裁判所・部 大阪高等裁判所・第五刑事部C係
事件番号 平成19年(う)第37号
事件名 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和38年兵庫県条例第66号)違反
被告名
担当判事 片岡博(裁判長)飯畑正一郎(右陪席)中田幹人(左陪席)
日付 2007.11.1 内容 判決

 大阪.裁判所合同庁舎10階の、高裁3号法廷には、司法記者7名のほか、一般傍聴者十数名も結集していた。

廷吏「すみません。開廷時刻も近づいておりますので、携帯電話の電源をお切りください」
 時刻丁度になると、片岡、飯畑、中田の3判事が入廷した。

裁判長「それでは、時間が参りましたので始めますが、その前に氏名などを確認します。名前は、A被告で宜しかったですね?」
A被告「はい、そうです」
裁判長「それでは、被告人に対する、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反、これは、昭和38年兵庫県条例第66号ですが、被告事件についての、控訴審の、判決を言い渡すことにします」

−主文−
 原判決を破棄する。被告人を罰金50万円に処する。この罰金を完納できないときは、未納分につき、1日当たり5000円に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は、すべて被告人の負担とする。

裁判長「主文は以上です。これから理由の要旨を告げますが、長くなりますので、後ろの席で聞いていてください」
 しかし、動揺したのか、被告人は、呆然として立ち尽くしていた。
裁判長「理由を言いますので、後ろで、座ってくださいね」

−理由−
○序論
 本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官、次席検事清水治作成名義の控訴趣意書に、これらに対する答弁は、弁護人の作成した答弁書に記載された通りであるから、これらを援用して、説明に代える。

・第一:控訴趣意
 論旨は要するに、「原判決は、被告人に対する公訴事実について、被告人には泥酔状態による意識喪失により、犯罪の故意がなかった、として無罪を言い渡したが、真実は、被告人は意図的に被害女性の乳房を弄(もてあそ)んだのであり、有罪を認めなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな 事実誤認がある」というのである。

・第二:当裁判所の検討
<0>概要
 そこで、記録を調査し、当審における事実取り調べの結果を併せて検討するに、原判決の説示には、首肯(しゅこう)しがたい点が多々見られ、とりわけ、当審において取り調べた、西日本旅客鉄道株式会社(通称・ジェイアール西日本)新幹線車掌、X1の証言に照らせば、被告人が、故意に、被害者の乳房を弄んだことが認定できるから、原判決は破棄を免れない。
 以下、所論に鑑み、説示をしてゆく。

<1>証拠上、認められる事実
 証拠によると、以下の事実が認められる。(なお、断りがない限り、日時は、犯行当日の、2006年3月8日夜のことである)
(1)被害者であるa(当時25歳)は、アルバイト先の博多から帰るべく、京都駅で降りる予定で、JR博多駅を発車して名古屋駅まで向かう、「のぞみ38号」N700系型車両の6号車に乗車した。
(2)当該「38A・新幹線列車」の6号車は、通路を挟んで3対2の座席配列であり、被害者は、二人掛けの「3D」座席に着席した。
(3)被告人は、当日朝、神戸市内の自宅を出て、商談を大分市内で済ませ、JR九州の「日豊本線」の在来線特急を小倉で「乗り換え」て、のぞみ38号に乗車し、同じ号車の「3E」席に座った。
(4)被告人は、新神戸で下車する予定で、予め事前に買い求めていた"ワンカップ大関"日本酒1合(180ミリ・リットル)と缶ビール一本を、新幹線の中で呑んだ。
(なお、被告人の原審公判供述によれば、被告人は普段、毎日のように、3合から4号、日本酒を中心に、晩酌をしているというのであり、この日の酒量が特段、被告人にとって多いということは、なかったと認められる)
(5)被害者は、本件犯行に逢うまでの間は、ほとんど、疲労のため、居眠りをしていた。
(6)被告人も、居眠りをしており、姫路駅に、本件新幹線電車が臨時停車したことは、気づいてはいなかった。
(7)ところで、起訴状記載の犯行時刻ごろ、被害者が目を開けると、被告人の手が、被害者の乳房を鷲づかみにし、2秒から3秒、被告人自身も、その様子を確認していた。
(7)'被害者は、「ヤメて下さい」と言ったが、被告人は、「何?どうしたん?」と返事をした。その為、被害者は、「この人、チカンです」と周囲の乗客に救助を求めたが、被告人を捕まえようとする乗客はいなかった。
(8)被害者の様子を不審に思った、乗客は、@被害者から「聞き取り」をして、AX1車掌にその様子を報告(通報)した。
(8)'X1車掌が声を掛けても、被告人は目を開けず、同車掌が肩をたたくと、ようやく、被告人は目を覚まして、応対した。

<2>所論についての検討
 そこで、所論に則して検討をするけれども、原判決は、その補足説明の「第5の1」の項において、被害者の供述は、「有りもしないことを錯覚した余地などない」「主要箇所については一貫した供述をしており、虚偽供述をする利益もない」と評価しているが、これらの説示は、当審も正当であると考える。
 しかしながら、原判決は、マル1として「睡眠中の被告人が、偶然、乳房に接触した可能性を否定できない」点、マル2として、「事件当時の混雑状況などから、犯行をすることにつき、心理的困難がつきまとっていた可能性」、マル3として「被告人の法廷供述・捜査供述を、いちがいに虚偽と決めつけられない点」を挙げて、「合理的な疑いが残るから、無罪」とした点は、当審としては首肯しがたい。
 以下、詳細に、当審としての判断を示すことにする。
(1)まず、座席等の形状についてであるが、原審甲14号の捜査報告書などによれば、座席の「肩もたれ」部分は30度傾斜していた。これに依拠して原判決は、被告人の公判供述は不自然といえず、偶然に、手が乳房に接触した可能性がある、と指摘している。
(2)ところで、男性客が、21時40分頃、X1車掌に通報をしていることは、捜査報告書や原審取調べ済のJR業務書類などで明らかであるが、つまるところ、本件犯行は、姫路駅発車から21時40分までの「10分間の空白」に敢行されたものである。
 そして、
@前記「証拠上、明らかな事実」で検討した「飲酒状況」と、
A被告人の下車駅である「新神戸駅」が迫っていた状況、
B被害者に対して「何?どうしたん?」と発言をした状況、
これら3つを総合すれば、被告人が、原判決のいうように「眠り込んでいた状態」だったとは認めがたく、とりわけ、乳房への接触状況につき、接触行為を認識できない程だったとは言えない。
 したがって、原判決はこの点において誤っており、首肯しがたい。
(3)さらに、原審甲5号の実況見分調書、並びに、被害者原審証言によると、被告人に犯行を実行する可能性が有ったことも認められる。
 この点に関連して、原判決は、
@被告人は、被害女性の降車予定駅も知らなかったし、
A他の客が通行する危険性の高い状況では、犯行をするのは、心理的に困難と認められる
などと説示している。
 しかしながら、
@)本件犯行は、わずか2から3秒と、きわめて短時間の行為であり、
A)現に、被害者の様子を注視していた者もなく、
B)被告人を現行犯逮捕する乗客もいなかった事実
に照らせば、原判決のいうところの「犯行にマイナスに働く,心理状況」なる説示は、当裁判所には、首肯しがたい。
(4)そして、捜査供述および被告人公判供述は、「チカンの嫌疑を掛けられていることは、新幹線内では一切、分からなかった。大阪府警察淀川警察署に到着して、そのことに気づいた」というが、@)飲酒状況についての、先の検討、およびA)関係者の供述と矛盾する内容であることに照らし、被告人は虚偽を述べているというべきである。
 さらに、被害者供述の「一部」について、原判決は、興奮によるカン違いの可能性も否定できないなどとするが、被害の核心部分については被害者供述は一貫しているのであるから、原判決の説示は、当裁判所には首肯しがたい。被害者供述は「すべて」信用できる。
 そうすると、結局、被告人は、少なくとも、被害者が「ヤメて下さい」と声を上げた時点において、チカン行為を認識できた筈であり、ウソを述べていることになる。
 さらに、当審証人、X1の供述と被告人の原審公判供述は矛盾しており、X1証言は、JR車掌によるものとして、業務上、高度の信用性を有するのであるから、結局、被告人の原審公判供述(およびこれに立脚する 答弁書内容)は、一切が信用ならない。

<3>事実認定の総括
 以上の通り、被告人によるチカン行為は、意識的なものと認められるから、故意は優に認められ、「故意については、合理的な疑いが残る」とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、論旨は、理由が有る。

・第3:破棄自判
 よって、刑事訴訟法397条1項、2項、382条により、原判決を破棄し、同法400条但し書きにより、さらに判決をする。

(罪となるべき事実)
 被告人は、「平成18年3月8日午後9時30分ころから同日午後9時45分ころまでの間、兵庫県姫路市内の西日本旅客鉄道株式会社山陽新幹線姫路駅付近から同県神戸市内の同線新神戸駅付近の間を進行中の博多駅発名古屋駅行き『のぞみ38号』の6号車客席において、乗客のa(当時25年)に対し、左手でその左乳房を着衣の上からわし掴みにして触るなどし、もって、公共の乗物において、人に対して、不安を覚えさせるような卑わいな言動をしたものである」

(証拠の標目) ……法廷では、朗読省略
(法令の適用)
 被告人の行為は、改正前の、「昭和38年兵庫県条例66号」第11条二号、同3条1項に該当し、所定刑のうち、罰金刑を選択し、主文の額を相当とするところ、この罰金を完納できないときは、刑法18条により、換算期間を1日あたり5000円と定め、原審における訴訟費用を「すべて」負担させることにつき、刑事訴訟法181条1項「本文」をそれぞれ適用(なお、当審においては、刑事訴訟法181条3項、および1項但し書きにより、免除)する。
(量刑の理由)
 本件は、25歳女性へのチカン条例違反の事案であるが、着衣の上から、女性の胸を鷲掴みにしたというのであり、女性が居眠りをした隙に、乗客数が少ないのに乗じて敢行された巧妙、卑劣な犯行である。しかも、被告人にあっては、犯行を捜査段階から一貫して否認し、現在に至るも不合理な弁解に終始しているのであって、反省をしていらず、慰謝の措置も講じていない。
 しかしながら、他方、
1)本件犯行は、わずか2から3秒での出来事であり、執拗とまではいえず、
2)結果の重大性に乏しいこと、
3)交通事件での業務上過失傷害による罰金前科しか、被告人にはないこと、
などに照らせば、検察官の主張する「懲役刑」は重きに失するというべきであり、罰金刑を選択するのが相当というべきである。
 よって、主文の通り、刑を量定した。

裁判長「判決は以上ですが、この判決に不服がある場合には、明日から14日以内に、最高裁判所へ上告の申し立てをすることができます。それをする場合には、上告期間内に、申し立ての書面を、この裁判所に提出してください」

 マスコミ各社は、一斉に、弁護人などに「ブラ下がり」取材をしていた。このほか、法廷には、大学法学部に在籍しているらしき女性もいたが、やはり、高等裁判所の判決だけに、理解するのは、むつかしい様子であった。
 なお、その後の情報によると、被告人は「無実」を主張し、最高裁判所への上告を申し立てたようである。

原審判決全文
事件概要  A被告は、2006年3月8日、兵庫県内を走行中の新幹線車内で、女性の胸を触ったとされる。
報告者 AFUSAKAさん


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