裁判所・部 | 名古屋地方裁判所・刑事第五部 | ||
---|---|---|---|
事件番号 | 平成15年(わ)第30号 | ||
事件名 | 身代金拐取、拐取者身代金要求、殺人、逮捕監禁 | ||
被告名 | A、B、C | ||
担当判事 | 伊藤新一郎(裁判長)丹羽芳徳(右陪席)鈴木清志(左陪席) | ||
その他 | 検察官:菅弘一 | ||
日付 | 2005.11.29 | 内容 | 判決 |
11月29日午前9時45分から、身代金拐取・拐取者身代金要求・殺人・逮捕監禁の罪に問われているA、B、Cの3被告に対する判決公判が名古屋地裁(伊藤新一郎裁判長)であった。 開廷前、記者4名がいろいろな会話をしていた。 「みんな内藤(洋介被告の初公判)に行っちゃってる。なんで判決なのに903(号法廷)なわけ?」 「長良川リンチの主犯の精神状態って結構長く審理されてたんだよ。それなのに判決は精神状態については問題ありません、で終わり。なんか言ってやれよ(笑)」 「後藤(浩之被告)サン、俺たちの友達(笑)。でもあれ年明けてしょっぱなから死刑になるかもしれない。まあそうなることを期待している面もあるんだけど(笑)」 「俺たちは(踊る大捜査線の)青島刑事(笑)。自分らで地どり捜査もやるからね」 2分間のカメラ撮影のあと、被告人3名がかなりの数の刑務官に囲まれ入廷。 3被告ともに丸坊主で、B被告は目鼻立ちのくっきりした痩せぎすの男で、A被告はオウムのような顔つき、C被告は眉をひそめ下を向いて入廷。 伊藤裁判長は通訳の関係の説明をしたあと、主文を後回しにして判決文を朗読した。 死刑判決で被告人が動揺しないよう配慮しているのか、限りなく死刑に近い無期懲役という意味を込めているのかその時点では何とも言えなかった。 ―罪となるべき事実― 被告人3名は分離公判された他の被告人3名と共謀の上、平成14年12月4日午前6時20分ころ、名古屋市の駐車場付近において、徒歩で帰宅中のa(当時43歳)の腕等をつかみ、その首筋にナイフを突き付け、あらかじめ同駐車場に駐車してあった普通乗用自動車に押し込んで同車を発進させ、もってaの安否を憂慮する者の憂慮に乗じて金員を交付させる目的でaを略取した上、そのころ、同所から走行中の自動車内においてaの手足をビニールひもで緊縛するなどし、同日午前6時30分ころ、Cの家に連れ込み、同日午後10時15分ころまでの間、同所において、aを緊縛したままその動静を監視してaを同所等から脱出することを不能ならしめ、もって約15時間55分にわたり、aを不法に逮捕監禁しその間の同日午前7時29分ころから同日午後8時38分ころまでの間、Aが19回にわたり、C方等からK(当時43歳)が携帯する携帯電話に電話をかけ、同人に対し「今あんたの奥さんがこっちにいる。お金用意して下さい。8000万円だ。」「お前、奥さんの命が欲しくないのか。」などと申し向けて身の代金を要求し、もってaの安否を憂慮する者の憂慮に乗じて財物を要求する行為をした。 Kと接触して身の代金を受け取ろうとしたものの、Kが警察に通報したことを察知して身の代金の受取りを断念し、自分らの犯行であることが警察に発覚することを防止するためaを殺害しようと決意して、高及び毛の指示を受けた共犯者が、同日午後10時10分ころ、C方でaを見張りながら待機していたCに電話をかけてaを殺害するよう伝え、これを受けてC及び共犯者2名が同日午後10時15分ころ上記C方において、aの頸部をビニールひもで絞め付け、その頭部を棒で殴打するなどした上、これにより失神してぐったりしたaを既に死亡しているものと思い込んで旅行かばんに詰め込み、A、B、C及び共犯者1名において、上記旅行かばんを上記C方から運び出し、同月5日午前零時前ころ、名古屋市の橋上から上記旅行かばんを海中に投げ入れ、そのころ同所において、aを溺死させて殺害した。 また金員窃取の目的で、同月7日午前零時50分ころ、梶原らが居住する名古屋市の寿ビル4階通路に侵入した。 ここで被告人3名を椅子に座らせる。 ―事実認定の補足説明― Aは法廷で他の共犯者とaを殺害した共謀を否定し、これを受け弁護人は、Aは無罪と主張している。 BとCは誘拐前にaを殺そうとはしていないと述べ、弁護人もこれに添う主張をしている。 一方検察官は6人がaを誘拐する前から殺すつもりだったと主張している。 まずAのa殺害についての共謀の成立だが、他の5人の共犯者は6人で殺害を行ったと述べている。 Aは捜査段階での供述は他の共犯者と同じだったが、法廷では他の5人がやったとの供述をしている。 逮捕されたとき、2回も警察から足を蹴られる暴行を受け、他の5人の供述をもとに調書を作成されたり、夜遅くまで取り調べをされたりしたという。つまりAの自白調書は信用できないのでこれを争う旨、弁護人は主張する。 しかしAの検察官調書は具体的で詳しく記載されており、当初から弁護人が付いていたこともあり、記憶にしたがって記載されたと認められる。Aの調書は証拠として採用するのは許されないということはなく、捜査段階の供述は信用できる。 Bはaの誘拐を提案したことを否定しており、警察官から「検察官に同じように述べないと殺す」と脅されたという。 しかし警察官の暴行の内容は不自然であり、この点のBの供述は信用できない。共犯者もaの誘拐を提案したのはBだと述べており、Bの捜査段階における供述は信用できる。 以上のことから殺人の共謀が被告人らの間で成立したと認定することができる。 次に殺害の共謀の成立時期であるが、西尾市内への強盗が失敗して帰る最中に謀議があり、検察官はこれをもとに誘拐は計画された上でなされたと主張している。 実際にCは「aは知り合いだから、殺さなければいけない」と言い、Aは「身代金を取ったら、埋めて殺せばいい」と述べている。 死体の遺棄や殺害方法などを話し合っており、aを解放する話は出なかった。 Bらは誘拐後ただちにaを殺害した上で、殺害したあとも金を取ることを計画していた。つまり被告人らがaを誘拐したあと殺すことを計画していたことは認められる。 公判廷でAはBらの提案に対し、aを解放するよう主張していたと供述して、シンもこれに添う供述をしている。だが、Bら他の4人はそんな話は出なかったと言っており、Aとシンの公判供述は信用できない。 「天が知る、地が知る、6人が知る」というAの発言も、本来の意味は犯行を止めるという意味だったかもしれないが、当時はバレないように隠すという意味で用いたと認められる。 Bらの「aは(殺さなくても)警察に届けられない事情がある」と言っていたという供述も信用できない。被告人3名は確定的な殺意を否認している。 確かに殺すという具体的な相談をした形跡はなく、積極的に殺すことを意図して犯行に及んではいない。あらかじめ死体を遺棄する具体的な場所は定まっていなかったこと、最初から殺害するなら食事を与えるのは不自然と言えることなどを考慮すると、未だ計画段階であり殺意は具体的で確実なものではなかったとの被告人らの公判廷での供述はただちに排斥することはできない。 そうすると6名が当初からaを殺害するつもりで誘拐したとは合理的な疑いを差し挟む余地があり、検察官の主張は採用できない。 以上の次第で、誘拐する時点で殺すことを決定していたとは認められなく、順次殺人の共謀が成立していったと認定するのが相当である。 ―量刑理由― まず被害者aの身上等であるが、被害者のaは、中華人民共和国の国籍を有し、本国でKと婚姻し1男をもうけたが、Kが本邦に留学したことから、両親に上記長男を預け、その後を追って平成9年同様留学目的で来日して、アルバイトをしながら学業に勤しんだ後、平成12年ころからKと実質的夫婦として生活しながら、飲食店やいわゆる韓国エステの経営を始め、本件当時には名古屋市内において上記韓国エステ店等6軒を経営していた。 両親に預けられた長男は本国で順調に成長しており、被害者の姉妹5名は被害者を頼って来日し、いずれも本邦で生活していた。 被告人ら3名は、いずれも留学目的で中国から来日した者であるが、遊興に耽ったり生活費を稼ぐためのアルバイトに追われるなどして次第に学習意欲を失い、窃盗等の犯罪行為を行ってでも大金を手に入れたいなどと考えるようになっていた。 Bは平成13年5月ごろ、同じ飲食店で働いていたCと知り合い、それを通じて他の共犯者とも知り合った。 Cも犯罪をしてでも金を手に入れたいと考えていたところ、a誘拐を提案されたとき、Cはaの風俗店に客として行ったことがあり、いったんはこれを断った。AとBは共通の知人の紹介で知り合い、犯罪行為の対象にする金持ちの家の相談をするようになり、パチンコ店社長の強盗を計画した。 これらにより6人は犯罪を共同して行うことにし、本件犯行に及ぶことになった。 特に考慮すべき事情であるが、aは留学後、日本で経営者としての才能を開花させ、家族らを支え、公私ともに人生の充実期を迎えていたのに、こんななか被告人らにただ金儲けをしているという理由だけで狙われ悲惨の一語に尽きる。 結果も重大で取り返しがつかないもので、aは突然誘拐された上暴力を振るわれ、開放を夢見て協力させられたにもかかわらず棒で殴られたりビニールひもで首を絞められて、最後はかばんに詰められて溺死させられたものであり、その絶望感や精神的苦痛、犯人への怒りは容易に想像できる。 aの、内縁の夫や姉妹等愛する者を残して非業の死を遂げなければならなかった無念さは察するに余りある。そしてaにはこのような被害を受けるべき落ち度は全くない。 aの安全な救出を願って最善を尽くしたaの内縁の夫や姉妹も、aが被告人ら6名に殺害されるという最悪の結果に終わり、その絶望や悲しみなどの精神的打撃は非常に大きい。 これに対して、被害弁償等の慰謝の措置は何ら講じられておらず、当然のことながら、その処罰感情には極めて厳しいものがあって被告人ら犯人の極刑を求めている。 家族の愛情に付け込んで身代金を要求する行為は、それだけでも人間として最も卑劣であるのに、命まで奪っており、被告人らの人生全てをもっても償いきれるものではない。 犯行態様も計画的である上に執拗で、aの手足を縛り、AやBが暴行し、必死に救出を求めるKにaの声を聞かせるなどしてKの不安感を高めており、この点も非常に悪質である。 その態様も確定的殺意に基づいて、頸部をビニールひもで絞めた上、とどめを刺すために、ラップを顔面に巻き付けるなどしており、結果的には、既に死亡したと考えて海中に投棄して溺死させたものの、それまでの経過は、誠に執拗かつ残虐と言わなければならない。 さらに、aを殺害した2日ほど後には、以前実行するに至らなかったK方に侵入し、場合によっては、同人を殺害して室内にある現金を奪う計画を実行に移そうとして、住居侵入事件を敢行しており、被告人ら6名の規範意識は、麻痺しているだけでなく、死者に対する憐憫の情も自己の非道な所業についての悔悟の念も全くうかがうことができない。 また外国人犯罪が深刻な社会問題となっていることも軽視することができない。 犯行の動機は楽をして金を手に入れたいというもので、Cが形成した犯罪グループにAやBが加わり、殺害するに至る事態を予測しながらも深く考えずに犯行に及んでおり、酌量の余地は全くない。 Aは積極的に犯行に及んでいたにもかかわらず従属的だったと強調しており、真摯な反省とは相容れない態度を示している。そればかりかAは従属的と言っているのみならず、殺人に関与したことすら否定して刑事責任を軽減しようとしているのであり、これもまた真剣な反省の念は認められない。 AはBともに中心となって役割を果たしている。aを尾行したり、車に押し入れる際の協力をしている。 Bの計画に賛成し、共犯者にも指示する立場にあり、最終的にaを殺そうと提案しているのもAである。 Cはaの監禁場所の提案をして、aに声をかけ、無理やり車に乗せている。また棒で殴り、ビニールひもで首を絞めるなど積極的に犯行に及んでいる。 さらに被告人ら3名は、死亡したと考えたaを海中に投げ入れるなどしており、非常に主要で必要不可欠な役割を果たしている。 被告人らはせめてもの償いである被害弁償の措置も現段階では講じていない。被告人3名の刑事責任はいずれも極めて重いと言わざるを得ない。 犯行は誠に重大かつ悪質で、取り返しがつかないものであり、社会的影響も大きい。そうするとAとBを死刑に処すべきという検察官の主張は傾聴すべきものである。 だが本件の証拠を精査すると、AとBは中心的な役割を果たしているが、他の共犯者も自らの意思で犯行に及んでいることが認められる。 奪ったお金を均等に分配しようとしていたことからも、共犯者との間に上下関係は存在しない。 またAとBは、首をビニールひもで絞めるなどの被害者を仮死状態にさせた行為は行っていない。 Cはすでに述べた通り、当初犯罪グループを中心になって形成し、aの誘拐や殺害に積極的であり、aの首を絞めて仮死状態にさせている。 AとBは犯行を指示するなど中心的な役割を果たしているが、Cが末端で従属的な立場だったということはできない。つまり3人の間の負うべき責任に決定的な差異があるとまでは言えない。 さらに被告人3名がaを誘拐したあと殺害するに至ってしまうことは想像できていたが、誘拐前から殺すと決意していたとは認められない。あくまでa殺害は、警察に通報されて逮捕されることを恐れた結果であり、事前に綿密に計画されたものとは言えない。 K宅への住居侵入もその点では実害を発生させてはいない。 被告人らはいずれも反省しており、更生の可能性を否定できない。 Aの父親がaの遺族に被害弁償をしたいと話している事情も認められる。 さらに無期懲役が確定している他の共犯者3名も殺害の実行行為を担当しており、彼らが決定的に従属的であるということは言えない。 ここで刑について判断すると、被告人らの情状を最大限考慮しても刑責は極めて重い。 各刑責を考察すると、AとBが果たした役割は中心的だが、他の共犯者との間の刑事責任に大きな差はない。AとBが他の共犯者を支配する状況ではなく、AとBに死刑を選択するほどの決定的な差異があるとまでは言えない。 これを前提にすると、刑の均衡という観点からもAとBの2名のみに死刑に処すことについて、極刑がやむをえないとまでは断定できない。 そこで科すべき刑罰であるが、被告人らをそれぞれ無期懲役に処するのが相当である。ここで被告人3名を前に立たせる。 ―主文― 被告人3名をそれぞれ無期懲役に処する(未決拘留日数の算入についての言及なし) 「判決の内容は分かりましたか?」との裁判長の問いに、Aは無表情、Bは「は、はい」と小さく答え、Cは深く頭を下げた。 そして訴訟費用と上訴権について説明して閉廷した。 閉廷後、被害者のaさんの姉と妹は 「納得できないです!」 「人を一人殺して死刑にならないなら国民安心できないヨ。本当にショックです」 「6人あたり2人は死刑になると思っていた。妹が可哀想ですよ」 「厳しい裁判しないとダメだもん。理解できない」 「私たちは何も力がないから仕方ないと思うけどね」 と不平を片言の日本語で口々に言っていた。 Aの弁護人は報道陣と「(Aは)控訴はしないと思いますよ」と話していた。 また遺族と一緒に傍聴していたジャーナリストのような眼鏡をかけた中国人女性に話しを聞く機会を得たが、まとめると以下の通り。犯人とも文通しているという。 「Aの父親が賠償するという話は疑わしい。ちなみにAのみ私選で弁護士を雇っている。Aの従弟が経営する中華料理屋が密入国のアジトになっているという情報がある」 「Bは思いつきでモノを言うので、5分経つと言うことが変わる。すぐ怒ってガラスの窓とか割ったことがあったし、他の共犯者もBが馬鹿ということを知っているので、いつのまにかリーダー格になってしまった」 「Cは本当に反省していて、自分は死刑じゃなければおかしい、もし死刑じゃなかったら日本の法律に助けてもらったようなものだと言っている」 「Aはあまりにも日本語が出来るから、刑事たちも日本人が犯人だと思っていた。踊る大捜査線みたいに現場と本部の食い違いがあった」 「Bは金持ちの子供で、フェミニストだった。友人の前と共犯者の前とでは思いっきりかけ離れている。友人たちは信じられないと言っている。彼には妹や弟がいて、一人っ子政策は法律を厳しく守る北京とかだけに適用されている」 「中国の北のほうは法律を守るが、南のほうは賄賂とかが当たり前」 「この連中は誘拐殺人という最終場面にまで行ってしまったけど、それに至るまでの過程つまり窃盗とかで捕まってしまう留学生は掃いて捨てるほどいる」 「名古屋大学とかは別だけど、いわゆる私立大学に来る留学生は中国のなかで頭は悪いが、金のある連中」 外国人犯罪がクローズアップされるなかで、ためになる話だった。 | |||
事件概要 |
3被告は他の3被告と共に、2002年12月4日、愛知県名古屋市で、身代金目的で中国人女性を誘拐し、女性の夫に身代金を要求。女性をバッグに詰めて名古屋港に遺棄し、水死させたとされている。 6被告は3日後に逮捕された。 |
||
報告者 | insectさん |