裁判所・部 名古屋地方裁判所・刑事第五部
事件番号 平成15年(わ)第2542号
事件名 殺人、強盗殺人未遂、強盗
被告名
担当判事 伊藤新一郎(裁判長)丹羽芳徳(右陪席)鈴木清志(左陪席)
日付 2005.9.13 内容 被告人質問

 9月13日午前10時から殺人、強盗殺人未遂、強盗の罪に問われたA被告の公判が名古屋地裁(伊藤新一郎裁判長)であった。
 被告人はテレビで見た写真とはかなり乖離しており、小太りで緩慢な動作をする白髪が目立つ中年女だった。
 法廷に大きなテレビが裁判官席、弁護人席、傍聴席に3台設置されていて、開廷するとまず生前の被害者・Sさんの生い立ちを紹介するDVDが流された。
 Sさんは看護婦だったので、ナイチンゲール誓詞から始まり、JR職員の父親のもとに生まれ、兄と姉がおり、中学校ではバレーボール部に所属する傍ら生徒会長にもなり、人一倍優しかったという。
 アフリカでは多くの子供が飢えのため命を落とすという現実に衝撃を受け、人の命を救う看護婦という職業を志すようになる。熱心な仕事ぶりで患者からの信頼も厚かった。そして彼女を知る人からの彼女に対しての思いを綴った手紙の内容も公開される。「今でも隣にいる気がする」「これからも同期6人を見守っていてね」など。バックサウンドは森山直太郎の「桜」や平原綾香の「明日」で、本格的に構成されており涙を誘う内容だった。
 そしてテレビが撤去されると弁護人からの被告人質問。被告人は消え入りそうな声で応答していて、発言内容には違和感を覚えることも多かった。伊藤新一郎裁判長はとても丁寧な審理をする人だった。

弁護人「今事件のことをどう思っていますか」
被告人「大変ショックです」
弁護人「事件のときはどういう思いだったの」
被告人「今までなかったんです」
弁護人「急に精神的におかしくなっちゃったってこと?」
被告人「はい」
弁護人「自分としてはどうしてあのようなことをしたのかという思いなの」
被告人「はい」
弁護人「SさんのDVDを見てどう思ったの」
被告人「なんともいえない。心苦しくなりました」
弁護人「健気な看護婦さんの命を奪って本当に申し訳ないと思うの」
被告人「はい」
弁護人「前回Sさんのお父さんのお話を聞いてどう思ったの」
被告人「大変心苦しくなりました」
弁護人「私が面会に行ったとき、胸が締め付けられる思いだったと仰っていましたが、証言を聞いて前と変わったことはありますか」
被告人「・・・」
弁護人「あなたも犬のチャコちゃんが死んで悲しかったんでしょう。愛するかけがえのないお嬢さんを亡くしたお父さんの気持ちは分かりますよね」
被告人「はい」
弁護人「どうやったら犯罪を起こさずに済んだか分かりますか」
被告人「分かりません」
弁護人「苛立ちがあってクリニックで診察を受けたんでしょう。私はどうしようもないんですと先生に相談しなかったの」
被告人「はい」
弁護人「精神科の先生に自分から言わないと分からないでしょう」
被告人「分かりません」
弁護人「誰かに相談しようということは思わなかったの」
被告人「それはなかったです」
弁護人「あなたに心から悩みを語る友はいなかったの」
被告人「はい、いません」
弁護人「どうして友人ができなかったの」
被告人「・・・」
弁護人「学校はあまり好きではなかったの」
被告人「はい」
弁護人「楽しくなかった?」
被告人「はい」
弁護人「あなたはお父さんの世話をする女の人の衣服を燃やしていますね」
被告人「カーッとなってやったんです。コントロールできなかったんです」
弁護人「将来に対する不安はありましたか」
被告人「はい、ありました」
弁護人「あなたは働くことは考えていましたか」
被告人「古着屋をやろうと思っていました」
弁護人「あなたはその古着屋さんの計画を誰かに話しましたか」
被告人「父と母に話しました」
弁護人「あなたがそれをやることについてどう言っていたの」
被告人「喜んでいました」
弁護人「古着屋をやる具体的な準備はしていたの」
被告人「あまりしていない」
弁護人「あなたの心のなかにモヤモヤが生じて、それがとんでもないことをするという恐れはありましたか」
被告人「あります」
弁護人「それを母に相談したことはありましたか」
被告人「ないです」
弁護人「母があなたの面会に来てくれたことはありますか」
被告人「2回あります」
弁護人「それはいつですか」
被告人「私が入ってからすぐなので2年前くらい」
弁護人「姉に相談しようと思ったことはありましたか」
被告人「ありません」
弁護人「包丁でおなかを刺したらどうなるか分からなかったのですか」
被告人「・・・」
弁護人「亡くなってしまうかもしれない」
被告人「・・・」
弁護人「将来に対して希望が持てない状態だったのですか」
被告人「はい」
弁護人「犬とか猫に愛情の対象が移ってしまったわけですか」
被告人「はい」
弁護人「SさんのDVDを見てどう思いましたか」
被告人「胸が苦しかったです」
弁護人「人を刺したら死んじゃうってことは思わなかったの」
被告人「思わなかったです」
弁護人「あなたの父親の証言を聞いてどう思いましたか」
被告人「大変やったと思います」
弁護人「父親に関して良い感情を持ってなかったみたいだけど、今はどう思う?」
被告人「私のために面会に来てくれたと思うと、心が和みました」
弁護人「Sさんのお父さんも子どものことをよく考えてたということは知っていますね」
被告人「はい」
弁護人「捕まったとき、グラスのセットを取ったんだけど、グラスのセットを思い出して、夜眠れずに盗んだってことですね」
被告人「はい」
弁護人「それとも昼間見たとき、夜盗みに来ようと最初から計画していたの」
被告人「はい」
弁護人「どちらですか」
被告人「計画を立ててやりました」
弁護人「そのグラスセットをリサイクルショップで売れると思って取ったの」
被告人「はい」
弁護人「グラスセットはスーパーとかでも1000円程度で売ってるし、そんな高いものとは思えないんだけど、いくらぐらいで売れると思っていたの」
被告人「分かりません」
弁護人「あなたは4回目の侵入で捕まったんだよね。なんで何回も連続して盗みに行こうと思ったの」
被告人「よく見えなかった」
弁護人「3月と5月に気持ちがおかしくなるということだけど、その変なイライラの気持ちはなかったの」
被告人「はい」
弁護人「Eさんを襲ったときは、シャネルのバッグを持っていてお金を持っていそうだ思って襲ったの」
被告人「はい」
弁護人「モノを取ろうと思ったの」
被告人「そうですね。包丁を見せて、モノを置いて逃げたら、と思っていました」
弁護人「Eさんを襲った時はどんな気持ちだったの」
被告人「ビックリしました」
弁護人「そのビックリした気持ちから、だんだん普通の状態に戻っていったということ?」
被告人「はい」
弁護人「そのあと自転車も盗んでいるんだけど、その時の気持ちは?」
被告人「万引きのようなスリルがあって盗みました」
弁護人「人を刺してスッキリするような気持ちは起きてこなかったということですか」
被告人「はい」

 次に検察官からの被告人質問。

検察官「Eさんの事件後、気分が変わったと、そういうことですね」
被告人「はい」
検察官「それ以前はイライラ・モヤモヤがあったのですか」
被告人「はい」
検察官「するとモノを盗る事件は起こしたが、イライラとかモヤモヤはなくなったってこと?」
被告人「はい」
検察官「その気分はSさんを刺したあとは変わらなかった?」
被告人「はい」
検察官「Sさんのお父さんに対して、どう思っていますか」
被告人「償いきれないくらいに申し訳ないと思います」
検察官「お父さんの極刑にしてほしいとの陳述を聞いていますよね」
被告人「聞いていません」
検察官「どうやってこれから生きていこうか考えたことはありますか」
被告人「考えていません」
検察官「あなたがTさんを襲ったとき、彼女はどんな表情でしたか」
被告人「冷静な感じでした」
検察官「あなたはTさんに何か言いましたか」
被告人「言っていません」
検察官「あなたが包丁を示したとき、Tさんを刺そうと思ったの」
被告人「思ってません」
検察官「なぜ犯行後あなたは来るな!と言ったんですか」
被告人「こっちに来るような気がしました」

 再度別の弁護人からの質問。

弁護人「あなたは第7回公判でどうやって一生償うのかと聞かれて、分かりませんと言っていましたが、今はどう思っていますか」
被告人「死ぬまで償い通します」
弁護人「あなたはボールペンで般若心経を書いているということだけども、どんな気持ちで取り組んでいるの」
被告人「可哀相なことをしてしまったと思っています」
弁護人「具体的にどう償えばよいかは分からないということですか」
被告人「はい」

 ここで弁護人からの質問も終わり、裁判長が証拠関係の整理として乙40号証と乙48号証について証拠採用すると弁護側に述べた。
 乙40号証は千種区(のEさん)の事件で自分が犯人であることを概ね認める供述書、乙48号証は北区(のSさん)の事件で自分が犯人であると言わなかった理由や、それを認めた心情等が記載されている。
 検察側もこれ以上の立証は考えていないと述べ、証拠調べは終わった。
 次回を検察側の論告求刑で11月8日、次々回を弁護側の最終弁論で12月13日と指定して閉廷した。
 被告人はやたらとスローペースで退廷していった。

 閉廷後、弁護人2名は報道陣と
「今日は本当におかしかった。いつもは先生、お気をつけてお帰り下さいとか私に言うのに」
「多分あれはSさんのお父さんの証言が相当影響している」
「あの般若心経って本当なのかな(笑)。相当難しい字だよ」
「求刑が死刑だったらどうしよう」
「あの人知能低いから」
「全然声が聞き取れないので、あれは傍聴人に悪いと思う」
などと話していた。

報告者 insectさん


戻る
inserted by FC2 system