裁判所・部 大阪高等裁判所・第五刑事部
事件番号 平成16年(う)第1845号
事件名 住居侵入、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、強盗殺人未遂、窃盗未遂、現住建造物等放火、建造物侵入、窃盗
被告名
担当判事 片岡博(裁判長)石川恭司(右陪席)浅見健次郎(左陪席)
日付 2006.3.9 内容 判決

 書記官が電話で「Aを上に上げてください」と言ったあと、A被告はいつものように口を歪めて、刑務官2名とともに入廷した。
 予定より15分遅れた控訴審判決の言い渡しとなった。

−主文−
 本件控訴を棄却する。

−理由−
 本件控訴趣意は検察官高田アキオ作成の控訴趣意書記載の通りであり、これに対する答弁は弁護人小林つとむ作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
 検察官の控訴趣意は本件犯行の重大性、計画性、冷酷残虐性、遺族の峻烈な処罰感情、社会的影響に照らすと死刑をもって臨むほかないのに、被告人を無期懲役に処した原判決はその評価を誤り、その量刑判断が不当であるという。
 ここで1審の判決文を引用した被告人の略歴や事件の概要が示される。(ちなみに鈴木詩織や鄭永善と同じ黒竜江省出身である)
 検察官に控訴趣意に対する検討として、一審が刑を軽くした所点を順次検討していく。
 検察官は「量刑において、死者が1名であることを殊更に強調するのは相当でない。特に強盗殺人未遂の被害者のbは回復できない痴呆症状が進んでいる。容態が好転して人間らしい最低限の生活を送っているという判断は被害の実情を把握していない。
 本件は法律上最も悪質な強盗殺人、同未遂の事案であり、強盗殺人未遂を量刑において埋没させるのは相当でなく、むしろ犯罪傾向の発露と言うべきで、2件の強盗殺人に匹敵する評価をすべきだ」と述べている。
 死刑制度を存置する現行法制の下では、犯罪の罪質、動機、態様殊に殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択をするほかないものといわなければならない。なかでも死刑選択の当否を検討するに当たっては、結果の重大性、殊に殺害された被害者の数を考察すべきである。
 原審でも死刑の当否はちゃんと検討していて、原判決に誤りはない。
 検察官は原判決は「bのことを身体的及び精神的な症状が好転し、人間らしい生活の一端を取り戻しつつあると認められる」などと言っているが、外傷に基づく痴呆の場合、そうでない痴呆に比べて回復が見込めないと主Aしている。
 原判決には確かにbの症状を表面的に評価し過ぎた嫌いがあるものの、概ね正当でこれを2件の殺人と評価することは、bの生命の尊厳を犯しかねない。
 また「計画性のみならず犯行態様を見るべきで、その残虐性に照らすと計画性がないことを否定しても余りある」という主Aも、あくまで犯行計画は不確実性なものに留まるので採用できない。
 検察官は「被告人の犯罪傾向が相当に深化しているとか固着化しているとまではいえない」とした原判決の指摘に対し、単身で外国に留学するようなことを未熟とは評価できず、被告人は本質的に通常人とは異なる発想や行動を取っている。またさらに同様の犯行を繰り返す恐れも高く、犯罪傾向は深化・固着化していると言うべきだと反論しているが、判決はそれも退けた。
 被告人は希望をもって本邦に来たのであり、その点で不法目的とは異なっている。
 また逮捕されるとすぐに自供していて、虚偽の事柄を述べて自己の刑事責任を軽減させようとはしていない。それに罪を認めたら極刑も予想できたはずだ。これらを見ると被告人の犯罪傾向が更生不可能な状態まで固着されているとは言えない。
 犯行当時は未だ23歳の若年で、人格的に未熟な側面があり、日本や本国で前科前歴があるわけでもない。矯正教育の場に初めて置かれて、被告人が更生していくことは否定できない。
 学費納入に困ったというのは、全くの遊興費が目的なのとは異なる。
 検察官は、親類の援助もあったのに窃盗を繰り返したのは法秩序無視も甚だしいと言うが、情状の面で差異があることは否定できない。思慮分別が浅薄だったとは非難されるべきである。
1.詐欺等の前科1犯を有する犯人が共犯者とともに、保険金目的で同人の妻を轢殺した事案(秋山兄弟事件)
2.小倉北区病院院長バラバラ殺人事件では被告人に有利な事情があるのも認められるのに、死亡者が1名で死刑が選択されている。
 上記の事案を見ても、本件は死刑を選択すべきだと検察官は述べている。だがそれは極めて周到だったり、2000万円もの金を要求したりいずれも本件より犯情が悪質だ。所論の指摘だが、本件が明らかに均衡を失しているとは認めがたい。
 aに対する強盗殺人では右足で蹴りつけ、玄関ドアにその身体を激しく打ち付けさせた後、腹部に隠し持っていた大包丁を取り出して大きく振り上げ、同女の頭部等を目掛けて何度も振り下ろして切り付け、更に、大包丁では大き過ぎて使いづらいことから、その場に投げ捨て、同女を確実に殺害すべく、小包丁で同女の腹部、胸部等を、多数回にわたり、その刃先が折れ曲がるまで突き刺したりし、その結果、同女をその場で失血死するに至らしめた。傷は全身に100箇所にもわたり、遺体から臓器がはみ出る有様だった。
 aの事件では火山岩で同女の頭部を思い切り殴打し、同女をその場に転倒させたものの、同女がすぐに起き上がろうとしたため、同女をそのままにしておくと警察に通報されて現金を奪うことができなくなると思い、火山岩で再び同女の頭部を多数回殴打して失神させた。その後同室内に置いてあった重さ約3.32キログラムの陶器製睡蓮鉢を両手につかんで持ち上げ、倒れている同女の頭部に思い切り投げ落とし、続けて、その睡蓮鉢を同女の頭部目掛けて数回強く打ち付け、同女が全身を激しく痙攣させて動けなくなったのを確認した。このように身勝手な動機で執拗な犯行を行い、反社会的人格は顕著だ。
 放火の件もひとつ間違えば、近隣に延焼したかもしれないのであり、この事案の刑事責任も重大である。
 他の窃盗も常習的な犯行だった。
 その他の事件では成り行き次第では強盗殺人に発展したかもしれない。
 以上の強盗殺人、同未遂、現住建造物放火は住宅街で連続して起こされたものであり、これらが被害対象を選ばないで行われたこともあり、社会的影響は大きい。全ての事件で損害賠償はなされていないし、今後もその見込みはない。
 重度の痴呆症状を負ったbの家族の精神的負担は大きく、老人ホームに月々15万円の支払いを必要としている。
 被告人が出した謝罪の手紙もその文面の稚拙さから、遺族感情を逆撫でし、宥恕とは程遠いものになっている。
 連続して窃盗を重ね、被害者1名を殺害し、被害者1名に瀕死を負わせた、このような被告人の罪質や結果の重大さを併せ考えると、被告人には死刑をもって臨むことも考慮する余地がある。
 しかしながら被告人は短大に必要な学費を迫られ、犯罪傾向が急激に深化していったもので、まだ若年で本邦における前歴もなく、犯罪傾向が固着化しているとまでは言えない。
 被告人は自らの犯行を臆することなく供述して内省を深めている。
 今後初めて受ける矯正教育の効果も見込まれる。
 量刑も類似事案と均衡を失するほどではない。
 以上のことから極刑がやむをえないとまでは言えず、これが軽くて不当とまでは言えない。論理は理由がない。刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用は同法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
 ここで通訳が一気に入ったが、日本語が堪能な被告人は判決の内容が分かっているような感じだった。

(参照)一審判決

事件概要  A被告は強盗目的で以下の犯罪を犯したとされる。
1:2003年1月15日、京都府京都市伏見区でアルバイトの女性を殺害。
2:同日同区で老女に重傷を負わせた。
報告者 insectさん


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