裁判所・部 名古屋地方裁判所・刑事第五部
事件番号 平成15年(わ)第2542号
事件名 殺人、強盗殺人未遂、強盗
被告名
担当判事 伊藤新一郎(裁判長)丹羽芳徳(右陪席)鈴木清志(左陪席)
その他 検察官:菅弘一
日付 2005.11.8 内容 論告求刑

 11月8日午後1時30分から、殺人・強盗殺人未遂・強盗・窃盗の罪に問われたA被告に対する論告求刑公判が名古屋地裁(伊藤新一郎裁判長)であった。
 カメラ撮影が2分間の間行われ、それが終わると被告が入廷。A被告は前回同様小太りで緩慢な動作、紫のカーディガンに、下は白のストライプが入った黒のジャージ姿。
 そして検察官男女2名の論告求刑が始まる。熊のような目元が暗い男性検察官は、話しかけたところ感じのいい人だった。

−検察の論告−
 事実関係については取調べ済みの関係各証拠により証明十分だと思料する。
 被告人の弁護人が主張は

1.Sに対する殺人について、『殺す気はありませんでした』と殺意を否認している。
2.Tに対する強盗について、包丁を突きつけたあと、何もしていないのにTがかばんを投げてきたので強盗は成立しない。
3.Eに対する強盗殺人未遂について、殺意を持っていないと否認。
4.被告人の刑事責任能力の有無

を争っている。
 ところが当公判廷の事実調べによると、全てにおいて起訴状記載の罪が成立することは明らかである。
 まずSさんの事件の、行為の危険性だが、被告人は刃先が21.5cmもの大型の部類に入る包丁を凶器として用いており、極めて危険だ。
 被告人は帰宅途中のSとTを見つけると、どちらかを包丁で刺してやろうと決意し、包丁をしっかり握り、Sの肋骨の下辺りの腹部を一刺しした。被告人自身も『勢いよく刺したので、15cmは刺した』と供述しているように、声をかけて立ち止まったSに対し、一歩進んで突き刺した。
 病院に搬送されたSは7cmもの刺創が認められ、大量出血により顔面蒼白で、その後死亡した。現に傷口は15cmに達していた。
 また手には防御創も認められ、それは骨に達する切創だった。
 上記のように包丁で、人体の枢要部である腹部の静脈を切り裂いており極めて危険な態様である。
 殺意についても被告人は『殺さないためには足を刺す必要があり、おなかを刺したら死ぬと分かっていた』と供述している。
 被告人に明確に殺意があったことを裏付ける被告人の供述として
『包丁を持っている限り、殺しても構わないと思いました』
『目の前で(Sが)死ぬと思ったが、死ななかった』
『最初からおなかを刺そうと思った』
『言い方は悪いですが、あんなことで死ぬとは思わなかった』
『意外に手ごたえがなく、血も出なかった』
などが挙げられ、事後的な拍子抜けという感想を持ったことを示しており、殺意は優に認められる。
 次にTについての強盗だが、一緒にいたSが刺されて逃げたあと、Tは立ち止まっていたが、被告人が包丁を突きつけてきたので、自転車を倒して逃げた。
「逃げた後振り返ると、2mぐらい後ろに被告人が追いかけてきていたが、被告人はその後自転車のほうに向かった」
 このTの供述に、被告人の供述も添う内容となっており、目の前のSが逃げた後、Tがバッグを投げてきたので、近づいたら刺すぞという意味で低い声で『来るな』と言ったという。
 だが、公判供述はそれを後退させて、Tが来ると何をするか分からなかったという曖昧な供述になっており、信用性は低い。
 2人のうちどちらかを刺そうと呼び止め、直近でSが刺されたのを目撃したTが抵抗したのに、バッグを取り上げた行為に強盗罪は成立する。財物奪取は十二分に犯行抑圧行為のなかで行われている。
 Eの事件においても、大型で鋭利な包丁を中心部あるいは心臓に振り下ろしており、その傷害部位も胸部刺創は10cmに達し、肋骨が切られ、肝臓を貫き、心臓から1cmずれていた状態で、もし心臓まで達していたら死んでいた可能性が高く、治療に当たった医師もEが一命を取り留めたのは奇跡的だと話している。
 被告人はトートバックを手に入れるためには、Eが死んでもかまわないという思いのもと、『すぐに血が出るものと思いましたが、出ませんでした。映画やドラマは嘘だった』や、公判廷でも『揉み合いになったので、力を入れて刺した』とも供述していることから、包丁で刺したら血が出て死ぬと認識しており、殺意をもって犯行に及んだのは明々白々である。
 刑事責任能力についてだが、簡易鑑定や公判廷で行われた精神鑑定でも、刑事責任能力は問題ないとの結論が出ている。
 被告人は中学校卒業後、喫茶店でアルバイトをしてホステスとして稼動していた。その後ブランド品を購入するために、ソープ嬢になったが、そこで不愉快な思いをした。だがそこで知り合った鉄工所経営の男性と、実父から一月50万もの仕送りがあったこともあり、25歳で仕事をやめた。
 30歳になってからは無職の状態だったが、稼動歴もあり、一人で生活もしている。
 生きていくのに不可分な食事も用意できたり、自身の病気の治療のために80万円を貯金していたり、飼育していた猫を獣医に見せていたり、コレクターとしてアンティーク店に通いつめていたりと、普通の日常生活を送っている。
 またSやEに対する事件でも、血痕の付着した被害品を新聞広告に包んで捨てたり、血の付いた包丁を洗剤で洗い流したり、入念な犯証隠滅まで行っている。
 他にも時効を計算し、53歳になったとき時効と記載したり、婦人用自転車を窃取したとき、前後のカゴを取り外したり、住所や名前が書かれている部分を除光液で消したりしている。
 簡易鑑定のときの医師の話でも軽症な鬱病であり、幻覚や妄想もないとされる。
 小学校のときはよく迷惑行為をして、万引きなどに及んでいた。
 またスリルを求めて本件犯行に及んでおり、今では後悔している。
 それらのことからも、被告人が是非善悪の区別ができ、責任能力が明確にあったことを示している。
 公判廷で行われた精神鑑定でも被告人は反社会性パーソナリティを有しているが、是非善悪に基づいて行動していたことが認められるとされた。
 詐病を疑わせる証拠もなく、精神病は存在しない。
 被告人の障害は自我親和的なもので衝動制御脳は保たれている。以上の結果から被告人の刑事責任能力は認められる。
 続いて情状であるが、被告人に酌量の余地は皆無である。
 この事件で特筆されるべきは何ら面識のない人を襲うという通り魔的犯行で、その動機に酌量の余地がないことは歴然としている。
 被告人はかつて実父の交際相手の衣服を燃やしたことがあり、実父に連絡を取ることができずにおり、姉も仕事が忙しくて相手にしてもらえず、将来に対する不安感を募らせてイライラしていた。そんな日に殺人ビデオを見て、人を刺したら気持ちいい、スカッとしたい、刺してみたいと考えるようになった。
 最初は好奇心で刺してみたいと考える程度だったが、猫が避妊手術でおなかを手術したことにイライラし、健康的な人間に当たることにした。
 そして猫の腹部手術のショックから、Sを刺したものである。そしてEについて連続して敢行した理由について、
『Sさんを刺したときは、刺した心地がしなかったので、もう1回刺してやろう』
『Eを刺したあとは、すっきりした』
『子供や年寄りを狙うのは嫌だった、どうせなら将来性のある若い子をと思った』
『子供や年寄りはか弱過ぎる、若くてチャラチャラしたのを見るとムカつくから』
などと供述しており、まさに理不尽極まりなく、常人の理解を超えた異常性格を表している。
 こともあろうに、Sを刺して満足できなかったという理由から次はEを狙い、被告人の、人を刺したいとの願望を充足させており、凶悪で根深い犯罪性向を示している。
 本件は近年稀に見る重大で残虐な犯行で、戦慄を覚える。計画性も顕著で、イライラしたので人を刺すと決意すると、包丁を持ち運ぶ際、自分が怪我をしないようタオルで包丁を巻くことにした。
 また犯行現場は自分も行ったことがあるために変装することを決め、眼鏡をかけ、化粧をせずに出かけた。
 Sに対する犯行のあとも満足できずに、包丁をフェイスタオルに入れて千種区に行き、通りでは人が多過ぎると断念したものの、さらに人を探した。
 犯行現場付近は高級マンションが立ち並んでいたので、ここに決めた。
 またマンションの防犯カメラに録画されないことを確認までしている。
 そこでEがシャネル製のトートバックを持っていたことから狙っている。つまり裕福そうな女性を慎重に狙っており、緻密な犯行で、計画的で巧妙である。
 被告人はEが肩にバックを掛けているのを見たとき、襲おうと決意したと言うが、家を出た時から刺してやろうと考えていた。それもSの事件からわずか2日後に敢行されている。被告人はそのことから包丁で刺したら、所持金も奪えると考えたに違いない。月に50万円の仕送りがあったものの、趣味のアンティーク品につぎ込み切迫していたことと、精神科医からのこのままではいけないとの助言で将来に不安を感じていたことからも、刺すことと併せて金品を奪ってくることを見越して犯行に及んだことも認められる。
 Eを襲う前には40歳ぐらいの女性が、高価なバッグを手にしているのを見て襲おうとしたが、その女性がタクシーに乗り込んだため目的を遂げなかった。このことからも被告人が裕福そうな女性を執拗に狙っていたことが推認でき、誠に残虐で悪質だ。
 Sの事件では自身の人を刺してみたいとの思いに、何ら支障も感じずに、探していた幸せそうな女性ということで、右手で包丁を突き出す準備をして、至近距離から勢いよく突き刺している。そこには何の躊躇も見られず、刺されたSが悲鳴を上げてその場から逃げた後、Tが自転車を倒して逃げ、それをいいことに自転車のカゴに入っていたバッグを取った。
 この殺人・強盗各事件は極めて悪質であり、逃走するとき安心できるという理由から、犯行後の逃走経路も視野に入れていた。Eの事件でも、テレビでSがそのとき重体であることを被告人は知っていた上で次の犯行に及んでおり、自らの欲望の赴くままなされたのであり、犯行の陰惨さが伺われる。
 同人を刺殺しようと決意したあとは『あまり早くから包丁を取り出すと、逃げられたり抵抗されたりするから無言で刺そう』などと供述していて周到性も認められる。
 Eに対する犯行も、生命を奪いかねない危険なもので、胸部を刺しただけでも十分に危険なのに、同人の左手をめがけて、包丁を4回振り下ろしている。これは人を刺したい、トートバックを奪いたいとの理由からなされた極めて残虐な犯行で、被告人は極めて冷静に行動している。つまり刺されたEが立ち上がって『財布だけでも返してほしい』と哀願してきたのを、『何を!』と一蹴しており、冷静かつ残虐である。
 特に被害者には落ち度が皆無であり、強調したいのは面識もなかったことだ。Sは親切心から、『ニシオオゾネはどこか』と聞いてきた被告人のために立ち止まったところを刺殺され、Eは理由もなく、声も掛けられずに刺された、いわば通り魔的な犯行であって、当然遺族や被害者の処罰感情も峻烈である。
 Sは被告人の目に留まったがために22歳という短い命を閉じた。Sは昭和55年に次女として誕生し、国家試験を突破して看護婦になり、リハビリテーション科に勤務していた。小学校のときは児童会長、中学校ではバレーボールを頑張り、高校ではパーカッションの演奏に熱中していた。
 青年海外協力隊になりたいと夢を持ち、勤務先の病院でも同僚や上司、患者から高い評価を受けていた。これは法廷で流されたDVDでも明らかだ。
 Sは不幸にも被告人の目に留まったばかりに、凶刃に倒れてしまった。刺された後、息も絶え絶えに実家に戻り、『落ち着いて』などと家族に声をかけていたが、救急車のなかで容態が一変し、そのまま帰らぬ人になってしまったのであり、世の理不尽というほかない。この被害者の無念さは最大限考慮されなければならない。
 Sの父Hも、Sが実家に戻ってきたときの衝撃や公判を傍聴しての感想、救急車のなかで意識を失ったことへの驚愕などを証言している。
 HによるとSは『どうして私が、みんなの前から消えなければならなかったの』と問いかけてくると言い、『ごめんな』としか言い返せないという。こうやって2年間、Sの写真に語りかけている。
 父は被告人への憤りなどで、苦しみの極限状態にいる。その『家族としては被告人を極刑にしてほしい』との思いは、判決の上で大きく考慮されなければならない。
 一緒に襲われたTの処罰感情であるが、Sが包丁で刺されたのを目の当たりにし、手提げかばんを奪われたことに、『思いがけないことでびっくりしました。ただただ恐怖心でびっくりしました』などと供述しており、いかに恐怖心が大きかったかを物語っている。
 また『病院で治療中のSちゃんの姿を見て、自分のせいでこうなったと思いました。入社式の日にSちゃんが亡くなったことを知って、自分では受け入れられませんでした。Sちゃんは夢だった青年海外協力隊で活躍できる人でした。Sちゃん、最後のわがままを聞いてね、私たちのことを忘れないで』と話している一方、被告人に対しては『犯人は許せない、一生刑務所に入れてほしい』と処罰感情を述べており、それは至極当然のことだと言える。
 Eも『被害にあった道は通らないようになった。そのことを考えると犯人は許せない。治療中のときもとても痛かったです。犯人のAを同じように殺してやりたいです。簡単に出すと同じことをするでしょうから、死刑にして下さい』と述べている。
 『イライラしたから、刺してやりたい』という犯行動機は、被告人の極めて強固な人格の歪みが表われており、矯正はほとんど不可能である。
 犯行の後もスリルを求めて窃盗をしたり、拘置所で書いた手紙には弁護人を批判する激烈な文言が並んでおり、些細なことで激昂する被告人の性格が見て取れるのであり、改善の見込みはない。再犯の恐れも指摘される。
 このような1名の生命を奪い、1名に重傷を負わせた犯行の重大性や悪質性、社会的影響に照らすと、遺族が望むように極刑に処することも考えられないわけではないが、他方一応改悛の情を被告人なりに示してることから、罪一等を減じて無期懲役に処するのが相当である。そこで求刑だが、以上の観点から被告人を無期懲役に処し、終生社会から隔離するのが相当である。

 検察官が論告求刑を終えると、最終弁論の期日を確認して閉廷。
 被告人はうっすらと笑みを浮かべながら退廷していった。

 閉廷後、外で報道陣が
「あんだけ言うんだったら、死刑を求刑しろよ」
「頭おかし過ぎってことなんじゃないですか〜」
と話していた。
 また遺族らしき眼鏡をかけた男性が、目を潤ませながら「求刑なんですが、無期懲役ではなく極刑を・・・!」と報道陣の前に出て、悔しさを露わにしたあと足早に裁判所を去っていった。

事件概要  A被告は以下の犯罪を犯したとされる。
1:2003年3月30日、愛知県名古屋市北区で看護師女性を包丁で刺殺し、一緒にいた、女性の友人からバッグを奪った。
2:2日後、同市千種区で女性を包丁で刺し、バッグを奪った。
 Aは被告2003年9月17日に逮捕された。
報告者 insectさん


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