裁判所・部 大阪高等裁判所・第一刑事部(C係)
事件番号 平成20年(う)752号
事件名 業務上横領、詐欺
被告名
担当判事 若原正樹(裁判長)田中聖浩(右陪席)冨田敦史(左陪席)
日付 2008.9.16 内容 判決

 この日、午後1時20分過ぎ、大阪の裁判所合同庁舎10階の高裁1号法廷には、再保釈中の被告人が弁護人と共に姿を見せたが、一般傍聴人の姿は、私を含めてわずか4名で、司法記者の人は一人も在廷していなかった。

裁判長「ええと、それでは始めましょう。Aさんですね?」
被告人「はい」
裁判長「それでは、被告人に対する、業務上横領と詐欺の事件につき、控訴審の判決を言い渡す」

−主文−
 原判決を破棄する。被告人を懲役二年に処する。原審での未決勾留日数中80日を、この刑に算入する。

裁判長「では、ちょっと時間がかかりますから、前の椅子に座って、聞いて下さい」

−理由全文−
○序論
 本件控訴の趣意は、弁護人作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを援用する。

第1:控訴趣意
 論旨は要するに「被告人を懲役3年半の実刑に処した原判決の量刑は、これが重過ぎて不当である」というのである。

第2:控訴理由についての判断
(0)そこで記録を調査し検討するに、原判決がその量刑の理由の項において説示するところは、その言い渡しの時点を基準とする限り、すべて正当であると認められる。
(1)すなわち、本件は財団法人日本WHO協会の事務局長をしていた被告人が、大学へ交付される国からの受託金をだましとろうと企てて、架空の受託金請求書を作成して、私立大学の総務局長をだまして金員を取得した詐欺1件、さらに同団体の事務局長として、協会の金員を自己の目的に費消した業務上横領の各事案である。
(2)まず詐欺の犯行についてみるに、被告人は自分への信頼を悪用して「地域福祉グループ」という、実態のない架空団体へと金員を支出させ、1150万円もの金員を大学側から騙し取ったものである。
 本件は、巧妙かつ計画的であり、悪質な犯行というほかない。なお、所論は犯情部分についての事実誤認をいうが、当裁判所のこの点の認定判断も、原判決が補足説明で述べるところと同一であり、所論は採用することができない。
 すなわち、
@本件当時、被告人の個人支出額は毎月30万円あまりで、かつて扶養家族だった者への養育費が毎月35万円づつ支出されていたこと(これは、ATMなどの出入金記録より明らか)
A消費者金融からの借入額が平成14年当時で460万円にも達し
B知人のY1さんからも、900万あまりを個人的に借り入れていたこと
 これら@ABの事情に照らせば「被告人が金銭に困窮していた事実」(原判決より)は、優に認定できる。
 なお所論は、原審弁124号証などに依拠して「地域福祉グループには活動実態が有った」と指摘して「犯情は、原判決がいうほどには悪質ではないんだ」などと論難する。しかしながら、この文書以外の客観的証拠からは、地域福祉グループへの先行支出の存在を裏付けることはできないし、とりわけ書籍が発行されていたとしても、それだけでは、これら書籍に名を連ねている人々が、地域福祉グループとして活動していたことを示す根拠にはならない。
(3)次に業務上横領事件についてみてゆくけれども、平成16年5月から平成17年にかけて、被告人は5つの団体預金口座から合計743万円もの金員を引き出し、自己の用途へと費消していたのであり、犯行態様も、資金の流れを複雑にして発覚を遅らせるなどしており、犯行は計画的で巧妙である。
 所論は詐欺事件と同様に「被告人は当時、金銭には困窮はしていなかった」というけれども、これも原判決が詳細に認定説示し、なお且つ、先ほども当裁判所が補足して述べたような事情で、たやすくは信用しがたい。さらに、被告人が一方的に作成した原審弁125号を客観的に裏付ける証拠資料も、何ら当裁判所には提出されていない。
 それで、これらの点を踏まえて考慮すれば、犯情は悪く、とりわけ原審段階では罪状をすべて否認し、不合理な弁解に終始していたものであって、その応訴態度は芳(かんば)しくなかったほか、原判決の指摘するような着服の常習性と余罪も充分に考えられるのであって(もっとも、被告人はこれを否定する)、被告人の刑事責任は重大である。
 そうすると、原判決時点で存在した一般情状として、
(1)訴因の金額は、すべて弁済がされたこと
(2)東北福祉大学側のチェック体制の甘さが、被告人による犯行を助長した側面は否定できないこと
(3)被告人に前科前歴がないこと
(4)家族の存在と被告人の健康状況など
これらの点を考慮しても、原判決言い渡し時点では、その刑期は相当である。
 しかしながら、当審に至って被告人は
(1)関連する民事訴訟で、詐欺の点を全面謝罪し、分割返済の手続きをしたこと
(2)それを実行すべく、自宅に抵当権を設定し、民事訴訟は和解で終結したこと
(3)各犯行について、事実関係を認めて反省の意を明らかにしたこと
が認められ、現時点においては、その刑期は重きに失するに至ったというべきである。

第3:破棄自判
 そこで、刑事訴訟法397条2項により、原判決を破棄し、同法400条但し書きに従い、さらに本件について判決するが、原判決の「罪となるべき事実」をその掲げる証拠により認定し、相当法令を適用して、先ほど述べたような量刑事情を踏まえたうえ、主文の通り判決する。

 裁判長は予定時間を5分ほど超過し、次の事件の再保釈中の被告人が姿を見せていたせいか、ごくごく簡単な説諭をした後、「不服が有れば、2週間以内に上告できますけど、上告理由には制限が有りますから、弁護士さんと相談してください」と述べた。
 再保釈中の被告人は、弁護人と共に、静かな足取りで法廷を後にしたが、結局この日の傍聴だけでは、最高裁判所への上告の有無はハッキリとはしなかった。

事件概要  A被告は、以下の犯罪を犯したとされる。
1:1999年4月−02年12月、架空の委託調査費や機器リース代名目で1550万円を騙し取った。
2:2004年9月−05年8月、WHO協会の預貯金口座から約740万円を着服した。
報告者 AFUSAKAさん


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