死刑になる犯罪(第四版)

はじめに

 「死刑になる犯罪」を改版してから、すでに5年が経とうとしている。この間、量刑の基準が、少し変化しているようなので、死刑求刑・無期懲役求刑事件共に2000年以降の判例を対象として、分析していこうと思う。

 法で死刑が定められている罪はいくつかあるが、現在、実際に死刑が選択される罪は殺人(刑法199条)及び強盗致死(刑法240条後段)のみである。しかも、近年は例外的な場合を除き、1名を殺害した場合は、死刑になる可能性は低い。「どれほどのことをすれば死刑になるのか」という疑問をここで(ある程度)明らかにしていく。
 なお、途中の長い文章を読むのが面倒な人は、最後の「結論」を読んでもらえばいい。


死刑を選択する要素

○永山判決
 死刑を選択する基準らしきものを初めて明らかにしたのは1983年7月8日の永山則夫元死刑囚の第一次上告審(昭和56あ1505号・第二小法廷判決)である。
 この判決で、死刑を選択する要素を明確にしている。すなわち

 1:犯行の罪質
 2:動機
 3:残虐性
 4:殺害数
 5:遺族の被害感情
 6:社会的影響
 7:犯人の年齢
 8:前科
 9:犯行後の情状

 1の罪質及び4の被害数については後述する。
 2の動機は、他の要素の検討の結果、該当事件が死刑と無期のボーダーラインにあるときに考慮されることがあるようである。すなわち、同じ利欲からみの殺人事件でも、金を欲するようになった原因が、遊興のものであれば、減刑の対象にはならないが、工場経営の借金が原因であれば減刑する、といった具合である。
 3の残虐性、5の遺族の被害感情は、該当事件が死刑と無期のボーダーラインにあるか、ボーダーライン下でも、死亡被害者数を除く要素で悪質である場合に、考慮されるようになってきている。
 6の社会的影響は、担当判事の価値観・感受性によって大きく変わるが、後述する「闇サイト殺人事件」で理由の一つとされるため、今後の情勢次第では影響があるかもしれない。
 7は、重要な判断の材料になっているが、死刑を求刑してきた場合、以前ほど重要視されてきていないようである。これは、2000年以降、ボーダーラインである2名を殺害した殺人事件(199条)で、上告審・控訴審段階の違いはあるものの、2名の犯行時18歳の少年が死刑で上訴している状況であるからである。原因としては、光市母子殺人事件の第一次上告審(無期懲役の量刑に対して破棄差戻)が影響しているように思える。
 8の前科は無視できない要素である。死刑求刑事件において、殺人前科を持っており、仮釈放中の再犯もしくは、刑期満了後、殺人以外の犯罪を含め累犯している場合では、死刑を免れるのは困難である。特に殺人及び強盗殺人による無期懲役の前科を持っている場合で死刑を免れた例は、一審段階では2名しかおらず、しかもそのうち1名は二審で死刑に変更され、残る1名は最高裁で二審でも支持した無期懲役判決を差し戻されている。ただ、90年以降の無期懲役・有期懲役求刑事件にも、このような事例4件確認されている。この点は、まだ研究の余地がある。
 9の犯行後の情状は、他の要素の検討の結果、該当事件が死刑と無期のボーダーラインにあるときに考慮されることがあるようである。具体的には、加害者側が、被害者側に対して相当額の賠償金を払ったかどうかである。特に被害者や遺族から宥恕をもらっている場合には有利に働くようである。
 以上、最高裁は死刑選択の要素を挙げてはいるが、各要素がどの程度もしくは連携されれば死刑に至るのかは明確にされていない。

 他に第一次永山上告審に挙げられなかった要素で、結構重要なものとして「殺人に対する計画性」「殺意の強度」がある。各ボーダーライン上の事件では、この要素が決め手になることも少なくないようである。


○連続上告判決・決定
 97−98年、検察は当時の某高検検事長を仕掛け人として5件の二審無期懲役事件に対して、量刑不当を真の理由に上告した。その結果、99年末に最高裁は2件の判決と3件の決定を出した。そこに挙げられた量刑を決める要素は以下の通り。

 1:殺人の前科
 2:殺人の計画性
 3:犯罪への主導性
 4:動機への情状
 5:犯行後の反省

 1は永山判決の8を、さらに殺人前科に絞ったもので、つまり殺人以外の前科であれば、死刑選択をする上で大して考慮しないことを示している。
 2は永山判決にない要素で、どれだけ周到に殺人の計画を立てたかという点を重視している。逆の典型は未必の殺意による事件であろう。また、殺人以外の計画がいくら周到でも、死刑選択をする上で大して考慮しないことを示している。
 3も永山判決にない要素で、共犯事件において、犯罪の計画・指導・推進にどれだけ深く関わったかという点を重視するもの。この観点は、共犯の刑がすでに確定している場合、その刑が該当者の量刑に大きな影響を与える。
 4は永山判決の2を、もっと詳しく説明している。つまり、犯行動機が同じ金を欲するものでも、その金を欲するにいたるようになった理由が、遊興によるものであれば酌量の余地はないが、真面目に生活したものの、会社・工場の経営上の問題や生活費の不足によるものであれば酌量対象となるといった具合である。
 5は永山判決の9に該当するが、最高裁は深い反省を軽減の理由として挙げている一方、この情状をあまり重視すべきではないと、釘をさしてもいる。いずれにせよ、単独の要素として、あまり量刑を左右するものではない感じを受ける。


境界線の実際

 2000年1月−09年12月の間に死刑求刑事件で地方裁判所で有罪判決が出された203名のうち、言い渡された刑は死刑123名、無期懲役80名である。
 罪名別にみると、強盗殺人では死刑54名、無期懲役43名であり、殺人では死刑69名、無期懲役37名である。

 強盗殺人で見てみると、被害者3名以上の事件では死刑16名、無期懲役2名であり、無期懲役の2名は、いずれも犯行時少年で、一審判決では従犯と認定された者である。これら2名は控訴審で死刑に変更されたため、現状このケースは例外なく死刑といえる。
 被害者1名では死刑3名、無期懲役19名であるが、そもそもこれらのケースは無期懲役求刑事件に、その多くを見ることができる。ちなみに死刑うち、1名は殺人の前科があり、殺害を前提に事件を起こしたと認定された事件で、残り2名(1件)は「闇サイト殺人事件」と呼ばれる事件で、インターネットで面識のない者同士が組んで行った点で、10年前には見られなかった新しい型の犯罪であるが、一審ではこの新しい型の犯罪の社会的影響(模倣性・匿名性の高さ)を考慮したことも量刑の原因の一つに挙げている。また、この事件では殺害を前提に事件を起こしたこと、残虐性の高さも認定している。
 被害者2名では死刑35名、無期懲役22名である。このあたりが、強盗殺人事件における死刑優勢のボーダーラインと考えられる。ただし、無期懲役求刑事件にも、このケースは見られる。
 ここでは、通常死刑が選択されると考え、無期懲役が選択された事例の理由を考察してみる。対象は二審が死刑に変更された4名を除く18名である。

 1:従犯者6名。
 2:殺害の計画性の低さを理由とした者4名。
 3:被害者に非があると認められた者4名。
 4:若年を理由とした者2名。
 5:犯行動機に利欲性が低いとされた者2名。

 2の事例は、連続上告の2で述べたケースに当たる。
 3の事例は、被害者によって労働・生活を圧迫されていた事例、犯行のきっかけに被害者の挑発があったと認定されたという事例である。
 4の事例は、被告が犯行時19歳と21歳で、矯正が可能と認定された事例である。
 5の事例は、被害者の殺害が目的であり、強盗は付加的なものであるとして、利欲性の低さが無期懲役を選択した理由となっているが、これは連続上告の2に抵触する考えで、いずれも検事上告がなされている。いずれも上告棄却され、無期懲役が確定しているが、そのうち1件では最高裁判事2名が差戻の少数意見を述べている。
 一方、無期懲役求刑事件では、19名が確認されているが、うち12名は死刑求刑事件の従犯、1名は犯行時17歳、1名は心神耗弱が認められたであるので、特に論ずる必要はないであろう。
 1名は寒い時期に薬を飲ませて昏睡した被害者を、外に放置したため凍死した事例で、未必の殺意(注1)に準じると認定された。(ただし、罪名は昏睡強盗強姦致死=殺意が無かったケース)
 1名は第二事件において、第一事件を知った当時の恋人が離れるのを引き留めようとした末に殺害し、第一事件後十数年経た後、自首し、深い悔悟の日々を送っていることを認定された、強盗殺人1件、殺人1件の事例である。
 1名は出会い系サイトで知り合った女性2人を絞殺した、強盗殺人1件、殺人1件の事例であるが、裁判所は被害者が出会い系サイトに安易に接近するのは危険であると、被害者の非をとなえるような理由を述べている。
 1名は罪名が強盗致死であり、殺意がなかった事例である。
 1名は親族間の犯罪で、犯罪の公共性(注2)が低い上、被害者遺族(被告人の親族でもある)は被告の死刑を望んでいない事例である。

 罪名が殺人の場合には、死刑69名、無期懲役37名であり、このうち、オウム真理教事件による被告を除くと死刑59名、無期懲役35名となる。
 殺人罪の事件で注意すべきは、営利目的による誘拐殺人及び、保険金取得目的による殺人は、通常の殺人事件よりも刑が格段に重くなるという事実である。ここ数年、前者に該当する事件は起こっていないが、この種事件のボーダーラインは被害者1〜2名である。一方後者のボーダーラインは、被害者2名であるが、この種事件は計画性の高い謀殺事件になるので、主犯及び主要な役割を果たした者は、強盗殺人事件よりも死刑の確率が高い。
 なお、被害者2名の保険金殺人事件での無期懲役求刑事件は6名いるが、うち1名は1件が嘱託殺人と認定されており、残る5名は保険金殺人に関しては従犯であり、うち3名は、もう1件はヤクザの対立抗争であるというケースである。ヤクザの抗争事件は、一般人に被害が及ばない限り、刑がやや甘めである。
 さて、上に述べたオウム・営利誘拐殺人・保険金殺人や、被害者数にあまり影響せず死刑が選択される無期懲役の前科を持つ被告を除くと、被害者3名以上で無期懲役が選択されているのは未必の殺意が認定された事例4名(被害者3人1名,4人3名)、心中未遂1名、従犯認定された者2名である。なお、未必の殺意による事件では4人が死亡している事件で死刑が選択された例もあり、未必の殺意による事件のボーダーラインは4人というのが見えてくる。

 被害者1名では死刑6名、無期懲役15名であるが、死刑を求刑されること自体がまれである。被害者1名のケースは、殺人前科がある者3名を除くと、以下の通りである。
 1名は、その事件において負傷者も多く、放火を伴っており、かつ妄想性障害により反省の乏しさや将来の危険性が判決の中で指摘されている事例である。ただこの事例は、判決の正当性はともかく、どの裁判官でも同じ判決になったかどうか、疑問であるケースである。(なお二審で心神耗弱と認定され、無期懲役に変更された)
 1名は、幼女を猥褻目的で誘拐した上で殺害し、被害者の親に、遺体画像をメールしたり、「次は妹だ」と脅迫するなど、犯行後の情状も悪い上、女児への猥褻事件を起こした前科があり矯正は困難と認定された事例である。なお、同時期に外国籍男性が同種の事件を起こして死刑を求刑されたが無期懲役判決となっている。判決が別れた原因として考えられるのは、少なくとも日本国内では猥褻の前科がなかったことと、犯行後の情状に特に悪いことがなかったことが、生死を分けた理由と考えられる。
 1名は、不当な要求を受け付けなかった被害者を逆恨みし、強固な殺意を持って被害者を射殺した事例である。被害者が選挙期間中の市長だったこともあり社会的影響も量刑理由の一つとしてあげていた。しかし不当な理由と強固な殺意で利欲目的でない事件では、懲役求刑事件に多くを見いだせる。その結果、二審では利欲的側面がないことを理由に無期懲役に減刑されている。
 被害者2名では死刑30名、無期懲役13名であり、この結果だけを見ると、死刑優勢のボーダーラインと見られなくもないが、懲役刑求刑事件にも少なからず見られるケースでもある。
 そこで、求刑が死刑の場合と無期懲役の場合で分けて見ると、当初から何らかの刑の軽減理由がある場合は懲役、そうでない場合は死刑となるようである。前者の理由としては、以下のようなものがあげられる。

 1:従犯。
 2:心神耗弱もしくは、心神耗弱まではいかなくとも犯行時飲酒していた。
 3:被害者に非があった。
 4:犯罪の公共性が低い(被害者が加害者の家族・同居人など)
 5:心中未遂。
 6:抗争(ケンカ)

 2,3,6は、減刑理由が単独の場合は、主犯について概ね無期懲役が選択されているが、有期懲役が選択されているケースも5件確認されている(ただし2件は控訴審で無期懲役)
 4については、減刑理由が単独の場合は、通常は長期刑(9〜30年)が選択されるようである。また、このケースは心神耗弱や心中未遂を兼ねているケースも度々見かける。そのような場合は短期刑が選択されることもあるし、3人殺であっても有期懲役が選択されている。

 死刑求刑事件のうち、無期懲役が選択された13件の理由は以下の通り。

 1:犯行時18歳1月弱で、死刑適用年齢ぎりぎり1名。
 2:心神耗弱2名。
 3:暴力団抗争2名。
 4:冤罪主張事件2名。
 5:家族殺害2名。
 6:従犯1名。
 7:計画性が低く、被告の周りの状況もよくなかった1名。
 8:利欲目的でもなく残虐でもない1名。

 1の被告はその未熟性から、更正の可能性を理由に死刑を回避しているが、被告は一審判決後に被害者遺族をはじめ、弁護士・裁判官・検察官を馬鹿にする手紙を知り合いに書いており、反省の念は乏しいと見られている事例である(注:最高裁が二審の無期懲役を破棄差し戻した)
 2の事例は特にふれない。
 3の事例は死刑6名と無期懲役2名に別れているが、どの辺りが理由となって量刑が別れているのか判然としない。
 4の事例は被告が完全無罪を主張している上、直接証拠が乏しい事例で、判決では有罪と認定しつつも、一抹の不安から極刑は回避したものと思われる。
 6の事例も特にふれない。
 7の事例は被害者の一人は身内で、いずれも殺害計画性が低かったことが死刑を回避した理由であると思われる。。
 8は利欲目的ではないことは問題ないが、残虐・悪質性については一審二審で意見が分かれたようで、二審では死刑に変更されている。


結論

 以上の実例を踏まえ、以下の「前提条件」及び「条件」を満たしたときは、大抵死刑が選択されていると見てよいだろう。

○前提条件
心神喪失、心神耗弱ではない(絶対条件)
犯行時18歳未満ではない(絶対条件)
心中くずれの事件ではない(ただし人数が多くなると、この限りではない)
犯罪の公共性が高い(ただし人数が多くなると、この限りではない)
心神耗弱に近い状態ではない(ただしボーダーラインを十分上回っている場合は、この限りではない)
犯行時成人である(ただし他の過重条件が多い場合は、この限りではない)
殺意が未必ではない(ただし人数が多くなると、この限りではない)

○条件
殺人に対する計画性が高く周到である
動機が利欲や逆恨みなど、酌量の余地がない
相当計画性のある殺人や強盗殺人や保険金殺人で2名殺害、身代金目的誘拐殺人1〜2名殺害(注3)
上記犯罪に対して、主犯もしくは主犯と大して責任が変わらない

○加重条件(上記条件をすべて満たしていなくても、死刑の可能性が高い場合)
殺人前科あり
殺人を再び犯す危険性を認められた場合(もしくは反省が著しく希薄な場合)
残虐性、遺族の被害感情、社会的影響、犯行後の情状、余罪のうち、複数の条件で悪性が認められた場合



注1:


そのままにしておくと、被害者が死ぬ可能性を知っていても、被害者を助けるような努力をしなかった場合に認定される。

注2:



加害者と被害者の関係の有無や濃さを指し、公共性が低いほど関係が濃い。公共性が高いとは、相手(被害者)を選ばないことを指す。公共性が低い場合とは、「被害者が加害者の家族だったから=家族以外には被害を与えないであろう」という例が挙げられる。

注3:


近年では高裁段階で、1名殺害事件でも死刑が選択されることがあり、この点については今後検討する必要がある。





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