裁判所・部 大阪高等裁判所・第一刑事部(B係)
事件番号 平成20年(う)第52号
事件名 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反
被告名
担当判事 的場純男(裁判長)遠藤和正(右陪席)冨田敦史(左陪席)
日付 2009.3.3 内容 判決

 この日は、朝から霙混じりの雨がチラつく、大変に底冷えのする悪天候であったが、大阪市北区西天満2丁目1番10号の大阪裁判所合同庁舎10階の高裁3号法廷では「この事件は、201号法廷に変更になりました」という張り出しがされていた。
 一方、開廷の約15分前には、2階の「刑事特別法廷」は開放されており、3名の裁判官氏名「全員」について、ゴム印が押されて表示されていた。(大阪高等裁判所刑事部門では珍しい出来事に属する)
 大法廷では、ベテランの女性事務官が待機していた。
 法廷内には、マスコミ専用席が32席確保されており、NHK神戸放送局に属する某男性アナウンサーや、フリーライター男性、大阪司法記者クラブ所属記者らで「満席」となっていた。一方、事件関係者の人が数名来てはいたが、朝早くということと、悪天候のせいか、一般傍聴者は10名未満で、全体としては50名くらいが在廷、推定平均年齢は37歳くらいだったろうか。
 開廷時間間際になると、大法廷前にゴム印で表示された3名の高裁判事が、観音開きの専用ドアから法廷へ入廷し、TVカメラの撮影が行われた。そして、時間丁度になると、A被告人が手錠を施され、腰縄を打たれた状態で被告人専用ドアから入廷した。

裁判長「では、被告人は立って証言台のところまで来なさい」
 ところが、被告人は耳の具合が悪いということで、起立できなかった。
右陪席裁判官「聞こえないの?大丈夫?」
裁判長「そうですか、困ったな」
 裁判長は、身振り手振りを交えて、被告人を起立するように促し、判決宣告手続へと移った。
裁判長「それでは、被告人に対する殺人、殺人未遂、火炎瓶の使用等の処罰に関する法律違反、現住建造物等放火の事件について、控訴審の判決を言い渡します」

−主文−
 本件各控訴を、いずれも棄却する。

−理由全文−
○序論
 本件控訴の趣意は、神戸地方検察庁次席検事(当時)作成名義の控訴趣意書、および主任弁護人片見富士夫、弁護人戸谷茂樹、ほか1名で共同作成の控訴趣意書にそれぞれ記載され、これらについての答弁は、各相手方の答弁書の通りであるから、これらを援用するが、検察官は原判決の量刑不当を主張し、弁護人は事実誤認を理由として無罪を主張するものである。

○本論
 そこで、以下検討をする。
第T.控訴趣意中、事実誤認を云う論旨についての検討
(1)弁護人の論旨
 論旨は要するに、原判決は、括弧1として「分離前相被告人(ぶんりまえ あいひこくにん)Bがこれを引き受け指示し、C、D及びEがその指示を受けるなどして、上記Aら5名が順次共謀の上、上記「テレフォンクラブ・コールズ」の商売敵となる有限会社新宿ソフト(代表取締役Y1)が「リンリンハウス」の名称で営む同市内複数のテレホンクラブ店舗に営業妨害するため火炎びんを用いて放火することを企て、同店舗内にいる店員及び客が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら、あえて、上記B、E、Dが、 平成12年3月2日午前5時5分ころ、神戸市中央区元町高架通3番地4所在のテレホンクラブ「リンリンハウス神戸駅前店」(管理者有限会社新宿ソフト)付近に赴いた上、同店において、上記Dが清酒一升びんにガソリンを入れ、その口にタオル様の布を取り付けて点火装置を施した火炎びん1本に、所持していたライターで点火した上、これを営業中の同店内に投げ付けて発火炎上させ、同店の床面、板壁、可燃性備品及び天井等に燃え移らせて放火し、よって、Y2が所有し、同店店員a(当時37歳)及び同b(当時21歳)ほか同店客7名が現にいる木造2階建建物1階部分(床面積152.95平方メートル)のうち約15平方メートルを焼失させ、もって、現に人がいる建造物を焼損し、かつ、火炎びんを使用して人の生命、身体及び財産に危険を生じさせ、上記b(当時21歳)に対し加療約9日間を要する顔面・右手U度熱傷の傷害を負わせたにとどまり、同人らを殺害するに至らず」という事実を認定し、さらに括弧2として、「同日午前5時15分ころ、神戸市中央区北長狭通2丁目5番6号田島ビル2階及び3階に所在するテレホンクラブ「リンリンハウス神戸元町店」(管理者有限会社新宿ソフト)付近に赴いた上、同店において、上記D及びCがそれぞれ清酒一升びんにガソリンを入れ、その口にタオル様の布を取り付けて点火装置を施した火炎びん各1本に、所持していたライターで点火した上、これを営業中の同店内及びその入り口付近に投げ付けて発火炎上させ、同店の床面、階段、板壁、可燃性備品及び天井等に燃え移らせて放火し、よって、金弗(代表取締役Y3)が所有し、同店店長c(当時27歳)、同店店員d(当時31歳)、同店客e(当時31歳)、同f(当時30歳)、同g(当時23歳)、同松田ことh(当時29歳)及び同i(当時22歳)の7名が現にいる鉄骨造陸屋根地下1階付3階建建物(延床面積182・2平方メートル)の2階及び3階部分(面積合計約102平方メートル)を焼失させ、もって、現に人がいる建造物を焼損し、かつ、火炎びんを使用して人の生命、身体及び財産に危険を生じさせ、そのころ、上記e、f、g及びhを一酸化炭素中毒により死亡させて殺害し、上記iに対し加療約40日間を要する顔、両上肢等熱傷(IIないしIII度)の傷害を、上記dに対し加療約7日間を要する右手掌熱傷(II度)の傷害を、上記cに対し加療約3日間を要する右手指挫創等の傷害をそれぞれ負わせたにとどまり、同人らを殺害するに至らなかった」との事実を認定したのであるが、被告人がBら3名と共謀した事実は無いから無罪であるのに、上記共謀を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認が存するというのである。

(2)当裁判所の概括的立場
 そこで、記録を調査して検討するに、原判決が、その事実認定の補足説明で、所論と同趣旨の原審弁護人および被告人の主張を排斥し、F供述の信用性を認めて、被告人がBらと「順次共謀」を遂げたと認定したのは正当であり、当審での事実調べの結果を経ても、上記判断は左右されない。以下、所論に鑑みて、補足して、順次、説示してゆく。

(3)各論
1.F供述の基本的信用性について
(イ)所論
 所論は要するに、「原判決は平成12年2月26日の、神戸市中央区のロイヤルホスト下山手店におけるBと被告人の共謀について、F供述の信用性を基本的には認めて、これを肯定したが、以下に述べるような事情により、F証言の根幹部分は信用できないから、被告人は無罪とされなくてはならない」として、
1)そもそも、ロイヤルホスト下山手通店は、兵庫県警察本部ビルにも近く、さらに耳が遠い被告人との謀議場所としてはふさわしくないから、F証言は不自然である。
2)F供述自体には、何らの裏づけ証拠は無く、Bも、Y4証人も、原審法廷では一貫して「ロイヤルホストでは、火炎瓶の話は出なかった」と述べていること。
3)Fは、捜査段階においてはロイヤルホストでの謀議の際にB側から提案のあった4つの方法について説明をしていたが、控訴審において証拠開示された取調べ結果報告書には、原判決の補足説明とは矛盾する内容が記載されているから、F証言は、一層信用できないことが明白になった。とりわけ、F自身、当審での証言に際して、取調官から誘導されたことを認めており、これらは捜査官による誘導により作られた虚偽供述である公算が大きい。とりわけ、取調べ状況報告書(高裁段階で証拠開示)や、X1の参考人調書によれば、原判決がロイヤルホストでの謀議日として特定した日付が誤っているのであり、F証言の信用性の無さは、一層、明確になった。
(ロ)当審の判断
 そこで、以下、当審としての判断を示すことにするが、基本的には、F証言の核心部分は充分に信用するに足りる内容である。以下、所論に即して説示してゆく。
 まず、所論の括弧1については、なるほど、たしかに、表面上はロイヤルホスト店での謀議というのが このような事案の謀議場所としてはふさわしくないという主張には説得力はあるところである。しかしながら、B自身、Y4に、電子手帳を用いて、被告人にリンリンハウスの店内構造について説明をさせているのであって、所論は、結局、証拠に基づかない主張であるから、失当というほかない。
 続いて、所論の括弧2についてであるが、これについては、事件発生(平成12年3月2日)からF証言がされるまでの年月経過(原審第2回→第3回公判は、いずれも、平成19年1〜2月)、さらには、事件発生からナカモト(Y4)証言がされるまでの年月経過や、Y4自身、リンリンハウス事件の関与を疑われて逮捕され、最終的には「起訴猶予」とされた経緯、Y4はBの配下だった人物であることなどに照らし、自己やBに不利益な事実まで「洗いざらい、すべてを」話せないような事情が有ったことが認められるのであって、弁護人のいうように、「Y4証言の全部についてまで、信用性を求める」姿勢自体に無理がある、といわねばならない。また、F自身も、原審および当審において、「火炎瓶の話が、何度も繰り返し、ロイヤルホストで出た」とは述べていない点などを併せて検討すれば、所論には、理由が無い。
 続いて、所論括弧3については、成る程、確かに、Fが「4つの方法」を思い出すまでの経緯には、いささか不自然な点があることも事実である。しかしながら、捜査開始前から、リンリンハウス事件では第三者的な立場のY3に対して、@自分自身と、AA被告人の関与を示唆する供述をしていることは、F供述の核心部分についての信用性を補強することになる。さらに、そして、F証言の核心部分については、いわゆる火炎瓶の提案がBからされた際の「ねえさん」の対応に関する点を除いては、捜査段階以来、供述変遷もなく、一貫しているのであり、信用性が認められる。
 なお、弁護人のいうように、もし、仮に、F自身が、事実を創作して被告人を「えん罪」に巻き込んだのであれば、「姐さんは、終始、逃げ腰で有った」などという文言を脚色する必要性は無いのであり、所論は、採用できない。さらに、Bは、ロイヤルホスト下山手通店の会合の後は、火炎瓶以外にリンリンハウス側への攻撃方法を検討した形跡が無く、この間接事実からも、A被告人の犯行関与が強く推認される。そのうえ、本件犯行がBとFのみで共謀されたというのであれば、営業妨害についての話をロイヤルホストで実施し、Y4が電子手帳で説明している席に被告人が立会いをする必要が無いのであり、結局、これらの事情から、F供述の核心部分については充分に信用することができる、というべきである。

2.F供述全体の信用性について
(イ)所論
 所論は、原判決は、「平成11年12月11日、国税対策の帰りの新幹線車内で被告人と同行したF、B及びY5との間で、被告人がリンリンハウスに対する不快感をロにしたことからリンリンハウスの店舗に汚物をまくこと(以下「汚物まき」という)が話題になり、被告人も同調するなどしていた。その後、Bは被告人又はFから、報酬の支払を条件に汚物まきに関する依頼を受け、Eにリンリンハウスに対する汚物まきをさせることにし、同月20日ころ、Fの案内でEの関係者がリンリンハウスの数店舗へ行き、そのEの関係者に店舖内に入って下見をさせた上、平成12年1月ころ、被告人又はFから、汚物まきの報酬の前金を受け取った」旨を補足説明欄において認定説示したが、確かに、これらの事実が客観的な前提事実と一致する点があることは間違い無いが、以下に述べるような事情により、F供述は、その全体像に疑問が生じる、というのである。
1)F供述では、汚物撒きの後、被告人に指示されてリンリンハウス元町店に、Fが自家用車を運転して移動したことになっているが、その日のその時間帯、Fの携帯電話の履歴には、被告人と通話した形跡が認められないこと
2)コールズ本部事務所において被告人が「電話交換機を壊せば、テレクラは営業できなくなる」と発言したとされる部分については、被告人の娘の原審法廷証言と矛盾すること。また、被告人の娘の原審証言は、B供述により裏づけがされていること。
3)Bへ被告人が支払ったとされる7000万円の現金についても、領収書などの裏づけがあるワケではなく、大津市内の琵琶湖グランドホテルでの会話状況も、B証言とF供述は対立している。
4)原判決は、(1)ロイヤルホストでの謀議のうち、「拳銃で看板を撃つ話」「手榴弾の話」などについてF供述の信用性を否定し、(2)料亭「三ツ輪」におけるF供述の信用性をも否定するが、本来、これら(1)(2)に照らせば、F証言全体の信用性は低くなるハズであり、原判決の証拠評価には誤りが存在する。
5)控訴審での事実調べの結果、Fが神戸市中央区花隈のマンションに国税対策として隠してあった3億8000万円のうち、1000万円を無断で引き出して、知人女性(これは関東での別件強盗致傷事件の共犯者)に交付していたことが判明しているが、このようなFの人格から、Fは、刑事司法の場においては信頼するに足らない証人といえる。
6)Fには、ウソをつくことにより、自分自身の刑事責任を軽減させる利益があるから、虚偽供述をする動機が存在する。
(ロ)当審での検討
 そこで検討するが、まず、所論括弧1については、なるほど、確かに携帯電話の通話記録などの裏づけ証拠は存在しないけれど、しかしながら、これによってF供述の全体の信用性を弾劾することにはならないし、後に詳しく触れるように、所論括弧5、括弧6が指摘する事実関係の一部に、Fがウソを述べていたとしても、これによって、F供述「全体が」信用性を失うことにはならないのであり、結局のところ、所論は理由が無い。
 所論括弧2についても、そもそも、実行犯C・実行犯Dとの共謀すら否定しているB証言には信用性が乏しいし、原審法廷で証言した被告人の娘についても、被告人との利害関係などに照らし、たやすくその信用性を認めることはできない。よって、これらの証言によっては、F証言を弾劾することは出来ないから、所論は理由が無い。
 所論括弧3についても、なるほど、確かにF証言自体を直接裏付ける証拠は存在しないけれど、一方で、(1)F証言は、犯行当日の被告人の言動と整合性を有しており、(2)事件当日のBとA被告人のやり取りなどに照らせば、充分に「この部分」のF証言は信用できるのであり、所論には、理由が無い。
 また、所論括弧4については、これらはいずれも、かえって、Fの本件への関与が弱いことを示しており、所論のような立論は失当であるし、後述のように、F自身が勝手に暴走して事件を引き起こす動機は存在しないから、この所論も採用できない。(なお、原判決およびF自身の控訴審判決では、F証言のうち、ロイヤルホスト店での謀議の際、A被告人が「人が死んでまうから、手榴弾や拳銃はアカン」と発言した旨の部分を「信用できない」とするが、当裁判所はこの見解には賛同できず、この部分に限れば、原判決には事実誤認がある。そして、この事実誤認は、検察官控訴を検討する上では、それなりの意味を有することになる)
 続いて、所論括弧5については、なるほど、Fが自らの刑事責任を軽減させる為に、幾つかの点で虚偽供述をしている可能性は認められるところであろう。しかしながらF供述全体の信用性は、営業妨害依頼そのものを否定して全面無罪を主張する被告人供述や、殺人・放火行為への関与を否認しているB供述と対比すれば、そもそも、類型的に信用性が高く、核心部分については、間接証拠と合致し、充分に信用することが出来る。

3.被告人供述の信用性についての項目
(イ)所論
 所論は、以下の理由により、被告人供述の信用性は高いという。
1)Fは、Bと勝手に通謀することにより、報酬を得るメリットがあり、金銭欲しさから、そのような犯行へ関与する動機が存在する。その根拠としては、東京23区で中国人らと共謀して実行した強盗事件の件や、「国税に顔が利く人」と合同でラブホテル建設話を実行に移していること、花隈のマンション「アイワビル」にて、被告人に無断でX1へ1000万円を渡していることなどの「状況証拠」が挙げられ、これはリンリンハウス事件に通じるものだ、と弁護人は確信している。
2)ロイヤルホストの一件についての被告人供述は、被告人の耳が不自由な事実からも、充分に信用することができるし、また、A被告人が経営していたテレフォンクラブ「コールズ」の売り上げが減少したのは、単に店舗統合をしたために過ぎず、リンリンハウスの神戸市内進出とは無関係の事情であり、当時、被告人は、ラブホテル事業およびマンション「販売」事業に力点を切り替えつつあったから、そもそも、被告人には、リンリンハウスに邪心を起こして業務妨害をするような動機が存在しない。
3)琵琶湖グランドホテルでのBとの面会は、あくまでも国税対策報酬費の「恐喝」被害であり、これは、リンリンハウスとは無関係の事案に過ぎない。
4)そして被告人自身は、「7000万円の現金がBへ交付された」という客観的事実を知らなかったのであり、まさにそうだからこそ、兵庫県警生田警察署へ3億8700万円の盗難被害を出したのであるし、Fも、警察の事情聴取当時、Bへ7000万円を交付した話は、一切していない。
(ロ)当審の判断
 そこで以下、検討する。まず、被告人供述全体の信用性を検討するが、B供述によれば、「平成12年2月から3月にかけては、国税対策として、姐さんとは頻繁に電話連絡をしていました」というのであり、仮に、所論の言うようにFが勝手に暴走したのであれば、Bと被告人の電話連絡によって、すぐさま「そのこと」は露見して、被告人の知るところとなる筈であり、さらに、ロイヤルホスト店においてY4から電子手帳を示されて「リンリンハウス」店内の状況を説明してもらった点についての合理的な説明はされておらず、所論は客観的な証拠関係と矛盾した立論であり、失当というほかないが、以下、個別に検討する。
 所論1については、そもそも、ラブホテル建設話というのは、事業が立ち上がればA被告人自身にも利益が帰属する事業であるが、Bへの7000万円の現金交付には、そのような事情はなく、所論の言うとおりであれば、Fは何の報酬も無いまま一方的に7000万円をBへ交付するに過ぎないから、そもそも、この両者を比較対照して論じること自体が不相当というべきであるし、知人女性へ交付した1000万円についても、後日、知人女性はこの1000万円を短期間でFへ返済している(神戸地裁庁舎で平成20年秋に非公開で実施した証人尋問調書より)のであるから、所論は、その前提を誤っており、失当であるうえ、そもそも、リンリンハウス事件の後、Fの金回りは急速に悪化して、ついには強盗致傷事件へ発展したのであるから、「3億8700万円すべてを、Fが勝手に横領した」との所論は、採用の限りでは無い。
 所論2についても、元々、この指摘は、本件公訴事実との関係では大きな比重は占めないものであるが、最も、所論を前提にしても、Fには、一層、単独で事件を起こす動機が無いことへ繋がるのであり、結局、所論は立論自体を誤っているのであり、失当である。
 所論3については、そもそも、B供述によれば、この時点では国税報酬の話は終わっていたというのであり、まさに、この7000万円の報酬話こそ、A被告人において、実行犯の逃走資金に7000万円が流用されることを自ら認識できた筈であり、所論は、採用できない。所論4についても、そもそも、Fにせよ、被告人にせよ、自らの殺人の刑事責任追及をおそれて、核心部分をボカした警察申告をすることが充分に考えられる場面なのであるから、採用の限りではない。

4.事実認定自体の総括
 よって、無罪主張については、すべて理由なしと判断した次第であり、原判決は正当である。論旨は理由が無い。

第U.控訴趣意中、量刑不当の主張について
 この論旨は要するに、「原判決は、その量刑の理由の項において、死刑選択を回避する事情を縷々指摘するが、これらはいずれも、検察官の死刑求刑を排斥するには不合理であって、原判決は量刑不当を犯している」というのである。
 そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討をするが、本件は、Bらと被告人が順次共謀の上、営業中のテレホンクラブ2店舗にそれぞれ火炎びんを投げ込んで放火し、一方の店舗内にいた店員1名に傷害を負わせ、他方の店舗内にいた客4名を死亡させるとともに店員2名及び客1名に傷害を負わせたという殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、火炎びんの使用等に関する法律違反の事案である。
 本件犯行は、被告人Aが商売敵のテレホンクラブの営業を執ように妨害するため、犯罪組織を率いる男(B)に依頼して行われたものであり、利欲的かつ自己中心的な動機に基づく陰湿な犯行で、酌量の余地はない。
 本件は、当然ながら、組織的かつ計画的な犯行であり、実行犯C、Dによる犯行態様も執拗であり、とりわけ、火炎瓶を利用して店舗2箇所に放火した点も悪質といわねばならない。
 結果の重大性についても、何らの落ち度の無い被害者4名の人命が奪われ、遺族の処罰感情が峻烈なのも当然であるし、本件が社会に与えた悪影響なるものも決して軽く見ることはできず、被告人において果たした役割も、実行犯に比して重大といわねばならない処、被告人は不合理な無罪主張に終始して何らの慰謝の措置も講じておらず、ご遺族及び検察官の「死刑が相当」とする見解には、あながち、理由がない訳ではない。
 しかしながら、F供述によって認定できる事実によれば、すでに指摘済のように、ロイヤルホスト下山手通店における謀議の際、A被告人は手榴弾や拳銃の提案をしてきたBへ対して「人が死んでまうから、アカン」などと拒絶をしているうえ、Bからの問いかけにも消極的で、Bと被告人の間では、「私は、決められヘンから」「姐さん、ホンなら、火炎瓶でイキますよ」「Bさん、あんたに任(まか)すワ」という会話がされて謀議が成立したうえ、実行犯のCが一升瓶にガソリンを詰めた巨大な火炎瓶を製作することまでは、A被告人が到底、予想できなかったことも証拠上は明らか(これは、Eの検察官調書にも記載あり)なのであって、かつ、実行犯においては、ロイヤルホストで話し合いがされていた「電話交換機を壊す」ことなども一切せず、「放火」行為に「強く」こだわっていたことに照らせば、検察官の主張するような「確定的殺意に限りなく近い程度の」殺意であったとする立場は失当なのであり、結局、原判決が補足説明の項で述べるように「その殺意の程度が弱かった」とする説示は正当である。その他、被告人が「凶悪」前科は有していないことや、暴力団周辺者としての不遇な生育歴などに照らせば、本件は、「死刑選択が止むを得ない」場合に該当するとは認められない。
 つまるところ、検察官の論旨も、また、理由が無いという結論に帰着するのである。

○結語
 よって、刑事訴訟法396条により、本件各控訴を、いずれも棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき、刑事訴訟法181条1項但し書きを適用して、主文の通り、判決する。

裁判長「それでは、被告人は、もう一度立って証言台のところまで来なさい。そういう次第で、当裁判所は、検察官、被告人の双方からの控訴を棄却しました。この判決に不服があれば、14日以内に最高裁判所へ宛てた上告申立書を、この大阪高等裁判所に出して上告できます」

 被告人は、静かな様子で、法廷を後にしたが、閉廷後、マスコミ記者へのブラ下がり取材に応じた主任弁護人は、「無実を主張して、最高裁での争うことになる」との意向をハッキリと示していた。

事件概要  A被告はテレホンクラブを経営していたが、兵庫県神戸市にある商売敵の店を使えなくするため、別の被告に放火を依頼した結果、2000年3月2日、実行犯が店を放火した結果、4名の客が焼死したとされる。
報告者 AFUSAKAさん


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