裁判所・部 大阪地方裁判所・第三刑事部(単独三係)
事件番号 平成18年(わ)第5624号
事件名 強制わいせつ
被告名
担当判事 幅田勝行(裁判官)
その他 書記官:東
弁護人:井原、入倉、向井、深川
日付 2007.4.26 内容 判決

 4月26日木曜日、午前11時半。大阪.裁判所合同庁舎6階の二号小法廷では、司法記者数名を含めて、傍聴人が20名ほど、集まっていた。
 既に、松山地方裁判所部総括に転出済の村越一浩判事に代わり、幅田勝行判事が、口を開いた。

幅田裁判官「それでは、時間になりましたので始めますが、まず、被告人、正面に立って下さい。氏名などを確認しますが、 名前を言って下さい」
A被告「Aです」
幅田裁判官「この事件を担当していた裁判官が、4月に転勤になりました。その裁判官が書かれた判決文を、私が代読します」

−理由−
○第一.補足説明の概要
 即ち、本件は、通勤電車内でのチカン強制わいせつ事件における、被告人の犯人性が主な争点であり、予備の争点としては、事件性の点が 挙げられる。

○第二.証拠上、明らかな事実
 そこで当裁判所における事実調べによって、証拠上認められる事実は、以下の通りである。
 括弧1として、争いのない、被告人の行動
(1)被告人は会社員であり、西日本旅客鉄道株式会社、東海道本線(通称、ジェイアール京都線)等を利用して通勤をしている。
(2)普段、被告人は、途中駅で各駅停車から、快速電車に乗り換えて、JR大阪駅まで移動している。
(3)しかしながら、本件当日は、快速電車に遅れが発生したため、そのまま、各停電車に、継続乗車していた。括弧2として、目撃者と本件被害者らの、争いのない言動等についてであるが
(1)本件各停電車には、目撃男性と、被害者が、それぞれ、別駅から、乗車した。
(2)本件電車は、午前7時51分、JR東淀川駅を出発し、7時53分に新大阪駅に到着した後、7時57分に大阪駅に到着した。
(3)被害者は、電車内で、(2)の区間で、目撃者に対して「この人、チカンなんです」と小声で呼びかけて、被告人を指差した。
(4)そして、両名は、JR大阪駅のホーム上で被告人を追尾し、被害者が被告人の腕をつかみ(これは、刑事訴訟法213条にいう、私人による現行犯逮捕)、被告人は大阪駅交番を経て、大阪府警曽根崎警察署へ引致された。
(5)被告人は、Y1巡査部長作成の弁解録取書においては否認をしたが、午前9時55分から11時にかけて実施された、Y2刑事立会いの下でのY3巡査部長の取調べでは、本件犯行を認め、乙2号の自白調書が作成され、その後、Y2刑事により、乙1号証が作成された。

○第三.被害状況と、事件性
 括弧1として、被害者供述の概要であるが、被害者は、第二回公判において、本件につき、凡そ、以下のように述べる。
「わたしは事件当時、夏の暑い盛りということもあって、ズボンにはベルトはしていなかった。だから、私のズボンとベルトの間には、こぶし1つ位の入る余裕は有ったと思う。電車内は確かに混雑をしていたが、事件当時、私がドアに張り付くくらいのひどい混雑では、なかった」(第二回公判の証人尋問調書より要約)
 そして、被害状況をのべた後、被害者は同様に、
「電車が新大阪に到着したら、また、犯人は、左手を私のズボン内に入れてきた。怖かったので、隣にいた男性に助けを求めた」(先程同様の要約)
と述べる。
 括弧2として、これについての評価であるが、これら供述には不自然な点はなく、弁護人による反対尋問によっても、被害状況の核心部分については一貫した供述をしていることが認められ、被害者が、当時、通勤途上だった点に照らすと、およそ、有りもしないチカン被害をデッチ上げるような状況にあったとは考えがたく、同女は、何者かによって、本件強制わいせつ被害に遭遇したことが認められる。

○第四.犯人の特定
 括弧1として、被害者供述中、犯人の特定に関する部分であるが、その供述概要は、「犯人は、犯行当時、左手で、私に身体接触してきた。その顔を見て、被告人が犯人であると確認をした」というものであるが、  括弧2としてこれを評価するに、これらは、先に触れた被害状況に関する部分も含めて、いずれも迫真性があり、その核心部分については、反対尋問にも耐えて一貫しているのであり、班員識別供述として、高度の信用性を有しているというほか、ない。
 なお、所論は、括弧3として、以下のように主張する。すなわち、所論はまず、
(ア)として、「被害者供述を仔細に検討しても、被告人の手で接触がされたことを示す特徴が出てこない」とし、
次いで(イ)として、「犯人の左手の位置によっては、被害者が、自己の被害部位を確認するのは困難である」とし、
さらに(ウ)として、「犯人の左手に関する、被害者の視認状況は、捜査段階と公判段階では齟齬があり、供述変遷が見られる」というのである。
 しかしながら、(ア)については、充分に具体的な公判供述が為されており、(イ)については、単なる可能性を摘示するに過ぎず、(ウ)については、些細な表現上の相違に過ぎないから、これら(ア)乃至(ウ)の所論は、いずれも理由がない。
 なお、弁護人は、いわゆる真犯人の存在可能性につき、縷々、主張する。
 しかしながら、被害者の述べる被害状況からして、被告人と真犯人を取り違えるとは、凡そ、考えられないから、この所論も、亦、採用の限りではない。
 括弧4として、いわゆる検甲15号証についての論点であるが、検察官証拠請求番号甲15号証(大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所Y4研究員、作成)の微物検査鑑定書によれば、逮捕直後に実施された微物検査により、被告人の左手から、被害者の穿いていた黒色ズボンと同種の黒色木綿の繊維分が検出された。これについて、当裁判所は、被害者供述を補強する証拠として評価するものである。
 ところで所論は、
「被告人の左手から、キャミソールやパンティーから反応がなかったのは、被告人の無実を証明する事情だ」
とするのであるが、Y4の公判供述によれば、
「下着類は、もともと、繊維が人体皮膚に付着しにくく、微物反応が出ないことは、多々、有る」(平成19年3月1日、第五回公判の証人尋問調書を要約)
というのであるから、被告人の犯人性と矛盾するものではなく、所論は採用の限りではない。
 さらにこの点に関連して所論は、
「既に証拠採用済の弁9号証によれば、内分泌液が、被告人の手指には付着していなかったことが証明されたから、被告人のえん罪は明らかである」
などというのである。
 しかしながら、被害者の公判供述によっても、女性器内部に、犯人の指が挿入されなかったと認められるし、性器への接触が短時間だったことに照らし(いずれも、第二回公判の速記録を参照)、弁9号によって明らかになった事実は、被告人の犯人性と矛盾するものではない。
 括弧5としては、いわゆる犯行不可能性についてであるが、所論は「被告人が、被害者に対して、本件犯行を実行するのは、身体の位置、体勢などに照らして不可能であり、他に真犯人がいることが明らかである」等というのである。
 しかしながら、先に触れたように、被害者は、「事件当時、わたしはカバンを持って乗車していたので、カバンのせいで、自分の身体がドアに張り付くようなことは、なかった」と明確に公判供述している(第二回公判の速記録を参照)のであって、所論は、その前提を誤っているというほかなく、理由がない。

○第五.自白調書について
 まず、括弧1として捜査官の供述概要であるが、取調官2名はいずれも、当公判において、「被告人は逮捕当初は否認していたが、Y3巡査部長が、微物検査が実施中であることや、被告人の電車内での姿勢に関する説明が不自然であることを追求すると、短時間で、乙1、乙2の通り、自白した」と述べる。
 括弧2として、被告人の公判供述を検討するが、その概要は、
「自分自身、逮捕されたという感覚はなく、任意同行の延長に過ぎないと認識していた」
「自分は、当時、重要な仕事を抱えており、遅刻が心配で、ついつい、時間に迫られて、ウソの自白をした」
というのである。
 そこで、括弧3として、検討を加えるが、被告人のこのような供述は、およそ信用しがたい。けだし、逮捕に伴い、所持品等の領置手続きや、身体検査などを受けている筈であるのに、自己が逮捕されたことを認識できなかったというのはあまりにも不自然である。(従って、当裁判所は、すでに第7回公判において採用済の自白調書については、刑事訴訟規則207条にいうところの証拠排除決定は必要がないと考え、これは行わない)
 よって、乙1、乙2の各自白の任意性は充分であり、その内容についても、動機を率直に述べ、その流れも自然であり、微物検査結果とも矛盾せず、被害者公判供述とも一致し、信用性が高いと認められる。
 ところで、括弧4として、所論について検討するが、まず所論は、
「これら乙1、乙2の調書には、被告人がかつて暴走族活動をしていたという記載があり、これはまったく、客観的事実に反するウソであるから、明らかに捜査官の作文である」
等というのである。
 しかしながら、被告人がかつて暴走族活動をしていたか、否か、というのは、本件公訴事実との関係では、些細な出来事に過ぎず、かえって、借金の存在や、自宅に保管していたわいせつなアダルトビデオ類、等の調書記載などについては、それぞれ、客観的証拠により裏付けられているのであり、所論が指摘するような事情は、自白の信用性を減殺する事情とは、到底、言えない。所論は、理由がない。

○第六.被告人の弁解について
 なお、被告人の弁解は、概ね、先に述べた通りであるが、嘘の自白をした理由についての当公判供述は、到底、他人を納得させるものではないし、なお且つ、被告人の弁解は、高度の信用性を有する被害者供述と矛盾しており、採用の限りではない。

○第七.その余の事実について
 なお、所論が述べるその余の事情を検討しても、被告人の犯人性に疑問を差し挟む余地はない。

○第八.事実認定の結語
 結局、被害者供述に高度の信用性が認められ、自白調書も信用できることに照らし、被告人が、後記、犯罪事実欄記載の行為の犯人と認められる。

−犯罪事実−
 被告人は、平成18年9月7日、午前7時51分乃至57分の間、大阪市淀川区宮原西の西日本旅客鉄道株式会社東淀川駅から、同市北区梅田3丁目所在のJR大阪駅を走行中の東海道本線普通電車内において、自らの右横に位置していた被害者(当時20代前半、女性)に対して、自己の左手を、同女のズボンに差込み、もって、同女の陰部を陵辱して、強いてわいせつな行為に及んだ、ものである。

−法令の適用−
・犯罪行為……刑法176条前段
・その他……刑法25条1項、刑事訴訟法181条1項本文

−量刑の事情−
 本件は、通勤電車内における、ちかん強制わいせつの事案であるが、本件犯行の罪質、態様、結果、動機などについてみるに、女性の人格を無視して為された卑劣、かつ悪質な行為と評するほかなく、被害者が当公判において、被告人を刑務所に収容してほしいと述べるところも充分に理解可能である。しかも被告人にあっては、本件を全面的に否認しており、まったく反省の気配はなく、あまつさえ、終始、不合理な弁解に終始しているのであるから、その刑責を決して軽く見ることはできない。
 しかしながら、
(1)本件犯行時間は短いものであり
(2)犯行態様も、きわめて執拗と迄はいえず
(3)つまる処、犯罪結果の重大性という面では、典型的な強制わいせつの事案とは、大きな差異があるのは否めず
(4)これまで一切、前科前歴がなく
(5)大手電機メーカー従業員として勤務しつづけ、なお且つ、扶養家族が存在すること
等の酌むべき事情も認められ、被告人を直ちに実刑に処すには躊躇を感じるところである。
 そこで今回は、社会内更正の機会を与えるべく、主文の通り、判決する。

−主文−
 被告人を懲役二年六月に処す。この裁判が確定した日から5年間、その刑の執行を猶予する。訴訟費用は、すべて、被告人の負担とする。

 この後、上訴権が告知されたが、被告人は速やかに、控訴の申し立てをしたようだった。

事件概要  A被告は2006年9月7日朝、JR京都線の通勤電車(東淀川駅−大阪駅)でチカン行為をしたという嫌疑で逮捕、起訴され、公判中に保釈された。
報告者 AFUSAKAさん


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