裁判所・部 福岡地方裁判所・第三刑事部3係
事件番号 平成19年(わ)第1632号
事件名 傷害、脅迫、器物損壊
被告名
担当判事 大庭和久(裁判官)
日付 2008.6.13 内容 被告人質問等

 開廷前のビデオ撮影後、グレーのジャージを着た被告人が、刑務官二人に挟まれて入廷した。白髪が目立つ丸刈り姿で、普通のおじさんだった。物腰の柔らかい丁寧な話し方で、質問には淡々と答えていた。

−弁護人による被告人質問−
弁護人「貴方は、インターネットで『復讐します』と掲示板に載せましたね?」
被告人「はい」
弁護人「その頃の生活状況について訊きますけど、住居はどんな所に住んでましたか?」
被告人「船橋で、その時点では家内と子供3人とは離婚した形で、別居した状態で一人で住んでいました」
弁護人「船橋のマンションに、別居して一人で住んでいましたね?」
被告人「はい」
弁護人「その後、離婚しましたね?」
被告人「はい」
弁護人「離婚した後、船橋のマンションも追い出されたんでしょ?」
被告人「はい」
弁護人「ローンが払えなくなってね?」
被告人「はい」
弁護人「船橋のマンションを出された後は、どういう所に住んでたんですか?」
被告人「とりあえず荷物を倉庫に預けて、インターネットカフェ、サウナ、レンタル倉庫等で寝泊まりしておりました」
弁護人「コンテナを改造したレンタル倉庫に住んでたと言ってましたね?」
被告人「元々は荷物だけを置く様な所だったんですけど、サウナとかスーパー銭湯とかお金が掛かる所ばかり泊ってる訳にはいかないもんで、お金が無い時にはそこで朝方まで時間を潰してたという様な時期もありました」
弁護人「その頃の収入は、日雇いの仕事で得たんですか?」
被告人「主にそういうのをやったり、季節的なクーラーの設置工事とか何回かやりましたけれども、常時そこで働いてという訳ではなく一週間とか十日とか働いて、また辞めてという形で収入を得ていました」
弁護人「貴方は元々、大学を出て一流の会社に就職して、結果的に退職してホームレスに近い様な生活に陥ったんですけど、在職中の借金が原因ですか?」
被告人「そういう形になると思いますけど、私自身は考えの甘さが一番大きかったんじゃないかと思ってます」
弁護人「多重債務に陥るとか借金が多くなるというのは借りる人の問題、貴方自身も問題であるとの事ですね?」
被告人「はい」
弁護人「生活保護等の受給の申請をしようとは思わなかったんですか?」
被告人「いや、それはしませんでした」
弁護人「何故しなかったんですか?」
被告人「変なプライドがあったのかも知れません」
弁護人「変なプライドというのは、生活保護の申請をして、そのお金で生活をするというよりも一人で生きて行きたいという事ですか?」
被告人「はい」
弁護人「生活保護の申請をしたりすると住民票とか居住も定住しないといけない。それで、借金の取り立てに来られるからという様な気持は無かったんですか?」
被告人「それは有りました」
弁護人「マンションを出された頃の借金の総額はどの位あったんですか?」
被告人「300万円程は、あったんじゃないかと思っております」
弁護人「貴方は、インターネットで『復讐引き受けます』、それを立ち上げたのは、どういう気持ちからだったんですか?」
被告人「掲示板を見始めたというのは、時期的にはマンションを追い出されて、その年の暮れ前からだったと思います。同じ境遇の人が居るんだなと。自分がこういう状態であるから、同じような境遇の人は居ないかなという様な気持で初めは見ておりました。年が明けてから、自分もこういう事があるんだよというニュアンスで、単に人が書き込んだものに自分も書き込んでいるという形から始まって、人のプライバシーに係る事への興味が湧いて、それで自分も立ち上げる事によって、より具体的な中身が知り得るんじゃないかなと。始めは興味本位から掲示板に書き込んだという形だったと思います」
弁護人「興味本位だったと言われたけど、最初の内は本気で引き受けるつもりではなかったんですか?」
被告人「そういう気持ちは正直ありません。掲示板自身が闇サイトというイメージのものじゃなくて、ごく一般的にある掲示板の中のその中の、復讐だとかイジメだとかネガティブだとかという項目が沢山書いてある所に、人の恨み辛みというと可笑しいですけど、そういう項目が沢山書き込まれていて、そこに書き込まれている中身を具体的に知りたいなというのが最初でした」
弁護人「貴方が出した掲示に対して、話を聴くこと自体が興味があったという事ですか?」
被告人「はい」
弁護人「その中で実際に、BさんとCさんから復讐して欲しいと依頼が来たわけでしょ?」
被告人「はい」
弁護人「最初はどんな感じだったですか?」
被告人「初めは相手の方も勿論疑ってたでしょうし、私もホントかなって、最初はお互いになかなか本音が話し合えなかったという部分があったのではないかと思います。そういう中で、初めにBさんの方からメールを頂いて、しばらくお話をしている間に、こういう事もあるんだなと、私に出来る事なら何とかしてあげたいなと。但し、これはどちらかというと興味本位の部分が圧倒的に多かったと思います」
弁護人「最初は興味本位や同情の気持ちもあったかもしれないけど、最後はお金を貰って引き受ける事になったんですかね?」
被告人「はい」
弁護人「お金を貰って引き受けるというところまで行ったというのは、どういうきっかけだったんですか?」
被告人「初めからお金が目的で、やろうとしたんであれば、自分の名前を伝えることも無いでしょうし、初めから犯罪をしようという気持ちは、あったわけでは無いですので、Bさんに対してもCさんに対しても、自分の本名を名乗り、免許証の写真まで送って『私はこういう者ですが協力できる事は協力出来ますけれど、協力できない事はできません』と、お話した上で話を進めました」
弁護人「お金を最初に要求したのは、お金をくれればやりますと言ったのは貴方ですか?」
被告人「動く中で必要なお金は下さいと。但し、交通費とか宿泊費とかで、報酬という事で何かやったらお金を下さいといった形ではありません」
弁護人「貴方の言い方だと、経費だけ貰って報酬は貰うつもりはなかったんだと言ってる風に聞こえるけど、しかし最終的には総額は大きくなっとるでしょ?」
被告人「はい」
弁護人「貴方のやった行動の見返りとして貰ったんじゃないの?」
被告人「最終的には、そうなると思います。但し、Bさんの場合に関しては最初からそういう報酬目的ではなくて、自分に出来なかった、最終的には人を雇ってボコボコにして薬液をかけてくれないか、という事に対しての報酬という形で」
弁護人「貴方は、Bさんから合計141万円貰っている。Cさんから300万円位貰っている。やった行為からすると、Bさんから頼まれた事は硫酸掛けたワケね。Cさんから頼まれた事は、脅迫文を出して車を傷付けたんだけど、Cさんの方が金額が大きいのはどうして?」
被告人「やってくれという内容が、子供をレイプしてくれだとか、奥さんをレイプしてくれだとか、家に放火してくれだとか。到底私にはできない事だったので、結果的には、やってもない事をやったという形でお金を振り込んでもらって、金額的には多くなったという形になります」
弁護人「Cさんの方は、頼まれた内容が大きかったから金額が大きくなったという事ですね?」
被告人「はい」
弁護人「しかし、貴方はそれをやってませんね?」
被告人「はい」
弁護人「結果的にCさんを騙した事にならんかな?」
被告人「そうなります」
弁護人「aさん(傷害事件の被害者)に硫酸を浴びせた結果、左目が社会的失明と言われてるくらい後遺症が残ってるんだけど、これをやった事については今はどう思ってますか?」
被告人「大変な事をやってしまったということが一番にあります」
弁護人「貴方は被害者に対して、補償しようとしても全然お金がありませんね。何とかしたいという気持ちはあるんですか?」
被告人「取り調べの時に刑事さんにお話しさせて頂いたし、拘置所の中にいても謝罪文を書いて出そうと思ったんですけど、やはり今の段階で、こんな謝罪文を出したところで受け取ってもらえないのが事実だと思いましたし、今私が出来る事としたら、刑を終えた後に、自らどういう形でもいいから働く形で、きれいなお金を少しづつでも賠償金の一部として支払っていくという事しかできないんですけど、そういう段階になるまで、何年掛かるか分からないですけど、その段階ではじめて…」
弁護人「私の方に何度も手紙を書いて来ましたね。その手紙の中では、被害者に直接手紙を書いて謝罪したいんだけども、反って恐れられたり迷惑を掛けたりそういう心配があって、私を通じて私の方に手紙を出してたわけですね。貴方の気持ちをね?」
被告人「はい」
弁護人「bさん(脅迫.器物損壊事件の被害者)の御家族に対して、Cさんから頼まれて脅迫文を自宅に置いたり、車に剥離剤かけたりしてるんだけども、その点についてはどうですか?」
被告人「依頼された内容はどうしようもない内容で、全くそういう気持ちも無かったというのは事実なんですけど、そういう手紙(脅迫文)一つ受け取っても受け取った側からすると、すごく恐怖になってた部分もあると思いますし、特に小さいお子さんに対しては、本当に申し訳なく思っております」
弁護人「娘さんとか奥さんに対して脅す様な文章になっとるですよね?」
被告人「分かります」
弁護人「何れにしても被害者に対して申し訳ない気持ちは本当にありますか?」
被告人「はい」
弁護人「はい、終わります」

−検察官による被告人質問−
検察官「ネットでBとCと連絡を取るようになってから以降の事ですが、貴方はネットカフェやレンタル倉庫で寝泊まりしてたが、ネットでやり取りする他には何をしてたんですか?」
被告人「テレビを見るというのも、ネットカフェでという事が多かったものですので」
検察官「ちゃんとした仕事を探すとか特にせず?」
被告人「合間に仕事は何回かやりましたけど、何ヶ月間か続けて新たにハローワークに行って勤め先を探すというのはやってませんでした」
検察官「どうしようと思ったんですか?その先」
被告人「非常に不安だった事は間違いありません。ただ具体的に行動にまでは動いてませんでした」
検察官「Cに対しては報酬というか経費という名目で高額の金を得ているワケですけど。貴方は、復讐の内容として出来る事とできない事がありますと…断ったという話でしたよね。けど、どうして断らないんですか?レイブとか放火とかそんな話を」
被告人「その時には、断ってやらなかったにもかかわらず、それでもお金を振り込んでいただいたという事が頭に残ってて、それを一つの収入の方法として考えていたという事になるかと思います。二回目以降は、やらないでお金を取ったという事で、一つの収入として得ていたという形になります」
検察官「そうすると、お金が入って来るんだからこのまま嘘を付いて貰ってしまおうと?」
被告人「根底には、そういう気持ちもあったろうと思います。勿論、そういう事は出来ないものという気持ちも強くあったと思います」
検察官「調書に…脅迫.器物損壊の事件については被害者も悪いんだと、悪いのは自分と被害者であるという記載があるんですけど、これはどういう意味ですか?」
被告人「車に対する損壊に関しては全て私の責任ですけども、Cさんの気持ちも顧みず誠意のある行動をしなかったbさん自身も悪かったのではないかという気持ちからです」
検察官「被害を受けても、やむを得ないんだと?」
被告人「そういった開き直った言い方ではなくて、どちらかというと、私と同じ加害者の女性の方には、少しでも寛大な処置をお願いしたいという気持ちからそう言いました」
検察官「貴方がやった様な犯罪行為が、正当化されないって事は解ってますよね?」
被告人「はい、もちろん解っております」
検察官「わかってて、どうしてそういう言葉が出たのか疑問なんですけどね。本当に解ってます?」
被告人「はい、それは勿論解かっております」
検察官「貴方は復讐請負人だという気持から、BとCから復讐を請け負っていたんですかね?」
被告人「そういう様な大それた考えは無かったです」
検察官「どういう気持ちでこんな事してたんだろう?」
被告人「Cさんの場合に関しては、こんな事は到底出来無いという形でお金を受け取ってしまったというのが、後々ズルズルと続いてしまったという感じで、Bさんに関しましては、出来ない事を最初に引き受けてしまって、お金を最初に受け取ってしまって、とにかく何かをしなければという切羽詰まった様な気持ちがあったのは確かです」
検察官「被害者に対しては、どうこう言う気持ちは無いんですか?」
被告人「Bさんから事情をはじめに聞いておりましたので、酷い男なんだなぁという気持ちは持っていたのは確かです」
検察官「そうすると、貴方自身も犯行後には胸をすくような思いがしたとかあるんじゃないですか?」
被告人「いや、それは無かったです」
検察官「どんな気持ちでした?」
被告人「やってしまった、どうしようという気持ちの方が圧倒的に大きかったです」
検察官「傷害事件についてはね、失明という事態にまで至ってる訳ですけど。予想出来ますよね?薬品を掛けるという事については、全く躊躇は無かったんですか?」
被告人「準備したのは確かに私ですし…顔に掛けてという気持ちはありました。その時は前もって準備してて、出会い頭を狙って…どうしようという気持ちの中で、犯行に及んでしまったというのが正直なところです」
検察官「出会い頭というより、待ち伏せしてましたよね?」
被告人「はい、待ち伏せして、今日はもういないと、帰ろうと歩道を歩いてて、歩道を曲がりかけた時に、歩いて来る被害者の方と遇ってしまったという形で、それから慌ててとなってしまいました」
検察官「これだけ重大な事件を起こした事で、それなりの刑が来ると覚悟していると思うんですけど。いずれ社会復帰すると思うんですが、その後の事って考えてますか?」
被告人「今は具体的に何をどういう形で、どういう所で働いてというところまで頭が回っておりません。但し、少なくともどんな形ででも働いて、きれいなお金で被害者の方に少しずつでも弁償していくという気持ちしか今はありません」
検察官「誰か周囲に頼る人って居ないんですか?」
被告人「今、具体的に社会復帰の事を考えて、誰かにどうのこうのというところまでは全然頭が回ってない状態です」
検察官「終わります」

−裁判官による被告人質問−
裁判官「貴方は、レイプや放火とか出来無いという気持ちがあったという事ですけど、始めから最後まで無かったんですか?」
被告人「はい、全くありませんでした」
裁判官「とても出来る事じゃ無いという事を、おっしゃったんですけども、始めから騙すつもりだったんですか?」
被告人「どうしてもやってくれ云々と、結構厳しい言われ方をされまして、結構気の強い女性だったもので、やった振りをしておこうという形で…それに対して次はもっとこういう事をしてくれと、どんどんエスカレートしていく部分もあったもんで、私としても、ただハイ、ハイと言ってる感じで、構わずという気持ちの方が強かったです」
裁判官「では、貴方が出来る事としては、脅迫.器物損壊だったという事になるワケですか?」
被告人「はい。要は相手の男性に対して恨みがあるのであって、その方の奥さんは関係無いですので、そういう関係ない人に対して、私はそんな事はするつもりがなかったという事が一番大きかったです」
裁判官「こういう復讐の依頼を募るような新しい犯罪形態が、今後増える様な気がしてるんですけども、貴方はどんな感じですか?」
被告人「それは正直あります。私は掲示板に書き込んだだけですけど、そういうサイトを自分で立ち上げてホームページを持ってる様な人は何人も居ましたし、それを本当の商売にしている人も見受けられましたので、おっしゃる通り私もそんな風に思います」
裁判官「貴方としても、今後この様な事は一切しないという事でよろしいですかね?」
被告人「はい」
裁判官「はい、それでは元の席に戻ってください」

○検察官による論告求刑
 本件は、被告人が報酬等の金目当てに復讐請負人になり、インターネットサイトを通じて依頼者を募った上、これに応じた共犯者らの復讐心を煽り、これを利用し、復讐の名の元に凶行に及んだもので、被害者に対し顔面等に高濃度の硫酸を掛けて失明させるという、取り返しのつかない重篤な傷害を負わせる等した極めて重大かつ悪質な事案である。
 復讐等の名目で、Bからは合計約140万円もの金を、Cからは合計約300万円もの多額の金を毟り取る様にしていた。
 同人らの心情に付け込んで復讐心を煽った上で、経費等の名目や、実際には実行していない復讐行為の復讐名目で、金などを要求し続ける等した。
 しかも、本件各被害者とは何らの接点もなく、自己の犯行である事が、捜査機関に発覚しにくいである事を前提として、各犯行に及んでいるものであって、狡猾かつ巧妙であり、その犯情は極めて悪質である。
 法治国家においては、復讐は絶対に許されないものであり、金目当てに復讐心を煽り、それを実行した被告人の犯行は、法を無視した極めて悪質重大な犯行である。
 高濃度の硫酸を被害者に掛けて、失明ないしは顔の火傷で醜くさせるという事を、帰宅途中の被害者を待ち伏せし、すれ違いざまに、両目付近をめがけて浴びせ掛けたものであり、人体に付着すれば即座に重篤な結果を惹起する硫酸を浴びせ掛けたもので、冷酷で残忍な犯行である。
 傷害被害者は、高濃度の硫酸を顔面に掛けられ、約4か月に渡って入院加療を余儀なくされただけでなく、左目の視力が回復する見込みがなく失明の状態となった。被害者は長期間仕事を休まざるを得ず、社会的、経済的に多大な損害を受けているのであり、傷害被害者や家族が受けた被害はきわめて甚大である。
 また、脅迫.器物損壊の被害者や家族に対して、器物損壊の行為をしたり、娘を強姦する旨の脅迫電話を掛けたりした上、本件各犯行に及んだものであり、不安と恐怖に追い込むのを楽しむかのように、執拗かつ冷酷という犯行を実行した。脅迫被害者は、被告人から度々にわたって、自身とその家族に多大な嫌がらせ行為等を受けた上、最愛の娘までも強姦するなどと、家族に被害を加える旨、脅迫を受け、更に器物損壊の犯行実行で、恐怖や不安に陥れられた犯行で被害者や家族に与えた被害結果も甚大であった。そして、いずれの被害者も被告人の厳罰を望んでいる。
 傷害被害者は、今も首筋に化学熱傷の跡が生々しく残っており、今後の社会生活にも、重大な支障を生じる事が考えられる。傷害被害者は硫酸を掛けられた時の光景や恐怖を忘れる事は出来ない。硫酸を掛けられ失明させられた事に対する責任を十分に取って欲しい等と、その切実な処罰感情を述べている。傷害被害者やその家族が受けた損害は甚大で、精神的な苦痛も深刻である事からすれば、被害者が被告人の厳罰を望むことは、もっともな事であり、この事は、量刑上最大限に考慮されるべきである。
 脅迫.器物損壊被害者においても、度重なる脅迫行為等により、妻や娘にまで被害が及び兼ねないという恐怖や不安を強いられたものであり、更には、自動車の塗装を剥離させられた事によって、約50万円以上もの経済的な損害を被った。被告人に対して厳しい処罰を与えて欲しいとの被害者の処罰感情も十分に考慮されるべきである。
 いずれの犯行等も周到な準備をした上での計画的犯行であった。
 そして、被告人は脅迫.器物損壊被害者に対して、その被害者にも責任はあると述べており、自己の犯行を正当化しようとしてるとしか思えない様な言動をした。したがって、被告人が真に反省しているとは言い難い。
 加えて、被告人は無職で生活の本拠も無く、周囲に適切な監督者も居ないとの事からも、再犯に及ぶ可能性が極めて大きいと考える。
 本件は、インターネットで復讐を請け負い、残忍な犯行を実行したという他に類を見ない犯行であり、テレビ等のマスコミで大きく取り上げられて、社会を震撼させたもので、平和である市民生活に与えた影響は甚大であった。
 また、インターネットを通じての接点しかない者が、犯罪を実行する形態での犯行というのは、被害者と実行犯との人的関係が無く、そこには被害者に対する感情を抱くことは無く、冷酷にゲーム感覚に犯行に及ぶ傾向にある訳であるから、更なる重大な犯罪に及ぶ事が予想され、同種犯罪が多発していることからも、その事は窺える。
 この種の犯罪は模倣性が強く、同種犯行が横行する危険性が非常に大きいのであるから、一般予防の見地からも被告人を厳罰に処すべきと考える。
 以上諸般の事情を考慮し、相当法条を適用の上、被告人を懲役8年に処するのが適当であると主張する。

○弁護人による最終弁論
 本件公訴事実については、被告人も全面的に認めるところであり争うものではない。
 傷害、脅迫.器物損壊行為は、いずれも金銭取得目的であり、共犯者B、Cからa氏、b氏それぞれに対する復讐の依頼、復讐を協力することを承諾して、その両名の復讐として本件犯罪行為を実行したものであり、被告人の責任は大変重く、また厳しく非難されてしかるべきであると弁護人としても考えている。
 しかしながら、本件傷害事件、脅迫.器物損壊事件を引き起こし、a氏とその家族、b氏とその家族を苦しめた元々の原因、又そのきっかけを作ったのは、a氏とb氏の倫理に反する身勝手な行為そのものにあると弁護人は思っている。(Bと被害者、Cと被害者のそれぞれの関係から復讐に至る経緯を詳細に説明…)
 以上の事情は、十分に量刑において考慮されるべきと弁護人は考える。
 被告人の犯行動機は、いずれも金銭に困窮した上での金銭取得目的である。
 被告人は平成13年12月、それまで勤めていた会社を辞め、その後定職に就くことなく、平成18年10月頃、それまで住んでいたマンションも追い出されている。借金を抱えた上、千葉県船橋市にあるコンテナを改造したレンタル倉庫に居住したり、インターネットカフェに寝泊まりしたり、或いはサウナに寝泊まりして、時々の日雇い労働をしながら生活の糧を営めていたが、ほとんどホームレスに近い貧窮生活であった。その様な生活の中で、船橋市のインターネットカフェでインターネットをする内に、平成18年3月頃、掲示板に『復讐引き受けます』というスレッドを立ち上げた。
 これにBとCが、復讐の依頼をしてきたわけである。
 被告人の犯行動機は、金銭に著しく貧窮していたために、インターネットにアクセスしてきたB、C両名からの依頼で復讐を引き受け、その金銭対価を得ようとして、本件犯行に及んだわけである。
 硫酸を顔面に浴びせ掛ける方法行為は、被告人とBの間で、復讐の方法をインターネットを通じて話し合う中で、Bが出してきた復讐案である。Bは、a氏が二度と女遊びが出来ない手段は無いかと考えている内に、過去にバッテリー液が手に付着した事があり、その時の経験から水鉄砲か何かで、a氏の目に掛けたりすれば、失明したり重い障害が残るのでないかと言って被告人に提案した。被告人は、Bのその意に沿う形で準備し、バッテリー液の硫酸を掛けたものである。
 b氏の家族に対する復讐に関しては、Cは復讐の念が極めて高く、b氏の妻や娘を強姦する事、b氏の自宅に放火する事やb氏を痴漢事件の犯人にでっちあげる等を被告人に頼んでいる。被告人はこれらの要件については、被告人自身考え、そこまではとてもできないと考えて、やらなかった。そして、やった振りをして報酬のみを受け取った。最終的に被告人が行ったのは、脅迫文送付とb氏使用の自動車の損壊である。
 被告人は前科前歴は無く、本件事件がはじめての犯罪である。
 被告人は、…大学を卒業後、大学で学んだ知識を生かせる仕事に就いて順調に働いていた。しかし、生来の見栄っ張りのところがあり、分相応の金銭を費やした結果、多重債務に陥った。一旦、多重債務の負債整理をしたが、再び多重債務に陥り、平成13年12月に勤めていた会社を辞めた。その後は、なかなか定職に就けず日雇いの仕事をしながら、レンタル倉庫やインターネットカフェで暮すようになった。最後に金銭に困窮して本件犯行を起こしたわけである。被告人のこれまでの生活歴を見ると、会社勤務の時代までは、順調な生活が続いたが、その途中で、多重債務をきっかけに同社を退職し、その後は坂を転げ落ちる様に困窮生活に転落していったわけである。最後の果てが、本件犯罪に手を染める事になったものである。
 被告人は困窮生活の中とはいえ、a氏の顔面に硫酸を浴びせ掛けて、顔面に化学熱傷を負わせ重大な後遺症を残している。この様な犯罪行為を行った事は、勿論非難されるべきことである。本人も深く悔やみ改心し、反省を今も続けている。
 同じく、b氏の家族を脅迫し車を損傷し、b氏の家族らに著しい恐怖を与え、精神的な苦しみを与えた事を、悔い改め反省し本件を謝罪している。
 以上の事情を十分推察の上、ご判断いただきたい。

 被告人は、論告、弁論の間、視線を床に落として聴いていた。検察官が、再犯に及ぶ可能性は極めて大きいと主張した時、被告人は、目を閉じ顔を小さく横に振っていた。

裁判官「被告人は、証言台の前に立ってください」
 被告人は、証言台の前に立つ。
裁判官「これで審理を終わる事になるんですが、その前に貴方が言いたいことがあったら言ってください」

被告人「今回の私が起こしました事件で、顔や目に傷害を残してしまったaさんに対しましては言葉もございません。お詫びできない以上に、深い反省と申し訳ない気持ちでいっぱいです。今回、新聞やテレビ等でも報道されたという風に聞いております。aさん、bさんの御家族に対して、加害者の私がこんな事を言ったらおかしいですけども、加害者である私の元妻や子ども達ですら、事件発覚後、同じ名前で生活して行く事は出来ない、就職、進学、学校には行けないという事で、これまで私と同じ名前を名乗っていてくれてたんですけど、名前を旧姓に変えたという話を去年の12月に弟から聞きました。加害者である私の離婚している家族ですら、そういう生活に陥らなければならなかったという事を聞いて、被害者であるaさんとか、bさんのご家族は、それ以上に深い苦しみ、悲しみ、悩みがあるんじゃないかという事は、考える度に分かる事で、私が起こした事件で、数名の人を傷付けたというだけではなくて、多くの家族の方、同じ加害者であるBさん、Cさんの御親族ご家族を含めると、多くの方を傷付けたという事に対して、深く反省しております。今、私ができる事は、罪を償って今後どうして行くかをじっくり考える事と思っております」

※後日、福岡地裁は被告人に懲役5年の実刑判決を下した。

報告者 福太郎さん


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