裁判所・部 大阪地方裁判所・第十一刑事部
事件番号 平成17年(わ)第1795号
事件名 殺人、殺人未遂
被告名
担当判事 西田眞基(裁判長)
日付 2005.10.12 内容 証人尋問

 10月12日午後1時30分から、殺人、殺人未遂の罪に問われたA被告の公判(被告人質問)が大阪地裁(西田眞基裁判長)であった。
 A被告は上下が黒の服で、肌が黒く、髭も濃い男でアラブ人のような容貌だった。
 異常な内容だったが、A被告は頭の回転が速いのか、はっきり応答していた。
 返事は「ハァイ」と疲れたような声を発し、自分を指すときは「オレ」と言う。

 弁護人の質問の次に、検察官の質問。

検察官「今まで育ってきた環境についてだけど、中学校であなたに対するいじめはあったのですか」
被告人「ありません」
検察官「学校に行くのが面倒だったのは間違いないのですね」
被告人「はい」
検察官「いやがらせはあったのですか」
被告人「ないです」
検察官「靴を取られて、投げられたことはあったのですか」
被告人「ありました」
検察官「嫌だとか辛いとか言わなかったのですか」
被告人「はい」
検察官「中学校に行かない理由の調書を取られたのは、覚えていますか」
被告人「覚えていません」
検察官「確認はしているのでしょう。おまわりさんにそんなことされた覚えはないのですか」
被告人「はい」
検察官「ではどうして学校に行かなくなったのですか」
被告人「いじめですが、そういう風に書いてあるのならあったと思います。嫌がらせやいじめも理由のうちですが、今から考えると面倒くさいという理由のほうが強いです」
検察官「事件から丸1年の間に評価は変わっていますか」
被告人「少し変わったと思います」
検察官「あなたにとって家族とは面倒くさいと感じていたのですか」
被告人「その気持ちは変化しています。後ろめたい気持ちはなくなり、大事に思うようになりました」
検察官「仕事を始めてから、具体的にどう大事に思うようになったのですか」
被告人「離れ離れになって寂しい気持ちがしました。母や妹と一緒にいたい、役に立ちたいと考えるようになりました」
検察官「どういう寂しいですか」
被告人「一人ぼっちで寂しいということです。暖かく、幸せになるので家族と一緒に暮らしたほうがいいと思いました」
検察官「産経新聞配達の準社員になったのはいつですか」
被告人「5月からです」
検察官「準社員になった動機は何ですか」
被告人「車が欲しい」
検察官「準社員になるのに、面接とか試験はあったのですか」
被告人「いえ、希望したらなれました」
検察官「何で車が欲しいと思ったのですか」
被告人「俺は漫画『イニシャルE(イニシャルD?)』でスプリンターUが活躍している話が気に入りました」
検察官「その『イニシャルE』はいつごろから読み始めたのですか」
被告人「平成16年の3月ごろです」
検察官「準社員になってから幻聴が聞こえ出したということだけども、それはいつからですか」
被告人「それが5月ごろです」
検察官「それ以前にも幻聴が聞こえることはあったのですか」
被告人「はい。16年の2月ごろに。5月以前にも3月とかにありました」
検察官「その幻聴はどういう内容だったのですか」
被告人「幻聴というか、馬鹿にされた声でした。幻聴もそれまでの人の声と違い、人がいた時に『バカ!』、一人でいる最中にも『バカ!』という内容でした」
検察官「人がいた時に『バカ!』とか聞こえてきて、トラブルにならなかったのですか」
被告人「それはなかったです」
検察官「その時に何やねんと言い返さなかったのはなぜですか」
被告人「私が臆病で引っ込み思案の性格だったからです」
検察官「5月のとき、声の種類はどのくらいなのか」
被告人「1つです」
検察官「9月におじいさんが亡くなって、11月に事件を起こすのですが、その時まで幻聴は増えているのですか」
被告人「はい」
検察官「11月3日は同じ声だったのですか」
被告人「はい」
検察官「どんな声だったのですか」
被告人「男とも女とも似つかないような声で、説明できません」
検察官「11月5日までの声は毎日聞こえていたのですか」
被告人「はい」
検察官「その5日までの声は聞いていて鬱陶しくなかったのですか」
被告人「さほど気にならなかった」
検察官「その声の内容は」
被告人「その声は『バカ!』と『アホちゃう』の2種類でした」
検察官「8月ころ、家の外に向かって大声を上げていたのを覚えていますか」
被告人「はい。記憶も十分あります」
検察官「どういう状況で声を発したのか」
被告人「窓の外から人の声がしてむかついた。ドアとか扉を開けて、大声で『バカ!』と言い返した」
検察官「そのとき家族はいたのですか」
被告人「そのときに妹はいたが、母がいたかどうかは覚えていない」
検察官「11月5日以前に、母から病院に行ったほうがいいと言われていますね」
被告人「はい。9月1日に言われています。俺は『それは俺がおかしいんじゃない、他にバカ!と言ってくるやつがいるからだ。そいつが病院に行ったらいい』と言いました」
検察官「あなたはその時幻聴とは思っていなかったのですか」
被告人「はい。誰かが話していると思いました」
検察官「それは16年の5月ころでしたが、あとになって幻聴と捉えたのであって、その時はそう思っていない。幻聴だと思ったきっかけは何ですか」
被告人「きっかけは11月5日で、その日聞こえたのは馬鹿にするだけでなく、命令をしてきました。門真の免許センターに行く途中の出来事でした。以前の声とは声色から全然違いました」
検察官「それが『テレパシーだよーん』という女の人を高くしたような声だったのですね。指示とか命令は具体的にあったのですか」
被告人「一日に2回ぐらい指示があった」
検察官「どういう時に指示があったのですか」
被告人「寝ている間以外、ずっと聞こえました」
検察官「具体的にどういう内容ですか」
被告人「新聞を配達した時、バイクを運転するのですが、『前方を注意しろ』とか、バイクで歩道に乗り上げることがあるのですが、『乗ったらあかんぞ』とか、新聞チラシを折り込む最中に『もっと気を利かせろ』とかありました。『テレパシーだよーん』という女の人のような声とはまた違いました」
検察官「11月5日までの『アホちゃう』という声は?」
被告人「聞こえなくなりました」
検察官「お母さんとか妹と集まったときの、じったんの声は11月5日には聞こえたのか」
被告人「覚えていない」
検察官「お母さんに対してテレパシーが聞こえるんだという話はしたことがあるのか」
被告人「あります。それが明確に文章になって聞こえるようになったので、おかしいと感じました」
検察官「文章になったことをテレパシーになったと言っているのか」
被告人「はい」
検察官「じったんの声は9月に親戚が集まったときに聞こえたということだけども、そのじったんの声は3つ目の声になるのか」
被告人「いえ、他にもありました」
検察官「その内容は」
被告人「他は、俺は馬鹿なことをやっていましたから、『地獄に落ちるぞ』とかそういう内容」
検察官「具体的には」
被告人「何人もの声で、『大勢の人が地獄に落ちるぞ』とか」
検察官「何で大勢の人が地獄に落ちるのですか」
被告人「俺の妄想が酷くて、ゲームばかりやっているから」
検察官「妄想とはどういうことですか」
被告人「妄想とは女の子を犯したい、エッチのことばかりでした。『お前が妄想で考えていることは分かるから、真面目にやれ』と言われました」
検察官「エッチのことは母と妹に話したことはあるのか」
被告人「話したことはない」
検察官「その後じったんの声が聞こえてくるんだけど、それは亡くなったおじいさんと同じ声だったのか」
被告人「はい」
検察官「みなちゃんはどういう脈絡で登場するのですか」
被告人「みなちゃんは俺の妄想の女性でおじいさんと一緒にいて、おじいさんは『一緒に天国に行ける』と言ってくれました」
検察官「みなちゃんとおじいさんは知り合いだったの?」
被告人「話をしたことはないけど、分かっている」
検察官「みなちゃんという名前を付けたのはいつですか」
被告人「覚えていないが、去年の春くらいからです」
検察官「みなちゃんはどういう空想の存在だったのですか」
被告人「みなちゃんは俺の理想の女性でした」
検察官「みなちゃんとエッチな関係はあったのですか」
被告人「あります」
検察官「その時はじったんの声は聞こえましたか」
被告人「俺の親戚に来てもらって以来、聞こえなくなりました」
検察官「その後聞こえた『地獄に落ちるぞ』というのは、どんな内容だったのですか」
被告人「車を売れ、ゲームをやめろ、仕事をやめろ、と具体的に命令してきた」
検察官「何で地獄に落ちるのか」
被告人「俺の妄想が酷いから」
検察官「その次に幻聴は聞こえたのですか」
被告人「はい。地獄に落ちるというのは止んで、何人もの男女の声が入り混じっている声で、『仕事をやめれば?』というどちらかといえば穏やかな声が聞こえました。芝居がかっていないが、心がビクビクしました」
検察官「何で心がビクビクしたのですか」
被告人「悪霊が強い意志を持って俺を苦しめていると感じました」
裁判長「当時思っていたことと、今思っていることを区別して、検察も聞いてください」
検察官「言うことを聞かないと、どうなるか分からないという恐怖感があったのですか」
被告人「はい」
検察官「あなたにとって悪魔という独立したイメージがあるわけではなく、じったんが出てきたから霊、内容が悪いから悪魔である、そういう説明ですね」
被告人「はい」
検察官「あなたは幽霊とか霊の存在は信じていたのか」
被告人「はい、守護霊とか信じていました。2,3年前に中古屋で本を買った」
検察官「その本をよく読んでいたのか」
被告人「いえ、出来事を1回読んでいただけです」
検察官「11月以前、あなたは霊をどういうものだと思っていたのか」
被告人「目に見えない、いろんなとこにいる、人を守っている、悪人を懲らしめる、などです」
検察官「あなたにとって守護霊とは」
被告人「俺には守護霊が34人いて、妄想が酷いから守ってくれている」
検察官「まとめると、『バカ!』『アホ』→『テレパシーだよーん』→『地獄に落ちるぞ』→じったんの声→『車を売れ』という幻聴なんだけど、この『バカ』とか『アホ』という話は聞こえなくなったのか」
被告人「聞こえなくなったのではなく、だんだんと減っていった」
検察官「では『アホ』『バカ』はたまに聞こえるのか」
被告人「入り混じったように聞こえていた」
検察官「Nクリニックの先生にそのことを話しましたか」
被告人「いいえ、だけどいちいち命令してくる奴がいると話した」
検察官「最後の診察は11月15日だけど、なんでもうクリニックに行かないと思ったのですか」
被告人「霊に目覚めました。直しようがないと思った。どうなっているのか知りたかったが、声に従うしかないと思った」
検察官「言っていることに従わないと、どうなると思いましたか」
被告人「どうなるか分からないので不安になりました」
検察官「誰かに、霊のこととか従わないとどうなるか話をしましたか」
被告人「いいえ、俺が自分のなかで解決しようと思いました。自分で何とか振り払おうと病院や神社に行きました」
検察官「神社とは」
被告人「弁天様の神社のことです」
検察官「霊のしわざだと分かるようになって、うんざりではなく、怖い気持ちになったのですか」
被告人「はい」
検察官「17日の晩に、幽霊が俺に射精させるように仕向けたのだと拘置所で分かったとあるが、当時なぜ『こいつらが俺に射精させたんだ』と思うようになったのですか」
被告人「どういう会話だったか具体的に覚えていないが、ひたすら俺をからかったり命令してきた」
検察官「他に幽霊はどんなことを命令してきたのか」
被告人「事件当日には『家族を殺せ』とか俺に悪いことをさせようとしていた。『そいつら(家族)を使って、お前を呪い殺してやる』とも言ってきた。一人の、そして男の声で普通の大きさだった。俺に射精や金縛りをしてきた」
検察官「あなたは我慢してこれらを無視してきたわけか」
被告人「はい」
検察官「特に怖がることはないとは思わなかった?」
被告人「とにかく家族だけでも助けたいと思いました。罰がなくて安心ということは考えませんでした。何もしていないのに射精したり、胸が叩きつけられるような痛みを感じました」
検察官「その霊に対してあなたは何か反抗したのか」
被告人「弁天様にお参りに行ったとき、それが聞こえてきたので、俺が『ふざけるな!』と言い返しました。そして車に戻ったとき、ズドンと胸のあたりに引きちぎられるような衝撃を受けました。その後新聞社の事務所で仮眠を取りました」
検察官「なぜ霊はあなたに『5人くらい殺せ』と命令してきたのか」
被告人「当時のことは分からないが、いきなり言われた。ゴレンジャーのようなヒーローをイメージした」
検察官「あなたはヒーロー番組をよく見ていたのですか」
被告人「理由は分からないけど、ふと思いつきました」
検察官「なぜ命令を疑わなかったのか」
被告人「声が聞こえても抵抗しようとしたが、『やらないと俺が殺されてしまう』と思いました」
検察官「もし5人殺したら死刑になるとか、タダでは済まないとか考えなかったのか」
被告人「はい。5人殺さなかったら、お前を解剖して殺すと言われました」
検察官「『安田主任を殺せ』と命令されたのはいつか」
被告人「2人目のXさんを跳ねたときです」
検察官「自殺しろとの命令もあったのか」
被告人「5人跳ねたあと、これだけ殺したら、自分の命がどうこうとは考えませんでした」
検察官「その後、『裸になれ!』と命令されたのですか」
被告人「安田主任を殺そうとしましたが、アクセルを踏んで電柱に突っ込みました」
検察官「Nクリニックでもらった薬はいつ飲んだのですか」
被告人「覚えていません」
検察官「薬を飲むようになったのはいつですか」
被告人「11月19日から2,3回飲みました。刑事も精神科医に通っているという言葉に反応していた」
検察官「刑事に何でこんなことしたんやと言われて、どう言ったのですか」
被告人「人を殺せと言われましたと答えた」
検察官「検察庁でも悪魔の命令でやらされたと言ったのか」
被告人「担当した検事が怖かったので、過失でうっかり5人を跳ねたと嘘をついた。その検事の態度や口調があまりに怖かったのです」
検察官「あなたの母や妹にはなんて言ったのか」
被告人「俺は一人で死ねなかったと言いました」
検察官「あなたはKというオマワリさんに『嘘ちゃうんか』と言われているけど、それはどういうきっかけで?」
被告人「あまり覚えていないが、『悪魔の命令は納得できない』その他にも『絶対に嘘や』と言われた。俺もこれじゃあ誰も納得しないので、自殺の道連れと言えば納得するとふと浮かびました。『被害者のことを考えろ』と言われ、自殺の道連れということにすると、被害者の方にも嘘を言ってないと信じてもらえるし、少しは納得してもらえるのではないか」

 終了予定時刻をオーバーしていて、検察官は質問を続行しようとしたが、弁護人が「別件が入っているので」と制止した。
 閉廷後、弁護人と一緒に、被告人の関係者らしき若い女性が遠ざかっていくのを見つめながら、杖をついた遺族らしきお婆さんが目を真っ赤にしながら「くやしいねー」「腹立つねー」と憤っていた。

報告者 insectさん


戻る
inserted by FC2 system