裁判所・部 大阪高等裁判所・第六刑事部
事件番号 平成18年(う)第1772号
事件名 住居侵入、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、強盗、窃盗
被告名 大橋健治
担当判事 陶山博生(裁判長)増田耕兒(右陪席)西田時弘(左陪席)
その他 弁護人:中道武美
日付 2007.4.27 内容 判決

 4月27日金曜日午後2時前、大阪・裁判所庁舎10階にある高裁3号法廷では、司法記者専用席が12、設けられており、その近くに、事件関係者の人たちが着席していた。一般傍聴者も含めて、廷内には35人程の人がいたが、被告人は開始時刻近くになっても、入廷しなかった。

裁判長「それでは、開廷します。被告人は、本日、不出頭ということですね?」
検察官「そのように、拘置所からは報告を受けております」
裁判長「では、被告人に対する、住居侵入、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、強盗、窃盗、各被告事件の,控訴審の判決を言い渡します」

−主文−
 本件控訴を棄却する。

−理由−
 本件控訴の趣意は、弁護人が提出された控訴趣意書の通りですから、これを引用します。
 まず、最初に、控訴趣意中、事実誤認の主張についてであります。
 この論旨は要するに、被告人による「殺意」の発生時期に関しての原判決の認定等が誤りだ、というものです。
 しかしながら、記録を調査し、当審における事実調べを経た上で検討しても、原判決の事実認定には、誤りは認められません。
 即ち、原判決が、いわゆる岐阜事件について、被告人が当初から、未必的な殺意を持っていたと認定したこと、および、大阪事件における確定的殺意の認定は、いずれも正当でありますし、原判決が、「争点に対する判断」の2の1,2の2で述べるところも、亦、正当であります。
 所論は、岐阜事件について、被害者に対する制圧行為は、いわゆる格闘技のスリーパワーフォールと同旨であったと主張されますが、被告人が、原審公判における被告人質問において、「おそらく、思いきり、くびを絞めていると思います」と明言しておりますし、これは、捜査供述とも一致し、充分に信用できます。
 従って、岐阜事件における「殺意」の点に関する主張は、採用できません。次いで、大阪事件についての検討ですが、所論は、「ナイフによる刺突の際に、ことさら、その部位を狙っていたワケではない」などと主張されます。しかしながら、被告人は、被害者が声を出すと、いきなり、不法所持していた果物ナイフを振りかざして、被害者に切り付け、左腹部には、深さ11センチにも及ぶ創傷が形成されました。
 被告人は、人体の重要部分めがけて、手加減のない攻撃を加えているわけでして、捜査段階においても一貫して殺意を認めていたことに照らせば、被告人に確定的殺意が有ったことは、優に認められるところでして、結局、原判決に事実誤認は、認められません。
 次に、法令適用の誤り、の主張ですが、この論旨は要するに、「死刑制度は、日本国憲法13条に違反するから、死刑判決は許されない」というものです。
 しかしながら、死刑制度が憲法13条に違反しないことは、最高裁判所が累次の判例で指摘するとおりでして、当裁判所も、これを変更する必要を認めません。
 従って、結局、この論旨も、また、理由がない、ということになります。
 第3は、量刑不当の主張であります。論旨は要するに、「仮に第1の主張、第2の主張が認められないとしても、そもそも、被告人による本件犯行は、いわゆる死刑選択基準の
対象外であり、無期懲役が相当である」というのであります。そこで、裁判所は、検討しました。
 本件は、窃盗目的で不法侵入をした際、女性家人に発見されるや、未必的殺意をもって被害者を攻撃して死亡させ、金品を強取した、原判示第1の事件、さらに、同様の不法侵入の際に女性家人の首筋にナイフを突きつけて金品を要求したところ、被害者の抵抗を排除すべく、確定的殺意をもって被害者を殺害した、原判示第2の事件と、これら2件の強盗殺人時にナイフを不正に携帯したうえ(原判示第3)、さらに、新聞勧誘を装って他人の住居へ不法侵入して金品を強奪し(原判示第4)、そのうえ、さらに2件の不法侵入をし、その際に金品を窃取した(原判示第5、第6)というものです。これら一連の犯行における罪責が、極めて重大であることは、原判決も指摘する通りです。
 そこで、当裁判所としても、改めて、その罪責が特に重大である岐阜事件と大阪事件を中心に、検討します。
 まず、岐阜事件についてですが、被告人はこれ迄、7回の服役生活を送り、昭和五六年一月に仮出獄してからは、cと知り合い、以後、パチンコ店員などをしながら、cと共に
各地を転々とする日々を送っていましたが、平成13年に新聞拡張員となってからは、上司からの評判もよく、cと共に安定した日々を送っていました。
 しかし、被告人は平成16年頃から、いわゆるパチスロにのめりこむなどし、勤務先からの給料前借をするようになり、さらには、上司からは禁じられていた、取引先からの借金をするに至りました。さらに金策に窮した被告人は、思いつめて、本件犯行を惹起するに至りますが、借財をしてはパチスロに嵌るという悪循環に、被告人は自ら飛び込んだワケでして、cに対しても背信的な嘘を重ねているのでして、これら一連の借財は自業自得というほかなく、同情の余地など有りません。
 しかも、家人が留守か、どうかを一応確認したうえで、掃き出し窓から侵入するという手口は大胆、悪質、巧妙であります。被害者が叫び声を出すと、「静かにせい」等と言って、被告人は居直って強盗に転じ、被害者が逃げ出すや、未必の殺意の下、腕で頸部を圧迫して被害者を仮死状態に至らしめ、同女の生存を知るや、さらにくびを絞め続けて被害者を殺害したのであります。本件犯行に際して、被告人が被害者殺害を躊躇した様子は、証拠上、まったく伺えません。
 このような犯行は、執拗、卑劣、かつ冷酷と評価するほかありません。被害者自身の心身の苦痛はもちろん、遺族感情の厳しさは当然であります。
 そして本件はいわゆる凶悪重大事件として、社会的影響も大きい事案であります。
 次に大阪事件の検討ですが、被告人は本件犯行後、cと共に大阪へ逃走を図り、5月11日には逃走資金が底を尽き、cを漫画喫茶に残して、「なんとしてでも金員を調達しなく
てはならない」との思いから、被害者宅のあるマンションへ赴き、大阪事件を敢行しました。
 被告人は、内縁の妻だったcを流浪生活に巻き込み、岐阜事件からわずか2週間で本件犯行に至っていまして、このような犯行経過には、
 何ら、酌量の余地はありません。被害者の首筋にナイフを突きつけるという強盗計画も悪質でありますし、本件ナイフで確定的殺意の下、被害者を攻撃して殺害に至っており、本件犯行は、執拗、凄惨、冷酷といわねばなりません。
 被害者は、何ら落ち度のないまま、一方的に、突然、理不尽にも生命を奪われたのであり、犯罪結果じたいの重大性は勿論、遺族が被告人の極刑を望むのも当然であります。
 これらの事情を中心に考えるに、被告人の刑事責任は、誠に重大、と言わねばなりません。
 なおかつ、被告人においては、先に述べた服役前科を有しているほか、強盗や窃盗の犯行を次々と敢行している点も、見逃せません。
 ことに、八一歳の女性に対しての500円強奪事件は、大阪事件の翌日に敢行されており、被害者の対応如何では、さらに重大な結果を招来した可能性もありました。
 そこからは、2件の強盗殺人を犯したことに対する、真摯な反省というものを見出すことはできません。
 なお、被告人の為に斟酌すべき、以下のような事情があります。
 まず、各強盗殺人は、予め計画した上で冷徹に実行した犯罪ではないこと、次いで、強盗殺人における財産的被害は少ないこと、大阪事件の犯行直前には、マンション前で、犯行を逡巡した様子があること、昭和五六年以降、ギャンブルにのめりこむまで、23年間は、何ら、犯罪と無縁な生活をしていたこと、ことに新聞拡張員として就職してからは、cと平穏な日々を過ごし、上司との信頼関係も構築されていたこと、殺意の発生や程度などを除けば、本件犯行につき、被告人は反省を深めていること、原審および当審公判でも、被害者への謝罪の気持ちを表明していること、です。
 以上を前提に、最高裁判所の判例、および最近の死刑求刑事案の動向を踏まえて、さらに検討をします。
 岐阜・大阪事件は、2週間程度という短い期間内に、主婦2名に対しての強盗殺人を敢行したものであり、人の生命を一顧にしない凶悪犯罪であり、犯罪結果は重大であり、遺族へ与えた衝撃・悲しみも大きく、本件各犯行の、罪質、動機、態様、結果、遺族の被害感情、社会的影響などを考慮すれば、
 被告人の刑事責任は誠に重大であり、死刑の科刑をした原判決は、当裁判所としても、誠にやむを得ないところと考えるところであります。
 結局、論旨は、すべて、理由がありません。
 従って、本件控訴を棄却するということになります。

裁判長「では、これで言い渡しは終わります」

 この日も、陶山判事は、いつも通り、口語体で判決宣告をした。
 事件関係者の中には、判決理由の告知中、無人の被告人席を、じっと凝視する人もいた。閉廷後は、検察官や検察事務職員と、事件関係者の人は合流して、いろいろと話をしていた。

 なお、この事件の「判決宣告」には増田判事が関与されていたが、実際の評議や、控訴審第1回公判の右陪席が誰であったかは、この日の傍聴だけでは、ハッキリとはしなかった。

事件概要  大橋被告は、強盗目的で以下の事件を起こしたとされる。
1:2005年4月27日、岐阜県揖斐川町で、パート従業員を殺害。
2:2005年5月11日、大阪府大阪市旭区のマンションで、主婦を殺害。
報告者 AFUSAKAさん


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