裁判所・部 大阪地方裁判所・第二刑事部
事件番号
事件名 強盗殺人、住居侵入、強盗強姦未遂、常習累犯窃盗
被告名
担当判事 川合昌幸(裁判長)
日付 2005.2.15 内容 初公判

 被告は華奢な白髪頭の男だった。

 開廷されると人定質問があり、本籍地や生年月日(昭和26年7月7日)や職業(無職)について被告が答えた。
 検察は、公訴事実を以下のように示した。
 被告は、窃盗の罪で神戸地方裁判所で懲役3年4月、大阪地方裁判所で懲役4年に処せられ、その服役後の平成16年12月24日、阿倍野のマンションにおいて、被害女性(23)方に無施錠の玄関から侵入し、就寝した女性を認めるや劣情を催し、台所にあった包丁を取り出しそれを眉間に突きつけて大声で『静かにしろ!』と叫んだが、女性が抵抗したので左胸部から心臓へと包丁で突き刺した。その結果女性を心臓刺創によって死亡させた。
 その後、パンツを剥ぎ取ったが、自己の陰茎が勃起しなかったため、姦淫の目的を遂げなかった。
 また窃盗目的で、別の無施錠のI方のマンションに侵入したが、Iに見つかって現行犯逮捕された。

 罰状として130条前段、240条後段、241条前段が列挙された。

 その後、裁判長が黙秘権を被告に説明した。
 被告は『間違いありません』と起訴事実を認め、意見を求められた弁護側も『被告の言う通り』と公訴事実は争わないことを示した。

 次いで検察の冒頭陳述が始まる。
 検察が証拠請求によって証明する事実は以下の通りである。
 被告の生後、母が家を出て行き父親は事実婚状態だった女性と再婚した。
 その後、被告は施設に入ったが、義母の財布や友達の財布を度々盗むようになった。盗んだ下着の量もダンボール一つ分に及んだ。
 覗きを見咎められた看護婦をナイフで刺し初等少年院に送致された。
 父親が死去すると、叔父を頼りに鉄工所で働くようになる。
 義母から財布を盗んで家出を繰り返し、不良仲間と付き合うようになる。
 薬指を切断する事故を起こし、ますます働かなくなるようになり、刑務所を出たり入ったりを繰り返すようになる。そのため計27年の拘禁生活に及ぶことになる。
 昭和49年に結婚し子どもを設けたが(その後死亡)、同僚や友人の財布を度々盗み、愛想を尽かして逃げた妻を追って沖縄に行き、その後自首すると被告は言ったが、別の女性と逃げ出してしまった。
 被告は前科12犯を有し、11犯は窃盗で、残り1件は風呂を覗いて家人に見つかった際に噛み付いて罰金刑に処せられたものである。
 被害者(実名は出さなかった)は昭和56年に5人兄弟の次女として生まれ、公立高校卒業後専門学校に行き近畿大学附属病院に勤めるようになる。勤務態度は真面目で事件当時1人で生活していた。

 各犯行に至る経緯
 神戸刑務所を出所後、収監中の作業代17万4000円で衣服を買ったり、サウナに行ったりしていた。大阪市内をブラブラするうちに盗みをしようと歩き回るが、思うように成果は上がらなかった。所持金が4万円になり、地下鉄に乗って盗みに入れそうなマンションはないか散策した。
 やがて阿倍野の被害者宅マンションに辿りつくと『洒落た明るいマンションだから金もある』と考えた。4階まで上って、施錠の有無を確認しながら降りていき、2室施錠のかかっていない部屋を確認した。そのうち1つは人がいるのを認めたため、残る1室の被害者宅に向かった。警官から職務質問を受けないようにと手袋は持っていかなかった。土足のまま上がりこみ就寝している被害者を認めたが、その近くの手提げカバンに財布を発見した。同時にキャミソール姿の被害者に劣情を催し、抵抗を防ぐ脅しに最適だと台所から包丁を持ち出し、利き手の左手に据えた。
 被害者が目を覚ますと馬乗りになり『静かにしろ!』と声を荒げた。被害者は両手で被告の手を振り払ったが、さらに被害者の口を塞ぐと包丁を首に押し付けた。抵抗していた被害者が抵抗を一旦止めた。そこで姦淫しようとしたが、なおも抵抗されたので『この女いつまで抵抗しとんねん。死ね』という気持ちになり包丁で心臓まで貫いた。すると被害者が『言うこと聞く』と、か細い声で答えたので突き刺した包丁を引き抜いた。まだ肌が暖かく、死んでしまう前に姦淫しようとしたが自己の陰茎が勃起しなかった。その後、掛け布団の下からグチュグチュと血が流れているのを確認した。
 手提げカバンを物色した後、掛け布団を掛けなおし、指紋を拭きとり、Tシャツで包丁を包みビニール袋に入れた。その包丁は適当な捨て場所が見つからず、ゴミ収集所に捨てた。被害者の財布に入っていた3万4000円の札束を自分の財布に入れ、寝屋川に捨てた。
 同月、盗みをしようと北区内を歩き回り、順番にマンションの各施錠の有無を確認した。そして妻が鍵を掛けずに寝たI宅に侵入したが、逆にIに襟首を掴まれ現行犯逮捕されたものである。

 検察官は、以上の事実を立証するために各証拠請求をしますと述べた。
 意見を求められた弁護側は、全て同意しますと答えた。

 甲の号証では現行犯逮捕された時の手続き書、実況検分の結果、119番通報された時の報告書、救急隊員の供述調書、死因、遺体の状況、心臓を刺された状況で、そのような言葉が発せるのかということについて矛盾しないという分析、遺体の唾液は被告と被害者のが混ざったものであるというDNA鑑定、板間の部分から発見された足跡が被告のものと一致されたこと、奪われたものの特定、交際相手がプレゼントした被害者の財布、凶器の包丁、掛け布団ごしに被害者を刺した時の実験と状況が合致すること、4年前に近くの場所に侵入したことや、その際の被害者の『(被告は)間違えて入ってきた(と言った)』との供述などが挙げられた。
 なお被害者の交際相手や父母、被告の叔父の供述調書はその場で読み上げられた。それぞれ以下の通り。

 甲46-47号証は被害者の交際相手の供述調書『彼女は世の中で一番の宝物でした。早く犯人を捕まえて私に殺させてほしい。そのことしか頭に浮かばない。私が大学1年、彼女が高校1年の時にアルバイト先の居酒屋で知り合った。ハッピ姿の清純な彼女の姿が思い浮かぶ。口喧嘩したことも今となっては良い思い出だ。京都の四条河原町や奈良の東大寺に遊びに行った時が印象に残っている。2人で将来のことを話しあった。学生の私によく奢ってくれた。私が営業マン、彼女が看護婦となって可愛い子どもを設けるのが夢だった。その矢先に事件に巻き込まれ本当に夢だけで終わってしまった。その夢を抱いたまま死んでいきます。親戚の人とともに葬式では一番上に座った。一緒にいてやれなくてごめんと思った。捕まえて必ず仇を取ると誓った。葬式の後は仕事に行く気になれなかった。彼女は私の仇をとってくれと言っているような気がする。』
 甲58号証は被害者の除籍事実である。
 次に被害者の父親の供述調書『私の娘が殺された。墓を作ることになった。娘を、その笑顔を、声を、姿を、返してほしい。被告にはマグマのような怒りを感じる。死刑にして下さい。自分の命で償ってほしい。妻も同じ気持ちだろう。娘の小さい頃の思い出を聞いた刑事にすら腹立たしい思いを感じる。会社が企画した慰安旅行では、楽しい思い出生活を言うだけでも悲しい。娘は優しい、芯の強い子で、これから人のために役立ってほしいと願っていた矢先の出来事だった。小学校6年の時、一番小さな娘と連れ添う彼女の写真がある。普通の精神状態ではいられない。娘を返してください。許されるなら殺したい。生まれ変わったらこんな目には決して遭わせない。』
 次に母親の供述調書『娘は次女で本当に手のかからない子だった。近眼なのは私の遺伝子を受け継いだからだろう。高校進学時に育英会の助成金の手続きを行っていた。何事もコツコツと頑張り、悪い仲間と付き合うことはなかった。私達の願いが通じたのか娘は病気の人の助けになりたいと言っていた。中学では生徒会の役員を務める傍ら陸上部で頑張り、勉強部屋はちゃぶ台ひとつの決していい環境ではないが勉強をしていた。その後、専門学校に合格して沖縄に旅行した。学費を賄うために居酒屋でアルバイトした。そこで大教大でスポーツをしている彼氏と知り合った。専門学校は厳しくて一単位も落とせば留年してしまうという中、勉強を頑張っていた。最初勤めた職場は仕事がしんどかったので一緒に入った子がどんどん辞めていくという。でも娘は、1年間辛抱できんかったらどこに行ってもあかん、と言って頑張った。寮生活もしっかり者だから大丈夫だと思った。あのマンションに入ってさえいなければと思う。娘は1人暮らしは楽しいよと言っていた。こうやって1人立ちしていくんだという頼もしい反面寂しい気持ちがした。こんなことになるなら絶対に1人暮らしさせなかった。娘のスナップ写真を見ると笑い声が聞こえる。笑顔を返してほしい。娘が築く幸せな家庭が夢でした。』
 甲66号証は被告の少年時代の様子である。叔父から見た被告は、まず放浪癖がある。家族と暮らし始めた時の一夫は、心から嬉しそうな様子だった。それは幼児期の明るい被告の姿だった。しかし、しばらく経つと小銭を取って消えてしまう。家に住まわせてやったら30万円を取って逃げ出してしまった。
 72号証、73号証は刑務所仲間の話である。
 切り替わって乙号証は被告人の供述調書が中心である。前の刑事裁判での『二度とやらない』との発言、前歴・前科に対する証拠がある。

 以上です。と検察は述べた。
 弁護側は反論なしと述べた。
 そこで裁判長が次回の期日を被告人質問で3月15日と指定して終わった。

 傍聴席の左側に座っていた遺族は、退廷する被告をじっと見つめていた。
 被告は腰縄を掛けられ、弁護人と一言二言、言葉を交わした後、傍聴席に目をやることなく退廷していった。

報告者 insectさん


戻る
inserted by FC2 system