖感、不安感は大きく、社会に与えた不安は大きい。
 被告人は平成12年2月には覚せい剤取締法違反及び詐欺罪により懲役1年6月に処せられた。刑務所で服役中に看守に対して傷害罪を起こし、平成13年6月に懲役10月に処せられ、そして、被告人は刑務所を出所後、僅か一ヵ月ぐらい後に再び傷害事件を起こし、平成14年5月に罰金30万円に処せられていながら、反省誓いの年に乏しく、更に安易に本件犯行に及んでおり、被告人の規範意識の欠如は顕著である。
 被告人の経歴を見るに、被告人は小学生の頃から、漠然とヤクザの世界にあこがれを抱き、いずれはヤクザ組織に所属する事を考えていた所、中学校を卒業して暴走族の総長として活動する等していたが、20になってから暴力団の正式な組員となった。
 そして、被告人は平成12年の裁判で、破門になったから組に戻ることは無い旨述べていながら、刑務所を出所後、間も無く、暴力団員としての活動を再開した。
 更に被告人は、平成15年の裁判では、暴力団との関係を絶つ旨誓いをしながら、なおも暴力団の組長と養子縁組をし、姓を橋田からAに変えるなどし、かかる経歴に照らし、被告人の暴力団への心酔と親和性の根深さが伺える。そして、被告人は捜査段階において、争い事の解決には力が必要で、法律を犯す事になるのもやむをえない。ヤクザの力を必要とする人がいるからこそ、ヤクザ組織が存在するのである。全てにおいてヤクザは必要である。暴力沙汰になれば力の上下関係が生じ、それを明らかにしなければならない以上やむを得ない旨供述しており、目的達成のためには暴力をも厭わないという、暴力団特有の論理に対する親和性が顕著である。
 以上のような、犯行に至る経緯、動機、犯行態様、犯行後の情状、被害者の遺族の被害感情、社会的影響等の諸事情に照らすと、被告人の刑事責任はきわめて重大である。
 しかしながら、本件は、被告人の一方的殺意に基づくとは言え、交通事故という偶然の事情を発端とし、被害者の暴力団を否定する趣旨の発言が契機となって、被告人に被害者を殺害する決断をさせたのであり、その犯行に至る経緯、動機、犯行態様には、もとより汲むべき事情はないが、犯行自体は突発的、偶発的に起きたのであり、事前の計画に基づくものとは言えない。また、生じた結果は被害者の死という誠に重大なものではあるが、被害者の(聞き取れず)はない。被告人の刑事責任を検討するうえで、かかる側面も否定できない。
 更に被告人は、犯行後に様々な罪障隠滅におよび、捜査段階において、当初は拳銃による被害者の殺害を秘匿し、被害者を絞殺した旨供述するなど、犯行後の情状は甚だ悪質である事は先に述べたとおりであるが、被告人は最終的に、拳銃による被害者の殺害を認めるに至っている。被告人が捜査段階で拳銃による被害者の殺害の事実を認めた事により、真相が解明されたと認められる他、被告人は結果的に真相の解明に協力したという側面がある事も否定できない。
 そして、このような被告人の供述態度に加え、被告人は本件犯行当時26歳と比較的若い事、当公判廷において殺人の事実自体を認めると共に、結果の重大性を認識し、被告人自身に非があったことを認識して、反省悔悟の情を示している事。被害者の妻にあてた手紙を綴って謝罪し、被害者の遺族に対し将来慰謝の措置をとる事を述べている事。今後は暴力団構成員として活動するつもりは無い事、真面目に稼動する旨述べている事。実の父親が情状証人として出廷し、被告人の更生に協力する旨誓っている事、本件と同程度に重大な前科があるとは言えない諸事情を合わせて考慮すると、被告人の更生可能性が皆無であるとは断定できない。
 以上の諸事情を総合考慮し、被告人の量刑について検討する。
 検察官は死刑を求刑するが、死刑が人の生命を奪う冷厳な極刑である事、誠にやむを得ない場合にのみ適応する事が許される究極の刑罰である事を考慮すると、被告人のために有利に斟酌すべき事情を考慮すると、本件においては、被告人を死刑を処する事に躊躇を覚えるものであり、死刑が誠にやむを得ない場合であるとまで言うことが出来ない。
 他方で弁護人は、被告人の量刑について、有期懲役刑を選択すべきと主張する。
 しかしながら、本件は、平成16年法律第156条による改正前の刑法199条が適用され、被告人を有期懲役刑に処する事にした場合、前記平成12年の裁判により懲役刑に処せられた覚せい剤取締法違反等に加え、平成13年の裁判により懲役刑が下された事案、それぞれ本件と再犯の関係になり、再犯の加重をすると、同法140条により、刑期の上限は20年となるが、本件犯行の罪質、犯行に至る経緯、犯行態様、犯行後の情状、遺族の処罰感情等の諸事情に照らすと、被告人の刑責はきわめて重大であり、前記被告人のために有利に斟酌すべき事情を十分に考慮しても、被告人の責任の重さに照らし、有期懲役刑では軽過ぎるというべきである。
 以上の通りであるので、本件では被告人を無期懲役に処し、被告人に対し、その残された生涯を通じて、被害者の冥福を祈らせ、贖罪に当たらせる事が相当である。
 なお、無期懲役刑については、刑法28条により、相当期間経過後、仮釈放が検討される例もあるが、仮釈放が検討されるのであれば、被害者の遺族から意見を聴取してその意向を十分に尊重する等、遺族の被害感情に十分配慮した上で運用がされることを切に望みたい。
 よって、主文の通り判決する。

裁判長「被告人、前に出なさい」
 被告人は、証言台の前に立つ。
裁判長「もう一度主文を言い渡します。被告人を無期懲役に処する。これが本件の判決です。判りましたね」
被告人「はい!」
 被告人は頷いた。
裁判長「この判決は有罪判決なので、不服が在れば控訴する事ができます。控訴する場合、今日から含めて15日以内に、東京高等裁判所に控訴趣意書を提出してください。じゃ、これで終わります」

 公判は10時32分に終わった。11時まで予定されていた。
 被告人は、閉廷後、傍聴席の自分の関係者らしき人々の方に頭を下げ、退廷した。
 被告人の父親らしき人は、やくざ風の被告人の関係者と、公判中に小声で話し合っていた。もっぱら関係者の方が話しかけていたように思う。
 また判決朗読中、Aに対する量刑は如何だったか、私に尋ねてきた記者がいた。同僚から話を聞いていないのだろうか?
 閉廷後には、一階の廊下に記者達が集まり何か話をしていた。

 この事件の公判には、色々と腑に落ちない点があった。
 Aは、2007年2月22日に殺人容疑で逮捕された。公判は初公判から判決まで、計四回行われた。各期日の予定時間だが、初公判は5月8日1時30分〜2時30分。第二回公判は5月22日1時30分〜2時30分。被害者意見陳述・論告弁論が行われた6月21日は11時〜12時。そして、9月11日本日の判決公判は10時から11時まで予定され、32分間で終わった。公判前整理手続きは行われていないと考えていいだろう。これは、どう考えても有期相当事件並みの早さである。検察官は何らかの理由で急遽求刑を変更したのではないかと、疑わざるを得ない。
 また、判決にも妙な点があった。検察官が死刑求刑を行った事件への無期判決において必ず付け加えられる「検察官の死刑求刑にも相当の理由がある」という一文が無かった事である。それを考えれば、死刑に近い無期と認定したのではないようにも思える。だが、裁判長は突如としてあの言葉を末尾に付け加えた。おまけに、聞いた限りでは、未決拘留日数は全く算入されていないようだ。これらを考えれば、終身刑にすべきと言っているようにも思える。意図がどこにあるのか良くわからない判決ではあった。こうしたはっきりしない判断は、様々な方面に対する、ある種の保険のようにも思えた。
 また、同種の動機による事件で、無期懲役どころか有期懲役に処されている事例は、現在でも相当多く見る事が出来る。
 長久手の事件が起こり、反銃犯罪キャンペーンが盛んになったのは、求刑公判の少し前の事である。そして、ヤクザに対する量刑は、数年前から異様に厳しくなりつつある。
 Aがヤクザではないか、犯行に銃器を使用していないか、どちらかの要素が欠けていれば、この事件は死刑が求刑されただろうか?

事件概要  A被告は、2003年3月11日、静岡県三島市において、交通事故被害者から罵られた怒りなどから、交通事故被害者を射殺したとされる。
 2007年2月22日に殺人容疑で逮捕された。
報告者 相馬さん


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