裁判所・部 大阪高等裁判所・第四刑事部(B係)
事件番号 平成19年(う)1531号
事件名 A:殺人、逮捕監禁、傷害、詐欺
B:殺人、逮捕監禁、傷害
被告名 A、B
担当判事 古川博(裁判長)植野聡(右陪席)出口博章(左陪席)
その他 弁護人:下村忠利、巽昌章
日付 2008.9.25 内容 判決

 被告人両名に対する上記被告事件について、大阪地方裁判所{旧・刑事8部(横田、内田貴文、大伴慎吾)}が平成19年9月27日に言い渡した判決につき、被告人Bについて、大阪地方検察庁検察官および被告人本人から、被告人Aにつき同人から、それぞれ控訴の申し立てが有ったから、当裁判所は、大阪高等検察庁検察官ほか、弁護人下村忠利・巽昌章関与の上に審理を遂げ、次の通り判決する。

−主文−
 原判決中、被告人Bに関する部分を破棄し、被告人Aに関する本件控訴を棄却する。被告人Bを懲役20年に処する。原審における未決勾留日数中400日を上記刑に算入する。大阪高等裁判所にて押収してあるバーベル板2本を没収する。被告人Aに対して、当審における未決勾留日数中300日を原判決の刑に算入する。


−理由の要旨−
第1:当事者双方の控訴趣意
(1)検察官の控訴趣意
ア)訴訟手続きの法令違反の主張
 被告人Bの自白調書を一部証拠却下した一審裁判所の措置には、刑事訴訟法379条違反がある。
イ)量刑不当の主張
 仮に一審裁判所の措置に法令違反が無かったとしても、被告人Bを懲役12年に処した一審判決は、あまりにも軽すぎる。
(2)被告人Bの控訴趣意
ア)事実誤認の主張
 殺意を認定した一審判決には事実誤認が有る。
イ)法令適用の誤りの主張
 本件はAによる心理的強制による犯行であるから、被告人Bの犯罪行為は、いわゆる、(1)刑法上の緊急避難{刑法37条}ないしは(2)刑法上の期待可能性の法理により、法律技術上は無罪とされるべきであろう。
ウ)量刑不当の主張
 仮に殺意が肯定され、法律技術上も完全有罪だとしても、一審判決の刑は重すぎる。
(3)被告人Aの主張
ア)事実誤認の主張
 殺意を認定した一審判決には事実誤認が有る。
イ)絶対的控訴理由の主張
 一審の判決文には、刑事訴訟法378条四号違反が存在する。
ウ)量刑不当の主張
 仮に完全有罪(殺意が肯定された場合)としても、検事求刑通りの懲役25年とした一審判決は、重すぎる。

第2:控訴理由に対する判断
(1)絶対的控訴理由の主張について
 しかしながら、原判決は現行の刑法解釈学に照らして妥当な判断に基づいて、判決文において、殺人罪における実行行為について説示しているに過ぎない。従って、原判決には所論の述べるような論理矛盾が有るとは言えないから、この論旨は理由が無い。
(2)客観的証拠により認定できる事実
 原審訴訟記録の他、当審での事実調べを踏まえて考察すると、客観的証拠により、以下の事実が認定される。
1)被害者は、被告人両名によりマンションに監禁されて以降は、満足な食事は与えられず、極度の低栄養状態だった。(←司法解剖記録によりはっきりと認められる)
2)ただ、被害者が外見上死亡したということがはっきりと分かるような状態だったとは認定できない。(司法解剖所見による)
3)複数の証人が、原審法廷で「B被告人とA被告人は、とても親密に見えた」と述べており、A被告人による一方的な支配関係は証拠上は認定できない。(→B被告人の法廷発言と、複数の証人の尋問結果が矛盾する)
4)証拠写真によれば、A被告人がB被告人の身体にカミソリで傷を付けていることは認められるが、写真に映されたB被告人の表情は明るく、恐怖や絶望の表情は全く伺えない。(→これは3)で指摘した証言を補強する)
5)被害者の遺体解剖結果によれば、被害者の皮下脂肪はわずか0.8センチに過ぎず、添付写真や解剖所見に照らしても、極度に痩せ衰えた状態だったことが明白である。
(3)殺意の検討
 以上を踏まえて殺意を検討するが、とりわけ前記1),2),5)によれば、次の事実が認められる。
ア)救急搬送をせずに被害者を放置すれば、飢餓状態の悪化により被害者が死亡するだろうことを、被告人両名は認識可能だったこと。
イ)従って、マンションで被害者を監禁していた被告人両名には、衰弱しきった被害者を救助しなかった点において、刑法解釈上の「作為義務違反」が有ること。
ウ)人の死亡判定には、高度の医学知識が必要不可欠であり、単に消防吏員・看護士レベルの知識では足らないことが認められるが、被告人Aは准看護士としての知識・経験は有していたものの、上記のような高度の知見は有していなかったこと。
 これら、ア・イ・ウの事実が導かれる以上、殺意は優に認定できる。
(4)法律技術上の無罪主張について
 ところで、前記(2)「客観的証拠により,認定できる事実」の3項・4項で説示した通り、
・B被告人が、A被告人をそれなりに恐れていた事実は、証拠上認められるけれども、
・マインドコントロールにより「A被告人の手足として、機械的に」本件犯行を実行したとは、証拠上は認められない。
 従って、緊急避難および期待可能性を基礎にした無罪主張にも理由が無い。
(5)事実認定の結語
 よって、本件については、(一)殺意は優に認められ、(二)B被告人がA被告人の心理的支配化に置かれた「緊急避難の成立」「期待可能性なし」の状態だったとも言えない。(これらの事実認定に反する被告人2名の法廷発言は、到底信用することが出来ない)
(6)自白調書の一部不採用について
 ところで、検察官は原審段階にて、自白調書の一部が証拠却下された点について色々と論難するけれども、原判決は、
・いくつかの自白調書
・いくつかの自供書面
については証拠採用しているところ、これら「採用済」の自白調書だけでも殺意は認定できるから、結局この控訴趣意は、判決に影響を及ぼすものとは認められず、訴訟手続きの法令違反をいう論旨は理由が無い。
(7)当事者双方の量刑不当主張について
ア)前提となる事実関係について
 前記(2)「客観的証拠により認定できる事実」の3項・4項のほか、以下の事実が認定できる。
1)携帯電話の電子メール記録によると、被告人両名は、極めて親密な同棲生活を、犯行現場のマンションで送っていたこと
2)B被告人に、被疑者段階で国選弁護人から差し入れられた被疑者ノートには、今でもAを愛しています」という記載が存在すること
これら1)2)を含めた上で総合検討すると、B被告人は、事件直前には、A被告人に積極的な好意を持っていたことが、証拠上は明らかというべきである。(この点、原判決とは異なった認定判断となる)
イ)量刑事情についての総合評価
 そうすると、原判決のいうよう、A被告人の刑事責任が、B被告人よりも突出しているなどと量刑評価することは相当ではなく、むしろ、B被告人は、本件犯行に積極的・主体的に関与した(検察官の控訴趣意書より)というべきである。つまり、検察官の論旨は、量刑不当をいう部分については、充分に理由が有る。
ウ)個別情状(A被告人について)
 A被告人の嗜虐的な性格に端を発する本件犯行は、被害者の人格を踏みにじり、尊い人命を奪ったうえ、遺族感情は厳しく、本件犯行の罪質、結果、態様、動機などに照らし、A被告人の刑事責任は、誠に重大といわなくてはならない。さらに、A被告人は、当審でも殺意について不合理な弁解に終始し、被害弁償もせず、事件の動機についても虚偽の法廷発言を繰り返すなど、真剣な反省の情に乏しく、原判決の量刑は、すべて相当である。(なお、A被告人が、別件として起訴され、本件と併合された振り込め詐欺加担をした点も見逃せない)
エ)個別情状(B被告人について)
 先に説示した事項を踏まえてさらに検討するに、B被告人は、事件についての表面的な反省にとどまるのみで、殺意の点・緊急避難の点について虚偽の法廷発言を繰り返し、真剣な反省の情に乏しく、被害弁償もまったく行っておらず、本件犯行の罪質、結果、態様、動機に照らせば、A被告人との量刑の均衡を考慮しても、原判決を破棄したうえで、主文程度の量刑が相当、というべきである。

第3:結語
 よって、下記の法令適用の上、主文の通り判決する。
(1)B被告人について
・原判決の適用した法令のほか、
・刑事訴訟法397条1項……原判決破棄
・刑事訴訟法381条……量刑不当
・刑事訴訟法400条但し書き……破棄自判
・刑法21条、刑法19条1項……未決、没収
・刑事訴訟法181条1項但し書き……訴訟費用の免除
(2)A被告人について
・原判決の適用した法令のほか、
・刑事訴訟法396条……控訴棄却
・刑法21条……未決算入
・刑事訴訟法181条1項但し書き……訴訟費用の免除

事件概要  両被告は2005年10月21日、カラオケ店員を大阪府大阪市のマンションに監禁して暴行の上、11月1日にバーベルのプレートを巻き付けて沈めて殺害したとされる。
報告者 AFUSAKAさん


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