裁判所・部 福岡地方裁判所・第四刑事部(合議係)
事件番号 平成20年(わ)第21号
事件名 保護責任者遺棄致死
被告名
担当判事 谷敏行(裁判長)杉原崇夫(右陪席)池田幸司(左陪席)
日付 2008.8.6 内容 判決

 生後約1カ月の長女を餓死させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた当時19歳の夫婦のうち、夫の判決公判が本日あった。
 開廷前のビデオ撮影後、黒いシャツにズボン姿の被告人が入廷。両脇の刑務官より一際小柄で、腰まで伸ばした長い髪と色白の肌からも、女性と見間違えてしまいそうな若い青年だった。

裁判長「それでは開廷します。被告人は起立して証言台の前に立ってください」
 被告人は証言台の前に立つ。
裁判長「Aですね」
被告人「はい」
裁判長「これから判決を言い渡します」

−主文−
 被告人を懲役3年に処する。未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

−理由−
○罪となるべき事実
 被告人は平成18年1月頃、携帯電話のサイトを通じてB(妻)と知り合い、同年3月頃、神戸市内の自宅で同居を始めた。被告人は平成19年3月頃、Bから妊娠の事実を告げられると、堕胎を迫ったりBと二人でその腹部を殴打したりもしたが、やがてBの出産を受けとめたものの、妊娠の事実を周囲には告げず受診をさせないまま、Bを連れ戻しに来た両親から逃れるように、見知らぬ土地である福岡に転居を決め、同年10月福岡市博多区に転居し、Bと二人だけの生活を始めた。同月25日Bが被告人との間の子である長女を救急搬送先の病院で出産した際、被告人は医師から長女が低出生体重児(2480g)で、低栄養や低血糖、低体温に陥る可能性があり、被告人とBが自宅で育てたのでは、死に至る可能性すらあるとの説明を受け、入院が必要である旨繰り返し説得されたにも拘わらず退院を強く要求し、26日その後の通院を条件として医師から退院の許可を得た上で、長女を自宅に連れ帰ったのであるから、父親として長女の健康状態に注意を払い、医師に受診させるなどして、健康状態を維持できるよう生存に必要な保護を加えるべき責任があったにもかかわらず、Bと共謀の上、長女を一度も受診させなかったばかりか、暖房の無い部屋に置き、その生育に十分な授乳すらせず、長女を自宅に放置したまま頻繁に外出することを繰り返し、更に長女が出生時よりも痩せてきたことを認識しながら、受診させるなどの処置をとらぬまま、11月21日の夜頃、自宅において低栄養による脱水症または飢餓により死亡(死亡時の体重1850g)させた。

○量刑の理由
 本件の結果は、あまりに悲惨かつ重大で哀れというほかない。産まれたばかりの被害者は、その生命の全てを両親に委ねる他無かったのであり、その中で被害者は両親に裏切られ、おそらくは自己の生命に迫る危険性すら認識できず、肉体的苦痛に耐えながら誰にも助けを求める事も出来ないまま、あまりに無残な姿で、僅か生後一カ月足らずでその尊い生命を奪われ、可能性に満ちた将来を奪われている。そして被告人らが我が子にした事は、その未熟さや育児に関する知識不足などで到底言い表すことのできるものではなく、虐待そのものであったと言っても過言ではない。被告人らは、被害者のリスクを十分に認識しながら、理不尽にも強引に退院させたうえ、段ボール箱に入れて暖房の無い部屋に放置し、頻繁に外出を繰り返すなどしており、被告人らの育児放棄の程度は著しく、まさに虐待というべきものである。その一方で、被害者の出産で支給された一時金で、デジタルカメラを買ったという事をもってしても、被告人に親としての自覚や被害者に対する愛情は窺われず、感情は劣悪であると考える。とりわけ、被告人らの間では主導権が被告人にあり、Bがそれに従属する傾向にあったことが窺われることからすると、被告人の責任はBのそれに比べて重いと考える。また被告人は公判においても、未だに、自分なりに頑張って育児をしたつもりであると述べるなど、自らの行動により引き起こされた重大な結果と真摯に向き合おうとする姿勢をそこに見る事は出来ない。従って被告人の刑事責任は相当に重いと言わなければならない。しかしながら被告人が被害者に対し、虐待ともいえる行為に出た原因の一端は、被告人がBに過度に依存して従属させ、極めて閉鎖的な関係に陥っていたことであり、更にその原因は、被告人が幼い頃から複雑な家庭環境の中で育ち、義務教育を受ける過程でも集団生活に馴染めずに過ごし、他人との共感的な人間関係を形成する経験を持つ機会を十分に得られないままに人格が形成されたことにもあることが窺われるなど、被告人のみを責められない事情もある。そして被告人は、少なくとも自己の行為によって被害者を死亡させた事は認め、被告人なりに反省の態度を示しており、未だ成人して間もない事を考えると、被告人がこれから自己の問題点を再認識して、これを克服し更生する可能性は考えられる。又、未熟であった被告人に対し、育児の情報や福祉機関等による育児への社会的な協力が行き渡らなかったという事情も窺える。更に被告人には前科前歴は無く、被告人のお母さんが被告人の更生に協力するという意向を表明してる等、被告人の為に酌むべき事情も認められる。これらの事情を総合考慮することになるが、本件の結果の重大性や育児放棄の程度が著しい事に照らし合わせると、被告人に対し、その刑の執行を猶予すべき事案であるとは考えがたく実刑を持って臨み、被害者のかけがえのない生命を奪った事への償いをさせると共に、自らの行為について真摯な反省の日々を送らせるのが相当であると判断し、被告人を主文の実刑に処することとした。

 裁判長が、主文をもう一度繰り返し言い渡すと、被告人は頷いた。
裁判長「訴訟費用は被告人には負担させないこととします。主文の内容は解りましたかね?」
被告人「はい」
 被告人は頷いた。このあと控訴の申し立て手続きの説明を受けている時も、被告人は小さく頷いて聴いていた。

 傍聴席には、被告人の母親と妻の母親が居たが、被告人は一度も傍聴席に目をやることなく、閉廷すると足早に法廷を後にした。

事件概要  被告人は妻と共に、福岡県福岡市の自宅に於いて、生後1月未満の長女に十分に授乳をしなかったり長時間放置した結果、2007年11月21日、低栄養による脱水症または飢餓により死亡させたとされる。
報告者 福太郎さん


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