裁判所・部 大阪高等裁判所・第五刑事部C係
事件番号 平成19年(う)第1092号
事件名 強盗致傷
被告名
担当判事 片岡博(裁判長)飯畑正一郎(右陪席)中田幹人(左陪席)
日付 2007.10.18 内容 判決

 判決当日の午後、大阪.裁判所合同庁舎10階の高裁3号法廷には、一般傍聴者が約10名程集まり、司法記者も数名在廷していた。
廷吏「すみませんが、開廷時刻が迫っておりますので、携帯電話の電源をお切りください」
 開廷時間の直前に、被告人は、刑務官(大阪拘置所)に伴われて、静かに入廷した。
 時間になると、片岡、飯畑、中田の3判事が入廷した。

裁判長「はい、それでは時間が参りましたので始めることにしますが、まず氏名等を確かめます。名前は、A被告ということで宜しかったですね?」
被告人「はい」
裁判長「それでは、被告人に対する強盗致傷被告事件につき、平成19年*月*日、大阪地方裁判所堺支部が言い渡した判決に対して、被告人から適法な控訴があったから、当裁判所は控訴審の審理を遂げ、次の通り判決する」

−主文−
 本件控訴を棄却する。
 当審における未決勾留日数中40日を原判決の刑に算入する。

裁判長「では、これから理由を説明しますので、後ろの席で聞いていてください」

−理由−

〇序論
 本件控訴の趣意は、弁護人作成の控訴趣意書、および控訴趣意補充書に記載された通りであるから、これらを援用して説明に代える。

・第一:控訴趣意
 論旨は要するに、事実誤認として被告人の無実を主張するものであり、所論は即ち、
「原判決は、その判決文記載の日時・場所において、当該ドラッグストアで被害者a(70歳、同店保安警備員)に対して、盗難を叱責されたことに憤激して、逃走しようと企て、手拳による殴打と足蹴りにより、同人を仰向けにして転倒させ、もって全治10日間のケガを負わせた旨の事実を認定し、被告人を強盗致傷罪で有罪としたが、真実は被告人は盗みはしておらず、a保安員による言いがかりないしはカン違いに正当な反撃を加えたに過ぎないから、いわゆる刑法36条にいう正当防衛が成立し、無罪であり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある」というのである。

・第二:当裁判所の検討判断
 そこで記録を調査し、当審での事実調べの結果を併せて検討するに、原判決がその「証拠の標目」で挙示する証拠によれば、被告人によるカゼ薬窃取の事実及び、a保安員への暴行は盗品確保を防ぐためのものであったことをそれぞれ優に認めることができるから、これと同趣旨の原判決には所論が指摘する事実誤認はなく、その他職権で検討しても、被告人の犯人性に疑問を差し挟む余地など当裁判所には考えられないところである。以下、所論を踏まえて順次検討を加える。

<1>被害者供述の信用性についての,所論について
 まず所論はマル1として「a被害者の観察状況は悪く、そもそも見間違いを生じやすかったとし、マル2として「被告人は、真実、コンタクト風邪クスリに接触して、それを元の陳列棚に戻したに過ぎず、この動作をa被害者が万引き行為と誤認した可能性がある」といい、マル3として「被害者の行為は、保安員として自己の氏名や職業などを名乗らず、いわゆる保安員としての法令違反を犯しているから、何としても万引き犯を検挙したことにして、自己の保身を図るために偽証する利益があった」と主張し、マル4として「a供述には主尋問と反対尋問での、いわゆる供述変遷があるほか、そもそも捜査段階と公判段階においてすら供述変遷が見られ、そもそも全体として信用性が著しく低い」などというのである。
 そこで、順次、これら所論を検討する。
(1)原審の検甲24号の捜査報告書(同意書面)によれば、捜査官が13.2メートル離れた陳列棚から人の動静をしていたところ、
・その間には遮る物体は何もなく、
・ヒトの全身を見れる状況にあり、
これら「証拠上明らかな事実」によれば観察条件は極めて良好であって、所論マル1は、証拠に基づかない主張であり、それ自体が失当というほかない。
(2)成る程所論マル4がいうように、カゼ薬の箱の色につき、a供述が変遷を遂げていること自体は明らかである。ところで原審の検甲4号の写真撮影報告書(同意書面)によれば、このカゼ薬の箱の色は赤と白と黄の3原色が混在しているのであって、これらの色をヒトが口頭で表現するのがむつかしいことは一目瞭然である。結局、a被害者の「この供述変遷」をもっては、被害供述全体の信用性を損なう事情とは到底言えない。
(3)そして、所論マル3についてであるけれども、aの原審公判供述によれば、同人が「アンタ、清算をしてないでしょ!」と被告人に発言したことが明らかである。
成る程、確かにaは自己の氏名や職業などを名乗っていないが、被告人においてもこの発言を聞いた以上、aが店舗の従業員又は保安警備員であることは、即座に認識した筈であって、この所論も失当である。
(4)なお所論はさらに「窃取品が発見されないことは、被告人が無実であることを積極的に裏付ける」などという。そこで検討するが、信用できるa被害者供述によると、
a:店舗の出入り口のところで、aと被告人の目が合ったこと
b:被告人は、ワゴンのところで、1分弱立ち止まったこと
c:そのとき、a被害者には被告人の上半身しか視野に入らなかった
これら3点が明らかである。
そうすると、ポケットからリュックサックに、窃取品を移し変えることが、物理的に可能だったことが認められる。
(4)’さらに原審目撃証人X1の公判供述によると、現場を偶然に通りかかったX1証人は、被告人がリュックサックに手を入れながら、a被害者を押さえつけていたことを目撃しており、結局被告人は逃走中に窃取品をどこかに投げ捨てる機会があったことが認められる。そうすると、未だに窃取品が発見されないからといっても、所論のいうような評価をすることはできない。

<2>被告人の弁解等について
 所論およびこれと同趣旨の原審被告人公判供述は「逃走したのは単に自動車内に大麻樹脂を隠していたのがバレるのが嫌だったからで、それ以上の意味はない」という。
 しかしながら逃走せずとも、被告人自身がa被害者とシッカリと対応さえすれば、疑惑はすぐ晴れた筈なのであるから、それをせずに「格闘」して「逃走」するというのは、きわめて不審であり、そのような努力をしなかった被告人の供述を、信用することはできない。

<3>小括
 そうすると結局、暴行たる「格闘」の態様についてすら、(1)a被害者および、目撃証人X1の原審法廷供述と(2)被告人供述は、真っ向から対立・矛盾しているのであり、先に述べた事情に加えて、X1が単なる通りすがりの第三者であったことから、同人が虚偽供述をする利益もなく、被告人供述は一切が信用できない。

<4>事実認定の総括
 そうすると、被告人は盗難犯人だから、もとより「正当防衛」など成立しない。よってこれと同趣旨の原判決の認定判断は正当であり、事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

・第三:結語
 よって刑事訴訟法396条により、本件控訴を棄却することとし、当審での未決勾留日数の算入につき刑法21条を、当審での訴訟費用を被告人に負担「させない」ことにつき刑事訴訟法181条1項但し書きを、それぞれ適用して主文の通り判決する。

裁判長「そういう次第で、被告人の控訴には理由がない、として棄却致します」
被告人「片岡裁判長!あなたは冤罪を作ったということを、あなた自身の胸によく刻んでおきなさい!!」
裁判長「発言を禁止します!」
被告人「冤罪を作ったという事実を、よーく覚えておきなさい」
裁判長「発言を禁止します!」
 一呼吸置いて、裁判長はいわゆる「上訴権告知」の文言を口にした。
裁判長「当裁判所の判断は以上ですが、不服がある場合、14日以内に最高裁判所へ上告することができます」
被告人「もちろん、すぐにします」
裁判長「言い渡しは終わりですので、退廷してください」
 被告人は、刑務官に抵抗する様子は全くなく、静かに歩き出したが、被告人専用ドアの手前で「一体、何の証拠が有るというんや....」と呟き、憤然とした様子で法廷を後にした。

 閉廷後、10階の法廷前廊下では一般傍聴者の一部から「冤罪を主張する人は、ああいうものなんだ。ヤイコラ!畜生、と言いたくなる。だから彼が『主張する』こと自体は、仕方がない」という声も出ていた。
 被告人の両親らしき人は、弁護人から、説明を受けていた。
 司法記者は、大半が「主文」のところで帰ってしまったが、1人だけ女性記者の人が最後まで在廷していた。

事件概要  被告人は、大阪府泉大津市内のスーパー兼ドラッグストアで、店の品物を万引きしたうえ、追跡してきた警備員をケガさせた、という容疑で逮捕・起訴された。
報告者 AFUSAKAさん


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